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「連載版」「献立なんて誰にでも組める」と婚約破棄された宮廷の配膳記録官ですが、帳面72冊が止まったら王宮の食卓も止まるようですよ  作者: 夢見叶
第3部 契約の鎖/監査の芽 第8章 欠落は規則──混ざった帳面

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第29話 褒め言葉が、最後まで届かない

 紙が足りないとき、私はいつも順番から疑う。


 記録室の長机に20頁を置いた瞬間、若い書記官が露骨に眉を寄せた。72冊を前にして、たったそれだけ。薄い束は、相変わらず人を苛立たせるらしい。けれど私は気にしない。薄い紙は、全部を書かないためにある。全部を書けば、全部に紛れる。入口だけなら、迷わない。


「本当に、これで追えるんですか」


 追える、と答える前に、隣から1冊目の帳面が差し出された。リュシアンは余計な口を挟まない。ただ、私の手が止まらない順で、必要な番号だけを拾ってくる。そういう支え方をする人だと、少し前に知った。庇われるより、よほど助かる。


 私は20頁の見出しを指でなぞった。禁忌。価格。配置。試食。事故日。紙の上では短い言葉でも、棚の奥には年数分の重みがある。8日目、12日目、18日目、23日目。王宮が順番に躓いた日付だけを、色札で抜き出していく。


 最初は散って見えた。どの崩れも、偶然に見えるように作られているからだ。


 けれど10冊、20冊と開くうち、机の上に置いた色札の偏りが目につき始めた。8。12。18。23。その4日だけが、妙に密だ。欠けた頁の位置も、持ち出し札の返却時刻も、書き直された欄外の余白も、まるで最初からそこへ寄るように並んでいる。


 若い書記官が息を呑む。私も、ようやく喉の奥でひとつ確信した。


 これは事故の記録じゃない。事故日にだけ都合よく薄くなる、誰かの手つきだ。


 胸が少し冷える。事故は4度。4つの欠落。その全部が人の手で作られていたのだ。


「……あの」


 書記官の声は震えていた。私は顔を上げず、次の帳面を求める。


 すぐ横で、リュシアンの指先が2冊目と3冊目を静かに揃えた。彼は何か言いかけて、やめる。視線だけが、色札の密集した4日に落ちる。


 不自然な偏りは、一度気づかれたら消えない。4つの日が、4つの手がかりへ変わる。持ち出し時刻。改訂日。削り跡。混ざった帳面。その全部が、同じ4日を中心に放射状に広がっていく。


 紙を重ね直す。色札を添え直す。その繰り返しの中で、見えるものが変わっていく。8日目の朝4時まで代替案を組み直した冬。禁忌を事故だけで処理しようとした経路。配置表が壁から外された日。そして、全部を無かったことにするために誰かが夜中に帳面へ手を入れた痕跡。


 1冊、また1冊と確認していく中で、心臓の奥で何かが音を立てた。それは怒りではなく、見える景色が一気に広がる時の、その感覚だ。削り方の強さから、誰が触ったのか。欄外の筆致から、何度も修正されたのか。全部が、証拠に変わり始める。


「色札の位置で見える」


 私がそう言うと、若い書記官は頷いて、机の上の札をもう1度確認した。指が少し震えている。整然とした棚を信じてきた人間の、その震えだ。


 4つの日付が、もう消せない形で並んでいた。


 リュシアンが低く言った。


「次は、持ち出し札だ」


 ええ、と私は答えた。紙の上に残る偏りは、いつだって人より先に喋る。なら今夜は、その喋り方を最後まで聞き切ればいい。


 記録室から持ち出し札棚へ向かう廊下で、若い書記官が後ろについてきた。彼の手には色札で仕分けされた索引が握られていて、見るだけで機能が分かる。索引は軽い。軽いからこそ、その軽さが信じられず、彼は何度も札を重ね直す。


「20頁で本当に……」


 言いかけた言葉を、私は止めない。代わりに、指先で机の上の札の位置を示す。そこにはもう、4つの日付が1本線に繋がっていた。


 持ち出し札棚の前で、鍵番が札の返却時刻を見直していた。彼の指先は真鍮の擦れ跡が残っていて、その指が欄外の痩せた筆致を示す。日付は同じ4日。返却時刻の空白は、すべてその4日に寄っていた。


 見つかったのだ。紙が全部を告白する。


 棚に戻す。机に並べ直す。1冊の帳面と1枚の札を重ねる。そのたびに、私の眼差しが色をもっていく。色札で示した4つの日は、もう偶然ではない。それは、誰かが意図的に作った欠落の規則だ。


「これ……」


 若い書記官が言葉を失う。彼の目の中に、初めて見た景色があった。整然とした棚が、実は改竄されていた。整っているように見えるもののほうが、隠すのに都合がいい。そのことを、彼は今初めて知ったのだ。


 リュシアンが、私の肩の横に立つ。彼は何も言わない。ただ、私が見つけたものを、同じ高さで見ている。その無言の並びだけで、足りた。


 机の上の紙の束が、もう戻す必要のない形になっていた。20頁の索引。色札でマークされた4つの日付。持ち出し札の返却時刻。欄外の痩せた筆致。全部が、同じ方向を示していた。


 これを棚へ戻したら、どうなるのだろう。


 机では「偏り」だったものが、棚の中では「同じ空白」へ変わる。その瞬間、誰かが作った欠落は、もう「事故」ではなく「規則」になるのだ。


 その規則を見つけるために、私たちは夜明け前の記録室へ向かう必要があった。

読んでいただき、ありがとうございます。


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