夜空の下の円舞曲。(3)
ルートヴィヒに連れられて王宮の庭園へとやってきた。
夜風が吹くと、晒された背中をひんやりと冷やす。
「急にいなくなるからびっくりしたよ」
「…すみませんでした」
私が謝罪をすると、ルートヴィヒは頭の形に沿って撫でる。
今日はスキンシップが多いな。
何も言わず、彼が頭を撫でいるのを受け入れていると、気持ち良くなって瞼が落ちてきそうになった。私は重くなる瞼を必死に開けようと努める。
「疲れた?眠たい?」
うとうととしている私を見かねて、ルートヴィヒがクスクスと楽しそうに笑う。それにつられて私もクスリと笑った。未だに撫でている彼の手に自分の頭を預ける。上目遣いで彼を見ると、白い肌が桃色に染まっているのが視界に映った。
「今ので疲れが取れました」
「良かった。メルクーアがここまで僕に体を預けてくるなんて、珍しいね」
「疲れていたからですかね」
ふふふと笑うと、ルートヴィヒは当たり前かのようにまた頭を撫でる。彼の手つきは壊れ物を扱うかのようだ。
甘い雰囲気が流れ始めている中、私は彼の体に身を預けながら夜空を見上げる。
王宮の明かりがあるにも関わらず、星が綺麗に輝いている。その中でも一等輝いているのは、まん丸い月だった。
「今夜は…月が綺麗ですね」
自然と口から出た言葉に、ハッとして次の言葉が出てこない。
これは前世での愛の告白の台詞だ。ルートヴィヒは知らないだろうけど…私は自然と頬が赤くなる。
「そうだね。今に届きそうなくらい大きいね」
ほらやっぱり知らない。
私はルートヴィヒの返事に、寂しいような安心したようなそんな気分になった。
私は空気を飲み込み口を紡ぐ。
せめて、”月が綺麗だね”とそのままの感想を述べてくれても良いのに。頬に空気を入れてふてくされていると、ルートヴィヒは楽しそうに頬をつついてくる。
「頬は膨らませないで。綺麗な顔が台無しだよ」
つつかれる、膨らませるを繰り返していると、ついに私の頬が限界になった。ダメだ…痛い。
彼は萎んでいるはずの頬を、親指と人差し指で摘んでムニムニと遊んでいる。小声で”柔らかい”と感動している。いくら婚約者とあれど、一応は未婚同士である。そんな女性の頬を摘むなんて。楽しそうだから何も言わないけど。
「久しぶりに二人でゆっくりと出来るね」
満足した彼は、上を見つめながら感傷に浸る。その言葉に”そうですね”と小さく答える。
ここ最近、ルートヴィヒはこの誕生日会のためにドタバタと忙しそうだった。その合間を縫って彼は私に会ってくれていたのだ。私が出来たのは、紅茶を淹れたことぐらいで、目の下にクマが出来ないようにサポートするだけだった。
「誰もいないから…二人きりですものね」
「二人きりなんて初めてじゃないのに…心臓がドキドキしている」
「そんなこと言うの珍しいですね。なんか、初心な男の子みたい」
手を口元に当てクスクスと笑うと、今度は彼が頬を膨らます。
端麗な顔つきをしているはずなのに、頬を膨らますと子供のように見える。不思議。
「初心な男の子って…。メルクーアはこんな僕のことを嫌うのかい?」
「まさか。ルーイのそんなところは知らなかったので、嬉しいんです」
新しい一面を知れて。と付け加える。それが悪い意味ではないことが分かったのか、彼は小さい声で返事をする。
二人で夜空の星を眺めていると、王宮の方から音楽が流れてくる。自分が一番好きな曲に、自然と鼻でリズムをとってしまう。
横にいるルートヴィヒは、急に立ち上がると私の前に立つと腰を折って手を出す。
「メルクーア、君の好きな曲だよね。もしよければ再度踊りませんか?」
私は躊躇うことなくルートヴィヒの差し出された手をとる。それを確認したのか、彼はぐんっと手を引っ張る。いきなりのことだったので、彼の胸板に頬がぶつかってしまった。
小さな呻き声を上げると、頭上からは彼からの謝罪が聞こえる。その後、クスクス笑う彼につられて自然と笑みがこぼれた。
「一緒に踊ってください」
二人でひとしきり笑った後、返事をすると腰に手を添えてダンスの格好をする。私は手を取って、彼の肩に手を添えると、息が合ったかのタイミングで踊り始める。
漏れてくる音楽に合わせながらステップを踏んでいると、ルートヴィヒと目が合う。
「この曲、二人で練習したね」
「覚えてくれていたんですか?」
「当たり前だよ。メルクーアがよく僕の足を踏んでたよね?」
「…っっそ、それは…言わないでっっ」
昔の失敗を恥ずかしんで、注意がそれるとタイミングよくルートヴィヒの足を踏んでしまう。
まさかのタイミングに、二人で足を止めて顔を合わせる。紫色の瞳とぶつかり合うと声を出して笑う。
「あははっっ。すごいタイミング…」
「はは。昔、足を踏まれたことを思い出したよ」
今は足を踏むと言う失態をしないぐらい上達したよね。とルートヴィヒが付け加える。私はその言葉に不貞腐れながら、褒められたことで気分が良くなる。
私たちはひとしきり笑った後、背筋を伸ばして手を添える。
もう一度音楽に合わせて踊ると、気分が良くなって口ずさんでしまう。彼も私と同じく口ずさんでいる。
ダンスの練習中、二人で口ずさみながら踊ったことを思い出す。彼が口にすると気が紛れるよと言ったので、その場ですぐに実践した。すると、今まで間違えていたパートが急に踊れるようになった。
それに二人で感動したな…と。
「本当に懐かしいね」
「ですね。今では立派に踊れるようになりました」
「誰と踊っても、メルクーアが一番だなって思うよ」
彼からの告白に私の口から”あら…”と声が漏れる。今までの言葉で一番私の胸に刺さったかもしれない。
「私もルーイが一番だと思います」
「それは良かった」
お互い思い出のある曲を一曲踊り終えると、いつものように腰を折って一礼する。
顔を上げると、夜空に照らされてキラキラと輝くルートヴィヒの金色の髪が目に入った。
あぁ…綺麗だな。
月並みの感想になるが、本当に彼は綺麗なのだ。
彼の髪に触れようと伸ばした腕は、空で輝く一等星を掴むフリをする。それを不思議に思ったルートヴィヒは口を開く。
「どうしたの?」
「あの大きくて綺麗な星を掴めればなぁ…と」
誤魔化すように伝える。すると、ルートヴィヒは私と同じように腕を伸ばして掴むフリをする。
「確かに…手にしたいほど綺麗だね」
彼の口から出た言葉に私は小さくうなづく。
「ほら、もうそろそろお開きになるし、風邪を引く前に戻ろう」
「…そうですね」
差し出された腕に手を添えて二人で中に戻る。
久しぶりにこんなに笑ったかもしれない。
ここまで楽しいのは後にも先にも今日だけだと思う。
ここまで読んでくださりありがとうございます!!
これで王女殿下の誕生日パーティーはお終いです。




