小さな王国と魔法が存在する帝国。
エルヴィンの誕生日会を四人で開催した次の日。なんとなく朝早く目が覚めてしまった私は、髪や服を軽く整えてから邸の中を歩く。まだ少しだけぼんやりしている私は、この時間は静かであろう談話室へと足へと運んだ。
「…あ…」
「おはよう、メルクーア嬢」
そこには先客のエルヴィンがいた。
ソファーに腰掛けている彼は新聞を読んでいる。
「おはようございます、エルヴィン様」
首を下げてから後ろを下がろうとすると、エルヴィンに止められた。
「朝食の時間まで一緒に読書はどう?」
何か含みを持たせた笑顔でこちらを見る。私は黙って彼の前のソファーへ腰掛ける。するとエルヴィンは今まで見ていた新聞を、ローテーブルの上に広げた。私は自然とその新聞へと目を移す。
”東の小さな王国であるルーン。国民からのクーデターにより崩壊寸前。反逆により新たな国となったルーンは、たったの十四年しか続かないのか”
大きな見出しに小さな本文。読めば読むほど内容が気になる。
このルーンという王国…ここ数ヶ月クーデターが起きている。崩壊寸前ということは、王族が始末される日はそう遠くないだろう。
「気になる内容だよね」
「そうですね。この崩壊によって、輸入品がより手に入りにくくなるでしょうし…値段も高騰するでしょうね」
そんな中で、躊躇いもなくケーキを作ってしまったけど良かったのだろうか。
それにしても…反逆という言葉に引っかかる。このルーン王国は、以前なんという名前の国だっただろうか。思い出そうにも、地図からごっそり抜けていることを思い出した。以前の国を思い出そうとするだけ、無駄だったということだろうか。
「まぁ…この国が崩壊するのは時間の問題だっただろうし…むしろ十四年も続いたのが驚きだけどね」
エルヴィンは眼鏡を外しながら言う。
「ルーンの国王は暴君なんでしたっけ?」
隣国であるルーンの王国の話は、この新聞のように自然と入ってくる。
「そう。幼い頃から我儘し放題で、メイドを痛ぶるのが趣味だったらしいね」
気持ち悪い。
そういう人が上に立つなんて…どういう神経をしたらそんな考えに辿り着くのだろうか。
「で、前国王である兄とその配偶者を殺害した後、国王として君臨するけど…そこからが国民の地獄が始まる」
エルヴィンはルーン王国の国民かのように話し始める。
国民全員に高い税金を要求し始める。そのおかげで、貴族以下の国民は税金を払うことが難しくなり、スラム街が多数存在するようになる。スラム街ではろくに食事を取れない人が続出する。その人たちを見かねた、前国王に仕えていた公爵家が旗をあげた。だが、王家に楯突いた一家全員を無残に殺害し、それを知った古くからの貴族は死を覚悟しながらも、王家に楯突いた。というのがこの新聞の中身だ。
エルヴィンが話し終えると、私はあまりもの暴挙に言葉を失う。
「さすが、暴君だよね」
「ルーンの貴族たちの生存は…?」
「公爵家以外は全員生存している。まぁ…王家の騎士が王を見放したから、反逆が出来てるんだけどね」
暴君に仕える騎士も大変なんだ。
それにしても、被害者が少なくて良かった。
「ルーンの国王の兄は賢王と呼ばれるほど、賢い人だったのは知ってるっけ?」
「そういえば、そうだったな…って感じですね」
前国王の名前も、国名と同様に消えている。残っているのは”賢王”という名で親しまれていたことだけ。詳しい部分も抜けてしまっているのだ。知ろうとすればするほど、モヤがかかったように謎に包まれている。
「エルヴィン様は、賢王のことを詳しくご存知なのですか?」
先程からルーン国内の状態を知りすぎている。騎士の話は新聞の中に記載していなかったのに…。むしろ私が知らなさすぎなのか?
「いや?皆と同じくらいしか知らないよ。それに俺が知っているのは、ルーン国内の話だけ」
ルーンのこと興味あるからね。と笑いながら答える。興味でそこまで調べる事が出来るのがすごい。
女にうつつを抜かしているだけかと思っていたけど、アウヘンミュラー侯爵の息子なのだと再認識した。彼の真面目な顔は、博識な侯爵の顔つきと似ているかもしれない。
エルヴィンの顔を見てぼんやりしていると、トンっという音が静かな談話室に響いた。それに肩を動かしたと同時に、音がした方へ視線を向ける。彼は私の視線に気がつくと、ルーン王国の見出しを指している場所から移動させる。下へ移動していくのを私は追いかけると、彼の綺麗な指がとある場所で止まる。
”魔法が溢れる閉鎖された帝国。皇太子の友人に嫉妬をした婚約者が、毒を盛り殺人未遂を犯す。彼女の火炙りの刑は免れないだろう”
なんだこの殺伐とした新聞は…。
それ以上に、閉鎖されているはずの帝国の内部事情がわかるなんて。この国の記者は命知らずなのか。
「ここの皇太子の婚約者…殺されてしまうのですか?」
「さぁ?友人に嫉妬したって書かれてるからね」
「友人って…女性ですよね」
「皇太子、男だったはずだからね」
エルヴィンはなんとも言えない表情をしている。それに私も何も言えなくなる。
この記事を見て胸が苦しくなってくる。女の勘だが、この帝国の令嬢は…もしかして本来の私と同じく、婚約者からの愛をもらえなかったのでは?この令嬢は本当に毒を盛ったのだろうか。探ってもきっと答えは出ないだろう。
「でも、皇太子の婚約者だった令嬢は、嫉妬に狂いそうな人ではなかった気がするけどな」
「…え?どうしてそれを?」
「一度だけ会った事があるからね」
「エルヴィン様が?!どこで?!」
あの閉ざされた帝国の人物と…会えるなんて。エルヴィンの交流がわからない。
「帝国に一度だけ入国した事があったんだよ」
「まさか…不正入国?」
「そんなわけないだろっ。ここの建国祭と同じで、帝国には感謝祭があるんだ」
確か数年前まで感謝祭には他国の人間も参加できる日が存在していた。
「知ってます。五日間ある内、三日目に参加出来るんですよね…私たちが」
私は一度も参加する権利を得る事が出来なかったため、帝国に入国する事は叶わなかった。
「三年前に権利を得て、参加したときに皇太子と並んで歩いているのを見かけたんだよ」
「よくそんな権利を得られましたね」
「父のおかげだけどね」
アウヘンミュラー侯爵が博識ある方だからか。それなら納得だ。
「むしろ大人しいというか…誰からも…いや、他の公爵家の令嬢や令息以外からは嫌われていたような」
「なぜ…皇太子の婚約者なのに」
「きっと彼女が使う魔法が、嫌われれる要因になっているんだろうけどね」
エルヴィンはそう言ってから、”この話はこれでお終い”と言って強制的に終了させる。自分から話を始めておいてなんて人だ。
「最後にもう一つ。どうして帝国の令嬢の話をしたのですか?」
「それは…君がルートヴィヒ殿下の婚約者だからだよ」
「同じようになるなって言いたいんですか?」
「ご名答」
エルヴィンの笑顔は、私のゆらぐ瞳を捉える。
声が震えそうになるのを密かに抑える。私が嫉妬して毒を盛るとでも?そんなバカなことはしない。そのために、私は頑張ったのだから。
「なーんちゃって。君と殿下は仲がいんだから、そんなことはないよね」
急に声色を変えて冗談を交えながら話すエルヴィンに、緊張がほぐれた私はようやく息をする。
「…まぁ…そうですね」
エルヴィンが何を考えているのかわからないが、私は彼を見つめて口を開く。
「エルヴィン…」
「そう言えば、ルーン王国の前の国王と王妃の子供の生存気にならない?」
彼の名前を言う前に、わざとらしく話を逸らして私を遮る。
「えっと…急になんですか?気にはなりますけど…」
「実は国王と王妃には王子がいたんだって」
「だってって…」
今はもういないみたいな言い方だ。
「生存は不明なんだけどね」
「だから、だってという言い方なんですね」
「王妃の瞳は、メルクーア嬢の胸についているブローチみたいな瞳らしい」
エルヴィンは私の顔からブローチへと目を移す。
「それ、誰からもらったの?」
「え?」
私は自然と胸についてるブローチに手をかける。
「ジークに…もらいました」
「確かに彼の瞳に似てるけど」
「これは僕の父である、ジークムントの物です。ルーンの前国の王妃とは関係ありません、エルヴィン様」
私の背後からジークフリートの怒りを含んだ声が聞こえてくる。走ってきたのだろうか、息が切れている。
「クラウスハール侯のものだったんだ。確かに候の瞳とブローチの色、似てるもんね」
「何を疑っているのか分かりませんが、ルーンのことは調べるとロクな事がないのでやめておいた方がいいですよ」
こんなにもバチバチしている二人見たくなし、私を挟んで喧嘩をしないで欲しい。
「君がどうしてそこまで怒るのかわからないけど、そうだよね。実家の名に傷がつくのは嫌だからね」
エルヴィンの一言でようやく喧嘩が収る。
彼は立ち上がると、”朝食の時間だね”と言って談話室を出て行った。
「ジーク…」
「これは、僕の父の大切な物なんだ」
「それを…私に?」
「…僕が持っていて欲しかっただけだから」
侯爵の許可は得ているの?と言えないほど、彼は切羽詰まった表情をしていた。
それと同時にエルヴィンという存在がますますわからなくなった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
エルヴィン…?どうした?と思う方もいらっしゃると思いますが、エルヴィンは女にうつつを浮かしちゃうエルヴィンなので、お気になさらず!
この章は少しだけ重要な部分ですので…ここからどうなるかはお楽しみください。
また第16部分の結局、変わらず傍にいてくれるそうです。まで誤字脱字等変更いたしました。
自分の誤字に泣きそうになります…。




