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久しぶりの王都は相変わらず人で溢れていて何処か物々しい。

警備兵に声をかけると真っ直ぐに謁見の間へと通された。

久しぶりに対峙するブロムベルク国王は相変わらずふんぞり返っていた。


「ようやく来たか」

「王国の太陽、ブロムベルク国王にご挨拶申し上げます。遅くなってしまい申し訳ありません。この度は……」

「長ったらしい口上はよい。ようやく来おったか」


そもそも返事をなかなか寄越さなかったのはお前だろうと思ったが顔には出さず頭を下げる。


「申し訳ありません」


表情筋をコントロールするのが大変だ。

顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪えて笑顔を取り繕った。

腹立つこのジジイ。でも今は我慢よ。


「早速だが本題に入ろう。お前を呼んだのは他でもない。あの問いに答えるためだが……残念ながら我が国が日陰者(お前達)に手を貸すことは無い」

「……残念ですわ」


そうでしょうね。


むしろここから出す訳にはいかないとか言い出す始末。やっぱりそうなるわよねぇ。

多分そうだろうなと思ったのでダンジョン前にも中にも思いっきり罠を仕掛けまくってきたし、みんなにはありったけの武器とポーションを作って置いてきた。


「お前達がいると我が国は少々困るのだよ」

「まぁそうでしょうね。国王様方は太陽神の末裔であられますから」


王族は太陽神と言われたライオンの亜人種の末裔とされている。その側近達もまた太陽神の側近の末裔である鷹や鷲の末裔と言われているのだ。

その神話を尊ぶ以上、日陰者(私たち)がいては宗教的にも困るということだろう。

自分たちだって夜行性の亜人種なのに何故私達ばかり日陰者と言って疎むのか本当に理解出来ない。

それに、彼らは日陰者を魔女狩りの様にあぶりだしては始末してきた歴史を持っている。今更間違いでしたとは言えないに違いない。

しかしそんなこと、こちらには関係ない。


「私達にも人権がありますわ。そしてその人権を守る為、各国からの支援を得て小さな領地を得ようとしているだけです」

「それが気に入らんと言っているのがまだ分からないのか。全くヴェンデル家も地に落ちたものだな」

「いえ、どちらかというとウィッグの売れ行きが上々過ぎて鰻登りですわ。どうですか国王様もおひとつ是非」


思わず視線を上に向けると、国王が飛び上がって頭をに手を置いた。


「んな!どこを見て言っておるのだ!不敬罪で牢へ入れるぞ!!」

「あらやだ。どこってそりゃあそのハゲ頭……じゃなかった神々しいまでの後光がさす御頭を見て言ったのですがもう真っ赤になっててそれどころではございませんね」


やぁね。こんな目に見えた挑発に乗るなんて。今まで二大国とどうやって渡り歩いてきたのかしら。


「全く生意気な小娘が!!」


国王が片手を上げたので臨戦態勢に入ろうとするがそれを遮るように隣の扉が勢いよく開かれた。


「国王!!」








「え、お父様……?」


飛び込んできたのはヴェンデル家の当主であるお父様本人だった。



ふっさふさ!!

父のお髪がふっさふさになっているわ!!!



それも自然なふさふさよ!ちょっと前まで音楽室から盗んできたようなカツラをしていたくせに今は全く違和感がないわ!

というかこの髪型になってようやくなかなかの美形であることに気づいた。

髪型って本当に大事なのねぇ。

なんて私がしみじみしている間にも父は真剣な表情で国王へと詰め寄っていく。


「どうしてもお伝えしたいことが……!」


父は娘には全く気づいていないらしい。

いやあんたこの状況みたらどう見てもやばい雰囲気だってわかるでしょ!

何で入ってきちゃうの!

回れ右して!


「陛下、やはり考え直して頂きた……シルヴィア?何故ここに!」


もう遅いわよ。入ってきてすぐに気づいて欲しかったわ。


「いえ、こちらのセリフですわ」

「ヴェンデル公よ、また戻ってきたのか。何度来ても無駄だ。何よりその娘はたった今不敬罪で取り押さえるところなのだ」


もしかして何度も嘆願しに来ているの?

父を見ると目を逸らされる。


「お父様もしかして………………そんなにウィッグが出来たのが嬉しかったんですの?」

「いや、嬉しいが!そうじゃなくてだな」

「そういえば人工毛の染め方を思いついたんですが」

「何……っ?!後でじっくり聞こうじゃないか!!」


あら話がわかるわね。これがあれば2倍の売上たって夢じゃないわよ。



「ええい!!親子揃ってわしを無視するとは不届き者どもめ!」


あらやだ。つい夢中になってしまったわ。

というかこのお父様(お荷物)をどうしましょうか。

本人は娘の為に来たようだけれど、むしろ人質が増えてしまったわ。

まさか父が嘆願にまで来るほどシルヴィアを思ってくれているなんて思いもしなかったわ。



「もういい。ヴェンデル家は不敬罪で抹消してくれる!」

「待ってください国王!」

「そうですわ国王!せめて売上を伸ばさせてくださいまし!」

「そういう事じゃないバカ娘!」



いざこざがピークに達した時、再度部屋のドアが外側から叩かれた。

何事かと全員がそちらを見ると、またしても見知った顔が現れる。


「こんにちは」

「ア、アシュラフ様?!」


やってきたのはカジャル王国の王太子であるアシュラフ殿下その人だった。

一緒にやってきたのはルドガーの弟であるルビオン王子。

あら?この二人って接点とかあったかしら?

まぁどちらも一国の王子という点では一緒だ。何処かで会っていても全くおかしくは無い。

現に二人はこうしてここにいる。


「これはこれはアシュラフ殿。貴殿とのお約束は明日であったと記憶していたがね」

「えぇ、その通りです。しかしヴェンデル家が大変だと聞きこうして参った次第です」

「どういうことだねルビオン」


名を呼ばれたルビオンは肩をすくめる。


「どうもこうもございません。父上が無茶をなさる前にどうにか止めねばと思い、アシュラフ殿に相談したのです」

「国の問題を勝手に他国へ漏らすなど……!」


何だかごちゃごちゃと親子喧嘩が始まったが、シルヴィアには彼ら親子の会話ご全くもって耳に入ってきていない。

だってそれよりもアシュラフのことが気になって仕方ないのだ。


そう、アシュラフと父のことである。なぜ急に、しかも突拍子もなく突撃してきた父を助けることが出来たのか。

たまたま居合わせたにしては出来すぎている。






この人もしかしてうちの父に護衛でも付けてたのかしら。

もしかしてそういう仲なの?!

カミフサフサーノな父と貴方なら見た目的にも大歓迎だけれど鬼籍に入った母が流石に反対………………するかしら?

面白いこと大好きだったわねあの方。

喜んでお茶とお菓子を準備して、ワクワクした面持ちでさぁ続きをどうぞ、なんて言いそうだわ。



「一体何を考えているんだ!」


怒鳴り込む国王の言葉でシルヴィアは我に返った。

いけないいけない。

ふざけてる場合じゃないわね。慌てて思考を引きずり戻す。

ルビオンがゲーム内で出てくるのはルドガールートの時だけだ。彼との関係に悩んでいる時に助言をくれるお助け要因。それだけのキャラクターなのであまり詳しいことは知らない。

ルドガーの弟で年齢差は確か三歳差とかそのくらい。

しかしこの感じからして、国王が起こそうとしている戦争に勘づいているらしい。


「アシュラフ殿もですぞ。これは自国の問題です。いくら同盟国とはいえ貴殿に口を挟む余地は無いはずですがね」

「それについてですが。シルヴィア嬢は我が国の貴族位を得ている。よって私はカジャル王国の王太子として、我が国のいち貴族に口添えするに過ぎない」


そういえばそうでした。色々あったから忘れかけてたけど確かに貰ったわ。

貰えるものは貰っておかないとね。

万が一の時だって貴族位があれば皆に不便をかけずに済むかもしれないしと思い貰った爵位だったけれどまさかこんな所で役に立つとは思いもしなかった。



そうでしょう?と言われ、思わず頷く。


「えぇ。確かに私は子爵位を賜りましたわ」

「よってヴェンデル公も他人では無い。何よりお二人とも我が国にとって重要な取引相手だ。彼らに万が一のことがある様ならば我々も黙ってはいられない。勿論国際問題としてシュトルツァ帝国も黙っていないでしょうな」


流石に他国の王家ともなればそう簡単に殺すことは出来ない。

国王はぐっと押し黙った。


「シルヴィア嬢」

近寄ってきたアシュラフがシルヴィアに耳打ちする。


「大丈夫ですか?」

「えぇ。しかし、一体何しにここへ?」

「もともとは視察の予定で来たのです」


あら、うちの父を追ってきたわけではなかったのですね。残念です。出歯亀したかったわ。


でも、他国の王城で大人しく待っているならばまだしも謁見の間へ勝手に入ってくるなんてそれこそ国際問題だと思う。そもそもここで王が押し黙ったからいいものの、もしも万が一問答無用で切り伏せていたら大変なことになっただろう。


「まぁ、それは本当なのですが。実を言うと貴方のお父上に人をつけていたのでこちらに慌てて来たわけです」


待ってくださいまし。え、本当につけてたの?

私の監視の一環という事なんでしょうけどそこの所を詳しくお願いしたいわ。

他にも言いたいことは沢山あるが助けられたのは事実なのでお礼を言わなくてはいけないわね。


「まずはありがとうございます。おかげで助かりました。あとで色々聞きたいことがありますが」

「ははは、お礼はまだ早いのでは?まだ打開できたわけではない」


ここは魔力無効化の結界を張られた部屋。ここから出ないと力も使えないとアシュラフは肩を竦めた。


「いいえ、私には関係ありませんわ」


ここに招いた時点でシルヴィアを無力化したと思ったのだろうけれど、甘いわね。

私には『復活』のスキルがある。

魔力無効化は魔力を体外に出さないよう抑える結界だが、シルヴィアの持つ『復活』スキルは身体の中で変化が起こるスキルだ。

これは魔力を無効化されていようとも使える。

父を委ねる人が出来たなら私も動けるわ。


「アシュラフ様、ルビオン王子、父を頼みますね」


ついでに貴方がたの話もあとでゆっくり教えてくださいまし。



そう呟くと、シルヴィアは隠し持っていた短剣を自身の心臓へと突き刺した。



「シルヴィア……っ!!」



娘の自害するような行動を目撃したヴェンデル公がふらりと後ろへ仰け反る。


短剣を勢いよく引き抜くと血の代わりに大量のコウモリが出現し、シルヴィアの身体を包み込んでいく。

そして蠢くそれは灰のように散り散りになって消えた。


ヴェンデル公を支えながら天井を見上げルビオンは苦笑した。


「なるほど、これが蝙蝠の亜人の力か」


そこへ一匹の蝙蝠が何かを持って舞い降りてくる。

魔法で小さくされているが、蝙蝠自体が小さいので背中が隠れてしまっていて飛ぶのに難儀している。

似たような巻物を背負った蝙蝠が数匹、同じように窓から飛び立っていくのが見えた。

それを見送っていると、舞い降りてきた蝙蝠がアシュラフの腕へと留まった。


背中に背負った紐を解くと魔術が解けて小さな煙が出る。その煙が晴れるとそこには複数の書類があった。大きくなったそれを覗けば見過ごせない内容が記載されている。



「これはこれは。なかなか愉快な会議になりそうですね陛下」


ひらりとそれを見せると国王の顔色が変わった。

隣から覗き込んだルビオンを息を飲んでいる。



アシュラフ達をここで抑えた所でもう既に何匹かの蝙蝠は飛び去ってしまった。

恐らく他国へ向けて飛び去って行ったのだろう。


ようやく事態を悟った国王の悔しそうな声が部屋に響いた。






「おのれぇ!!!小娘がァ!!!」



















日陰者達がテロを仕掛けようとしている。

そうルドガーが教えられたのは突撃する前日の事だった。緊急事態故、集められたものはダンジョンへと向かうと宣言され、ルドガーも隊を率いてもすぐに向かった。

日陰者達は魔力が強いとはいえ、こちらは国が運営するエリート兵の集まり数百人だ。

ダンジョンなんぞに追いやられる日陰者に負けるわけが無い。


そう思った自分が浅はかだったと分かったのは戦闘が始まってすぐのことだった。



「なんなんだ」


槍や剣など、得意な武器を手にダンジョンへと突撃していく王宮兵士達。

しかしそれらは飛んでくる魔力の塊を前に沈められていった。

日陰者たちが構えているのはただの弓のように見える。矢は構えておらず、一体何をしているのかと思えば、物凄い塊が飛んできた。

どうやら直接魔力の塊を具現化して飛ばしているらしい。

魔力が豊富でなければ出来ないとんでもない芸当だ。


しかもそのすぐ傍では巨大なアラクネが大きな手足を振り回して同じように糸を操っている。

どうやらあのアラクネの糸を使って魔力を飛ばしているらしい。

しかしそれがわかった所で彼らの真似をすることは出来ない。

魔力増強もせず直接ぶっ放すなんていくらなんでも規格外過ぎるだろう。


その上、ダンジョンの異変に気づいたモンスター達も駆けつけ始めた。

トレントの大群が同じように伸びた枝を振り回す。

そのトレントの間からやってきた毒大蜂が次々に巨大な針を飛ばしてくる。

毒にやられて倒れ伏す仲間を助ける間もなくどこからかやってきたバイコーン達が駆け巡る。


しかし厄介なのはそれだけではなく、何とかモンスターの群れを避けた仲間たちが落とし穴のようなものに捕まっては沈んでいくのだ。

中には何やらガスが充満しているらしい。

即死する類のものではないようだが、落ちた兵士たちは咳とくしゃみと鼻水で窒息寸前だ。

どうやら何か魔植物の一部らしい。

あまりにも次々に沈められていくのでさっきまでいた兵士達はあっという間に半分以下にまで減ってしまった。


何よりも恐ろしいのが、罠を突破した先で立ちはだかる日陰者の子供だった。

横で見ていた部下が真っ青になって呟いた。


「ば、ばけものだ……」


アナグマの亜人らしき娘は兵士がどんなに攻撃を仕掛けようともするりと切り抜けてその長い爪で切り伏せていく。


死角から攻めようが一斉に攻撃を仕掛けようが人間離れした身体能力でぐにゃりと身体を折り曲げて避けていく様子に皆怖気付いた。

かといってその娘を避けた所でほかの者たちも人間離れした力を有している。

唯一大人しそうなネズミの亜人に近づくと、すかさずそばに居た仲間に全力で応戦される。



近づいてから初めて、それがユリアーナであると気づいた。



「ユリアーナ……!?」

「お久しぶりですね殿下」

「一体どこへ行っていたのだ!ずっと探していたのだぞ!」


肩に手をかけようとするのを、後ろに下がることでかわされる。



今、まさか避けたのか?

あ、あのユリアーナが私を?


ショックで立ち直れないルドガーを他所に、ユリアーナは戦闘体勢に入っていく。


「待ってくれユリアーナ!一緒に帰ろう!」

「いいえ殿下。私は戻りません」

「今ならまだ間に合う!俺が全て何とかする!妹のことは王妃になってからゆっくり考えればいいでは無いか」

「ルドガー様……今まで申し訳ありませんでした。貴方の好意を利用したのは私の方です」

「ユリア……」

「手紙にも書いた通りです。私はずっと、義務感だけで貴方と接してきた。貴方を騙したも同然なのです」

「いいんだユリア!今からやり直せばいい!」

「いいえルドガー様、私は行きません」



告げられた言葉が一瞬理解出来ず思考が停止する。

今までそんな素振り一切見せなかったではないか。妹のことが解決すればきっとユリアーナは帰ってくる。

そういえばさっき庇ったネズミの亜人がユリアーナそっくりのピンクの髪だった。

あれが妹の……何だったか……。


「そうラーラ、だったか」


名を呼ばれたラーラが怯える。

避難するはずが、はぐれてしまっていたラーラを迎えに来たルーナがサッと背中に隠した。


「特別に妹に離れを用意する!それなら構わないだろう」

「……そこから一生出るなと仰るんですか」

「本来日陰者が神聖である王宮に住まうなどあってはならない事なんだぞ!」


日陰者が王宮に住めるなんてそれだけで幸福なはずだ。一生踏み入ることが出来ない神聖な地に入れるのだからな。

それもこれも愛するユリアーナの為だ。


「申し訳ありません。私達は行きません」

「何故だ!ユリアーナ!」

「王宮に行くことは妹の為になりません。私もそれを望みません」

「日陰者の為に全て捨てるとでも言うのか!」


思わず叫ぶと苦しげにユリアーナの表情が歪む。


「貴方にとって、あの子はただの日陰者でしか無いのでしょう。興味無いというのが丸わかりなんです。一体誰がそんな方の傍に大事な妹を置くって言うんですか!!」


あぁ、きっとユリアーナはおかしくなってしまったのだ。

それもこれも、こんな所にいるのが悪いに決まっている。



「シルヴィア……あんな悪魔の所になど居るからおかしくなるのだ。今すぐ戻ろう」

「悪魔ですって?」

「そうだ!卑しい蝙蝠女の所になどいるからお前がおかしくなるのだ!こんなことならあの時処刑しておくべきだった!」


「シルヴィア様に無礼な言い方はやめてください!!」



「確かにシルヴィア様は許されないことをしました。けれど!あの方を裏切ったのは私達の方ですよ!」

「何を言うか!お前を陥れたのはあの女だろう!」

「そうだとしても!貴方はシルヴィア様の婚約者だったのです。その間に入ったのは私の方!それは事実です」


カッとなったようにユリアーナが怒鳴る。

その間も次々やってくる投擲を魔力で弾き返した。


「あやつは国を欺いていたのだ!忌々しい蝙蝠が!」

「それは公爵家が行ったこと!シルヴィア様のせいではありません!」


ブルブルと震える姿は今まで見てきたユリアーナそのものなのに、その表情は今まで見たどの表情とも違う。

それに戸惑いを隠せない。



何故だ。なぜそんな目で俺を見るのだ……!



「神話がなんですか……彼らが何をしたというのですか」

「ユリアーナ、撤回しろ。我々は太陽神から生まれた身。卑しい日陰者とは違う」

「いいえ殿下。私達は何も変わりません。亜人か常人かの違いのみ。それも個性のひとつに過ぎません。私達は変わる時が来たのです!」






「ユリアーナ!」

「リタ!」


飛び込んできたアナグマ娘が地面を抉る。

咄嗟に顔を庇うと二人は喧騒の中に消えていた。




「くそ……っ、」

「で、殿下……っ!」



狼狽える兵士達を叱咤する。



「王宮直属騎士団だろう!日陰者になぞ臆するな!!」


許さない。

シルヴィアも、俺を愚弄するユリアーナも、日陰者共も。


「おい、あれを使うぞ」


今に見ていろ日陰者共。目にものを見せてやる。















「あらかた片付いてきたね」


後方支援に回っていたエリアスが首元の汗を拭いながらリタに話しかける。


「そうね。でもおかしいわ。こんなことでこいつらが引くはずない。まだ油断しないで」

「うん――――ねぇ、あれ何?」


エリアスが指さす先には大きな魔法陣が浮かび上がる。

それを見たユリアーナが叫んだ。

物凄い光の渦が魔法陣から広がってくる。


「皆伏せて!!!!」















日陰者達の弱点などたかが知れている。

太古の昔から、日陰者の弱点は太陽の光と相場が決まっているのだ。


そう、これは集めた太陽の光を光魔法で増強しライトとして使う魔法だ。





常人種にとってはただ眩しいだけのものだが、日陰者にとっては驚異となるはず――だった。





なのに!!!

日陰者たちはものともせずに戦っている。


「どうなってるんだ!!!」








* * * * * *








「ユリアーナの術式が上手くいったわね」

「成功して良かったわ」


ほっとしたようにユリアーナが胸を撫で下ろす。


ここに来てからというもの、ユリアーナは自分が無力であるとつくづく実感していた。



学園では一、二を争う魔力量だったがここではこのくらいの魔力量は当たり前。

力も亜人種より弱く、リタのようにシルヴィアを守ることは出来ない。かといってテオのようにモンスターの知識があるわけでもその扱いが常人離れして上手い訳でもない。

そこそこ器用ではあるが一晩で何人もの洋服をあっという間に仕上げるエリアスほどでは無い。


光がなければよく見えないのでここでの生活も難しい。

ホタル苔をシルヴィアが壁に広げてくれたのはユリアーナの為だった。



与えてもらってばかりで何も出来ない。

それが今のユリアーナの悩みだった。

だからそのうち国とも対立しなければならないと聞いた時から、ユリアーナは彼らを守る方法を探した。

自分よりも強いけれど、大きな弱点を持つ彼らを守る方法を――。









日陰者である以上、必ず太陽の光や光魔法を組み込んでくると思っていた。

なのでユリアーナはそれを弾く術式を一からあみ出したのだ。




シルヴィアが城へと向かうと聞いた時には既に術式が完成していたので皆が頭を悩ませる中、唯一手を挙げることが出来た。

そうして出来上がったのがこの方法だ。


光魔法を弾くよう施した術式を編み込んだ衣服を着ている。身体にも術を直接施し、目や肌を守っている。



「……やるじゃない」

「……!ありが」


まさかリタが認めてくれるとは思わずユリアーナは目を見開いた。


「でも私はまだ許してないから!シルヴィア様の隣は渡さないわ!」

「わ、私は別に隣にだなんて……っ!!」


今まで通り傍で支えられればそれでいい。

そしてたまに二人きりで話が出来れば凄く嬉しいけれど。



「そういう謙虚っぽく見せてるところが腹立つ!」

「もう!二人とも!!そんな話してる場合じゃないでしょう!」


リタが下がってしまったせいで前線へと駆り出されたエリアスが防御の応用でカウンターとして光を弾き返しながら必死に叫ぶ。

そこにリタが戻ってきて相手を地面ごと吹っ飛ばした。

暫くは光の応戦となったけれど、それも時期に止んだ。

次は何をする気かと思えば、今度は大きな音が辺りに響き渡る。

どうやら爆撃へと攻撃方法を変えたらしい。

あまりにも大きな爆撃音に一瞬気を取られる。


するとすかさずそこへ捨て身の戦法で複数人の兵隊が突撃してくる。

リタは敵の肩や頭を足場にしてそれすらも交わしていく。

後方を走っていた一人の背中を無造作に掴むと一回転する反動で地面へと叩き込んだ。



「く……っ!!お前たちはどうせ……皆捕まる。あの女は既に拘束された!」

「なんだと?」


あの女、という言葉にリタが反応する。


「リタ!聞くな!」


テオが慌てて声を荒らげるがもう遅かった。


「テロ行為を行ったのだ!近々処刑される!」

「お前ぇっ!!!」


我慢ならなかったリタが男に怒鳴り込もうとした瞬間、男の胸元から大きな光が放たれた。



「リタ!!!」



直接光魔法の爆撃を受けたリタが反対側の壁まで吹き飛ばされる。

壁に激突して跳ね返った所を何とか駆け込んだテオが抱き抱えた。


次々打ち込んでくる砲撃を駆けつけたエリアスが防御する。

敵はリタに集中攻撃を仕掛けることにしたらしい。

次々と降ってくる砲撃に防御するのがやっとだ。

そのうち集中力が途切れてきたエリアスの防御する範囲がどんどん狭くなってくる。

最後には自分たちの周りを固めるので精一杯となってしまった。




「あははははっ!!!!聞こえるかユリアーナ!!!お前がその気ならお前の大切なものごとここをぶち壊してやる!!!」


狂ったように笑うルドガーがユリアーナに話しかけながらリタ達へ攻撃を続ける。

どうみても正常とは思えない。

変な方向に吹っ切れたルドガーがどんどん砲撃してくる。

その間にもリタは弱っていく。


「くっ……!このままじゃ!」


腹部の出血が止まらない。テオが必死に押さえている傍からどんどん溢れてくる。


「……もう……いい、」

「喋るなリタ!!」


喋るのに合わせて腹部が動き、血が更に溢れる。


「に、げろ……」


まだ光魔法の名残があるのか、回復魔法も効きが悪いようだ。

後方に居るのはまだ魔力コントロールが安定しない子供達と、その子供達を護衛するルーナや複数人の大人達だけだ。

誰もが諦めそうになる中、敵と仲間の間へと飛び込んで行ったのはユリアーナだった。


「ユリアーナ?!」

「……!」


仲間たちだけでなく、向こう側にいたルドガーもユリアーナの行動に一瞬手が止まる。


ユリアーナは先程エリアスがやっていたようにグローブで払い除けるようにして爆撃を全て前方へと弾き返しながら次々仕留めていく。

ユリアーナも魔力があるとはいえ常人種。

しかも武器もない状態ではいつまでも保たない。

魔力で覆っていたグローブには段々と血が滲んでいく。


「ユリアーナ!一旦引け!!」

「ユリア!!」

「ねぇさま!!」


皆が口々に叫ぶがユリアーナは引かなかった。


「嫌です!!!」







「わたしはここが好きです!ここは私が絶対に守ります!!!」


今引いたらきっとここは殲滅される。

ユリアーナは足元に落ちている石クズへ魔力を込めて後ろへと放る。

不安定な円を描く石はどんどん大きくなり、巨大な壁となってエリアス達とその後方に隠れる子供達の前の地面へと突き刺さった。



――何としても守るんだ。

――ラーラも、シルヴィアの愛しているここも、仲間たちも。




いくら身体強化しているとはいえ、被弾した腕や肩はボロボロだった。

さっきまで引き入れようとしていたはずの婚約者の全力の抵抗にルドガーが顔を歪める。


「ふざけるなァ!!!お前がその気なら真っ先に殺してやる!!」


攻撃は更に酷くなる。片目にも掠ったのか、右の生え際が燻っている。

それでもユリアーナは誰よりも前線に立って引かなかった。



「もういい……ユリ……やめろ……」


ボロボロのリタがテオの腕の中から必死に手を伸ばしてユリアーナを止めようとするが、彼女には届かない。


「いやよ……私は……っ!」


父が鋏を突きつけた時も、モンスターに襲われた時も、大切なものを無くすかもしれないという恐怖を思い知った。

今やめれば今度こそ本当に全部を失ってしまう。


「わたしはっ!!……誰も失いたくないわっ!!!」


攻撃しようとも崩れない壁を見て、相手も攻撃先を術者であるユリアーナ一人に切り替える。

攻撃を一身に受けるユリアーナはどんどんボロボロになって行った。


それを助けようとエリアス達は壁を突破しようとするが全くもって崩れない。

仕方なく壁の隙間から応戦するがそれではあまり助けにならなかった。






「ねえ様ぁ……っ!」

「駄目よラーラっ!!」


遠くから叫ぶラーラの必死の呼び掛けにもユリアーナは振り向かない。

恐らく砲撃音が激しくて聞こえていないだろう。

泣きじゃくり、姉の元へと駆け寄ろうとするラーラを同胞達が必死に抱き抱えて引き止めた。


「お願い……ねえ様を助けて……っ!だれかぁ!!」


悲痛なラーラの声に子供たちが一緒になって泣きじゃくる。


「シルヴィアさまぁ……っ!!」












「呼んだかしら?」


突如敵との真ん中に黒い渦が出来る。

霧だと思ったそれは巨大な蝙蝠の群れだった。

突撃してきた蝙蝠に弾き飛ばされていく兵士達。

呆気に取られていると、背中に慣れた温もりを感じる。

ユリアーナの背をそっと支えるようにしてシルヴィアが現れたのだ。


「もう大丈夫よ」


柔らかな体温と優しい口調にほっとしたのかユリアーナから力が抜ける。

同時に彼女の使っていた魔術が解けてエリアス達が駆け寄ってくる。

座り込みそうになる彼女の腰を抱き抱えると、そのままエリアスへと預けた。


エリアスが回復魔術を使う傍らで、蝙蝠相手に阿鼻叫喚する兵士たちへと優雅に近づいていく。


頭をぶつけたのだろう、血を流したルドガーが頭を押えてシルヴィアを睨みつける。

そんな彼を真っ直ぐと見つめ返し、シルヴィアは微笑んだ。まるで城の廊下を歩くようなゆったりとした歩みはとても美しい。



「うちの子たちが随分とお世話になったようね」


シルヴィアの顔に暗く影が落ちる。

長いまつ毛に彩られた黄金の瞳と、真っ赤な口だけがハッキリと見えた。凛とした美しい声音なのに、地の底を這うようなおどろおどろしさを含んでいた。




「お礼くらいしなくちゃね」






そこからはあっという間だった。

たくさんの蝙蝠達が魔弾で王国軍を圧倒する。

ダンジョンマスターが攻撃するとあってダンジョンも反応したのか、さっきまでダンジョンから出られなかったはずのモンスター達も駆けつけた。

そうして数分間の末、気がつけば立っているものは誰もいなくなった。

吼えるモンスター達を従えるシルヴィアはこの場を完全に制圧しきっていた。


「シルヴィア……っ」


倒れていたルドガーがゆらりと起き上がり、歩みを進める。

それに応じるようにシルヴィアも歩みを進めた。


「許さない……全てを奪うお前を絶対許さない」

「奪うと仰いますけどね……。最初っから殿下のものだったものなんてありませんわ」

「なんだと!」

「時に殿下、ユリアーナは別に寒がりではありませんよ」

「はぁ?」


この状況で一体何を言い出すのだとルドガーの動きが止まる。


「あの子の好きな食べ物をご存知?好きな場所は?」



シルヴィアはゆったりと歩みを続ける。



「あの子はここで作る(ラプム)のシチューが好きです。静かな場所より、賑やかな場所を一歩離れた所で眺めているのが好き。皆の笑ってる顔を見るのが好きなのよ」

「そんなの今までとは、」


違うからだろうと言いかけたのをゆっくり視線で遮る。

片膝を着く彼の前にゆっくりとしゃがみこんだ。


「いいえ、貴方は分かっていたはずよ。あの子が無理をして笑っていると」

「……、」

「その笑顔が本物では無いかもしれないと。分かっていて貴方は見ないふりをしたのよ」


ずいっとその端正な顔を近づける。黄金の双眸に見つめられてルドガーがたじろぐ。


「今の私ならそんな顔決してさせないわ」

「……く、」


言い返すことが出来ないルドガーの顔が歪む。


「ルドガー様、」

「……ユリアーナ」


まだ治りきっていないまま、ユリアーナがゆっくりとやってくる。

そんな彼女をシルヴィアはそっと抱き寄せた。


「あなたが私のことを思ってくれているのは分かっています。けれど、私は帰りません。妹も、ここも、大切なんです」

「…………たかが日陰者だろう。そんなに心を砕くとは理解出来ぬ」

「彼らは私達と何も変わりません。日陰者などと呼ばれ忌み嫌われる必要などないことをこれから証明していきます」

「…………理解出来ぬ。勝手にしろ」



力尽きたのか、ルドガーはそれだけ言うとそっと目を閉じた。

手当を終えたリタがそこへ駆けつける。


「シルヴィア様……っ!」

「ありがとう。皆のおかげで助かったわ」

「いいえ……ユリアが居なければ今頃皆死んでいました」

「そんな事ない!ここまでリタが前線に立って皆を引っ張って行ってくれた。エリアスやテオ、他の皆もずっと私たちを守ってくれたわ。ありがとう……っ!」

「……ユリアの泣き虫」


安心したユリアーナが泣き出すと、呆れたような少し照れた表情でリタがその鼻を摘んだ。


「ところで、城の方は大丈夫なんですか?」


エリアスがシルヴィアに問う。


「えぇ。私になにかあれば各国へと例のアレを送る手筈になっていたからね。今頃裏切り者を制圧しようと動き出してる頃よ」


書簡は無事に送り届けた。何よりいち早く駆けつけてくれたアシュラフとルビオンのおかげで早々鎮圧しているかもしれない。


「さぁ、私達は家に帰りましょう」














何もかもを終えたあと、ブロムベルクは二大国の監視下に置かれることになった。

幸いなことに、ルビオンが上手く立ち回ってくれたおかげで無駄な血が流れずに済んだようだった。

ルドガーは王太子の権利を剥奪された。国王もまた近々隠居することになっている。二人は今後静養という名の軟禁が決まっている。

大規模に戦争を起こそうとしたにしては小さな措置だったが、未然にブロムベルク国内で防いだということでそういうことになったらしい。


今後のブロムベルクは大変だ。大きな疑いを残したまま二大国と渡り合っていかなければならない。それを任されるのがルビオンというわけだ。

おそらくとても大変な思いをすることになるが、ルビオンに迷いはないらしい。


そして私達はというと、無事三大国に認められ一つの国として動き出した。

まだまだ駆け出しのこの国だけれど、アシュラフやルビオンが助けてくれている。

本当に有難い限りだわ。


「シルヴィア様!お茶の用意が出来ましたよ」


駆け寄ってきたユリアーナに手を振り返す。

思えば彼女もすっかりここへ馴染んでいる。来た当初は死にそうな顔をしていたのに笑顔の方が多くなった。

花が綻ぶような笑顔を向けられ、眩しさで目を細める。そんなシルヴィアの腕を取ると、彼女は優しく引っ張った。


「さぁ、リタ達も待ってますよ!」

「分かったわ」


待ちきれなかった子供達も次々と迎えに来る。

沢山の子供達に手を引かた私達はリタ達所へ笑いながら歩き出した。





これからもきっと大変なことは続いていく。

けれどユリアーナや皆と一緒なら乗り越えていけるはずだわ。











~おまけ~



後日、大会議が行われた折にアシュラフに会う機会があった。


「ねぇアシュラフ殿」

「なんですかシルヴィア嬢。改まって」


ふと、気になったことがあったのだ。

あの時なぜいの一番に助けてくれたのか。


「あぁ、あれですか。勿論陛下が怪しい動きをしているというのもありましたがね」


先程まで会議で読んでいた書類を纏めながらアシュラフも思い出したように頷く。

少しだけ周りを気にする様子に、これは内緒話なのだなと思い自分達の周りへ遮断魔法を展開した。それを感じ取ったアシュラフが礼を言う。


「ありがとうございます。……実は、父がヴェンデル公爵家のファンなもので」

「国王陛下が?」

「えぇ。あの制作に貴女が一躍買ったと聞いております」


ということは、彼の言うファンというのはあのウィッグ製作のことということだ。

ウィッグ制作は極秘中の極秘ということで作り方は明かされていない。ヴェンデル公爵家が無くなればその作り方も闇に葬り去られる。

成程……!だからあんなにうちを擁護してくれていたのね。謎がひとつ解決してスッキリしたわ。


「そうでしたの。ならこれはお伝えせねばなりませんね。実は先日、カラー剤なるものの試供品が出来上がったんですよ」

「もしやあの時話していた……!」

「そうですそうです。それが出来ればもっと元の髪色に近付けたり、全く違う髪色のお洒落を楽しんだりも出来るわ」


是非陛下へ試供品をお送りしますわと付け足すとアシュラフは嬉しそうに微笑んだ。


「それはそれは!父が喜びます」


まさかカツラに助けられたとは。

そしてゲームいちイケメンと言われたアシュラフの髪が今後心配だわ。

任せてちょうだい。助けられた恩は決して忘れないのがシルヴィア流よ。あなたの名誉はヴェンデル公爵家が守ってあげるからね。




これからは足を向けて眠れないわねぇ。




なんて思いながら、シルヴィアは我がヴェンデル公爵家の方角に手を合わせた。





ここまで読んでくださりありがとうございました!

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