気分は憂鬱です。
結局、建国祭は二日間とも休むことにした。
ツェツィーリアやジークフリートは、参加しないことを聞きつけて、今年出された新作の食べ物をお土産に持ってきてくれた。
建国祭終了後の次の日。
憂鬱な気分のまま登校する。自分が思っているより周りは普通に時が過ぎているようだ。
心の中で胸を撫で下ろすと教室へ向かう。すでにジークフリートは到着しており、静かに本を読んでいるのが目に入った。
邪魔をしないようにこちらも静かに座ったつもりだったが、彼は気配で気づいたのだろう。本を閉じてしまった。
表紙は見たことのないものだった。
「おはようジーク。難しそうなものを読んでいるのね」
「おはよう。シュテルンベルガー伯爵に借りたんだ」
「お父様…から?もしかして、あの帝国の昔の本かしら」
父がようやく手に入ったと嬉しそうにしていた。
帝国の本はなかなか手に入れることができない貴重な代物だ。軍事系のものらしく、ジークフリートの手に渡るのはわかる気がする。
些細な会話から始まった本日は、特に嫌な気分になることなく夕方まで生活することができた。
ジークフリートと別れて帰宅しようとすると、後から誰かが歩いてくる音が聞こえる。
カツカツという音から、男性ではなく女性なのだろう。同じ歩幅で歩いて、一定の距離で歩く誰かに女性だとしても恐怖を感じる。
歩みを止めると。ストーカーしている人物も止まった。
「……私に何かご用でしょうか?」
声をかけるが相手は何も答えない。代わりに息遣いだけが聞こえてくる。
「あの…失礼ですが、何かご用ですか?」
痺れを切らして振り向くと、ヒルデがいた。
ストーカーのようについてくる彼女が、予想していたが実物を見るとため息しか出ない。
「エーレンバーク様…私に何かご用でしょうか?」
改めて彼女に向き合うと、ヒルデはこちらをただ睨む。
不愉快極まりない。
「先日お話を聞いたんですけど、メルクーアさんって傷モノなんですか?」
ヒルデの発言に、ビシッと体がこわばる。
そうか…先日の建国祭に1つでもきていたのか。どこからか去年の話を聞きつけてきたのだろう。
「それは…どういう意味でしょうか?傷モノ…?」
初めて聞きました感を出す。
ここは冷静に…努めて努めて。
だけど彼女はこちらを馬鹿にしたように見つめてくる。
「流石に何も知らない歳じゃないでしょ?屈強な男に犯された…あっ、王宮の騎士でしたっけ?」
顎に手を当てたくらみの目で見てくる。
王宮の騎士に襲われたのをなぜ知っているのだ。
真顔を務めていたつもりだが、表情が強張ってしまった。ヒルデはそれを見逃さなかったようで、ソコを楽しそうに突いてくる。
「え?やっぱり当たってました〜?嬉しい〜」
「私の名誉のために言わせていただきますが、犯されていません。どこの誰かに聞いたのかわかりませんが、間違いです」
「え?でも…ルートヴィヒ様が言ってましたよ?」
首をコテンと傾け、愛らしい表情でとんでもない発言をしてくれる。
ルートヴィヒが?
絶対にそれだけはない。彼が去年の出来事を隠そうと、目を背けていたから絶対にない。
頭では理解しているけど、直接言われると言葉に詰まる。
自分で気がつかないうちに顔色が悪くなっていたのだろう。
ヒルデが楽しそうに微笑んでいる。
「あらあら、メルクーアさんお顔の色が悪いですよ?もしかして…本当に正しかったんですかね〜」
息がうまく吸えない。
なぜ彼女が詳細を知っているのか。
ルートヴィヒを信じたい。いや、信じたいというか彼なら言わないと勝手に思っているだけ。
酸素不足で過呼吸になりかけていると、背後から背中をさすられる。
「シュテルンベルガー嬢。落ち着いて、ゆっくり鼻から息を吸って口から吐いて」
「ジ…クラ…ど…」
先に帰宅したはずの彼がなぜここにいるのか。
名前で呼ぼうとして、苗字で呼ぼうとしたけど、それすらも出てこない。
言われた通り深呼吸を行うと、少しずつ落ち着いてきた。
振り返ると額に汗をかいているジークフリートがいて、彼を見ると自然と涙が出そうになる。
「シュテルンベルガー嬢。どうなさったんですか?」
「…何も…ありません。大丈夫です」
「大丈夫ではありませんよね?目の前にいる人物に何か言われたのでは?」
私は静かに首を横に振る。
「そうですか。たまたま聞こえてきましたが、あの方が貴女を侮辱するようなことを言ったのでしょう?」
「ちょっと、どういうことですか?」
ジークフリートの発言に、ヒルデが声を荒げて反抗するが視線を動かさずに淡々と話している。
たまたまなわけないだろう。こんなに汗をかいて駆けつけてきてくれたのだから。
「私はそんなことしてませんっっ。本当のことを言っただけです」
「先ほど聞こえてきたんですけど、去年の出来事を、当事者の一人である殿下に聞いてた奴がいたんだ」
彼はヒルデのことを”奴”呼ばわりしている。
ついに呼び方が変わってしまった。
「彼があの事件を隠したいのに、アイツがカマをかけるように聞いた」
殿下の表情で変な勘違いをしてしまったみたいだ。と付け足す。
ちらりとヒルデを見ると、当たっているのか顔を赤くしてパクパクと口を動かしている。
なるほど。
だからヒルデが自信満々に行ってたのか。納得だ。
「自分が殿下とその婚約者を侮辱したことをご理解いただけましたか?」
ジークフリートの鋭い瞳にヒルデは恐怖で青ざめている。
「真実ではないことを、嬉々として言わないことが身のためですよ」
そういうと、ジークフリートは私に触れるか触れない距離で腰に手を当てて歩かせようとする。
辿々しい足取りで歩みを進めると、金切り声を上げるヒルデを置いていく。
「大丈夫か?アイツ…本当に失礼だな」
「大丈夫、ありがとう。ジーク帰ったんじゃないの?」
「アイツが不審な動きをしていたから、心配で追いかけてきたんだ」
心配して戻ってきてくれるのはありがたい。
「僕は一緒に帰ることが出来ないけど、大丈夫?明日、無理そうなら来なくていいから」
最後まで優しく声をかけてくれるジーフリートに、感謝の気持ちを伝えて馬車に乗り込む。
手を振る後ろ姿から必死に走ってくるヒルデが見える。
不穏な気配を感じたが、ここは彼に全て任せることにする。
どうしてヒルデはあんなことを言ったのだろう。
私とルートヴィヒの二人を避けたい出来事を彼から聞き出したなんて。
彼女は私をどうしたいのか。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
まだまだ続きますので、付き合ってくださると幸いです!




