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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第一章
14/77

14 使用人たち

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

マリア・マクスウェル:イーリンの姉、隣国貴族と婚姻予定

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女

ピーター:マクスウェル家の庭師

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの婚約者

シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘

ファン:クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介

 クリスが来てから、王都のマクスウェル家の館は、何となく浮ついた雰囲気となっていた。


 クリスはイーリンと同じプラチナブロンドで、青い瞳を持つ、端整な顔立ちの青年である。すらりとした均整のとれた身体つきをしているが、国境沿いの領地の跡取りとして、鍛錬も欠かさないため、精悍な印象があった。


 それでいて、使用人にも穏やかに、分け隔てなく接するため、「若様は美しい上に優しい方」と認識されていた。

 そのため、使用人の女性たちは、こぞってクリスの世話をしたがった。クリスをそばで見ることを、仕事中の数少ない娯楽としてしまっているのだった。


「女の子たちが、洗濯中でもきゃあきゃあ言って、おしゃべりばかりしていますよ。」


 と、庭師のピーターがぼやいていた。

 イーリン付きの侍女アンナは、「仕事には集中してもらわないと困りますね。」と言っている。


 イーリンも、アンナと同意見ではあるものの、


(少しは仕方ないわ。お兄様は素敵な男性ですもの。)


 と、誇らしく思う気持ちもあった。


 兄の風貌は、持って生まれたものだけではなく、本人の努力により身についたものもたくさんある。

 王太子アーサーも容姿には恵まれているが、クリスのような教養から来る品性は見られなかった。


 また、クリスは筆頭貴族マクスウェル家の跡取りであるにも関わらず、まだ婚約者が決まっていなかった。そのために、使用人たちに余計な期待をさせてしまっているようであった。


 本人は呑気に、


「父上は、私の婚約者のことなんて忘れてしまっているんだよ。マリアやイーリンの婚約者が大物すぎるんだもの。」


 などと笑っていた。


 実のところ、マクスウェル家跡取りの婚姻は、及ぼす影響があまりに大きい。そのため、慎重に相手を選ばざるを得ず、結果的に遅くなっているだけなのだった。


 国王の末娘である、シャーロット王女との婚約話も出たのだが、王太子アーサーとイーリンが婚約中であり、王家とマクスウェル家とのつながりが強くなりすぎてしまうため、見送られていた。


「私は、あの可愛い王女様は好きなんだけどね。」


 クリスはそう言うものの、シャーロット王女はまだ幼い。マクスウェル家は公爵夫妻がまだ健在であり、クリスの結婚をさほどまで急ぐ必要はなかった。


 婚約者がいないとはいえ、クリスは使用人に手をつけるほど考えなしの男ではない。

 しかし、王都は、素朴で実直なマクスウェル領の雰囲気とは違い、どこか刹那的で享楽的なところがあった。国中から、雑多な人々が集まるためかもしれない。


 その王都の特徴が、公爵家の使用人たちが分不相応な夢を見て、仕事中に美しい跡取り息子に見とれてしまう空気を作り出しているのかもしれなかった。



 クリスが王都に来てまもなくのころ、イーリンはクリスから、領地にいる母ソフィアの近況や、マリアの式の準備のことなどを聞かせてもらっていた。


「そうだ、イーリン。ファンからの言付けがあるよ。」

「まあ、ファン様から?」


 イーリンは驚いて、少し声が上ずってしまった。クリスはニコニコと笑っている。


「私はね、手紙を書いていいよって言ったんだけど、『婚約者のある方に、私が手紙をお書きするわけにはいきません』って言われてしまって。」

「……そう、そうですよね……。」


 イーリンはしゅんとなった。


 解消に向けて動いているとはいえ、自分は未だ婚約者がいる身である。それなのに、何を他の男性からの言付けで、簡単に喜んでしまっているのか。

 館に漂う雰囲気に飲まれ、自分まではしたなく浮かれてしまったのか、などと反省していると、


「『また、お会いしましょう、お待ちしています。』だってさ。ファンは本気で、イーリンが帰ってくるまで、うちにいるんじゃないかな。」


 こちらは大歓迎だけどね、優秀だし、助かるから、と言い、クリスは笑った。


(本当に、私を待っていてくださるの……? )


 イーリンは、いつもはあたたかさを感じている胸が、急に熱くなったように感じた。

 気が付くと、顔も身体も何だか熱い。


「いやだ、もう……。」


 どうしていいかわからず、頬に手を当てて身をよじっている妹を見て、クリスは微笑ましく思った。


(できたら、このまま幸せにしてやりたいな。)


 クリス個人としては、イーリンの幸せを第一に考えたい。


 しかし、イーリンの婚約解消は、国王の意に逆らう要求だ。表立ってアーサーを非難し、強引に婚約解消を進めれば、王家への反逆ととらえられかねない。

 下手をすると、内戦を引き起こしてしまう。民を巻き込み、国を疲弊させる戦は、何としてでも避けなければならなかった。


 ただし、これ以上イーリンを犠牲にするわけにはいかない。誰が王妃になろうと、アーサーが国王では、国の未来は暗い。本来は、アーサー自身を止めなければならないのだが……。


 そこまでで、クリスは考えるのをやめた。


 今はただ、これからもまだ気苦労が続くであろう妹に、少しでも幸せな思いをさせてやりたいと思った。



 公爵夫妻が領地から隣国ハーフェンに発つ予定の日が近づき、クリスも領地に戻る日が来た。

 使用人の女の子たちは、涙を拭きながら、クリスの姿を少しでも目に焼き付けようと陰から覗いていた。


 クリス自身は、イーリンを心配し、最後まで「離れたくないなあ」と言って、涙をイーリンに拭いてもらっていた。


 クリスの馬車を見送り、その姿がすっかり見えなくなると、


(これで、しばらく一人なのだわ。)


 と、イーリンは思った。


 全くの一人になるのは久しぶりであった。

 以前に王都で留守番をしていたときは、寂しさを感じる余裕がなかった。今は、領地やこの館で家族から受けた愛情を思い出し、寂しさが募る。


(でも、いつまでも甘えてはいられないわ。)


 家族の助けを借りながらも、頼りきりにならないようにしなくては。

 アンナや、ピーターもここにはいる。家族以外にも、自分を見守ってくれる人はいるのだ。


 ただし、今回ヘンリーが不在の間は、催しなどの参加は全て断ることとしていた。公爵が不在である理由は明白であり、病み上がりのイーリンは一人では参加できない、とのことで、王家にも了承を得ていた。


 王太子の婚約者であるとはいえ、領主代理となるのは、夫人であるソフィアか、跡取りであるクリスである。令嬢であるイーリンには、必ず出席しなければいけない集まりはめったにない。

 イーリンはゆっくりと過ごすことにした。


 数日すると、クリスが無事領地に着いたこと、一足先にハーフェンに入ったマリアに続き、公爵夫妻も入国した、との知らせが届いた。

 予定では、明後日くらいにヴィルターとマリアの結婚式が行われるはずだ。マリアは領地で話していたように、白を美しく引き立たせ、綺麗な花嫁姿を皆に見せているだろうか、とイーリンは思った。



 家族のいない日々は、妙に静かだった。


 使用人たちも、クリスがいた時とは違い、黙って、淡々と仕事をしていた。やかましいくらいのお喋りも聞こえなくなり、使用人たちは皆声を立てず、ひそひそと隠れて話をしているかのようだった。

 その静けさは穏やかなものではなく、ざわざわとした落ち着かなさを与えるもので、イーリンはアンナを連れて、よく庭に出た。


「何となく変ですよね、分かります。」

「仕事は皆ちゃんとしているし、話すと普通なのですが……。」


 ピーターもアンナも、館の雰囲気に違和感を覚えているようだった。

 しかし3人で考えても、なぜそうなっているかは分からなかった。




 それから数日が経ったころ、王城から晩餐会の招待状が届いた。


『本日夕刻開催。領主代理として、ぜひ出席されたし。』


 あまりに急な呼び出しだ。王城での晩餐会に出席するとなれば、それなりの準備をしなくてはならない。それを当日の昼に知らせるなど、通常ではあり得ないことだった。

 いくら王家でも、このような乱暴なやり方をすることは、今までなかった。


「お断りしなくては……。」


 ヘンリーやクリスからは、何があっても館から出てはいけない、と言われていた。イーリンとしても、今回の招待に乗ることは、あまりよくないような気がした。


 イーリンは、断りの手紙を書くことにした。急いで書かなくては、晩餐会の時間に間に合わない。

 手紙を持ってきた侍女に、便箋とペンを、と言いつけたが、侍女は動かなかった。


「あら、どうしたの?」


 イーリンは不思議に思った。

 アンナより少し年上の、古参の侍女だ。物の場所が分からないということもあるまい。

 もし分からないのなら、アンナに聞けばいい。


 しかし、侍女はじっとその場を動かず、イーリンと目を合わせないまま、低い声で言った。


「王家に逆らってはなりません。」


お読みいただいてありがとうございます。いよいよ断罪に近づいてきました。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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