16 断罪の日
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの婚約者
フィリップ・ギーベル:国王、アーサーの父
ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者
シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘
キャサリン・パー:男爵令嬢、王太子のお気に入り
リーデン伯爵:キャサリンの後見
エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
「皆の者、よく聞いてほしい。私こと王太子アーサー・ギーベルと、イーリン・マクスウェル嬢は、本日をもって婚約を解消することとなった。」
突然の王太子アーサーの言葉に、その場にいる貴族たちは驚き、どよめいた。
イーリンも戸惑い、アーサーの顔を見る。
「婚約、解消……と言われましたか……?」
「お前もそれを望んでいたんだろう。思う通りじゃないか。」
アーサーは嘲ったような笑みを浮かべ、イーリンを掴んでいた手を乱暴に振り払った。
その勢いで、イーリンはよろけ、倒れそうになる。
──確かに望んでいた。けれど、なぜ。
「……これは、どういうことですかな。我々は何も聞かされておりませんが。」
リリーの父、ストラスタ侯爵が、静かに口を開く。イーリンの父であるマクスウェル公爵が不在である今、この場で最も位が高い貴族は、ストラスタ侯爵であった。イーリンの友人であるリリーは絶句し、父親の腕にしがみついている。
リリーの婚約者である第二王子ルイスや、王女シャーロットも、寝耳に水といった様子で驚いた顔をしていた。
「馬鹿を言う。お前たちだって、この女とこいつの父親が、婚約解消を望んで動いていたのは知っているだろう。その通りになって、何の文句があるんだ。」
「そういうことではありません。大体、マクスウェル公爵はこのことをご存知なのですか。」
アーサーは、口の端を歪め、皮肉気に笑った。
「その必要はない。公爵は、国外追放になるからな。」
貴族たちが一層ざわめく。
「国外追放? いったい、何をおっしゃっているのですか。どうしてそんなことが。」
「この女が、魔女だからだ。」
「……!」
「魔女を王妃にするわけにはいかないし、魔女を王家に送り込んだ家は、罰されなくてはならんな。さあ、この女を取り押さえろ。」
アーサーの命令で、数名の近衛兵がどかどかと大広間に入ってきた。女性たちの悲鳴が響く中、彼らはそのままイーリンの方への向かい、イーリンを拘束する。
イーリンは頭が真っ白になり、されるがままに組み伏せられてしまった。
(何が、起きているの。)
ストラスタ侯爵は顔色を変えた。たとえ罪を犯していたとしても、貴族の令嬢にする扱いではない。
リリーも、「イーリン様……」と震えた声を出している。
「か弱い女性に対して、あまりに乱暴な取り扱いではありませんか! それに、イーリン嬢が魔女だと? 何を証拠にそんなことをおっしゃるのです。」
「証拠など、お前が心配することはない。だいたい、前の殺人事件だって、この女が黒幕だという証言があっただろうが。それに……。」
「私の妻を殺しただろう!」
リーデン伯爵が、突然口から唾を飛ばしながら叫んだ。皆が伯爵に注目する。
「お前が妻に毒を盛ったんだ!」
(なんですって……?)
「エリザ様が、亡くなられたのですか……!?」
「白々しくよく言う! お前以外に誰がやるんだ! ああ、エリザ、エリザ……。」
「そんな……、まさか……。」
リーデン伯爵は妻の名前を叫び続け、それ以上の話はできそうになかった。
「私が、代わりにご説明いたしますわ。伯爵、少しお休みになって。」
大広間が混乱する中、発言したのはキャサリンだった。
キャサリンが何やら耳打ちをすると、リーデン伯爵は大人しくなった。
「ごめんあそばせ。」
キャサリンは席を立ち、テーブルをゆっくりと回って、アーサーのそばに歩いて行った。そして、にこりと笑って言った。
「王太子殿下、私に発言をお許しくださいますか?」
「もちろんだ。さあ、皆に説明してやってくれ。」
アーサーは表情を緩め、キャサリンを迎え入れる。キャサリンは堂々とアーサーの隣に立ち、それを見たストラスタ侯爵は顔をしかめた。
侯爵の表情など気にしていない様子で、キャサリンは眉をひそめ、悲愴そうな顔つきを作って話し始めた。
「皆様、恐ろしいことですわ。2日前、リーデン伯爵夫人のエリザ様が、突如亡くなられたのです。」
(エリザ様が、亡くなられた……。)
イーリンは、エリザに招かれた日のことを思い出した。優しい眼差しで見つめてくれたエリザ、寂しげな表情をしていたエリザが浮かぶ。
「死因は、ワインに入っていた毒だということですわ。そして、そのワインは、イーリン様がエリザ様にお渡ししたものだったのです。」
貴族たちが、いっせいにイーリンを見る。
アーサーが、ふふんと鼻を鳴らし、イーリンを見下ろして言う。
「少し前に、お前は伯爵夫人を訪ねていったそうじゃないか。そのときにワインを渡したな。キャサリンを可愛がるリーデン伯爵が気に入らず、伯爵か、伯爵夫人を害そうとしたんだろう。」
「い、いいえ、私、ワインなど……。」
あの日はお茶に呼ばれていたので、マリアと2人でお菓子を選び、持参したはずだった。
「パー男爵令嬢、しかし、なぜあなたが、そのことを詳しくご存知なのですか?」
訝しげな顔をして、ストラスタ侯爵がキャサリンに尋ねる。イーリンの友人である、辺境伯令嬢ルイーゼは、怒った顔をしてキャサリンを睨み続けていた。
キャサリンは艶然と微笑み、答えた。
「ああ、申し遅れました。私先日、リーデン伯爵の養女にしていただきましたの。ですから、私の名前は、今はキャサリン・リーデンなのですわ。」
「なんと……。」
「以前から懇意にはしていただいておりましたが……。このたび親子ということになりましたので、伯爵から色々と詳しい事情を教えていただいたのです。」
伯爵夫人が、キャサリンを養女にする手続きに強く反対していたことを、侯爵は知っている。伯爵夫人の急死とほぼ同時に、キャサリンを養女にする手続きが済んでしまっていることは、偶然とは思えなかった。
「そう、そしてキャサリンは、私の新たな婚約者だ。侯爵、偉そうに話しかけるのは、やめてもらいたいものだな。」
「婚約者ですと…!」
アーサーが宣言する。ストラスタ侯爵は、言葉を失った。
この愚かな王太子は、どこまで話を勝手に進めてしまっているのか。
キャサリンが白い手をそっとアーサーの腕に置いた。そして、美しく笑いかけて、宥めるように言った。
「まあ、殿下。侯爵は何もご存知なかったのですもの。今回は、殿下の寛大な御心でご容赦くださいませ。」
「はは、キャサリンは優しいな。」
アーサーはすぐに破顔する。まるでキャサリンの言いなりだ。これでは、アーサーの言う通りに事が進むなら、今後はキャサリンの機嫌が、それぞれの貴族の立ち位置を決めることになる。
しかし、アーサーの言うことを信じてよいのか? もし間違っていれば、国内外に大きな影響力をもつ、マクスウェル公爵の怒りを買うことになる。その場にいる貴族たちは、自分たちがどう行動してよいか図りかねていた。
その間も、イーリンは近衛兵に拘束されていた。イーリンが抵抗しないのを見て、近衛兵も多少は手を緩めてくれたが、イーリンの顔は全く血の気がなく真っ白であった。公爵令嬢の痛々しい姿に、若い令嬢には目を背ける者もいた。
第二王子ルイスが、たまらず発言した。
「兄上、しかし、さすがにイーリン嬢の件は、きちんと取り調べてからでないと……。それに、急に新しい婚約など。」
「うるさいぞ、ルイス。キャサリンの言うことに間違いなどない。」
相手にならない、と言った様子で、ルイスは国王の方へ向いた。
「国王陛下、陛下はどうお考えなのですか。」
今度は、皆が国王に注目する。そういえば、ここまで国王は沈黙を保ったままだ。
大広間は、国王の発言を待って、しんとした。
国王は、大広間に入ってきたときと変わらず、軽く背を丸めていた。そして、皆の視線が集まっても、ほとんど身体を動かさず、黙っていた。
「陛下? お考えを……。」
ルイスが再度問うと、やっと国王は口を開いた。
「……全て、王太子に任せる。」
まさか、と誰かが言った。貴族たちは、またざわざわと騒ぎ始めた。
「陛下!?」「陛下!本当なのですか?」
ルイスとストラスタ侯爵が、思わず聞き返す。
驚く2人とは違い、アーサーはにやにやと笑っていた。まるで、この答えをあらかじめ分かっていたかのようだった。
「お前たち、不敬だぞ。国王陛下がこう言っておられるのだ。これで、何も問題なかろう。」
アーサーはまたイーリンを見下ろし、吐き捨てるように言った。
「残念だったな、魔女め。お前たちはうっとうしかったが、もう終わりだ。」
お読みいただいてありがとうございます。断罪の一日はもう少し続きます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




