新学期のスタートです。
婚外子であるヒロインのことを耳にしても、案外心が凪いでいる。
「シュテルンベルガー嬢」
「ジー…クラウスハール様」
声がかかった方を見ると、久しぶりに会う彼がいた。
会わない内に少し背が伸びていて、より端正になっている気がする。
「久しぶりね」
「久しぶり。メルクーア、何か悩み事ある?」
耳元で囁く彼に私は体を揺らす。
耳元で…囁かれた…ではなく、私の異変にすぐに気づいたから。だから体を揺らしたのだ。
小さい声で、ないよと返答すると、彼は体を正面へと向きなおった。
「おはよう、メルクーアにジークフリート殿」
「おはようございます。ルートヴィヒ様」
今度は横から声がかかる。
半身になってルートヴィヒに挨拶をすると、反対側からも小さく挨拶が聞こえてきた。
「ジークフリート殿、流石に今のは見逃せないですね」
笑顔でバチバチと火花を散らして威嚇する。
ルートヴィヒに呆れてため息がこぼれてしまうが、小さいた、彼の耳には入っていないようだ。
「失礼いたしました。シュテルンベルガー嬢のお顔が優れないようでしたので。彼女を護る者としては見過ごせなかったのです」
彼の威圧をもろともせず淡々と告げる。
ジークフリートの冷静さが逆に怖い。
「ルートヴィヒ様、今日は早く行かなくてよろしいんですか?」
「…そうなんだ。メルクーア、何かあったら僕に伝えてね」
彼は普段私に見せる優しい表情で微笑むと、この場から急いで立ち去った。
「クラウスハール様…」
「気にしてないから大丈夫。別にないもないなら大丈夫だけど…。何かあったら一応伝えてくれると、こっちは先回りとか出来るから助かる」
ルーマン嬢の件もあったし。と彼は付け加える。
私はそれに頷いて、彼の後ろをゆっくりと歩く。教室の近くに到着すると、壁にクラス分け表がかけられている。
「メル、早く早くっ」
先に到着していたツェツィーリアが私を手招きする。
彼女の近くへ行くと、二人で壁を見上げて自身の名前を探す。数回ほど目線を動かすと、私の名前とツェツィーリア、ついでにジークフリートの名前を発見した。
「今年もよろしくね、二人共」
「よろしく、メルっ」
彼女からの熱い抱擁と、彼からの優しい視線を受け取ると、隣が何やら騒がしくなってきた。
ツェツィーリアと共に、振り向くと先程まで見ていた金髪が目に入る。その隣には彼の相棒の髪も見えた。
「ルートヴィヒとギルベルトが誰かと話してる…?」
長身の二人の前に誰かがいるのが目に入る。
「ルートヴィヒ誰かいるの?」
ツェツィーリアが近寄り、声をかけると彼が振り返る。
それと同時に、二人に隠れていた人が私の瞳に映った。
「……っっ」
その姿を目にした瞬間、私は足元が一瞬にして凍るのを感じた。
「あぁ…ツェツィーリア。今日から編入予定のエーレンバーク男爵のご令嬢だよ」
ツェツィーリアは彼から紹介された令嬢を目にすると、明らかに表情を曇らせた。
ルートヴィヒの傍では、紹介された令嬢がニッコリと微笑む。
「初めまして皆さん。ヒルデ・エーレンバークです」
薄い桃色の髪を揺らしながら、こちらに挨拶をする彼女の笑みは直接見ることが出来ず、足元を注視する。
私の異変に気がついたのか、傍にジークフリートが黙って付き添ってくれる。
「皆さんと仲良くできると嬉しいわ」
彼女は自分より爵位が上の者たちばかりなのに気がついていないのか。それとも気がついての発言なのだろうか。どちらにせよ、失礼なのは違いない。
傍にいるジークフリートが聞こえるようにため息をついている。
「流石は男爵様のご令嬢で。いかに基礎的な礼儀がなっていないのかわかります。まずは、男爵に教育係をお願いしてみては?」
気が短いツェツィーリアが乗ってしまった。
本来なら貴族の令嬢であるツェツィーリアは、ストレートに嫌味を言ったりはしない。だけど、ヒルデが礼儀を知らないため、まずはということで釘を刺したのだろう。
「ツェツィーリア言い過ぎだ」
「……そうですね。言い過ぎましたね。ですが、貴族社会に入りたての彼女の今の発言は、私たちに対する無礼では?王太子である貴方も何か言ってくださらないと困ります」
「しかし…学園は平等であるものだ」
「それが殿下の言い分ですか。わかりました。平等ですが、貴族の暗黙のルールはある程度守っていただかないと…乱れてしまいますので」
ツェツィーリアは全てを言い返し攻めていく。
彼女の紺色の瞳がルートヴィヒをそして…ヒルデを交互に映す。
「酷いです…ツェツィーリア様」
ヒルデは目にいっぱいの涙を浮かべてツェツィーリアを見つめる。そして、近くにいるルートヴィヒの制服の裾を白い手でギュッと握った。
その光景に私は思わず絶句してしまう。
王太子に婚約者がいるとわかっていての行動なのか。
「貴女に名前で呼ばれる筋合いはないわ」
そう言った彼女も、裾を掴んでいるのを目にしたのか、握っていた拳をゆっくりと開く。そして、そのまま彼女を見て鼻で笑った。
マズイ。
そう直感で思った時には、ジークフリートが彼女の傍にいた。
「ハインツェ嬢、一度頭を冷やした方がいい」
彼女の口を塞ぐように掌を前に持ってくる。
「そうよ、ツェツィ。行きましょう」
一歩も動けないまま後ろから声をかける。
彼女はようやく冷静になったのか、一呼吸置いてからこちらへ歩いてくる。私たちの横を通り過ぎて、教室へと入っていった。
私はルートヴィヒの方へ軽くお辞儀をする。
顔を上げると、ヒルデが薄らと笑みを浮かべているのが目に見えた。
それを黙って見つめて、私も彼女と同様に教室へと静かに入ったのだった。
◇◆◇◆◇◆
エーレンバーク男爵が迎え入れた婚外子の話題は、この学園内で持ちきりだった。去年とほぼ同じ、変わりないメンバーの教室でも彼女について話している。
先程そんな彼女とひと揉めあったツェツィーリアは眉間にシワが寄ったままだった。
もう放課後になろうとしているのに…。
ツェツィーリアの気持ちもわかる。
「あぁ…何あいつ。本当にむかつく」
時間の経過と共に、彼女に刻み込まれているシワの数と深さが増えている。
「だとしても、今日のはやりすぎだ」
「私は別にっ」
「あれじゃあハインツェ嬢が悪いと思われても仕方ない」
反論するツェツィーリアに、ジークフリートが正論をぶつける。
彼女はこれ以上反論出来なくなって、腕で顔を隠すように埋める。私はその背中を慰めるように撫でた。
「ツェツィ…」
「アイツ…ルートヴィヒに近づきすぎ。それに何も言わないルートヴィヒにも腹立つ。その隣にいたギルベルトもどうして何も言わないのよ」
先程までの勢いはどこへ行ったのか、か細い声で訴える。
「私のこと思ってくれてたの?」
そう聞くと彼女は小さく頭を動かす。
「ありがとう。でも…ツェツィがそんなこと言わなくていいのよ。貴女が傷ついて欲しくないの」
彼女を落ち着かせるように優しい声で宥めていると、目に薄らと涙を浮かべたツェツィが顔を上げる。
「君が騒ぎを起こせば、ハインツェ家に迷惑がかかるだろ」
そんな言い方して。
ジークフリートの言い方にも反応せず、ツェツィーリアは鼻を啜った。
「そうね。家に迷惑がかかることだけは避けなければ」
「後、貴族ならもう少し仮面を被った方がいい。ハインツェ嬢はそれが得意なはずだ」
「どうも。失念していたみたい。気をつけるわ」
ハンカチを差し出すと、彼女はそれを受け取り涙を拭う。
「要はアレでしょ?」
「隠しながら相手を痛めつける」
「私の得意分野だわ」
ようやく落ち着いたかと思ったら、何やら物騒な会話をしている。
二人が結託するとロクなことが起きない。
私はため息をつくのを抑えながら、楽しそうに話す二人を見つめる。
…ヒルデ…ヒロインが、ルートヴィヒに近くのに何も言えなかった。立ち竦んでしまった。私は婚約者なのに。
それが悔しくて…でも怖くて…。
ツェツィーリアが立ち向かってくれたのは、すごく嬉しかったし楽になった。
でも、いつまでも彼女の後にいるわけにはいかない。
私も強くならないと…。
ヒロインに…ヒルデに負けないように。




