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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第一章
24/77

24 会いたかった

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女

ピーター:マクスウェル家の庭師

ファン:クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯


 公爵夫妻が長女マリアの結婚式のため、隣国ハーフェンへ旅立つと、クリスは領主代理として忙しくなった。自分が長くここにいると言ったためか、クリスに頼まれ、かなりの仕事を手伝うようになった。


 最初に不穏を知らせたのは、王都にいるイーリン嬢付きの侍女、アンナからの便りだった。


『使用人達の様子が妙です。』


 クリスが滞在していた間は、クリスの愛想の良さのためか、使用人たちは大分浮かれていたらしい。それも普段はあまりないことなのだが、クリスが領地に戻った後は、妙に静かにしているとのことだった。アンナやピーターにも、仕事のことはちゃんと話すものの、よそよそしい様子であるのが気になると書かれていた。


「ふうん。何だか嫌だね。」


 クリスはアンナに引き続き警戒するように伝え、一応マクスウェル公爵にも連絡を送った。公爵は、いつでも戻れるように準備しておくと返事をよこした。



 数日後、突然、王都にいるはずの庭師のピーターがマクスウェル領に現れた。そして、とんでもない報告をした。


「イーリン様が、王城に連れ去られました!館の使用人達はみんな買収され、裏切りました!」


 ピーターが、使用人の1人を締め上げて吐かせたところによると、イーリン嬢はどうやらそのまま監禁され、魔女として処刑される予定とのことだった。そして、公爵家も処罰を受け、館は王家に没収されるため、使用人たちは王家に従うことで、今の仕事と身分を保証してもらったと。

 アンナはイーリン嬢の置かれている詳しい状況を探るため、王都に残っていた。


 クリスは顔色を失った。

 しかし、悠長に判断している時間はない。私の両腕を掴み、頭を下げ、縋るように頼んだ。


「ファン、お願いだ。イーリンを助けてくれ。」


 それはいつもの冗談混じりの調子とは違い、愛する妹の命が危険にさらされている、悲痛な兄の様子だった。


 断る理由はなかった。

 すぐに準備をして、ピーターと共にアンナとの合流地点に向かった。アンナが探ったところによると、彼女の処刑は、「(くら)き森」というところへの追放だということだった。


 それならば、すぐに彼女は殺されることはない。助けるチャンスもあるかもしれない。自分たちは希望を持った。


 彼女を運ぶ馬車を尾けているときはもどかしかった。

 一行には、執行人たちの他に、見届け人の兵士がついている。すぐにでも助け出したいが、下手に手を出せば、その場で彼女は殺されてしまうかもしれない。馬車の中でひどい目に遭っていないか、アンナやピーターも心配しているようだった。


 我慢できずに、ピーターが野営の様子を偵察しにいったが、戻ってきて「意外と丁寧に扱ってくれているようですよ。」と言ったので、皆で少し安心した。



 (くら)き森に着き、彼女は馬車から下ろされた。

 刑の執行後、つまり、彼女を置いて馬車が行ってしまったからの方が、よけいな戦闘をすることもなく安全に助けられるだろう、ということになり、少し遠くで陰に隠れ、馬車が去るのを待った。


 すると突然、反対側の岩の陰から男たちが現れた。


 王家側からの刺客だ、とすぐに分かった。

 男たちは彼女に襲いかかった。自分たちも飛び出して行ったが、距離があり間に合わない。

 男の手が彼女にかかろうしとたが、なぜか急に転んだ。


 森の方に逃げる、彼女の後ろ姿が見えた。男たちもそれを追っていく。


 自分が転んだ1人を斬っているうちに、アンナが先頭で駆けていった。ピーターも矢をつがえ、走る。


「イーリン様!」


 アンナが叫ぶ。


「アンナ!?」


 彼女の声だ。彼女はまだ生きている!


「イーリン様、どちらにいらっしゃるのですか?」

「来てはだめ、アンナ、危ないわ!」


 男たちはいったん彼女を追うのをあきらめ、アンナの方に向かったようだった。


「やめて!」


 いけない、そちらに行っては。あなたは優しすぎる。


 しかし、イーリン嬢はそういう女性なのだ。自分の身をかえりみず、人を助けようとしてしまう。


 瞬間、ピーターの矢が当たり、男が1人倒れた。残った1人を私が片付け、急ぎ彼女の方に向かう。


 立てなくなっている彼女を抱き上げ、安全な場所に移ろうとした。そうしたら、緊張が解けたのか、彼女は腕の中で急に泣き出した。


 また泣かせてしまったと焦っていると、彼女は私の首にすがりついてきた。


「ファン様、ファン様。お会いしたかった。」


 ──ああ! あなたも同じ思いでいたとは!


 思わず、彼女を抱く手に力が入った。


 彼女を抱いたまま、アンナとピーターのところまで連れて行った。懐かしい声に安心したのか、彼女はゆっくりと目を閉じ、眠ってしまったようだった。



 ピーターと一緒に刺客の死体を始末し、その間に、彼女をアンナが着替えさせた。彼女が着ていた処刑用の服を切り裂き、狼に食われたかのように見せかけた。


 彼女を休ませるため、近くの村で小屋を借りた。親切な村人のおかげで寝床は確保できたが、疲労が重なった彼女は熱を出してしまった。


「アンナも、ピーターも……。本当にありがとうね……。」

「ありがとう……ございます、ファン様……。」


 彼女は熱に浮かされながらも、自分たちを気遣い、お礼を言ってくれた。


 彼女の話では、2晩を地下牢で過ごしたらしい。それは、貴族の令嬢にとって、あまりにも過酷な環境だ。アンナなどは、その冷酷な仕打ちに顔を真っ赤にして怒っていた。


 彼女は意識を保てないらしく、子供のように、アンナやピーターに甘える様子は可愛かったが、うわごとのように、不思議なことを繰り返して言うのは心配だった。


 どこか安全なところで休ませたいが、最も安全なマクスウェル領には入るのが難しい。最も近いのは、辺境ボンベルグ領だが、協力が得られる保証がない。



 小屋の中、3人で悩んでいると、辺境伯令嬢が村人の案内で突然現れた。


 彼女の名前は、ルイーゼ・ボンベルグと言った。イーリン嬢の友人であり、従妹であるという。令嬢らしからぬ直情さに面食らったものの、性根が優しく、イーリン嬢をほんとうに心配している様子に好感が持てた。


 彼女の連れてきた者たちも、殺気はなくむしろ親切にしてくれた。辺境で砦を持ち、常に戦の気配漂うボンベルグ領の者らしく、鍛えられた体と、精悍な顔つきを持つ者が多かった。


 そうして自分たちは、ルイーゼと共に、辺境ボンベルグ領に向かうことになったのだ。



 今は、ボンベルグ領に向かう馬車の中で、彼女と共にいる。


 ルイーゼ嬢は、イーリン嬢を無理なく運べるように、寝台をしつらえた馬車を用意してくれた。最初はアンナがついていたのだが、アンナに頼まれ、今は自分が彼女のそばについている。


 彼女は時々うっすら目をあけて、手をのばし「お会いしたかった。」と言う。それに応えるように、その華奢な手に、そっと自分の手を重ねる。

 そして、顔を寄せ、彼女の耳のそばでささやいた。


「愛らしいあなたに、私もずっとお会いしたかったのですよ。」


 イーリン嬢は穏やかな表情になり、また眠りについた。

 目を覚まし、元気になったら、また中庭のときのように笑ってほしい。


 愛らしい人──(いと)しい人。

お読みいただいてありがとうございます。この話までで、いったん第一章終了とさせていただきます(その後も更新は続けます)。よろしければ、ここまでのご感想やご評価などいただけると大変嬉しいです。25話以降も、引き続きよろしくお願いいたします。

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