15 晩餐会
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
アンナ:イーリン付きの侍女
ピーター:マクスウェル家の庭師
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの婚約者
フィリップ・ギーベル:国王、アーサーの父
ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者
キャサリン・パー:男爵令嬢、王太子のお気に入り
リーデン伯爵:キャサリンの後見
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
「えっ……。」
イーリンは驚いた。最初は言われている意味が分からず、侍女を見つめるばかりだった。
「お父様たちには、催しに出席してはいけないと言われているの。だから、早くお断りの手紙を書かないといけないわ。」
「王家に逆らってはなりません。」
イーリンは諭すように言ったが、侍女は同じ言葉を繰り返した。
そして、ふいと部屋の扉まで歩いていったかと思うと、扉を開け、数人の侍女を呼び込んだ。
「さあ、皆。お嬢様の支度を始めますよ。」
どやどやと侍女が入ってきて、イーリンに立つように促し、支度部屋に連れて行こうとした。
「待って、ねえ、お断りすると言っているのよ。」
異様な雰囲気に怖気付き、イーリンは、侍女たちの手を押し返すように抵抗した。
しかし、侍女たちは全く手をゆるめてくれず、イーリンの声が聞こえていないかのようだった。
「お嬢様!わがままを言ってはなりません!」
突然、年上の侍女が怒鳴った。
イーリンはびくっと身を震わせる。
『逆らうんじゃない!』
アーサーの声が聞こえた気がした。
剣の柄に手をかけられたときのことを思い出す。
「い、いや……。」
恐怖で身体が竦む。
動けなくなったイーリンを、侍女たちは無理矢理に支度部屋に連れていった。
あれよあれよという間に、侍女たちはイーリンにドレスを着せ、飾り立てていく。
「待って……、せめて、アンナを呼んで。」
きょろきょろと探すが、アンナがいない。
イーリン付きの侍女のはずなのに。
「アンナは今日、遣いにでております。館にはおりません。」
(なぜ……。)
どうして今、アンナが不在なのだろう。
イーリンは、偶然とは思えなかった。
「お嬢様、お化粧が歪みます。じっとしていて下さいませ。」
化粧係の侍女に、顔をぐいと押さえられた。目の前に見える侍女の顔は無表情で、瞳は暗い。
イーリンは底しれぬ恐怖を感じた。皆、これまでと別人になってしまったかのようだった。
支度が済み、イーリンは侍女たちに館の外に連れ出された。他の使用人たちは、遠巻きにその様子をじっと見ている。
門のところには、いつの間にか馬車が用意されていた。
「待って、こんなのおかしいわ。どういうことなの。ちゃんと教えて。お父様に叱られるわ。」
イーリンは侍女たちに頼むが、全く聞き入れようとしない。
この場合、叱られるのは侍女たちなのだが、彼女たちは意に介していないようだった。
「いや、やめて、お願い。」
手を掴まれ、馬車の方へぐいぐいと引っ張られていく。抗おうとするが、アーサーに同じことをされたときのことが蘇り、身体に力が入らない。
騒ぎを聞きつけたようで、ピーターが庭の奥から怪訝な顔をして出てきた。
「ピーター!」
イーリンは声を振り絞って叫んだ。
その様子に気づいたピーターは、顔色を変えて走ってきた。
ピーターは侍女たちに何事かと聞き、言い争っている。しかし、そうしているうちに、イーリンは押し込まれるように馬車に乗せられた。
乗るやいなや、御者は馬に鞭打ち、馬車は出発した。
ピーターが、「お嬢様!」と叫んでいるのが聞こえた。
(どういうことなの。)
イーリンは泣きそうになった。何が何だか分からない。
馬車はどんどんと走って行く。
使用人たちは、今日のことをあらかじめ知っていて、準備をしていたかのようだ。
実は、事前に連絡があったのか?いや、招待状の日付は今日のものだった。
侍女に強く掴まれた手が痛い。
王城には、きっとアーサーが待っている。イーリンはぐっと顔を上げて前を見据え、震えてくる手を握りしめた。
(何が待っているのか分からないけれど、今回は自分自身で乗り越えるしかないのだわ。)
家族が近くにいないのは不安だ。しかし、ここまで連れてこられては、逃げることもできない。
イーリンは覚悟を決め、晩餐会に向かうことにした。
馬車は何に止められることもなく、そのまま王城に到着した。
招待状を見せると中へと案内され、大広間に通された。
大広間には晩餐会の準備がすでにされており、何名かの貴族はすでに到着していた。集まっているのは伯爵以上の位を持つ、いわゆる高位貴族たちのようだった。
その中には、リリーやルイーゼの姿もあった。2人はイーリンの姿を見て、驚いた様子をしている。
(いったい、どういう集まりなのかしら……。)
通常、これだけの貴族を一度に集めるからには、何かしらの理由があるものだ。
即位、立太子、王族の婚約など……。しかし、そのような行事は、今は予定されていない。
マクスウェル家が不在の今、あえて高位貴族たちを集めて、何を行おうというのか。
晩餐会は、通常と同じような様子であった。国王を上席とし、長いテーブルに、位が高い順に貴族たちが座っていく。王太子の婚約者であるイーリンの席は、第二王子の婚約者であるリリーの隣であった。
リリーのそばには、リリーの父親であるストラスタ侯爵の姿もあった。イーリンは侯爵に礼をして席についた。
顔色の悪いイーリンを見て、リリーは心配そうに話しかける。
「イーリン様、来られたのですね。てっきり欠席されるものと……。」
「いえ……。私、突然のことで頭が整理できておりませんの。」
「突然……?ええ、3日前に知らせが来るというのは、私も驚きましたけれど……。」
「まあ、リリー様は、3日前にはご存じだったのですか?」
リリー曰く、この晩餐会の招待状は、3日ほど前に各家に届いていたとのことだった。それでも余裕はなく、リリー達も慌てて準備をしてきたとのことだった。
「まあ、イーリン様は、今日までこの会のことをご存知ではなかったのですか?そんな……。」
「侍女たちは知っていたようだったので……。私が油断して、招待状を見落としてしまったのかもしれませんわ。」
イーリンは苦笑してリリーに言ったが、本当にそうだろうか?
公爵家の使用人が、今までに、そんないい加減な仕事をしたことがあっただろうか?
侍女の暗い瞳を思い出し、イーリンはぞっとした気持ちを思い出した。
2人の会話を聞いて、ストラスタ侯爵は難しい顔をしている。
フィリップ国王や王太子アーサーたちは、まだ姿を見せていなかった。
イーリンは、末席の方をちらりと見て、ひどく驚いた。
キャサリンがいる。
リーデン伯爵の隣に、キャサリンが堂々と座っていた。
王城への出入り禁止が解けたのか?
しかし、伯爵以上が出席するこの会に、なぜ男爵令嬢のキャサリンがいるのか。
一瞬、キャサリンの赤い唇が笑ったような気がしたのは、広間を照らす蝋燭のゆらめきのせいか。
イーリンの頭は、また混乱した。
そうしているうちに、先触れがあり、国王と王太子たちが入場してきた。
国王が席につき、口を開いた。
「今日はよう集まってくれた……。」
(あら、呂律が……。)
国王の背は少し丸まっており、いつもの覇気がないように見受けられた。国王が短い挨拶をした後、アーサーがグラスを掲げた。アーサーの方は胸を張り、意気揚々としている。
「国王陛下は本日体調が優れないので、代わりに私が乾杯をしよう。今日が皆にとって、素晴らしい日になるように!」
アーサーによる乾杯によって、晩餐会は始まった。
晩餐会そのものは、拍子抜けするほど普通に進んでいった。イーリンだけでなく、他の貴族達も、今日の晩餐会を催した王家の思惑を図りかねているようだった。
国王は体調が優れないということだったが、アーサーは国王にしきりにワインを勧め、話しかけていた。イーリンは、アーサーが自分に関心を示さないことについては、ほっとしていた。しかし、やはりこの晩餐会の目的が分からず、館での異様な使用人たちの様子も頭から離れず、イーリンは食事がほとんど入らなかった。
食事が終了し、歓談の時間となった。
通常であれば、酒を続けて楽しむ男性陣や、お菓子を囲む女性陣などに分かれ、しばらくお喋りを楽しんでいる。しかし、貴族たちはこの奇妙な会で、いつもと同じようにしてよいのかが分からず、顔を見合わせて、何となくその場にとどまっていた。
ここで、突然アーサーがイーリンの方を向き、話しかけてきた。
「最後の晩餐を用意してやったというのに、お前はほとんど食べていなかったな。せっかくの心遣いも無駄にする、愚かな女だ。」
「えっ……。」
アーサーの言っている意味が分からず、イーリンは戸惑う。
そして、アーサーは急に立ち上がったかと思うと、イーリンの手を乱暴に掴んで、無理矢理椅子から立たせた。
「な、何をなさるのです。」
恐怖で身が固くなったが、イーリンは声を振り絞り、抗おうとした。その手荒いやり方に、リリーやストラスタ侯爵も「殿下、お待ちください。」と声を出すが、アーサーは返事をせず、そのままイーリンを引っ張り、貴族たちからよく見える位置に移動した。
アーサーはにやりと笑い、貴族たちを見渡して、大きな声で言った。
「皆の者、よく聞いてほしい。私こと王太子アーサー・ギーベルと、イーリン・マクスウェル嬢は、本日をもって婚約を解消することとなった。」
お読みいただいてありがとうございます。次回、やっと断罪に入っていきます(イーリンには悪いですが)。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




