仲直りをします。
ハインツェ家の領地での休暇は、今までで一番楽しい生活を送る事が出来た。
そのおかげで、ルートヴィヒとの間にあったことをほんの少しだけ忘れる事が出来たのだ。
七日間の滞在を終え、シュテルンベルガー邸へと帰宅した。
「お帰りなさい、メルクーア」
「お父様、ただいま戻りました」
馬車から降りた私を出迎えてくれたのは、ベルと父だった。
普段ならもう少し出迎えの人数が多い気がするが…今日は二人だけで、この家の中が忙しないのと関係しているのだろうか。私が首を傾げながら自室までの階段を向かおうとすると…父に止められる。
「お父様…?」
「メルクーア、お腹は空いていないかい?」
お腹…お腹か…。
ここを出る前に軽食を頂いたから、お腹は空いていない。
だけど、それを知らない父ではないだろうから何か考えがあるのだろう。
「果物ぐらいなら、入ります」
笑顔で答えると、父は私と同じように笑顔を浮かべ腕を差し出してくれる。一歩踏み出したと同時に、背後から声がかかった。
「メ、メルクーアっっ」
その聞き覚えのある声に私は固まってしまう。
エスコートをしてくれている、父の腕に添える手に力が入ってしまう。力を入れたことに気づいた父は、安心させるように自身の手を上から添えてくれた。
だから…家が忙しないのか。
私は深呼吸をすると、父から離れて名前を呼んだ人物と向かい合う。
「ルートヴィヒ様、ご機嫌よう」
「あ、あぁ…。メルクーアは元気か?」
「ツェツィーリア様の計らいで、気分転換になりました」
軽くお辞儀をして一歩後に下がろうとする。
すると、それに気づいたルートヴィヒが、距離を縮めるように一歩前に出てくる。
「…良かった」
「殿下は本日どのようなご用件でいらしたのでしょうか。まさか…元気がどうかだけ訊ねるだけで、いらしたのですか?」
普段彼と話すより低い声で対応するのは、今まで放置され続けたから。
いくら婚約者だからと言って、こんな無礼な対応は本来なら許されないだろう。父は何も言わないが、メイド達の息を飲む音が聞こえるのはそういうことだ。
「まさか…そんなわけない。メルクーアの時間を…僕にくれないか?」
「私は今は話したくありません。長時間の馬車に乗って疲れているのです」
ルートヴィヒが訪ねてきたのは、例のあのことについてだろう。確かにギルベルトに伝えて欲しいと頼んだが…こんなにも遅くなるとは思ってなかった。
別に疲れてはいないけど、待たせた罰としてこれぐらいの抵抗は許して欲しい。
「………ほんの少しだけでいい……お願いします」
突き放しても怯むことなく、一国の王太子が深々と腰を曲げて懇願する。
自分の立場を忘れているのだろうか。これ以上は彼にこんな姿をさせられないと、折れた私は諦める。
「頭をお上げください。ほんの…少しだけでよろしければ」
「ありがとう、メルクーア」
◇◆◇◆◇◆
不安そうな表情で送り出してくれた父に断りを入れて、私はルートヴィヒと二人きりで庭園でお茶をする、
「メルクーア」
ゆっくり紅茶を嗜む私とは正反対に、ルートヴィヒは一切紅茶を口にしようとはせず名前を呼ぶ。
「なんでしょうか殿下。まずは冷める前に紅茶はいかがですか?」
ニッコリと微笑んで彼に紅茶を飲むように促す。
ルートヴィヒは何かを言おうと口を動かすが、それを飲み込んで紅茶を口にする。
「私と話をする覚悟がおありなんですか?」
ルートヴィヒを見つめると大きな音を立ててカップを置く。
動揺してるな…。
「あ、あぁ…今まで…避け続けて…すまなかった」
私から顔を逸らしながら謝罪をする。
「僕が事件と向き合うことが出来なかったんだ。王都の騎士が金で動くということも、彼らの忠誠心が低いことも、ルーマン嬢が裏で動いていたことも…。メルクーアが連れ去られたことも…その場で起こったことも…、全ては僕があの時に…君から離れてしまった結果だと思って」
そんなことを考えているのだろうと思った。
全てを清算するまで…それとも臆病になって私に会わなかったのかと。
「僕が離れなければ、君は誘拐されなかったのに」
それに小さく反応すると、彼は酷く悲しい表情を浮かべる。
「それよりも、まずは一言言わなければならなかった。メルクーア、無事で良かった」
今度はしっかりと私を紫色の瞳が見つめる。
「ありがとうございます…と素直に感謝を述べたいのですが…殿下は時間がかかり過ぎたと思うのです」
私も彼の紫色の瞳を見つめながら答える。
変わらず悲しそうな表情をしているが、その表情をしたいのは私の方なのだ。
「そう…だね…。建国祭から半月以上は経過しているから…」
「殿下が反省されているのは…何となく感じておりました。しかし…ですよ?私の心の傷のことは考慮してくださらなかったのですか?」
彼を睨むと口をつぐんでしまう。
「……本当に傷つけられていたらどうしようかと思うと、勇気が出なかったんだ」
拳を握りしめているのと一緒に唇を噛み締める。
私も彼と同じく膝の上で拳を握りしめる。
「分かりました、では、今から確認をされますか?」
一息つくと私は立ち上がり、ドレスの裾を捲し上げようと手を伸ばす。すると、目の前から焦った声で止められた。
わからないのならわからすまでじゃないか。それが痴女のようだな行為だとしてもだ。
「いや…いい。君が嘘をつくような人ではないというのは、僕が一番理解してるはずなんだ」
「そうですか。本当に何もされていないと理解してくださいましたか?」
「あぁ。君に…本当に申し訳ないことをした」
再度謝罪をするルートヴィヒを私は黙って見つめる。
あれだけ避けられ、無視をされ続けても、こういう姿を見ると許してしまいそうになる。
「一つ…いいですか?」
「…何?」
「私は今、社交界で傷モノの女として通っています」
自分で言っておいて傷ついてしまう。それに気づかないようにして話を続ける。
「私が殿下と…ルーイといれば何かと噂をされてしまうでしょう」
私は視線を彼から自身の手へと移す。
「噂をされれば僕が否定しよう」
「本当ですか?」
未だに顔を上げられず、俯いたまま返事をする。
「本当だよ。メルクーア…君の心を傷つけてしまったから。それぐらいは僕の役目だ」
目の前にいたはずの彼は、いつの間にか傍に来ており膝をついている。私より一回り大きい手が、白い手に触れる。そこからはじんわりと彼の温もりが伝わってくる。
「信じて欲しいと言うのは烏滸がましいかもしれないが…信じて欲しい。改めて今日から関係を築いていきたいと思っている」
ルートヴィヒは私の手を両手で包むと、自身の額へと持っていく。
「こんな僕だけど…関係を築き直してくれるかい?」
「……私こそ…いいんですか?」
「僕にはメルクーア、君しかいないよ」
優しく微笑むルートヴィヒに私は完敗だ。
もっと嫌味を言ってやろうかと思ったが、こうも毒気を抜かれてしまうと言えない。
私も…ルートヴィヒしかいないのだ。
「分かりました。お願いします」
「ありがとうメルクーア。僕が君を護るよ」
「頼りにしていますね、ルーイ」
目に涙を浮かべながら返事をすると、彼の指が私の涙を拭ってくれる。
ルートヴィヒは慈愛に満ちた表情で私の顔を覗き込む。
その表情に私の胸が以前のようにドキドキと鳴っている。
本当に…私は…彼に甘いな…と改めて思った。
◇◆◇◆◇◆
後日、ルートヴィヒから聞いた話だが、ルーマン家のお家取り壊しが決定していたそうだ。
今までルーマンにやられた貴族たちが声を上げたことと、今回の件で見過ごす事が出来なくなったらしい。
侯爵は王家にある地下牢に投獄。夫人とアナベルは監視付きで、王都から遠く離れた場所へ移送されたらしい。
それを聞いてとりあえず私は一安心できた。
もう…あの噂を流されることはないだろう。
そう…信じていた。
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