旅立つ準備。
殿下の誕生日から早数ヶ月。
王家からは多額の慰謝料…そして謝罪の文面が送られて来た。
謝罪文は、ルートヴィヒが一目惚れで私に婚約をお願いしたにも関わらず、殿下の方から破棄をしてしまったこと。
「何ソレ」
文章を見て乾いた笑いが口からこぼれてしまう。
「どうかした?」
近くにいたジークフリートがソファーの後ろから書面を覗く。
私は実家での生活に加えて、クラウスハール家にお世話になっている。侯爵が、ニーベルンゲン王国の再建されるまで、王国に近い場所で生活したらどうだ?と提案してくれた。
彼に送られて来た書面を見せる。ソレを見たジークフリートがフッと笑った。
「自分から頼んでおいて、自分からソレを断るなんて…酷い人だな」
私もそう思うの。と言いかけて口を閉じる。
今更ルートヴィヒに未練はない。だけど、これを見れば奥の底にある怒りが沸々と湧いてくる。
彼は私を落ち着かせるように頭を撫でる。
「そう言えば、お金…これだけあればお城建てられる?」
慰謝料と今までの贈り物を合わせると、十分すぎる値段になると思う。殿下が最後に贈ったシルクのドレスについているサファイアが、とてもいい仕事をした。
「十分すぎるけど…本当にいいの?」
「全然いいわよ。私が持っていても、意味ないだろうし」
「これは何かあったときに取っておいて。メルクーアのものだからね」
大量のお金が入っているケースを閉めて、部屋の奥へとしまった。
「そう言えば、王太子妃様の学習が進まないみたいで、結婚式は卒業後も未定らしいよ」
「そうなの。王太子妃教育は一朝一夕ではいかないものね」
経験している私しかわからない。
元来の貴族であるメルクーアと違い、ヒルデは元平民だ。貴族の立ち振る舞いを身につけるのも大変なのだろう。彼女を見ていればわかる。
自分に興味がないことは、頭に入ってこないのだろう。
「あ。今日はギルベルトと一緒に、ニーベルンゲン王国に行く日だったね」
「え!?もうこんな時間よ?早く行かないといけなかったんじゃないの?準備をしないと」
ルーン王国崩壊後、ニーベルンゲン王国再建に向けて国民たちは振り回されているのだ。
そんな彼らに不安を与えてはいけないのに。
ジークフリートとギルベルトは何度も訪れているみたいだけど、私は今回が初めてなのだ。
隣国の王太子妃になる予定だった私なのだから…せめていい人だと見せたい。
「国民からの好感度気にしてる?」
「えぇ…もちろん」
「気にしなくて大丈夫だよ」
私の気持ちを知らないで…酷いわ。
複雑な気持ちを抱えたまま、ニーベルンゲン王国へと向かうことになったのだった。
◇◆◇◆◇◆
降り立った王国は、つい最近クーデターが起こっていたとは思えないぐらい平和だった。
広間にいた人達は、ジークフリートを見かけると一斉に膝をついて頭を下げる。
「みんな、頭を上げてくれ」
優しい声でそう伝えると、彼らはゆっくりと立ち上がる。
今のちゃんと王子だった。
「ジークフリート様、こちらのご令嬢はどなたでしょうか」
柔和な顔つきの男性は、この中で一番偉い人なのだろう。見た目といい、身なりといい貴族に見える…いや貴族だ。
「メルクーア。僕の愛する人だよ」
な、なんていう紹介をしているの!?
目の前の男性は口を開けて驚いているじゃない。すごい恥ずかしい…穴にあったら入りたい。
「メルクーア・シュテルンベルガーです。隣国のイエンドルフからやってまいりました」
恥ずかしい気持ちを抑え、お辞儀をすると周囲から“隣国の…”と声が聞こえる。
もしかして…あまりいい印象はないのかしら。
顔を上げるのが怖くなって、下げたままになってしまう。
「初めまして、シュテルンベルガー様。お二方からお話はかねがね聞いておりました。私はニーベルンゲン王国の公爵です。ヴァイマルとお呼び下さい」
私に初めて声をかけて来たのは。ヴァイマル公爵というらしい。
「ジークフリート様が選んだお方なのだから、きっと素敵なお方なのだわ」
私たちの後方から棒読みの声が聞こえる。
…誰なの?とそちらを振り向くと、見たことのある人物だった。
「ニーナ…失礼だ。馬車から降りて来なさい」
公爵は女性を優しく叱った。まるで自分の子供を叱るように。
ニーナと呼ばれた女性は、返事を伸ばしながら公爵の隣の立つ。
「シュテルンベルガー様、失礼いたしました。ニーナは私の娘でございます」
「私のことは知ってますよね?メルクーア様」
もちろん知っている、知らないわけがない。ニーナはジークフリートのメイドだ。
当時、この国からノイエンドルフに亡命して来た人物だ。
そして…彼女の生家であるニーベルンゲン王国唯一の公爵家は、暴君に殺害されたはず。
「公爵家は、暴君に殺害されたと見せかけたのですよ」
私の表情が物語っていたのだろう。ニーナが全て説明してくれる。
公爵一家は仮死状態になったと。それが実現できるのは、帝国からの支援があったらしい。
隣に立つジークフリートを見ると、驚いてすらなかったので、知っていたのだろう。
「シュテルンベルガー様は…」
「メルクーアで大丈夫ですよ」
「では、メルクーア様。国民は貴女を歓迎しています。どうか、ご心配なさらずに。では、こちらへどうぞ」
“歓迎”にひとまず安心だ。
余裕が出て来て周囲を見ると、確かに攻撃的な人はいなさそうだ。
「め、めるくーあさま」
公爵の後ろをついて歩いていると、小さい女の子が私のドレスの裾を掴む。近くでは、少女の両親が慌てている。
たどたどしいけれど、名前で呼ばれると嬉しいものだ。
少女と同じ目線で腰を下ろす。
「なぁに?どうかしたの?」
「わたし…これから…おびえなくてもいいの?」
少女の一言に表情が強張る。
怖がらせてはいけないと思うが、言葉が何も出ない。
こんな小さい子まで怖がらせるような政治をしていたなんて…信じられない。
私は少女の手を取ると優しく微笑む。
「そうよ。貴女たちを怖がらせる人はね、もういないの。ジーク…ジークフリートがこの国に安全にしてくれるわ」
「じーくふりーとさまが」
「そう、ジークフリート様が。優しいのよ、彼」
彼の方の方を向くと、耳を赤く染めてそっぽを向いてしまった。
「めるくーあさまは?」
「私?」
「やさしいんでしょ?ぎるべるとさまがいってたよ」
「優しいよ。それはもう信じられないくらいにね」
「ジ、ジークっっ」
今度はジークフリートが、少女と同じ目線に腰を下ろして声をかける。
顔を上げると、皆が微笑ましい表情をしている。
気まずい…。
「よかったっ。うれしいっっ」
少女は勢いのまま抱きついてくる。後ろに倒れそうになるのを、後ろからジークフリートが支えてくれる。
私は可愛らしい少女を優しく抱きしめ返した。
このニーベルンゲン王国の国民から恐怖が去って、安寧が訪れるように努力しないと。
今日、来れたのは良かったわ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!
今月までには終わらせたいと思っていますので、しばらくお付き合い下さい(^^)




