愛しい人と新しい日(1)。
卒業までの一年は、想像以上に慌ただしかった。
学園、自宅、クラウスハール家…そしてニーベルンゲン王国。この四カ所を行ったり来たりすることとなったのだ。
学園にいれば、ヒルデとルートヴィヒに嫌でも会う。ヒルデには何回か声をかけようかとしたが、避けられているから叶わなかったけど。
元の世界の住人なのかどうか…確かめたかっただけなのに。
「あっという間だったわ」
「後半は…忙しかったからね」
「で?君たちはいつ結婚式を挙げるんだい?」
学園をいつものメンバーで去りながら、私、ジークフリート、ギルベルトの順に口を開く。
卒業をする三ヶ月前にニーベルン王国に移った。シュテルンベルガー家とクラウスハール家と北の守護が丸ごと。
ついでに、クラウスハール家の領地全てを、ニーベルンゲン王国の一部となった。王国とゴタゴタと揉めたが、最終的には話術で侯爵が勝利したのだ。
リーシュ家は、王家と繋がりが深いから、ギルベルトのみニーベルンゲンの国民となる。
それはおいといて…。
卒業して落ち着いたら結婚しよう、と約束した。
それをいつにするかは決めてなかったんだった。
「いますぐは?」
「正気か!?ウエディングドレスだったり、会場の準備だったり…いろいろ間に合ってないだろ」
ギルベルトの正論に耳がやられる。私は何も言ってないのに。
彼はジークフリートの補佐になってから、振り回されっぱなしだ。本当に…労いたくなるくらいに。今度こっそり何か渡そう。
「でも、ドレスはもう少しで届くみたいだよ。父さんが準備してくれるって」
「クラウスハール侯が?それはありがたい」
少しだけ仕事モードに入った二人の声を聞きながら、ニーベルンゲン王国へと向かった。
◇◆◇◆◇◆
到着すると全員から“おめでとう”と声をかけられる。
成長したあの少女から可愛らしい赤い薔薇を各々受け取った。
「メルクーア様、少しよろしいでしょうか?」
今も変わらず美しいエレオノーラから声をかけられる。
「どうかしましたか?」
「目的地に着いてからお話ししますね」
騎士服に身を包んだ彼女が、腕を差し出してくれる。私は躊躇いなくその腕を取った。
ジークフリートはハーゲン、ギルベルトはアルベリヒと共に王宮へと入って行った。
与えられた部屋に行くと、ベルとニーナが仁王立ちして待ち構えていた。
彼女たちの手にはブラシと石鹸と香料と…その他諸々。
もしかして…ジークフリートが言っていたことを実現しようとしている?
「お嬢様、お待ちしておりました」
「メルクーア様っっ、さぁさぁこちらへどうぞ」
二人に腕を引かれてあっという間に制服を脱がされ、バスタブに入っていた。
髪を丁寧に洗われて、体の隅々までいい匂いがするオイルを塗られた。
そこに隠していたのか、部屋に入った時にはなかった真っ白いドレスが飾られていた。
「…ウエディングドレス?」
「はいっ。ジークフリート様が今日に間に合うようにしてくださったんです」
ベルが自分のことのように嬉しそうに話している。
ニーナはそんなベルを見て、微笑みながらこちらのコルセットを締める。
話しているといつの間にかメイクもヘアメイクも終了していた。
鏡に映る私は信じられないほど美しい。
ルートヴィヒに振り回されていた時の目の下のクマは、綺麗さっぱり消え去っている。
私の後ろでは、騒がしくしていた二人がいなくなり、両親が立っていた。
「メルクーアもすっかり…大人だね」
「この世で一番美しいわ」
母は目に涙を浮かべている。その姿を見てこちらも目頭が熱くなる。
だけど可愛らしい二人がメイクを施してくれたから、崩すわけにはいかない。
「本当…メルクーアには嫌な思いをさせてしまったね。私が…最初から断っていたら…」
「大丈夫ですお父様。受けたのは…私です。彼のこと…好きでしたので」
一年以上経っても事あるごとに謝罪をしてくれる。心配してくれるから何も言えないのだ。
「それに…ここまで私のこと愛してくれる人は。ジーク以外にいません。こうなって良かったって…私は思います」
「そうか…これからは、ジークフリートにメルクーアを任せられるよ」
「ジークがね、私を生涯をかけて護ってくれるんだって」
そう言えば、父は“良かったね”と喜んでくれる。
そして向こうも準備を終えたのか。ベルとニーナが呼びに来てくれる。母は先に会場へと向い、父は腕を差し出してくれる。
お互いに顔を合わせて微笑みあってから、歩幅を合わせて歩みを進めていく。
新しく建てた王城の広間へと向かう。
目に入ったのは白いタキシードに身を包んだジークフリート。
赤いカーペットは、彼の元まで続いている。
父と同じ速度で歩いて彼の前に立つ。すると今度は彼が腕を差し出す。父の腕から手を離して、今度は彼の腕をとる。
目の前には着飾ったギルベルト。不貞腐れたような目と表情をしている彼に声が出てしまう。
まさか…神父の役をするとは思わなかった。
「ジークフリート・クラウスハール…貴方はここにいるメルクーア・シュテルンベルガーを妻として…」
ギルベルトはその綺麗な形をした口から、誓いの言葉を告げる。
それを噛みしめるように耳に入れていく。
「誓いますか?」
「生涯をかけて、愛すると誓います」
何度聞いてもジークフリートの言葉には慣れないものだ。
「メルクーア・シュテルンベルガー、貴女はここにいる、ジークフリート・クラウスハールを夫として…」
彼の腕に添える手に力が入る。
「誓いますか?」
「生涯…愛し愛されると誓います」
「では、誓いのキスを」
同級生からそんなことを言われるなんて…。
恥ずかしさでどうにかなりそうだけど、ここは覚悟を決めるべきだ。
私はジークフリートと向かい合う。オールバックにしている彼は、本当に好きだ。
彼は優しい手つきでベールをあげる。
黄緑色の瞳とぶつかると、お互いの口角が上がる。
数秒見つめあってから、彼の顔が近づいて来て、私の唇と重なる。
周囲から拍手やら、感嘆の声が聞こえてくる。
ジークフリートとの初めての口づけは、自分が思っている以上に甘酸っぱくて、離れがたいそんなものだった。
「綺麗だよ、メルクーア」
「ありがとう。ジーク、貴方も…素敵よ」
心の底から感情が湧き上がって来て。ジークフリートの首に抱きつく。勢いのまま抱きついたが。彼はしっかり抱き留めてくれて、より抱きしめ返してくれる。
「…私のこと、愛してるって言ってくれてありがとう。新しい人生を歩めるの…信じられないの。ずっと…ずっと…大好きよ、ジーク」
「僕もだよ。信じてくれてありがとう」
彼は、そのままもう一度私の唇にキスをする。
胸の中は幸せでいっぱいだ。




