21 再会
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵
クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り
アンナ:イーリン付きの侍女
ピーター:マクスウェル家の庭師
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
「んまあああ。」
アンナはイーリンがぽつりぽつりと話す話を聞いて、顔を真っ赤にして怒っていた。
(アンナって、もっと落ち着いたタイプじゃなかったかしら。)
イーリンは、ぼんやりする頭で思った。
イーリンは今、小さな小屋の中の、即席で作ったベッドの中にいた。度重なる心労の上、ろくに食事も与えられず地下牢で二晩を過ごし、さらに森で殺されかけたイーリンは、さすがに限界が来て、熱を出して倒れてしまったのだ。
ここは、昏き森の近くにある村である。王都の処刑の話など、まだこうした田舎までは伝わっていないため、村人に頼んで小屋を借りることができたのだった。
『誰だか分からないが、貴族のお嬢様が具合を悪くされたらしい』とのことで、親切な村人が水や布団など、色々と差し入れてくれている。
「しょうがないですよ。大事なお嬢様が、こんな酷い目にあわされたんだから。俺だって、はらわた煮えくりかえってます。」
イーリンの心を読んだように、ピーターが言う。ピーターはむくれながら、弓矢の手入れをしていた。
(ピーターが弓を使うところは、初めて見たわ。)
アンナとピーターは、実のところ、マクスウェル家の斥候としての役割も持って、王都に来ていた。侍女と庭師として、それぞれの立場を利用して調査を行い、王都の様子を父ヘンリーに定期的に報告していたのだという。
イーリンが使用人たちによって、むりやり王城に連れて行かれた後、ピーターは戻ってきたアンナと相談し、すぐに館から馬を飛ばして、マクスウェル領まで行ってくれたのだ。
王都に残ったアンナも、諸々の準備をして館を出た。そして、王城の動きを探りつつ、もしもの事態に備えていたらしい。
この2人の働きがなければ、自分は一人で刺客に殺されていたのだろう。イーリンは2人に感謝した。
「アンナも、ピーターも……。本当にありがとうね……。」
「いやあ……。どちらかと言えば、力不足で申し訳ないです。未然に防ぐのが俺たちの仕事なのに。」
「本当にその通りです。お嬢様、誠に申し訳ありませんでした。間に合ってよかったです。」
アンナとピーターは頭を下げる。イーリンは、「そんなことないわ。」と言った。
イーリンは、少し奥で話を聞いていたファンに目をやった。目が合うと、ファンの細い目がきゅっと笑う。
「ファン様は、どうして……?」
(どうして、来てくださったのかしら。)
「私は、クリス様に頼まれたのです。」
ファンは、にこやかな表情のまま言った。
ピーターから報告を受けたクリスは顔色を失ったが、すぐにやるべきことを始めた。しかし、あまり今の時点で表立っては動けない。イーリンが人質にとられている状態であるため、王家を刺激すれば、イーリンの身が危なくなる可能性があるからだ。
「ファン、お願いだ。イーリンを助けてくれ。」
クリスはファンに頭を下げ、懇願した。ファンはギーベル王国の民ではなく、隣国ハーフェンからの客人の立場である。マクスウェル領から動いたとしても、咎められる立場ではない。
しかし、イーリンを助ければ、王家を敵に回すことになり、ファンの身も危険にさらされることになる。無理強いはできなかった。
「それに私も、『必ず助けます』と、イーリン様に約束しました。」
ファンはすぐに引き受けると返事をし、ピーターと共に出発した。そして、イーリンの処刑の情報を手に入れたアンナと合流し、イーリンを助けるため、3人で護送の馬車の後をつけていっていたのだった。
「ありがとう……ございます、ファン様……。」
喋っているうちに、イーリンの口調がゆっくりとなり、アンナが心配そうに声をかけた。
「さあ、お嬢様。もう少し休みましょう。まだ熱が下がっておられないのですから。」
「ええ……。ありがとう、アンナ……。ごめんなさい……。」
アンナやピーターやファンは、自分のために、ほとんど寝ずに動いてくれたはずだ。それなのに、自分だけが倒れてしまったことを、イーリンは申し訳なく思っていた。
「私たちは、こういうときのために鍛えているのです。イーリン様とは、やるべき仕事が違うのですよ。」
「そうなの……?」
「そうです。だから、イーリン様は良く休んで、早く元気になってくださいませ。」
わかったわ、と返事をしたものの、イーリンは熱に浮かされているのか、なかなか寝付けなかった。そして、うわごとのように、アンナたちに話しかけた。
「あのね、アンナ。執行人さんたちが、目隠しと縄をゆるめてくださったの……。」
「そうだったのですね。」
「森から、優しい声が、したの……。だからわたし、森にいったの……。」
「森ではね、狼さんが、助けてくれたの……。」
「よかったですね、お嬢様。」
イーリンはもうろうとしているためか、退行して子供のような口調になっている。
アンナやピーターは、ベッドのそばでうんうんと返事をしながら、優しくイーリンを寝かしつけていた。ファンはその様子を、柔和な笑顔で眺めている。
イーリンが寝息を立て始めると、3人はそっとベッドから離れ、話し合いを始めた。
イーリンの状態はあまりよくない。しかし、いつまでもここにはいられない。
刺客からの報告が来なければ、アーサーたちは昏き森の様子を調べさせるだろう。イーリンの服の切れ端を残し、刺客の死体の始末はしたが、都合よく解釈してあきらめてくれるとは限らない。
明日か明後日くらいには、イーリンの捜索が始まると考えた方がいい。
それに、イーリンが1人で刺客と戦い、逃げ延びているとは思うまい。アンナとピーターが館から姿を消しているのがばれるのも、時間の問題だ。顔が割れていないのは、ファンだけだ。
問題は、これからどこに向かうかだ。
マクスウェル領に入ってしまえば、クリスは何としてでもイーリンを守ってくれるに違いない。しかし、おそらくマクスウェル領の周辺には、謀反の可能性ありとして、王家の兵が配置されているはずだ。そこを、イーリンを連れて突破するのは難しい。
ピーターがマクスウェル領に出入りすることができたのは、相手の予想より先に動いたからなのだ。
「何より、イーリン様を休ませないと……。」
今の体調で、イーリンに無理はさせられない。少し、落ち着いて療養できるところはないだろうか?
「マクスウェル領の南……。森の向こうというと、ここからは、ボンベルグ領が近いのでしょうか?」
ファンがアンナたちに尋ねる。
「そうですね、辺境伯のいらっしゃるところです。」
「協力は見込めるでしょうか?」
「……分かりませんね。辺境伯は、公爵夫人ソフィア様の弟君ではありますが。」
元々は関係の良い家ではあるが、今の状態で手を貸してくれるかどうかは分からない。判断を間違えれば、イーリンを王家に引き渡されてしまうかもしれないのだ。
「せっかく助けられたのに、売り渡されちゃたまらないしなあ。館と同じ目はもうごめんだよ。」
「やはり、多少の危険があっても、マクスウェル領に戻るのが最善でしょうか。」
「イーリン様の体力が戻れば、それも可能かもしれないのですが……。」
3人は、うーむと唸った。
そこで、小屋の扉がトントンと鳴った。
ファンとピーターは、それぞれの武器を取り、身構えた。
アンナが扉に向かって、声をかける。
「……どちら様でしょうか?」
「あの、すみませんな。」
いつもの村人の声だ。
「皆様方に、会いたいと言う方がおいでなんですが……。」
小屋の中に、緊張が走る。
ファンは、いつでも連れ出せるように、じりじりとイーリンのそばに寄った。
「あの、貴族のお嬢様でして……。その、皆様をお助けしたい、と。」
何だか村人の声の調子が変だ。緊張しているというより、何か、困っているような。
「怪しいものではございませんわ!」
よく通る、少女の声が聞こえる。
「……あの方は。」
アンナとピーターが、顔を見合わせる。
「私は一貴族の娘ですわ! 王都が色々と大変なので、とりあえず領地に戻ろうとしているところなのですわ!そうしたら、偶然こちらを通りかかった際に、具合の悪い方がいるとお聞きしまして!」
──辺境伯令嬢、ルイーゼ・ボンベルグの声だった。
お読みいただいてありがとうございます。24話までで、いったん第一章終了とさせていただく予定です(その後も更新は続けます)。23~24話は回想になる予定ですので、よろしければ、皆様のきりのいいところで、ご感想やご評価などいただけると大変嬉しいです。




