17 国王陛下
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
フィリップ・ギーベル:国王、アーサー達の父
ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者
シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
リーデン伯爵:キャサリンの後見
エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同じ穏健派
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
──国王が、王太子のこの暴挙を認めた。
(陛下が、なぜ……?)
今までの国王は、何より王家の存続に執着していた。現王妃は病弱で、生家もあまり強い家ではない。だからこそ、国王はマクスウェル家との婚約にこだわっていた。
以前に国王が「イーリン嬢は魔女ではない」と明言したのも、イーリンをアーサーの婚約者から下ろしたくないためだった。
今回のアーサーの行動は、それとは逆である。それなのに国王は是認した。
国王に心境の変化があったのかもしれない。しかし、マクスウェル家をあからさまに敵に回す、この強引なやり方は、権謀術数に長けた国王らしくない……。
イーリンだけでなく、第二王子ルイスや国の重鎮ストラスタ侯爵も、国王の意見が急に変わったことに困惑していた。
動揺を隠せないイーリンに、キャサリンがアーサーから離れ、するりと近づいてきた。
黒い瞳がイーリンをとらえる。
「イーリン様、残念ですわ。こんな無様な姿におなりになられて。」
「キャサリン様……。」
「ちゃんと、王太子殿下を敬愛し、愛情を育めばよろしかったのに。殿下はお優しい方ですのに、あなたは怠け者だったわね。」
キャサリンの言葉に、イーリンは胸がずきんと痛んだ。
──そうなのかもしれない。自分は、殿下を敬愛することはできなかった。
「殿下のことを拒絶し、その場限りの笑顔を貼りつけて澄ましていたのでしょう。だから、愛されなかったのですわ。それなのに、殿下に愛されない寂しさから、あなたは私たちを恨んだ……。」
──いいえ、恨んでなどいない。ただ、離れたかっただけ。
──愛せなかったからこそ、つらくて。
そこまで話すと、キャサリンはイーリンから離れた。そして、立ちつくす貴族たちの前をゆうゆうと歩きながら、演説をするように身振りをつけて話した。
「最初、あなたは小さな動物から殺したわ。行きどころのない鬱憤を晴らしたかったのかしら……。」
キャサリンは、可哀想な動物たち、と言って腕を抱え、悲しそうな表情をする。
「その次に、罪もない人を攫い、傷つけ、悪魔の生贄としたわね。」
ああ恐ろしい、と、今度は胸の前で手を組む。
動いているのはキャサリンばかりで、皆がキャサリンに注目する。それはまるで、芝居の中の一幕のようだった。
そこで、キャサリンはくるりとイーリンに向き直る。
「恐ろしい方……。悪魔と契約したのはなぜ? 人を殺す毒を手に入れるため? それとも、殿下がいつか国王となる、王家を呪うため?」
まるで幼い無垢な少女であるかのような顔をして、キャサリンはイーリンに尋ねた。
ひどく白々しい演技であったが、あまりに堂々としているため、貴族たちの中には、キャサリンのいうことが本当なのではないか?と思う者もあった。
イーリンには、キャサリンの言っている意味が分からなかった。
マクスウェル家としては、婚約解消さえしてくれればよかった。しかし、王家がそれを許してくれなかったのだ。それでも、国に余計な争乱を起こさないために、イーリンたちは表立って王家と対立しないようにしてきた。
それなのになぜ、悪魔と契約までして、事を荒立て、王家に害をなさなくてはならないのか。
「……私は、悪魔と契約などしておりません。人を殺めようとしたこともございません。王家に仇なすなどといった恐ろしいことは、露ほども考えておりません。」
イーリンはまっすぐにキャサリンを見て、心のままに言った。
近衛兵に拘束された哀れな姿ではあったが、その態度は毅然としており、清らかな美しさを放っていた。
それはまるで、迫害される聖者のようだった。先ほどキャサリンの言葉で気持ちが傾いた者も、このイーリンの様子を見て、心打たれているようだった。
思ったように反応しないイーリンに、キャサリンは周りに聞こえないような、小さな舌打ちをした。
「嘘をつくな!」
突然アーサーが怒鳴った。
近衛兵に押さえつけられながらも、イーリンはびくっと身体を震わせた。
「公爵家の使用人たちが証言したぞ。伯爵夫人を訪ねた日は、お前はワインを持って行ったと、それに、お前が館に妙な男を招き入れたり、怪しい儀式をたびたび行っていたりしたと!」
「なんですって……?」
アーサーの言葉を聞いた貴族たちは、信じられないといった様子で、アーサーとイーリンの顔を交互に見比べていた。
(私がやってもいないことを、使用人たちが証言したというの?)
今日の、異様な使用人達の様子が思い出された。イーリンは、使用人達が自分をすでに裏切っていたことに気が付いた。身体から、力が抜けていく。
「殿下、ありがとうございます。イーリン様、もう、言い逃れはできませんわね。」
キャサリンは、少女にしては低い声でクククと笑い、イーリンの方へ一歩一歩近づいてきた。そして、キャサリンのドレスの裾が、がっくりと下を向くイーリンの鼻の先でひらついた。
そのとき、イーリンは、キャサリンの香水に混じる、少し不思議な香りに気づいた。
──夫から、妙な香りがするのです。甘いような、少し……臭いような。
イーリンは、エリザの言葉を思い出した。そして、ばっと顔を上げ、キャサリンの顔を見た。
(この香りが……?)
「何ですの?あら、怖い。」
キャサリンは、イーリンが威嚇していると思ったのか、足を引いて少し離れた。
「さあ、もういいだろう。この女を地下牢に連れて行け。」
アーサーが命令すると、近衛兵がイーリンを引き立てる。
ルイーゼが今にも飛び出しそうになっていたが、母親の辺境伯夫人に止められていた。イーリンは、ルイーゼとリリーに対し、「何もなさらないで」と首を横に振った。友人を巻き込むことは、したくなかった。
イーリンが近衛兵に連れていかれた後、キャサリンは「気分が悪いみたいですので。」とリーデン伯爵を連れて、早々に出て行った。
アーサーは、「さあ、皆の者、もう解散だ!」と宣言し、キャサリンの後を追うように、さっさと退室した。貴族たちは、不審な顔をしながらも、ばらばらと帰っていく。
「お父様……。」
リリーは、イーリンの悲惨な姿を目にして、大きくショックを受けている。ストラスタ侯爵は、娘の肩を抱き、慰めた。
ルイーゼは母親に縋り、声を上げて泣いている。
「私にも、いったい何が起きているのかわからん。しかし……。」
イーリン嬢は最後まで誰を責めることもなく、連行されるときにも、友人であるリリー達を気遣っていた。あの様子からは、とてもイーリン嬢が魔女とは思えない。
それに、彼女が語っていた、公爵家の使用人の異様な様子も気になる。
そして何より、国王陛下は、どうされてしまったのか。
国の中で争いが起これば、国は疲弊し、他国に侵略の機会を与えてしまう。侵略されてしまえば、国の中でどれだけ富を持っていようと、全て奪われる。だからこそ、王家と貴族たちは駆け引きを行いつつも、最低限のルールは守ることで、国を安定させてきた。
それなのに、王家が一線を越えてしまった。
イーリン嬢がこのまま魔女として処刑されてしまえば、いくら温厚なマクスウェル公爵でも、王家を許すまい。
これはすなわち、内乱の幕開けであった。
──このままでは、国が滅びる。
ストラスタ侯爵は、国の行く末を憂い、天を仰いだ。
一方、第二王子ルイスは、まだ席を立とうとしない国王のそばに寄り、先程のことを問いただそうとした。
国王はやはり背を丸めたままで、下を向いていた。覗き込んで、その顔を見たルイスは驚いた。
国王の目の焦点は合っておらず、表情はうつろだった。そして、何を話しかけても、呂律の回らない口で「全て王太子に任せる」と繰り返すばかりだった。
お読みいただいてありがとうございます。イーリンは、このまま王城の中でとらわれます。暗い展開が続きますが、バッドエンドにはしません。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




