嫌な思い出が残る建国祭。
ついにこの季節がやって来た。
あの忌々しい記憶が残ったあの建国祭だ。この日が来なければ良かったのに…と不謹慎ながらも考えてしまう。
兄夫婦から今年の建国祭用のドレスを用意していただいた。
フロレンス義姉様と同じ形の、体の形がはっきりとしている薄い黄色のドレス。
ルートヴィヒからは建国祭の前日。つまり昨日ドレスが贈られてきた。
兄夫婦からは一ヶ月も前から準備していただいたのだから、着ていかないわけにはいかない。
それに…彼から贈られてきたのは、昨年贈られたドレスと似ているため着ていくにも憚られる。
「メルクーア、行けるかい?」
「はい。準備は出来ています」
兄から声がかかり、家族全員で馬車に乗り込み王宮へと向かう。
シュテルンベルガー家は少し遅めに到着したようで、会場は盛り上がっているようだ。
待ち侘びたルートヴィヒが、降りてきた私を見て驚いている。ドレスが貴方が贈ったものではないからね。
「久しぶりだね、メルクーア。その…ドレス…」
「お久しぶりですね、ルートヴィヒ様。ドレスを贈っていただきましてありがとうございます。ですが、グラナートお兄様や、お義姉様が用意してくださったんです」
フロレンスお義姉様と同じ形のドレスなのです。と言えば、彼は何も言わなくなる。
それに…去年と同じ形のドレスを贈るなんて、婚約者を舐めているのか。そんな愛情のないドレスなんて着れない。黙ったままの彼からエスコートをされながら、ホールへと到着する。
会場すれば私は貴族たちの格好の餌食になっている。それがわかるほど、彼らからの視線はそれを悟っている。
私だって本当は来たくなかった。
だけど、来なければ来ないで噂が変に曲がって広まるだろう。それだけは、自分の名誉のために避けなければならない。
「大丈夫?」
「思っているよりも大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
耳元で話す彼に正面を向いて答える。頭上からはホッとした声が聞こえてくる。
建国祭が始まる挨拶を陛下が済ませた後、ホールには音楽が鳴り響く。
陛下や妃陛下がダンスを踊り終えた後は、私たちや王女殿下と婚約者のダンスが始まる。
短いダンスが終了すると、ルートヴィヒには王女殿下が、私にはギルベルトがダンスの申し込みをする。
「思ったより、早く約束を果たせたね」
「えぇ。まさか、建国祭で踊るとは」
「そのドレス、フロレンス夫人と同じ形だね。もしかして…グラナート様が選んだの?」
「正確には兄夫婦よ」
笑顔で答えると、ギルベルトは流石だと兄夫婦を褒めてくれる。
「センスが良すぎるね。でも、良かったの?ルートヴィヒも贈っただろ?」
「あ…去年と同じだったから」
ホールの中央で踊る彼を見ながら言うと、ギルベルトは言葉が出ないのか絶句している。
絶句したくなるのもわかる気がするな。
兄も絶句していたし、オーダーメイドで作って良かったよ。と言っていた。
「本当にアイツは…。メルクーア嬢のことを何だと思っているんだ」
大きすぎるため息を吐いてルートヴィヒを睨む。
それに小さく声を出して笑うと、彼は眉間のシワを緩めた。
「今からどうするの?」
「今からは少し休憩するわ」
ダンスをするのは疲れたしね。と付け加えると、”気をつけて”と気遣ってくれた。
そのまま壁の方へ移動すると、前からビビット色のドレスを身に纏った令嬢たちがやってくる。
見たことがある令嬢たちに身構えてしまう。
「こんばんは、メルクーア様」
「こんばんは。いかがなさいましたか?」
近くにいたウェイトレスに持っていたグラスを回収してもらうと、彼女たちにカーテシーを行う。
ここは堂々としているのが一番だ。
「去年あんなことがあったのに…大丈夫ですか?」
真っ先に声をかけたのは、アナベルの取り巻きの一人だった子。
変な心配ならわざわざ声をかけないでほしい。
「去年…?何かありましたか?貴女が言っているあんなこととは…どういうことでしょうか?」
そちらがその気ならこちらも濁していこう。
優雅でそれでいて何があった?という風に見せると、向こうがたじろぐ。
「それは…そうですね」
彼女たちは本当のことを知らないだろうからって適当なことは言えない。
「屈強な男性に犯されたんですよね」
たじろいだ彼女とはまた別のアナベルの取り巻きだった子が、ここ一帯に聞こえるぐらいの声で話す。令嬢たちは目を見開いて驚いている。
彼女の発言に一瞬言葉が詰まる。
「そんなこと、ありましたか?」
だけど、とぼけるように聞き返すと、今度は令嬢の方が言葉に詰まった。
屈強な男性の部分が当たってはいるが、犯されてはいない。だからそんなことはなかったのだ。
「犯されたのに、殿下の婚約者なんて」
それでも続けてくる令嬢に、心の中で舌打ちをかます。
「嘘をそんな堂々とおっしゃるのはおやめください」
なるべく努めて冷静に。
嘘を流して、私の立場を落とそうとしているようだがそんなことはさせない。
「メルクーア、こんなところにいたのか?静かに声を荒げるなんて珍しいね。何かあったのかい?」
令嬢たちの後ろからは、父と私と同じ髪色をした兄が爽やかに登場する。
男性の声に令嬢たちは大きく肩を動かした。
「お兄様…。私らしくなかったですね。大丈夫ですよ、ご心配をおかけしました」
兄がこちらへ歩みを進めると、令嬢たちは道を開けた。兄はスマートに腕を差し出し、反対の手で私の髪を耳にかける。そのまま耳元で去ろうと声をかけてくれる。
「それでは、失礼します」
外行きの顔で微笑んだ兄と共に、陛下の元へ向かおうと歩みを進めるが、兄が立ち止まって口を開く。
「あぁ…そう言えば。我が妹を侮辱する発言が聞こえました。ですが、バッチリと顔と名前を覚えました」
冷え冷えとする声で彼女たちにそう告げた。
覚えておいたから、覚悟しておけよお前ら。と暗に言っているのだ。
青ざめている彼女たちを放って二人で陛下の元へ帰宅する旨を伝える。
家族で馬車に乗り込み、帰宅するとベルに頼んで着替えると、身軽になった状態でソファーへ体を預ける。
うとうとし始めると、ノック音が聞こえた。返事をすると兄が入室してきた。
「大丈夫だった?今日は無理させたかな?」
体を起こそうとすると手で静止した。
そのまま寝転んでいいとのことだろう。兄は私の髪を優しく撫でる。
「大丈夫です。心配をかけましたか?」
「それは良かった。メルクーアが気にしないのなら安心したよ」
暖かい大きな手に目蓋が落ちそうになる。
「あ、お兄様。ドレスのプレゼント…ありがとうございます」
頭から爪先まで全身コーディネートしてくれた。
私を熟知している兄と義姉は、似合う色とドレスの形を贈ってくれたのだ。愛に溢れるプレゼントに心が躍った。
「いいんだよ。あの人が全く連絡を寄越さないし、贈ってこなかった前科があるからね」
そういえば、そんなことが直近であったな。
「ねぇ…メルクーア。明日も明後日も無理しないいでいいよ。父さんたちも家で過ごそうって言ってくれているんだ」
優しく頭を撫でるものだからすごく安心してしまう。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
家族の優しさが身にしみる。
「去年の事を言う奴らがいればどうにかするよ」
物騒なことを言うものだから思わず笑ってしまう。
本当に頼もしい兄だ。彼に感謝し言葉に甘えてこの二、三日は自宅で過ごすことにする。




