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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第一章
17/77

17 国王陛下

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

フィリップ・ギーベル:国王、アーサー達の父

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同じ穏健派

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

 ──国王が、王太子のこの暴挙を認めた。


(陛下が、なぜ……?)


 今までの国王は、何より王家の存続に執着していた。現王妃は病弱で、生家もあまり強い家ではない。だからこそ、国王はマクスウェル家との婚約にこだわっていた。


 以前に国王が「イーリン嬢は魔女ではない」と明言したのも、イーリンをアーサーの婚約者から下ろしたくないためだった。

 今回のアーサーの行動は、それとは逆である。それなのに国王は是認(ぜにん)した。


 国王に心境の変化があったのかもしれない。しかし、マクスウェル家をあからさまに敵に回す、この強引なやり方は、権謀術数(けんぼうじゅっすう)()けた国王らしくない……。


 イーリンだけでなく、第二王子ルイスや国の重鎮(じゅうちん)ストラスタ侯爵も、国王の意見が急に変わったことに困惑していた。


 動揺を隠せないイーリンに、キャサリンがアーサーから離れ、するりと近づいてきた。

 黒い瞳がイーリンをとらえる。


「イーリン様、残念ですわ。こんな無様な姿におなりになられて。」

「キャサリン様……。」

「ちゃんと、王太子殿下を敬愛し、愛情を(はぐく)めばよろしかったのに。殿下はお優しい方ですのに、あなたは怠け者だったわね。」


 キャサリンの言葉に、イーリンは胸がずきんと痛んだ。


 ──そうなのかもしれない。自分は、殿下を敬愛することはできなかった。


「殿下のことを拒絶し、その場限りの笑顔を貼りつけて澄ましていたのでしょう。だから、愛されなかったのですわ。それなのに、殿下に愛されない寂しさから、あなたは私たちを恨んだ……。」


 ──いいえ、恨んでなどいない。ただ、離れたかっただけ。

 ──愛せなかったからこそ、つらくて。


 そこまで話すと、キャサリンはイーリンから離れた。そして、立ちつくす貴族たちの前をゆうゆうと歩きながら、演説をするように身振りをつけて話した。


「最初、あなたは小さな動物から殺したわ。行きどころのない鬱憤(うっぷん)を晴らしたかったのかしら……。」


 キャサリンは、可哀想な動物たち、と言って腕を抱え、悲しそうな表情をする。


「その次に、罪もない人を(さら)い、傷つけ、悪魔の生贄(いけにえ)としたわね。」


 ああ恐ろしい、と、今度は胸の前で手を組む。

 動いているのはキャサリンばかりで、皆がキャサリンに注目する。それはまるで、芝居の中の一幕のようだった。


 そこで、キャサリンはくるりとイーリンに向き直る。


「恐ろしい方……。悪魔と契約したのはなぜ? 人を殺す毒を手に入れるため? それとも、殿下がいつか国王となる、王家を呪うため?」


 まるで幼い無垢な少女であるかのような顔をして、キャサリンはイーリンに尋ねた。

 ひどく白々(しらじら)しい演技であったが、あまりに堂々としているため、貴族たちの中には、キャサリンのいうことが()()なのではないか?と思う者もあった。


 イーリンには、キャサリンの言っている意味が分からなかった。


 マクスウェル家としては、婚約解消さえしてくれればよかった。しかし、王家がそれを許してくれなかったのだ。それでも、国に余計な争乱を起こさないために、イーリンたちは表立って王家と対立しないようにしてきた。


 それなのになぜ、悪魔と契約までして、事を荒立て、王家に害をなさなくてはならないのか。


「……私は、悪魔と契約などしておりません。人を(あや)めようとしたこともございません。王家に(あだ)なすなどといった恐ろしいことは、露ほども考えておりません。」


 イーリンはまっすぐにキャサリンを見て、心のままに言った。


 近衛兵に拘束された哀れな姿ではあったが、その態度は毅然(きぜん)としており、清らかな美しさを放っていた。

 それはまるで、迫害される聖者のようだった。先ほどキャサリンの言葉で気持ちが傾いた者も、このイーリンの様子を見て、心打たれているようだった。


 思ったように反応しないイーリンに、キャサリンは周りに聞こえないような、小さな舌打ちをした。


「嘘をつくな!」


 突然アーサーが怒鳴った。

 近衛兵に押さえつけられながらも、イーリンはびくっと身体を震わせた。


「公爵家の使用人たちが証言したぞ。伯爵夫人を訪ねた日は、お前はワインを持って行ったと、それに、お前が館に妙な男を招き入れたり、怪しい儀式をたびたび行っていたりしたと!」

「なんですって……?」


 アーサーの言葉を聞いた貴族たちは、信じられないといった様子で、アーサーとイーリンの顔を交互に見比べていた。


(私がやってもいないことを、使用人たちが証言したというの?)


 今日の、異様な使用人達の様子が思い出された。イーリンは、使用人達が自分をすでに裏切っていたことに気が付いた。身体から、力が抜けていく。


「殿下、ありがとうございます。イーリン様、もう、言い逃れはできませんわね。」


 キャサリンは、少女にしては低い声でクククと笑い、イーリンの方へ一歩一歩近づいてきた。そして、キャサリンのドレスの裾が、がっくりと下を向くイーリンの鼻の先でひらついた。


 そのとき、イーリンは、キャサリンの香水に混じる、少し不思議な香りに気づいた。


 ──夫から、妙な香りがするのです。甘いような、少し……臭いような。


 イーリンは、エリザの言葉を思い出した。そして、ばっと顔を上げ、キャサリンの顔を見た。


(この香りが……?)


「何ですの?あら、怖い。」


 キャサリンは、イーリンが威嚇していると思ったのか、足を引いて少し離れた。


「さあ、もういいだろう。この女を地下牢に連れて行け。」


 アーサーが命令すると、近衛兵がイーリンを引き立てる。


 ルイーゼが今にも飛び出しそうになっていたが、母親の辺境伯夫人に止められていた。イーリンは、ルイーゼとリリーに対し、「何もなさらないで」と首を横に振った。友人を巻き込むことは、したくなかった。



 イーリンが近衛兵に連れていかれた後、キャサリンは「気分が悪いみたいですので。」とリーデン伯爵を連れて、早々に出て行った。

 アーサーは、「さあ、皆の者、もう解散だ!」と宣言し、キャサリンの後を追うように、さっさと退室した。貴族たちは、不審な顔をしながらも、ばらばらと帰っていく。


「お父様……。」


 リリーは、イーリンの悲惨な姿を目にして、大きくショックを受けている。ストラスタ侯爵は、娘の肩を抱き、慰めた。

 ルイーゼは母親に(すが)り、声を上げて泣いている。


「私にも、いったい何が起きているのかわからん。しかし……。」


 イーリン嬢は最後まで誰を責めることもなく、連行されるときにも、友人であるリリー達を気遣っていた。あの様子からは、とてもイーリン嬢が魔女とは思えない。

 それに、彼女が語っていた、公爵家の使用人の異様な様子も気になる。


 そして何より、国王陛下は、どうされてしまったのか。


 国の中で争いが起これば、国は疲弊し、他国に侵略の機会を与えてしまう。侵略されてしまえば、国の中でどれだけ富を持っていようと、全て奪われる。だからこそ、王家と貴族たちは駆け引きを行いつつも、最低限のルールは守ることで、国を安定させてきた。


 それなのに、王家が一線を越えてしまった。

 イーリン嬢がこのまま魔女として処刑されてしまえば、いくら温厚なマクスウェル公爵でも、王家を許すまい。


 これはすなわち、内乱の幕開けであった。


 ──このままでは、国が滅びる。


 ストラスタ侯爵は、国の行く末を憂い、天を仰いだ。



 一方、第二王子ルイスは、まだ席を立とうとしない国王のそばに寄り、先程のことを問いただそうとした。

 国王はやはり背を丸めたままで、下を向いていた。覗き込んで、その顔を見たルイスは驚いた。


 国王の目の焦点は合っておらず、表情はうつろだった。そして、何を話しかけても、呂律(ろれつ)の回らない口で「全て王太子に任せる」と繰り返すばかりだった。

お読みいただいてありがとうございます。イーリンは、このまま王城の中でとらわれます。暗い展開が続きますが、バッドエンドにはしません。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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