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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第一章
12/77

12 伯爵夫人

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

マリア・マクスウェル:イーリンの姉、隣国貴族と婚姻予定

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの婚約者

フィリップ・ギーベル:国王、アーサーの父

キャサリン・パー:男爵令嬢、王太子のお気に入り

パー男爵:キャサリンの父

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

マーガレット・リーデン:伯爵令嬢

「キャサリン、お願いだ。もう王妃なんて大それたことを考えるのはやめておくれ。」


 パー男爵は、自分の屋敷の中で、自分の娘に(ひざまず)かんばかりの様子で頼んでいた。


「何を愚かなことをおっしゃるの、お父様。」

「殿下のご寵愛はありがたいことだが、これ以上国王陛下の勘気をこうむっては、うちはやっていけないよ。」


 すでにキャサリンは、王宮への出入りを止められている。


『公爵家のイーリン嬢が魔女である』という噂がたってからは、

「アーサー殿下とキャサリン嬢は、魔女に邪魔された悲恋の2人なのではないか?」

 などと言われ、同情を買うこともあった。

 しかし、イーリン嬢が王都に戻ってからは、噂も落ち着いてしまった。


 何より、国王が「イーリン嬢は魔女ではない」と明言したのだ。


 これは、国王がイーリン嬢を婚約者の座から下ろすつもりがないということを指す。おまけに、貴族の筆頭であるマクスウェル公爵は、娘のイーリン嬢を悩ませたキャサリンを良く思っていない。

 これでは、愛妾の座につくことも難しいだろう。


「殿下の婚約者となれば、そんなことは考えずに済むのですわ。」

「無理を言うな。陛下は寛大にも、お前に良い縁談を用意してくださったではないか。他国とはいえ、侯爵夫人になれるのだぞ。その話でいくならば、伯爵家も養女になることを認めてくださるそうじゃないか。」


 キャサリンは、父親をぎっと睨んだ。その勢いに、男爵は一瞬たじたじとなる。


 忌々しいリーデン伯爵夫人。夫と娘は籠絡できたのに、あの女は頑として私を家に入れず、養女になることも認めなかった。

 小国の侯爵夫人など、何の意味もない。私はこの国を手に入れたいのだ。


「キャサリン、頼むから、家族のことも考えておくれ。妹たちの婚姻も考えてやらなくちゃならないんだ。王家や公爵に睨まれて社交界から追い出されたら、うちは干上がってしまうよ。」


 男爵家としては、破格の話である。パー男爵は、土下座しそうな勢いで、この縁談を受け入れるよう娘に頼んだ。


 キャサリンは、今にも這いつくばりそうな自分の父親を見下ろして思った。


 ──野心もない、器の小さな男だこと。


 まだ地位や権力を持っているアーサーならばともかく、何も持たない弱小貴族のくせに、上昇志向すら持ち合わせていないとは。


 古く、雨漏りのする館。キャサリンがアーサーに頼まなければ、修繕する金もなかった。

 座面の擦り切れた、塗りのはげた椅子に座り、キャサリンは舌打ちをした。


(せっかく私が人より美しく生まれたというのに、それを利用する才能もない……。)


 ──邪魔だわ。


 実の親のくせに、娘の足を引っ張ろうとするとは、何と罪深いことか。優れた姉が王妃になろうとしているのに、劣った妹たちの婚姻など、何の意味があろうか。


(そろそろ、時期かしらね。)


「どこへ行くんだ、まだ話は終わっていないぞ。」


 すっと椅子から立つと、追い縋る父親を振り払い、キャサリンは自分の部屋に戻った。どうせアーサーの怒りを買うことも怖いので、親は私に手を出せない。


 キャサリンは机に向かうと、便箋を広げ、ペンを取った。


『愛する殿下、私たちは引き裂かれようとしています……。』




 同じころ。

 リーデン夫人からの招待状を受け取ったイーリンは、マリアとともにリーデン伯爵家の館を訪れていた。


 リーデン伯爵が男爵令嬢キャサリンの後見となっていることは、周知の事実である。伯爵は、男爵令嬢のキャサリンを養女とし、王太子の新たな婚約者にしようと企んでいた。

 しかし、伯爵夫人がそれに反対しており、話は進んでいないとの噂であった。


 イーリン達は、実際のリーデン伯爵夫人の思惑を知るために、招待を受けることにしたのだ。


「ようこそ、お越しくださいました。イーリン様、マリア様。」

「リーデン夫人。お招きいただいてありがとうございます。」

「妹は病み上がりなものですから、無理矢理ついてきてしまいました。姉の過保護をお許しくださいませね。」

「お気になさらず。マクスウェル家のお嬢様をお二人も迎えることができて、光栄ですわ。私のことは、エリザとお呼びください。」

「ありがとうございます。エリザ様。」



 リーデン伯爵夫人であるエリザは、少し面長で鼻が高く、背筋の伸びた姿勢がきりっとした印象を与える女性だった。イーリンやマリアの母ソフィアより、数歳年上であろう。目尻には、かすかに皺が見られた。


 貴族の妻はソフィアのように、夫の不在時に代理で領地を治めていることが多く、あまり王都で会うことはない。

 しかし、先代のリーデン伯爵には男子がおらず、長女のエリザに婿を迎えた。それが今のリーデン伯爵である。

 そのため、伯爵家の中でエリザの立場は強く、夫と交代で王都を行き来することもあった。


「私どもの領地はそんなに大きくはありませんのでね、息子も一人前になりましたので、もうほとんど経営は任せておりますの。ですから私、こうやってたびたび王都に来て、羽を伸ばすことができているのですわ。」


 リーデン家にはすでに20歳を過ぎた嫡男がいる。経営を任せているのは実際のところだろうが、伯爵夫人が王都に滞在しているのは、別の目的があるように思われた。


 イーリン達は、応接間ではなく、あまり大きくはない客間に通された。他に人はおらず、今日招待されているのはイーリン達だけのようであった。


 エリザは、どうぞ楽になさって、とイーリン達に椅子を勧めた。リーデン伯爵は、今日は留守だと言う。


「早速で申し訳ありませんが、今日の目的を果たさせてくださいませ。マクスウェル家の皆様に見せるのも恥ずかしいところではありますが、うちにしては珍しいお茶が入りましたのでね。ぜひお試しいただきたくて。」


 そう言って、エリザは侍女に「準備を。」と言いつけた。

 少しすると、侍女と一緒に10歳くらいの少女が現れた。

 少女は緊張した面持ちで部屋に入り、持っていたお茶箱をテーブルに置くと、エリザに「持ってまいりました、お母様。」と声をかけた。


 少女はエリザによく似た顔立ちで、成長したら凛とした美人になりそうであった。イーリンやマリアを見て戸惑っているようであり、エリザのそばでもじもじとしていた。


 エリザは黙っている。


 マリアが最初に口を開いた。にっこりと少女に笑いかける。


「初めまして、可愛らしい方。私、マリア・マクスウェルと申します。お名前をうかがってもよろしいかしら?」

「まあ、お姉様。私にも、この可愛い方に自己紹介をさせてくださいませ。初めまして、私はイーリン・マクスウェルと申します。これから仲良くさせていただきたいわ。」


 イーリンも、マリアに続いて少女に笑いかけた。

 少女が自分たちがいることで緊張しているのが分かっていたので、できるだけ楽にふるまってほしかった。


 少女は呆気に取られていた様子だったが、エリザに促され挨拶をした。


「……マーガレット・リーデンと申します。なにとぞ、よろしくお願いいたします。」

「娘のマーガレットです。まだ幼いですが、どうぞお見知り置きいただければと。」


 エリザが頭を下げる。

 マリアとイーリンは、マーガレットに明るく話しかける。


「まあ、マーガレット様とおっしゃるのね。よいお名前ですわね。」

「マーガレット様、またうちにも遊びにいらしてくださいませね。こんな可愛い方がいらしたら、何を準備すればいいかしら?」

「マーガレット様、リンゴはお好き?アップルパイなどどうかしら。」

「いいですわね。でも、もっとお好きなものがあるかもしれないわ。」


 マリアとイーリンのくだけた態度に、マーガレットも次第に緊張が解けたようだった。好きな果物や花の話など、年若い少女が好きそうな話題でお喋りをしていると、マーガレットはすっかり打ち解け、屈託なく笑うようになった。そうやって話を続けていると、


「まあまあ、今日はこのくらいにしておきましょう。お2人のお時間がなくなってしまうわ。」


 と、エリザが苦笑して止めた。



 エリザはマーガレットを下がらせ、人払いをした。

 そして、自ら茶葉をとって手際よく人数分のお茶を入れ、2人に差し出した。


「貴重なものをありがとうございます。」

「まあ、いい香りがしますわね。」


 お茶を一口飲み、イーリンは伯爵夫人の顔をちらりと見た。


(エリザ様は、マーガレット様と私たちを引き合わせたかっただけなのかしら?)


 まだエリザの意図がわからない。実はリーデン伯爵と申し合わせていて、イーリン達を陥れるつもりかもしれない。

 しかし、イーリンから見えるエリザの顔は意外にも優しげで、悪意などないように見えた。

 マリアも同じことを考えている様子で、少し首を傾げていた。


 イーリン達はお茶を飲み終わると、エリザに礼を言った。


「美味しゅうございました。」


 それを聞き、エリザは一瞬ふ、と目を閉じた。そして、目を開けると悪戯っぽい微笑みを浮かべた。


「ふふ、ありがとうございます。でも、このお茶はそれだけではございませんわよ。このお茶を飲むと、私ついつい口が軽くなるのですわ。」


 イーリンとマリアは、きょとんとし、顔を見合わせた。

 エリザは、にこりと笑った。


「今から私、お喋りになりそうですわ。何を言っても、お許しくださいませね。」


お読みいただいてありがとうございます。次回は、エリザが色々と話します。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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