とりあえず、相手を観察するとことから始めましょう。
ヒルデが編入して来て約一ヶ月。
学園での生活は慣れたであろうはずだが、彼女は変わらずルートヴィヒと行動を共にしている。
そのせいもあり私が彼との時間を過ごすのは段々と短くなって来てしまった。それに焦りを感じているが、焦りすぎてはダメだ。
時間を持て余した私は、教室でただぼんやりと過ごすことが増えた。
違和感を感じたジークフリートやツェツィーリアが声をかけてくれるが、私は空返事しか出来ない。
「メルっ。気分転換に甘い物でも食べない?」
気を遣ってくれたツェツィーリアが休憩を誘ってくれる。
その提案に微笑んで、一緒に食堂へと向かうこととした。
私の隣にはツェツィーリアが、その後ろにはジークフリートが静かに着いて来てくれる。黙って後ろを歩く彼は、周りを観察しているようだ。
人がまばらにいる食堂へやって来た私たちは、庭園にあるベンチへ腰掛ける。ツェツィーリアは気を遣って甘い物を取りに行ってくれているようだ。
彼女を見送った後は、隣に座っているジークフリートが口を開く。
「殿下と、話せてる?」
「え?あ……最近は、全く」
学園ではヒルデのお世話、休日は王宮内の仕事が増えたらしく、以前まで行っていたお茶会もなくなった。
今度開かれる夜会について話し合いたかったが、会えないため手紙を送るも一通も返事が返ってこない。
忙しくても、短くてもいいから返事を書いてくれればいいのに。
それすらも出来ないほど…忙しいのか。
ヒルデには一から教えてあげたり、大切な時間を割いているのに。
「手紙は?」
首を数回横に振る。
それで理解したのか、以降は殿下についてのことを訊ねる事はなかった。
今までの仲をヒルデに上書きされているようで、悔しくて…やるせない気持ちになる。
二人で静かに過ごしていると、トレーに色々と甘い物を乗せたツェツィーリアが戻って来た。
彼女が持って来てくれたココアを飲むと、一息吐く。
なんだか…落ち着く。糖分が足りなかったのか、全身に糖分が巡っていく感じがする。
「エーレンバーク嬢、何を考えているんでしょうね」
遠い目をしながら独り言のように呟く彼女に、私たちは何も言えなくなる。
すると、ツェツィーリアがとある提案をした。
「どうせなら、あの人を観察しましょう」
それは…とんでも提案だった。
隣に座っているジークフリートは呆れているかのように、大きくため息を吐いた。
私は乾いた笑いでそれに応える。
彼女がとんでもないのは、今に始まったことではない。
二人で意見を流すつもりだったのに…何故か、探偵のようにヒルデの後を着けることとなった。
◇◆◇◆◇◆
ここ数日観察という名のストーカー紛いのことをしてみて思ったこと。
ヒルデは男性といるところをよく見かけた。
特にルートヴィヒといる時間が長い…気がする。
ルートヴィヒが席を外したり、仕事の都合でいない場合は他の令息と過ごしている。
彼といるときはギルベルトがびっしりと付き纏っていくれてはいるが、気を抜くとルートヴィヒに触れている。
見ていて分かるが、彼女は触れる相手を選んでいる。
まずはルートヴィヒ。彼はこの国の王太子で、相手にすればするほど得する相手。
ギルベルトは公爵位だが、彼をに敵対する相手だからか一切触れない。
他の高位貴族の令息への触れ合いは、ルートヴィヒより面積が少ないにしろ触れてはいる。
これはもう…計画的犯行だろう。
一緒に尾行しているツェツィーリアのフラストレーションが、限界まで溜まっているみたいだ。今にも突っかかりそうな彼女を、ジークフリートが必死に抑えている。
「……ルートヴィヒに近づき過ぎよ、アイツ」
眉間にシワを寄せながら、低い声で唸るツェツィーリアに肯定として頷く。
ここまで傍に居られると、婚約者がどちらかわからなくなるし、私の面目が丸潰れになる。
これからのことを考えていると、数人の令嬢から声がかかる。
「…メルクーア様…少しご相談があります」
先頭に立っている愛らしい令嬢が重々しく口を開く。
「どういたしましたか?」
「エーレンバーク様についてのことなのです」
代表して説明してくれた令嬢によると、ここにいる数名の令嬢の婚約者がヒルデに熱心らしい。
そのせいで話が出来ない、一緒に学園生活を送ることが出来ない、手紙が送られてこない、と私同様の事件が連続しているのだそう。
話しかければ数口、きいてくれるがすぐに傍を離れて彼女の元へ向かってしまうようだ。
話をしてくれる分私よりコミュニケーションは取れていると思う。
「代表して、メルクーア様に注意していただきたいのです」
私が…注意…。
そうですよね、王太子の婚約者なのは私だから、注意するのは私ですよね。
確かにこのままでは、学園の風紀が乱れるし…個人的にもよろしくない。
「かしこまりました。ヒルデ様とお話致します」
優しく微笑むと、令嬢たちは安堵の笑みを浮かべてこの場を去る。
またとんでも案件がきてしまった。
「メル、大丈夫?私も着いて行こうか?」
「ありがとう、大丈夫よ。あ、ヒルデ様がお一人になったみたい。二人は先に帰宅していて」
小さく手を振ると、私は出来るだけ早歩きでヒルデの元へ向かう。
「こんにちは、ヒルデ・エーレンバーク様」
「こんにちは、メルクーアさん」
丁寧な挨拶を行った私とは異なり、ヒルデは簡略的な挨拶を行う。
まさかの挨拶に、私の心臓はバクバクと鳴っている。
今まで見たことがないタイプの貴族に、私は驚きを隠すのに必死だ。
「少々お時間よろしいでしょうか?」
「えぇ、いいですよ?」
挑戦的な態度にこちらがたじろいでしまう。
この子…ルーイと二人で話している時は、私のことを様付けして呼んでいたような。それと…男爵位で間違い無いよね。私は伯爵位で間違い無いよね。
例え学園が平等を謳っているとしても、流石に礼儀は通してもらわないと。
心の中での葛藤がありながらも、口を開く。
「単刀直入に伝えさせていただきます。婚約者がいる男性には、むやみに近づいてはいけないですし…触れるのはやめた方がよろしいかと」
優しく、語りかけるように注意する。
ヒルデは可愛らしい表情を崩す。それは目の前にいる私が、憎くて憎くて仕方ないという表情だ。
憎んだとしても、本当のことが仕方ないでは無いか。
「そういえば、メルクーアさんってルートヴィヒ様の婚約者でしたもんね」
表情だけでなく、声までも憎い感情が零れている。
「だから、仲の良い私に嫉妬しているのですか?」
今度は馬鹿にするように笑いながら話すヒルデ。
「いえ。嫉妬ではありませんし、私は殿下のことだけをお伝えしたのではありません。他の男性にも近すぎる…とお伝えしたのです。今の説明でお分かりいただけましたか?」
彼女に馬鹿にされたことに腹を立てず静かに告げる。
ここで逆上するのは、貴族の令嬢として相応しく無いし…怒る気力すらない。
「あーわかりました。って素直に頷くと思いますか?ルートヴィヒ様は、アンタではなく、私のことを大層好いておられますよ」
挑発し続けるヒルデに、私は変わらず優しい笑顔で対応する。
どこまでこちらを馬鹿にすればいいのだろう。
ヒルデ・エーレンバークという令嬢は、こんなにも性格の悪い人だったのだろうか。
小説の中で描かれていない性格が、メルクーアに対して出てしまっているのか。
頭の中で考えていると舌打ちが聞こえてくる。
それにふと我にかえると、ヒルデが眉間にシワを寄せてもう一度舌打ちをする。
猫被りにも程がある。
それを見抜くことが出来ないルートヴィヒに頭を抱えたくなる。
「だとしても…です。一応は、私は殿下の婚約者ですので忠告です。相手のいないヒルデ様は男性に近づき過ぎるのは良くないかと。ヒルデ様のことを思って伝えています」
真っ直ぐ前を見据えて淡々と伝える。
堂々巡りになっている気はするが、彼女がわかってくれるまでは言い続けないといけない気がする。
「私のためねぇ…。めんどくさいんでそれでいいです。もう終わりですか?帰っていいです?」
仕方なく私の忠告を受け入れたヒルデは、帰宅したそうに態度に出す。
「はい、お終いです。貴重なお時間を割いてくださりありがとうございます。それではまた明日」
ご機嫌よう。と付け足せば、ヒルデは嫌そうな顔を隠そうともせずこの場を去る。
足音が消えたのを確認すると、張り詰めていた息が零れる。少しだけの間、呼吸を整えると帰宅のために振り返る。
「…っっ、ジ…クラウスハール様」
何の感情を持っていない虚な瞳をしている彼を見つけて、方が大きく揺れる。
「今の…聞いていたの?」
口元を緩めて聞いても、ジークフリートは何も反応しない。これは肯定なのだろう。
「私は存外平気よ。だから…ツェツィには内緒ね。貴方は何も言わず、私の傍で護ってくれると嬉しいわ」
首を傾げてお願いする。
本当に、もっと狂ってしまうかと思った。けれど、こうして泣きもせず平気でいれる。
これは本心だ。
ジークフリートは私に甘い。だから今のお願いも必ず聞いてくれる。
「メルクーアが…シュテルンベルガー嬢がそう言うなら、僕は何も言わない。けど、何かあればすぐに言うように」
「分かった。頼もしいわね、私の騎士様は」
微笑む私の対称的に、ジークフリートは静かに怒っているようだ。
彼が何に対して怒っているのか理解できないのが残念だ。
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