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あなたと異世界の物語  作者: паранойя
6.あなたと異世界の物語

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75/76

75.「さようなら、お元気で」

「ぼ、僕は……」


 アローンの声は震えていた。世界の裂け目から身を切るような風が吹き込み、あなたの睫毛を凍らせようとしている。死の灰が齎した、永遠に終わらない核の冬。


「僕は、君を殴り倒してでもこの先に進むつもりだぞ!」


 酷く興奮した様子のアローンが拳を構えた。及び腰で、素人丸出しのファイティングポーズだ。声と同様にその拳も震え、親指を内側に握り込んでしまっている。そのやり方は間違いだ。そのまま殴ると、衝撃で親指を折ってしまう。


 正しくは人差し指から薬指までを強く握り、その上から親指を曲げて四本の指を抑えるのだ。あなたは自ら拳を握り、適切な方法を享受してみせた。


「からかってるつもりなのか!?」


 違うと、あなたはかぶりを振った。あなたは極めて真剣だ。これから先、アローンにはこのような技術が必要になる。自らの為に他者の命を奪い、不安と恐怖に打ち勝つ術を習得しなければ、ウェイスランドでは生きられない。


 優れた技術を持っているという自信は、安定した精神の確立を助ける。暗く凍えるような死の世界では、己の精神こそが最も危険な敵になり得るのだ。

 

「ちょっと、早くしなさいよ! 長くは持たないんだけど!」

「頭と胴が別々の世界に飛ばされる可能性もありますがね」


 どうやら、もう時間が残されていないようだ。あなたはブラスターガンを取り出し、しばし眺めた。生を受けてから今まで、世界すら超えて常にあなたと共に在った銃。フレームに刻まれたAW-B23の刻印は長年の酷使に薄れ、折り畳みストックにはガタが来ているが、まだまだ使える。


 指紋認証を書き換えねば使えないが、世にはこの類の“旧世界の遺物”を専門に扱う職人も存在するとの噂だ。もし五体満足のまま向こうに行けて、尚且つ運が良ければ出会うこともあるだろう。


「何を……君は何を言っているんだ?」


 分かっているはずだとあなたは答えた。あなたは帰らない。あなたはこの地に骨を埋め、この世界の循環へと還る。

 アローンが、一人でウェイスランドに行くのだ。別れの品として、あなたはアローンにブラスターガンとホルスター、ガイガーカウンターに原子力懐中電灯――S&W M36や予備の弾薬を含む様々を手渡した。


「君はどうするんだ。これから先、困るんじゃないのか」


 長年の相棒を手放すのは少々寂しいが、アローンとは違ってあなたには鍛え抜かれた肉体がある。それにラッパ銃がまだ残っているのだ。改めてこの世界の人間として生きると決意する前から、ブラスターガンは少しオーバーキルに過ぎると思っていた。


 重金属粒子を加速して放つエネルギー銃は、ウェイスランドにこそ相応しい。この世界で鹿を撃つよりも、向こうで遺伝子の捻じれた怪物を撃つ方が本来の目的に適うだろう。


 さあ、話はこれで終わりだ。早く行けと、あなたはアローンに促した。

 恐らく、これが最初で最後のチャンスだ。これを逃せば次は無い。このまま残りたいなら話は別だが、それを望んではいないはずだ。


「じゃあ……ああ、そうだな」


 アローンが向き直り、右手を差し出した。あなたも応じ、短い握手を交わす。


「世話になったな、ありがとう。君とその友人たちにも感謝すると伝えてくれ」


 腰のホルスターにブラスターガンを収め、荒涼とした灰色の地獄へと相対する。清潔な白衣とブラスターガンの組み合わせはどこかミスマッチで、如何にもウェイスランド的だった。


「さようなら、お元気で」


 そう言い残し、アローンはウェイスランドへと姿を消した。それと同時に、甲高い不協和を上げて世界の裂け目が崩壊する。

 強烈な衝撃波が駆け抜けて、円卓に開きっぱなしだった魔術書が蝶のように舞い上がった。


「あぁー……疲れた」

「良い経験でしたね。疲れましたが」


 疲労困憊といった様子で、メイベルとルフィナの二人は椅子に座り込んだ。シロアッフとの激しい戦闘から、ほぼ強行軍でここまで来た。あなたは全員に感謝の意を伝えた。


「お疲れ様でした。メイベルさんにルフィナさん……皆無事で良かったです」

「さあ、五体満足で向こうに行けたかどうか」

「そういうのは言わなくていいの。どうせ知りようもないんだから」


 ウェイストランドでも比較的安全そうな場所に飛んだように見えたが、実際は分からない。あのモヤシっ子が何処までやれるか……どうにか上手くやってくれと、あなたは密かに祈る。


「司書さんもお疲れだったわね、ありがとう」

『お安い御用です。それより、退館時間が目前に迫っています』


 メイベルは懐中時計を取り出し、針を読んだ。知らされぬ内に与えられていた滞在時間は三十分。もう残りは五分程度しかない。


「そっか。名残惜しいけど……この光景、目に焼き付けなくちゃね」

「また不法侵入する時は一声かけて下さい」

「しないわよ。あんた一人でやんなさい」


 緊張が解け、和やかな雰囲気が漂い始める。大仕事を無事に成し遂げたことに、全員が満足感を覚えていた。

 最早この場所に用はない。早く王都など出てしまおうと、振り向いたその時。


「ここに就職してもいいんだぞ? ルフィナ以外に限るがな」


 それは一番聞きたくない声だった。恐る恐る振り向くと、あなたの短剣と肉切り包丁を持ったシロアッフが立ちはだかっていた。

 カレンが深く傷つけた脚も、あなたが渾身の力でカチ割った頭も、すっかり元に戻っている。至って健康そうに、いつもの腹立たしい微笑を浮かべていた。


「そう構えるな。これを返しに来ただけだ……ああ、悪いが、カレンの剣は折れてたよ」


 短剣と肉切り包丁が、それぞれの元へ投げ返される。敵意は無いようで、グリップを向けた安全な投げ方だった。


「司書もよくやったな。消えていいぞ」

『はい』


 登場した時とは打って変わって、穏やかな粒子となって司書が姿を消した。

 あなたは受け取った短剣を検めるが、可笑しなところはない。べっとりと付着していたであろう血液も、綺麗さっぱり拭き取られていた。


 ルフィナが肉切り包丁を手元でくるりと回すのが見えた。鈍い刃が欠けようと興味はないらしい。一難去ってまた一難。あなたは短剣を構える。


「落ち着け、手伝ってやっただろ?」

「手伝ったですって?」

「そうとも。誰が滞在許可を与え、誰が司書を遣わしたか考えなかったのか?」


 それは何となく想像していたが、考えないようにしていたことだった。真っ赤な警告色と共に現れた司書は一瞬で協力的な態度を見せ、招かれざる客だったあなたは転じて正式な客人となった。故障したのでもなければ、不自然だ。


「データが欲しかっただけでしょう」

「そうとも言える。しかしルフィナ、部外者は黙っていろ」


 シロアッフの眼にルフィナは映っておらず、真っすぐにあなたたち三人を捉えていた。


「例の三冊を回収してくれたことは感謝している。これは個人的な……謝礼だと思ってくれ」

「本当に、本当に終わりなんですよね」

「ああ、見事な働きだった。故郷に帰るといいさ」


 ここに留まる理由は何一つなかった。シロアッフの横を抜けて書庫を後にしようとするあなたたちだったが、背後から唐突に声を掛けられる。


「言い忘れたが、もし次に会うことがあれば覚悟しろ。我々は全ての魔術師を束ね、国家の元で管理する計画を実行する。君たちのような野良魔術師は、身の振り方をよく考えておくことだ」

「魔術結社の連中が、私みたいな魔術師が素直に従うと思ってるの?」

「従うとも。俺個人の考えではなく、社会の見えざる力がそうさせる」


 それで話は終わりだった。今度こそ、あなたたちは書庫を出た。







「――終わりましたね」

「ええ、そう……そうね」


 王都を脱してしばらく、あなたたちは小高い丘に座り、ゆっくりと天に昇りつつある朝日を眺めていた。

 今日一日で、あまりに多くを経験した。どうしてか、それら全てが遠い過去のように思える。そんな光景だった。


「メイベルさん、大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れてるだけ」

「さっき言われたこと、気にしてます?」

「ん……まあね」


 シロアッフは嘘をつかない。はっきりと言葉には出来ないが、社会が確実に変化しつつあるとあなたは感じていた。一つの芝居が終われば、また次へ。人類が滅ぶまで永遠に繰り返されるであろう無限ループ。


 あなたが自分の世界を選んだように、魔術師も選択を迫られつつあるのだろう。好むと好まざるとに関わらず、いずれその日はやって来る。


「過ぎたる力を個人に委ねるのは危険です。我々を見れば明らかなように」

「なによ、あんたどっちの味方なの」

「私は常に私の味方ですよ」


 煙草を取り出し、ルフィナに一本渡した。火を灯し、疲労感に身を浸す。

 

「さて、そろそろお暇しましょうか。それでは――」

「ちょ、ちょっと!」


 歩き出そうとするルフィナをカレンが引き留めた。略奪品で一杯の袋の傍らに、見覚えのある本が一冊小脇に抱えられている。自然すぎて誰も今まで気づかなかったが、それは王国書庫の書物ではなかったか。


「それって」

「報酬に頂きました。それが?」

「それがじゃないですよ! 今からでも返しに行った方が……」


 青い顔のカレンを気にも止めず、ルフィナは涼しい顔をしている。しかし、それは誰が見たって今後の火種になる存在だ。


「あーあ、追われるわよ」

「慣れたものです」


 最後の最後まで、魔術師は魔術師だった。

 黄金の夜明けの中、あなたは部下と共に去るルフィナの背を見送り、瞼の裏にあの美しい港町を思い浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] フェアウェル宇宙もやし。 見送りになるとは思ったけどそこまでサービスするとは。副葬品にならないといいね。 一区切りついてしまった。 寂しくなるなぁ。
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