エーレンバークの婚外子。
「エーレンバーク男爵に新たな婚外子が居たらしいよ」
ある晴れた麗かな春の日。
当たり前のようにシュテルンベルガー邸に入り浸っているエルヴィンは、ベルが出した紅茶に口をつけながら告げる。
私は聞き間違いかと思い、彼に短く聞き返した。
いや…もう少し聞かなければいけないことがある。
どうして我が家に当たり前のように居座っているのか…と。だけど、それ以上に婚外子の話は以前にも出たので、そちらに気を取られてしまう。
「だから、あのクズ野郎に新しい婚外子が居たらしいよ」
詰まることなくスラスラとそう告げる彼に、私は開いた口が塞がらない。
それよりも、クズ野郎とは。
ツェツィーリアとの婚約を祝った時、クズ野郎とエーレンバーク男爵のことを罵倒していた。こんな場所で彼のことをそう呼んでいると、外に出た時にポロッと出たらどうすんだ。私は尻拭いなんてするつもりないからね。
「新しいって…」
「今度は高級娼館でトップだった内の一人の娼婦の娘だって」
「何人目ですか…男爵の婚外子は」
「三人目って聞いた気がする」
こめかみをリズム良く叩きながら、絞り出すように言う。
あぁ…そういえば男爵には二人の子供がいた。
エーレンバーク男爵は、商人からの成り上がった所謂成り上がり貴族だ。
彼は元々平民出身であったが、エーレンバーク令嬢と結婚し、男爵位を継承している。因みにだが、彼らが結婚したのちに、令嬢の両親は突然死している。
そんな彼は、エーレンバーク夫人をお飾りの妻とすると、いろいろな女性に手を出して種を撒いていた。
一人目は、夫人専属だったメイド。男爵とメイドの間には、男児が誕生した。彼は夫人の子供ではないが、子供が居ないエーレンバーク家の次期後継者となっている。
二人目は、子爵家の令嬢。男爵と令嬢との間には女児が誕生した。出生が出生のため、彼女は学園に入学しても遠巻きに見られていたらしい。
彼らは、複雑な関係の兄妹故に仲よく生活しているらしい。
「高級娼婦の中でも、特段と綺麗な人らしい」
「らしいって…噂なのですか?」
「表向きはね」
ということは、裏の顔はとんでもない女だということだろう。
何故娼婦のことを詳細に知っているのだろうか。
まさか…行ったことがあるとか…?!
「変なこと考えてるだろ。流石にそこに行く程落ちぶれていないよ」
顔に出ていたのか、今までの経験からか、彼は私が考えていたことを感じ取ったようだ。
私は考えていませんよ。とバツが悪そうに答えて、真面目な顔をする。こうでもしておかないと、驚いていたのが顔に出てしまいそうになるからだ。
「男爵家に仕えるメイドを傷つけたみたいだね」
「それは…メンタルをですか?それとも…」
「気に入らないことがあれば、ムチ打ちらしい」
そのメイドには、赤黒くなったアザが体中にあったみたい。と淡々と付け加える。
こんな言い方は悪いが、男爵が手にかけなければ貴族にもなることが出来ない立場なのに。どの立場で使用人を傷つけているのだろう。
「その娼婦は、第四夫人として迎え入れられている」
「……エーレンバーク男爵も、頭の悪い人ですね」
高級とついているくらいだから、信じらないくらい高いのだろう。どこからそんな大金が出てくるのか不思議だが、現在の手腕を奮っているため、それで得たお金だろう。
「そして、今は姉と同じくらいの年齢の娼婦に手を出しているんだってさ」
突っ込みどころが多すぎて、何から処理をすればいいかわからない。
とりあえず、娼婦にまた手を出しているのか。とんだ色欲野郎だ。
それよりも確認しなければいけないことがある。
「姉と同じくらいの年齢とは?」
「俺の姉と同じ年齢。だから、メルクーア嬢の兄…俺の義理兄と同じということ」
兄と同じぐらいということは、二十歳そこそこではないか。
…気持ち悪っっ。
全身が泡立つと同時に、そんな感想が自然と口から出てくる。
エルヴィンはこちらを見て目を動かしている。そんな彼は、聞かなかったことにするよと言った。
「で?その婚外子がどうしたのですか?」
自分の失態を逸らすように話題を元に戻す。
「メルクーア嬢と同い年の令嬢みたいだ」
「……ということは」
「そう。彼女は、今年編入してくるだろうね」
エルヴィンの言葉に覚悟していたが…頭をガツンと鈍器で殴られたようだ。
そうか…私はもう二年生になるんだった。
ヒロインが登場するのをすっかり忘れていた。
彼女の名前を忘れていたのは、自分がいかに愚かであるかを思い出させられる。
なぜ、彼に言われるまで気がつかなかったのだろうか。
「メルクーア嬢」
パンっと乾いた音で現実に戻される。
目の前にはエルヴィンが立っており、彼の琥珀色の瞳が私を映している。その瞳に映っている私は、酷い顔をしていた。
「大丈夫です。エルヴィン様、その三人目の婚外子の髪色はご存知ですか?」
震える指先を包み込みながら、物知りの彼に訊ねる。
「確か。薄い桃色だった気がする」
あぁ…その子はまごうことなきヒロインだ。
髪の色だけは、記憶に刻み込まれている。
薄桃色の髪に、アーモンド色の瞳をしていた。
確実に小説の通りに進んでいるんだ。
全身が冷たくなっている感覚に陥る。
大丈夫。大丈夫…私はうまくやっている。
アナベルのせいで、一瞬危ぶまれたけど、ルートヴィヒとは仲良く出来ている。お互いそれなりに信頼しているし、特別な感情を抱いていると思っている。
だから大丈夫だ。
自分に言い聞かせるように復唱する。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「…大丈夫です。えぇ…多分ですけど」
どこまで自分の顔色が悪いかわからない。
けれど、言われるくらいには悪いことは確かだ。
「今日はもう休んだら?」
「……まだお昼ですけど」
「昼から寝ることもあるよ?」
エルヴィンとの会話は、いい意味で馬鹿馬鹿しくて楽しい。
私を元気つけようとしてくれているのがわかる。本当に、女性を笑顔にするのは得意らしい。
「素敵な提案ですが、流石に大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「顔色戻ったみたいだね。これなら大丈夫そうだ」
私は頬に触れて自然と笑えていることを確認する。
そう。私は大丈夫なのだ。




