11 茶話会
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵
マリア・マクスウェル:イーリンの姉、隣国貴族と婚姻予定
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの婚約者
キャサリン・パー:男爵令嬢、王太子のお気に入り
リーデン伯爵:キャサリンの後見
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
イーリンが王都に戻り、ひと月くらいしたころ。
イーリンは友人達を招き、茶話会を開いていた。あちらこちらで顔を合わせるものの、ゆっくり話す時間はとれなかったためだ。
「お姿を拝見して、安心致しましたわ。」
リリーがにっこりと笑う。
「イーリン様、お元気になられたようで、本当に良かったですわ。ソフィア伯母様もお元気でしたでしょうか。」
ルイーゼは少し涙ぐんでいる。
「リリー様、ルイーゼ様、ありがとうございます。ご心配をおかけしました。この通り、すっかり元気になりましたの。」
そこからしばらく、イーリンは今回故郷から持ち帰った、2人へのお土産の説明をしていた。特に、隣国ハーフェンから輸入されたものは、2人には物珍しいようで、興味津々という様子で聞いていた。
「まあ、イーリン様、こんなに貴重なものをたくさん……。」
「ささやかなものですわ。ぜひ今日は、お持ち帰りになってね。」
2人の手紙は心の慰めになっただけではなく、自分の危機をも教えてくれた。イーリンは2人に、できるだけのことをしたいと思っていた。
「イーリン様、本当に何か困ったことがあれば、必ず頼ってくださいませね。」
ルイーゼのまっすぐな、よく響く声が飛び込んでくる。
「ルイーゼ様。もう十分にしていただいていますわ。」
「分かっております。私も不肖ながら、イーリン様のつまらない噂を消すようには努力してまいりましたわ。それに、イーリン様が戻って来られてからは、いまやほとんど噂を信じているものはおりません。ですが……。」
しかし、燻ぶった余炎のように、人々の中にはまだ疑念が残っている。いつ、それが火種となり、再度燃えだすか分からない。まだ、油断はできないのだ。
「……私、最初にイーリン様が婚約者を降りられるかもという話を聞いたときは、とても驚いたのですわ。」
少し目を伏せてリリーが言う。
「……申し訳ありません。」
リリーは一時期、アーサーの次の婚約者候補になっていた。自分のために友人を巻き込んでしまったことを、イーリンは改めて申し訳なく思った。
「いえ、そういうことではないのです。」
しかし、リリーは否定した。
「リリー様……。」
「それはもちろん、正直に申しましたら、将来の義姉になるのはイーリン様が良かったですわ……。でも、仕方ありません。王太子殿下は、ちっともお変わりになりませんもの。」
リリーの言う通りで、アーサーは謹慎を経ても、全く変わっていなかった。
むしろ以前よりイーリンにはきつく当たり、一度など、「教育し直してやる」と、手首をつかまれ連れていかれそうになった。
そのときは、ヘンリーがアーサーの手を振り払い、
「娘をどちらに連れていかれる気ですかな。まだ婚約者同士とはいえ、以前とは関係が違うことを、殿下はご存知のはずですが。」
と毅然と言い、守ってくれた。
アーサーはキャサリンと結ばれたいのであり、イーリンとの婚約を継続したいわけではない。しかし、どうやら長年の関係で、イーリンを自分の所有物だと勘違いしており、自分を拒絶し、逆らっていることがどうにも気に入らないようだった。
目を伏せたまま、リリーは続けた。
「私、気づいたのですわ。自分に王太子殿下との婚約の話が来たとき、どうしても、無理だと……。」
リリーの目に涙が溜まっていく。
常に凛としたリリーは、人前で泣くことなどまずない。イーリンはリリーのこんな姿を見るのは、初めてだった。
「そこで改めて、イーリン様がどれだけお辛かったのかを理解したのです。」
賢明で、人格的にも問題ない第二王子ルイスとなら、たとえ王妃となっても、その責務をこなしていけるだろう。
しかし、暴走するアーサーの機嫌をとりつつ、ともに国を治めるなど、とてもじゃないが無理である。おまけに、キャサリンまでくっついている。
そこで、初めて自分たちがイーリンに過度な期待をしていたことに気づいたのだ。
「私たちは、殿下の手に余ることを、イーリン様が肩代わりしてくださると思い込んでおりました。そうやってイーリン様をお助けしているつもりで……、追い詰めていたのですわ。だから私、父にも言ったのです。殿下の問題を、イーリン様に押し付けないでと。」
申し訳ありません、とリリーは泣き出してしまった。
イーリンとしては、助けを求めなかった自分に問題があると思っており、リリーを恨む気持ちなど毛頭なかった。
ルイーゼまでがつられて泣いてしまい、イーリンがおろおろとしていると、
「あらあら、可愛いお嬢さま方が、みんなで何を泣いているの?」
と、マリアが侍女たちと一緒に果物の皿を持って現れた。
「お姉様。」
「おいしい果物がありますよ。さあ、一緒に食べましょう。」
マリアはにこやかに言い、リリーの隣に座った。
「マリア様。」
「リリー様、お久しぶりです。イーリンのことを考えてくれてありがとうございます。」
「いえ、私などは……。」
「いいえ、リリー様やルイーゼ様のお手紙で、私たちは事の重大さを知ったのです。それに、皆様のお心遣いは、領地で過ごすイーリンの助けとなっておりましたわ。家族を代表して、お礼を申し上げます。」
イーリンも、リリーの目を見つめ、微笑んで言う。
「そうですわ、リリー様。私、今のお話を聞いても、ありがたいと思いこそすれ、お恨みすることなどございませんわ。これからも、仲良くして頂きたいの。」
「イーリン様……。ありがとうございます。」
リリーの張りつめた表情が少し緩んだところで、マリアが声をかけた。
「さあ、果物があたたまってしまいますわ。早くいただきましょう。」
マリアに促され、3人は美味しく果物を食べた。食べ終わるころには、皆気持ちが落ち着いてきたようだった。ルイーゼは、年上の従姉である「マリアお姉様」と久しぶりに会えたことで喜んでいた。
使用人に命じて空になった皿を下げさせ、マリアは「では、皆様ごゆっくり。」と席を外した。
そこからは、3人は少し気楽になって、以前と同じようなお喋りを始めた。
「……王太子殿下には、当分まだ王城の中にいらしてほしいものですわね。あの方のキツネ狩りって、ご自身が狩るのではないですのよ。」
辺境伯の娘であるルイーゼは、王太子のキツネ狩りについて文句を言っている。
「まあ、そうなのですか?」
「そうですわ。従者などに捕まえさせて、その後獲物をいたぶって楽しむのですって。許せません。狩りというものは、命のやり取りですわ。獲物に対しても、それなりの敬意を払うべきなのですわ!」
「狩りのことはよく分かりませんが、獲物をいたぶって楽しむというのは、あまりよろしくないご趣味ですわね。」
と、リリーが答える。リリーは、もうすっかり落ち着いたようであった。
「イーリン様には、もっとふさわしい方がいらしてよ。もう、いくつかお話はあるのでしょう?」
「まあ、どんな方々からお話があるのでしょう?強くてたくましい方はいらっしゃるのかしら?」
リリーとルイーゼが、少し身を乗り出してイーリンに尋ねる。
「少しだけ……父から聞いておりますわ。」
魔女の噂がおさまってくると、社交界に戻ったイーリンは衆目の的となった。領地での療養で健康的な美しさも取り戻したイーリンは、社交界の中でも一二を争う美しい令嬢として認識されるようになった。
まだ婚約解消には至っていないが、マクスウェル公爵の様子から見ると、いずれイーリンはアーサーから解放される。筆頭貴族の美しい令嬢を、できるだけ早く手に入れたいと、ヘンリーの元には様々な貴族から手紙が殺到していた。
手紙の山を前に、ヘンリーは「『今はまだ考えられない』と、返事を書くのも大変だよ。」と苦笑していた。
「おそらく、そういった話はまだ先になりますわ。姉ももうすぐ嫁ぐので、当分父も母も忙しいですから。私も一度、領地に戻りたいですし……。」
イーリンは笑って言った。
「イーリン様、もうお戻りになってしまうのですか?」
と、ルイーゼが寂しそうに言う。
「いえ、ルイーゼ様。まだしばらくは王都におりますわ。」
人々の疑念が完全に晴れるまでは、王都を動けない。
──でも。
イーリンは、マクスウェル領の風と、ファンの笑顔を思い出した。そして、ファンがいるうちに、一度領地に戻りたい、と思った。
将来の婚約の打診だけではなく、イーリンには、様々な貴族から招待状が届いていた。
マリアと共に、どれに出席するかを考えていると、
(あら、これは……。)
『珍しいお茶が手に入りました。イーリン様に召し上がってい頂きたいので、ぜひうちにいらしてくださいませ。』
それは、リーデン伯爵夫人からの招待状だった。
お読みいただいてありがとうございます。すみません、今回からは、1日1回更新にさせていただきます。お休みする日もありますが、続けてお楽しみいただけたらと思います。




