邂逅。(2)
「この後、エレオノーラと少しだけ用事を済ませるから」
ジークフリートに耳打ちしているハーゲンが私の目に映る。
カフェを出てエレオノーラと談笑していると、そんな会話をしているのが耳に入った。
わざとらしく大きな声で話すものだから、隣にいるエレオノーラは苦笑している。今から誘われるのを知ってしまったのだから、そんな反応をしてしまうのも無理はない。
「エレオノーラ、少しだけいい?」
”少しだけ”にアクセントを置いて彼女を誘うハーゲン。
彼女は、ふんわりと笑って彼の手をとった。
二人は後で合流しようと、私たちに声をかけてこの場を離れた。
私はエレオノーラがハーゲンのことをどう思っていようが、彼を応援したいと思う。お互い想い合っているはずなのだから、素直になれば良いのに。
「どこか行きたいところある?」
私は唸ってから考える。
本来の目的は達成してしまったからな。
けど…二人が用事を済ませるまでは、時間があると思うし。
「あ…本を買いに行きたい」
最近読書が出来ていなかったのと、続き物で気になっている小説があったのだ。
ジークフリートは短く”了解”と返事すると、腕を差し出す。
私は彼の腕に軽く手を添えて近くにある本屋へと向かった。
王都の中でも割と大きめの本屋に到着すると、立ち尽くしているジークフリートを引っ張りながら目的の小説がある場所へ向かう。
「ファンタジー?」
引っ張られたことに関しては何も言わなかったジークフリートは、私が見ている本棚を見て呟く。
その言葉に小さく頷いて、自宅にある小説の続き物を手に取る。表紙に触れると、ジークフリートが覗き込んできた。
彼から香るいい匂いに、私は固まってしまう。
どれだけ近くにいるのだろうか…。
距離を考えるのが怖くて、目を動かすことが出来ない。
何も話さないでいると、彼が”どうした?”と不思議そうに声をかけてくる。戸惑いながらも返事をしてゆっくり呼吸する。
意を決して彼の方を向こうと体を動かすと同時に…反対側から誰かが来る音が聞こえてきた。
「…いっ…た」
音のした方を向こうとすれば、顔に硬い何かがぶつかる。
ゴツンという痛々しい音が聞こえた後、ジークフリートの鍛え抜かれた腕に、両耳と両目が包まれた。
外界からの情報を一切遮断してやる…くらいの気持ちが彼の腕の力に込められているのを感じた。
私を挟んで何か言い合いをしているのはわかるが、耳を塞がれているので詳細までは聞き取れない。
ようやく静かになったかと思うと、彼の腕から解放される。
少しだけ視線をジークフリートと反対側へ向けると、桜のように淡い桃色の何かが目に入った。
可愛らしい色をぼんやりと眺めるつもりだったが、彼に腰を引かれて鼻と鼻が触れそうになる。
「本、買おう」
「え、ええ」
危機迫った表情の彼に圧倒されて頷くしか出来ない私。
今のは…誰だったんだろうか。ジークフリートの知り合いか何か?だとしても…言い争いみたいなのはしないか。
先程の出来事を不思議がりながらも、私は手にしていた小説を購入して店を出る。
「ジーク、メルちょうど良かった」
「レオ姉はハーゲンとの少しだけの用事は終わったの?」
「えぇ、用事は終わったわありがとう。それと…ジークフリート、貴方眉間にシワが寄っているわ。何かあったの?」
エレオノーラに指摘され、私の腕を掴む彼の手に力が入る。
私はあえてそれに気がつかないようにして、大人二人を見つめる。
エレオノーラはジークフリートを心配しており、ハーゲンは何か考え込んでいる。
「何もないよ、レオ姉。心配かけてごめん、大丈夫。ほら行こう」
「エレオノーラ、本人が大丈夫ならいいんじゃないか?」
ハーゲンは何かを察したのか、未だに何か言いたげなエレオノーラとジークフリートの間に入る。
私は彼を見上げると、”大丈夫だよ”と優しい声で安心させてくれる。
結局、ジークフリートの眉間のシワの原因はわかることなく、本日のお出かけは終了した。
帰りもクラウスハール家の馬車で自宅へと戻る。
馬車の中から見えるジークフリートは、本屋を出てから深く刻まれていたシワが消えている。
彼の綺麗なお顔には、何も刻まれていない方がいいわ。
「ジーク…今日はありがとう」
「あぁ」
「また、一緒にお出かけしてくれる?」
ジークフリートは目を逸らして、数秒口を紡ぐ。
「殿下が忙しかったらね」
そう言って彼が、手をひらひらと動かす。
私はそれに少しだけの拒絶を感じるが、表情に出さず彼と同じく手を振る。
ハーゲンとエレオノーラにもお礼を伝えて馬車を見送った。
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