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「連載版」「献立なんて誰にでも組める」と婚約破棄された宮廷の配膳記録官ですが、帳面72冊が止まったら王宮の食卓も止まるようですよ  作者: 夢見叶
第4部 価値観の代償/守るために失う 第9章 証言に台本が混ざる日

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第40話 この条件、誰得?

 通行許可証は道を開くための紙だ。

 少なくとも私は、そういうものだと思っていた。


 発行机の上に置かれた紙は、見た目には何の問題もなかった。

 王都外移動、同行者1名、積載品目録別紙添付、印章3つ。

 整っている。整いすぎているくらいだ。


 だから最初は見落としかけた。末尾に足された1文を。


 「現地確認に先立ち、関係部署立会いのもとで封印確認を行うこと」


 昨日までにはなかった条件だった。


 私はその1行を2度読んだ。

 3度目でようやく、背筋が冷えた。

 これは保護ではない。遅延だ。


 現場の証拠は、誰より先に見なければ意味がない。立会いを待てば、その間に抜かれる。封印確認などという親切そうな文言で、先回りの時間だけを盗まれる。


「気づきましたか」


 私の隣で、リュシアンが低く言った。


「ええ。通すための紙に、止めるための条件が混ざっています」


 彼は頷き、そこで初めて視線を上げた。昨夜、公の場で矢を受けた人間の顔だった。疲れている。けれど迷ってはいない。


「行くしかない」


「はい」


 返事は、驚くほど簡単に出た。


 不安がないわけじゃない。王都の机の上で読める紙には限度がある。街道へ出れば、雪もある。荷もある。証拠を持つこと自体が狙われる。旅に出れば、仕事と気持ちの距離もごまかしにくくなる。


 けれど、それでも並んで行くしかない。現場の証拠は、机上より先に消えるから。


 書記官が別紙の荷札を差し出した。食材名より先に、書類束の目録が並んでいる。私はそれを見て、少しだけ笑いそうになる。


 旅支度なのに、1番重いのが服ではなく紙だ。


 けれどたぶん、今の私たちにはそれでいい。

 同じ馬車に乗ることより、同じ証拠束を持って進むことのほうが、ずっとはっきり「並ぶ」だ。


     ◇


 宰相府前の石段で、許可証を見ながら走る指を止めた。

 追加条件の行を3度繰り返し読んでも、意図は変わらない。


「現地確認に先立ち」——つまり、現場へ着く前に王宮の人間に確認させろ、という指示だ。


「その確認の間に、証拠は移動できますね」


 私が呟くと、リュシアンは紙の端を見つめた。


「誰の指示か。その答えは、ここに書いてある」


 彼の指が、許可証の承認印を示す。小さな赤い判で、それは見覚えのある形。38話の帳場で見た同じ手口だ。


「南側の部署。承認印は同じ」


「はい。そして」


 私は承認欄の隣の日付を指した。


「この条件が足されたのは、きのう。金の支払い記録からちょうど3日後」


 公の場で彼が立ったことで、敵は既に焦り始めていた。証拠が繋がり始めたことを知った。だから、新しい罠を置いた。親切な言葉で。親切な形で。


 厨房裏の荷積み場へ向かう途中、ボルドーが予定札の前で待っていた。


「現場へ行くなら」


 彼は私たちを見ない。かわりに、当番札を手渡した。提供順の再現に使った札だ。


「正面からは見るな」


 その一言に、私は理解した。


「流通の順番ですね」


「そうだ。記録より先に、荷は動く。正面で止まれば、荷の流れまで変わる」


 彼が言いたいのは、許可証の罠を知ったなら、許可証の通り動くな、ということだ。許可証に従えば、立会いで証拠は奪われる。


 だなら、許可証の枠の外から、流通を追え。


     ◇


 出立前夜、荷をまとめた。


 衣類1組。寝具1セット。食糧。簡易机器具。

 そして、書類束。


 禁忌台帳の写し、差し戻し印の控え、帳場の摘要欄の記録、若い書記官が抜き出した複製文面4通。その全部を、セレスティーヌの名で持ち出す。


 旅鞄を量った。

 重い。


 衣類より、書類が勝った。


 リュシアンが黙って鞄を受け取り、確認した。何も言わない。ただ重さで、すべてを受け入れた。


「これだけあれば、現場でも追える」


 私が言うと、彼は短く頷いた。


「ただし、許可証の立会いには従わない」


「いいえ。従います。形上は」


 私は許可証を折り、机の端で揃えた。


「この1行は道を塞ぐために足された。でも同時に、誰が止めたいのかを教えている」


 紙は親切な顔をして罠を置く。

 なら、その罠の位置が書いてあるぶんだけ、まだ追える。


 翌朝の出発まで、あと1時間。


 ボルドーだけが、火元点検札をもう一度、机に置いた。

 返事を求めない。ただ、現場がここにある、という圧だけを残す。


 馬車の準備ができた。

 同じ荷を持つなら、もう立場は同じだ。


「次は、街道です」


 私が言うと、リュシアンは黙ったまま馬車へ乗った。


「はい」


 その一言で十分だった。


     ◇


 許可証は道を開かない。

 罠の位置を、親切に教えているだけだ。


 そして、その罠を知った今、次に来るのは別の条件だ。

 紙で。公文書で。感情を止める、もっと冷たい形で。


 けれど、その時も並ぶ。

 証拠があれば、進める。

読んでいただき、ありがとうございます。


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