学校が始まる前の少ししたお話。(1)
前半はメルクーア視点、後半はジークフリート視点になっています。
王女殿下の誕生日から数週間後、シュテルンベルガー邸に一人の来客者が来た。事前に連絡が来ていたので、メイド達はゆっくりと準備を整えることが出来たようだ。父はそこまでしなくて良いんだよ。と言っていたが、そうはいきません。とメイド長が返答した。
時間通りに到着したのは、数週間前に会ったばかりのルートヴィヒだった。
私は丁寧に挨拶をすると、彼と庭園を歩くことになった。
「お久しぶりですね、ルーイ」
「久しぶりメルクーア。今日は時間を作ってくれてありがとう」
「いえ。わざわざご足労下さり…ありがとうございます」
王宮で会うことも出来たが、私が王宮の騎士が苦手になっているだろうとのことで、我が家で会うことにしてくれたのだ。忙しいはずだけど、彼なりの配慮なのである。優しい気持ちに軽くお礼をして、二人でお茶を始める。
「もうすぐ学校が始まりますね」
カップを見つめながら彼に話題を提供する。彼は一口紅茶を飲むと、”そうだね”と答える。それで会話が終了してしまった。
……こんなに会話ができないもんだっけ。
現実から目を背けるようにして、私も紅茶を口にする。
「そういえば、ルーン王国の王族が殺されたらしい。後…帝国の皇太子の婚約者も」
彼の口から出た情報に私の手が止まる。
以前エルヴィンから聞いた小国の話と、魔法が存在する帝国の話。遂に、殺害されてしまったのだ。ルーン王国の王族は仕方ないとして…婚約者だった令嬢は可哀想だと思う。彼女は恐らくだけど…悪くないはずだ。
「遂にですか。ルーン王国はどうなるのですか?」
暴君であろうが、王族を失った国は機能を失っていくだろう。すぐに崩壊するか、まだ持続するかのどちらかだろうが…崩壊になっていくのだろう。
「王家が断絶してしまったからね…崩壊の一途を辿るんじゃないかな」
ルートヴィヒは手元を見つめながら話を続ける。
なるほど、同じ考えのようだ。
「こちらにも少なからず影響するだろうね。最近の議題はばかりなんだ」
なぜ内密な話を私にするんだろうか。と口には出さず、首だけ前後に動かす。
彼は顔を上げてニッコリと微笑むと、”お菓子いただくね”と言ってクッキーを口にした。
「美味しい。どこのお店のクッキーなの?」
クッキーを口にした瞬間、彼の紫色の瞳が見開かれる。ルートヴィヒの口元が緩んできているのが、私の瞳に映る。
「それ…私の手作りなんです」
ふふっと笑いながら製作者を伝える。
「今回は殿下がいらっしゃる事を事前に知っていたので、ゆっくり準備することが出来ました」
「すごい、美味しいよ。メルクーアのその綺麗な手で…こんなにも美味しいクッキーが作られるなんて」
素直に褒める彼に良い気分になった私はドヤ顔になる。ここまで褒めてくれるとは思わなかった。サンドイッチを作った時と同じように褒めてくれる彼は…やっぱり優しい。
「今度も…作って欲しいな」
クッキーをじっと見つめるルートヴィヒを見つめて口を開く。
「いつまでも…作りますよ。何度でも」
彼を見つめながら私は迷うことなく真っ直ぐ答える。
それに彼は小さく返事をした。
◇◆◇◆◇◆
『忙しい父の代わりに、シュテルンベルガー伯に手紙を届けてくれないかい?』
団服に身を包んで、今から稽古をつけますといった格好の父に言われ、僕はシュテルンベルガー邸へと向かった。
僕だって、今から兄達に稽古を付けてもらおうと思っていたのに。
『久しぶりにメルクーア嬢に会いに行っておいで』
父は何を思ったのかそう言った。僕はギクリとしながらも自分の家を出たのだった。
馬を走らせてシュテルンベルガー邸へ到着すると、執事が僕を見つけて邸の中に入れてくれた。父が事前に連絡をしてくれたのだろうか、スムーズに入ることが出来た。
邸の中は少しだけ忙しないような気がする。
「………」
慣れている邸の中を一人で歩いていると、忙しない理由がわかった。
廊下にある大きな窓から見えるのは、伯爵夫人がお気に入りにしている庭園。そこにいるのはメルクーアと…ルートヴィヒ殿下。二人で楽しそうに会話をしているのが目に入った。
成程。殿下が来ているからか、この中は忙しなかったのか。彼女らの姿を見て納得した。
嫌なタイミングでお使いを頼まれてしまった。小さくため息をついていると、傍に誰かがやってくる気配がする。
「何が見えているのかな?」
「お、お久しぶりです…シュテルンベルガー伯」
その人物はメルクーアの父親で、お使いを頼まれた相手だった。
柔和な表情の彼から思わず顔を逸らしてしまう。
「ジークムントからのお使いだね。私の部屋においで」
笑顔を崩さないまま彼は僕を部屋へと誘導してくれる。
それを黙ったままついて行った。
部屋に入室した後は、質の良いソファーへ腰掛ける。そして、目の前に座った伯爵へと父から渡された手紙を渡した。彼は黙って読み進める。瞬きもせず眉を寄せる彼を見て、何か重要なことが書かれていることが分かった。
数秒の沈黙を終えて、伯爵は手紙を封筒へ戻すと口を開いた。
「ジークムントは忙しいみたいだね」
「あぁ…そうですね。ルーンが崩壊して、盗賊たちが増えると言っていました」
「そうか。それは忙しいね。ジークフリートはまだ参加しないのかい?」
「僕はまだ。レオ姉が第三隊の隊長を代理で務めてくれているので。僕が卒業して成人するまでは…レオ姉が隊長なんです」
「あぁ、エレオノーラ嬢がいるのか」
納得したかのように頷く。
クラウスハール家の親戚であるシュヴェリーン家の娘のエレオノーラには、小さい頃から姉として慕っていた。彼女は姉として僕を可愛がってくれている。
ハーゲンが第一隊、アルベリヒが第二隊の隊長とそれぞれ務めている。僕が成人すると、第三隊の隊長になる予定だ。だけど、数年彼女が隊長を務めているのなら、そのまま継続してくれた方がいいのだけど。
なんて思っていたら、前にいる伯爵が続けて話す。
「エレオノーラ嬢と言えば…。ハーゲンはまだ彼女に振り向いてもらえないのかい?」
彼女の話題から、ハーゲンの恋愛時事情に広げ始めた。




