誕生日のケーキを作りましょう。
ツェツィーリアの領地へやって来て二日目。
四人で仲良く朝食を取っていると、執事が”失礼します”と入室する。
「アウヘンミュラー様、お姉様からのお手紙が届いております」
彼は手紙と共に、ペーパーカッターを渡す。中から出て来たのは、綺麗な押し花が貼られている便箋だった。エルヴィンは一通り目を通した後、机の上にその便箋を置く。そこには義姉様の美しい字が並んでいた。
「親愛なる弟であるエルヴィン。十七歳のお誕生日おめでとう。今年は、落ち着いてくれることを、私だけでなく、旦那様も願っておられます。今年は直接お祝い出来なくて残念です。では、帰宅してから贈り物を渡します。貴方の行く末を心配している姉より」
代表して私が読みあげると、他の二人も含めて沈黙が流れる。
「アウヘンミュラー様…本日、お誕生日なのですか?」
ツェツィーリアが彼を見つめながら訊ねる。
すると、エルヴィンは一拍おいてから”そうだよ”と返事をする。私はそれを聞いて言葉が出ない。
エルヴィンの誕生日…知らなかった。
「では、みんなでケーキを作りましょう」
ツェツィーリアがおもむろに立ち上がり手を叩く。そして、ケーキを作るという謎の提案をし始めた。
「アウヘンミュラー様は、何がお好きで、何がお嫌いですか?」
「んー特に嫌いなものはないけど…甘すぎるのは苦手かな」
いまだ状況を掴めていない私とジークフリートを置いて、二人は話を進める。エルヴィンも受け入れるのが早すぎる…。
話を遮る間も無くケーキを作ることになった…と思うといつの間にか四人で厨房に立っていた。
ツェツィーリアは、ケーキを作るのは得意なので任せてください。とサムズアップをする。
彼女は本当に慣れているのだろう。テキパキと指示を出していく。私とジークフリートは、土台の生地作りらしい。ツェツィーリアからの合格が出るまで、ジークフリートが混ぜ続ける。
「ハインツェ嬢、俺はここにいて良いの?」
なぜか本日の主役であるエルヴィンまでもが参加している。彼は戸惑いながらも、ツェツィーリアの指示通りに動いている。
「良いんです。むしろ、一緒に作った方が楽しいんですよっ」
今日一番の笑顔を見せたツェツィーリアに、何故か私の胸が高鳴る。
エルヴィンの方を横目で見ると、彼女の方を見て優しく微笑んでいる。
この人…こんな笑顔出来たのか。
最初はツェツィーリアのことを、ただ興味があるだけだと思っていた。しかし、彼のこの表情を見れば本気なのでは?と思ってしまう。それでも…彼女をエルヴィンに渡すわけにはいかないけど。
「確かに楽しいね。こんな体験初めてだよ」
「普通ならこんなことしないですもんね。今日は、アウヘンミュラー様にとって良い日ですね」
輝かしい笑顔のツェツィーリアは楽しそうだ。この二日で彼女の新しい素顔を発見出来た。私はソレを見て自分が担当している生地作りに集中することにした。
「…あっ」
集中し始めると、ツェツィーリアが思い出したような声をあげる。どうかしたの?と訊ねると、使うはずのフルーツが切れてしまったらしい。実はこの邸の中に栽培されているとのこと。この邸を理解しているのは彼女だが、ケーキ作りに必要なのは彼女だ。
「私が取りに行こうかしら?」
「ううん大丈夫。私が行くわ。少しの間、休憩してて」
エプロンを外して厨房から出て行くツェツィーリア。その後ろ姿を熱い視線で追いかけるエルヴィン。
「女性一人に行かせるのはどうかと思いますよ、エルヴィン様」
私がそう言うと、彼は”良いの?”と首を傾げてくる。
良いも…何も…。少しくらいお膳立てしても良いかなと思っただけ。
さっさと行けと目線を送ると、エルヴィンは彼女の背中を追いかけるように出て行った。
「アレ、良いの?ハインツェ嬢に近づくのは嫌だったんじゃなかったっけ?」
隣で休憩しているジークフリートが不思議そうに声をかけてくる。彼がこうして不思議にしているのには理由がある。昨日まで私は、エルヴィンがツェツィーリアに近づくのを拒否していたからだ。
「エルヴィン様から聞いたの」
彼が何を?と聞く前に続ける。
「私が誘拐された時、エルヴィン様が手伝ってくれたことを。だから…少しだけお手伝いしても良いのかなって…思ったのよ」
私が出来るのはお手伝いだけ。後は、エルヴィンが本気で頑張るか…ツェツィーリアの気持ち次第だ。
「そう言うものなのか」
「さっきね、エルヴィン様がツェツィを見ていた瞳が、今まで見たことがない瞳の色をしていたの。彼が女性をあんな目で見るのは初めてだから」
だから少しだけ彼を手伝ったのよと伝えると、ジークフリートは良いんじゃない?と楽しそうに笑った。自分に関係ないからって…。
二人で話していると、厨房の扉が開く…と二人が入って来た。
「ありがとう、ツェツィ」
「いいえ。ほら、取れたてのラズベリーよ」
満面の笑みを浮かべるツェツィーリアの後に視線を向ける。
やっぱり…エルヴィンは彼女を見る目が、他の令嬢を見る目と違う。もしかしたら…今日で本気になったのかもしれない。
「美味しそうね、宝石みたい」
キラキラと輝くラズベリーを口にすると、きっと口の中で良い酸味として働いてくれるだろう。
「これを焼いた生地の中に入れるのよ」
彼女の頭の中では完成しているのだろうが、私の中では全くイメージ出来ていない。
「さぁ最後の仕上げをしましょ」
私たちが作った生地を型に入れ込み、オーブンで焼いて行く。近くの椅子へ座ると四人で焼き上がるのを待つ。
「アウヘンミュラー様は、お姉様と仲が良いのですか?」
「俺と姉さん?どうだろう…。ハインツェ嬢は俺の噂は知ってる?」
勝手に二人が話を始める。
この二人に入るのは躊躇ってしまい、私は空気のように気配を消す。近くにいるジークフリートへと顔を向けると、彼も同じように気配を消している。彼は人差し指を口に当て、静かにしているように目線を送って来た。
「アウヘンミュラー様の噂…。もしかして、多くの女性と関係を持っていると言う噂でしょうか」
「そう。やっぱり君の耳にも入っているよね」
入っていないわけがないでしょうが。と突っ込むのをなんとか抑える。
「勿論です。私の友人にも関係を持ちたいと言っている方がいるんですよ」
嬉々としているツェツィーリアに、気配を消しているジークフリートがむせる。
「そうなんですね。それは光栄なことなのかな」
「さぁ?私にはわかりませんけど…女性にとっては憧れの存在なのでは?その…噂とお姉様の仲にどんな関係が?」
「あぁーはは。その噂のせいで、姉さんから圧をかけられているんだ」
「つまりは…あまり仲がよろしくないんですか?」
噂も何も、本当のことだからお義姉様がよく怒っていらっしゃるんですよ。ツェツィーリアに、噂、噂だなんて嘘をつくのはやめていただきたい。
「そうだね。普通の姉弟に比べると…仲は良くないと思うよ」
「でも、こうして離れていても手紙を渡してくださるんだから…仲はいいのではないですか?」
彼の口から女性と遊んでいることを聞いても、不機嫌になったりせず、むしろフォローをするツェツィーリアにエルヴィンは言葉を失っている。
「そうだと…嬉しいね」
はにかむように彼が笑った後、ケーキが焼けたようだ。ツェツィーリアは立ち上がり、熱々のケーキを持ってくる。これだけでもいい匂いが充満している。
「さぁ、最後の仕上げをしましょう」
彼女の一言で休憩を終えて動き始める。
ツェツィーリアはナイフで切ると、プロのような手つきでチョコレートをコーティングしていく。全てを終えるとパティシエ顔負けのチョコレートケーキが完成する。三人で目を輝かせていると、ツェツィーリアが”喜んでくれてよかった”と安堵する。私は完成したケーキを見ながら紅茶を入れる。彼女はいつの間にか四等分にカットしてくれている。私たちは何も言わずに黙って椅子に座ると、ケーキを口に運ぶ。
うん。美味しい。
ケーキの生地はしっとりとしており、チョコレートはくどくないし、ラズベリーがいい酸味となって永遠と食べていられる。
「美味しいね、ハインツェ嬢…流石だ」
エルヴィンお口に召したようだ。彼は一口一口を噛み締めるように食べている。
本当に彼女の腕がいいのだろう。だけど…美味しいのはそれだけでない。
「私だけではないですよ。これは四人で作ったから美味しいんです」
そう。ツェツィーリアが言った通り。こう言う過程があるから美味しいのだ。
「どうですか?今日は、いい誕生日になりましたか?」
「うん。今日は今までで一番いい誕生日になったよ。ありがとうハインツェ嬢」
エルヴィンもツェツィーリアも、私たちを置いて二人だけの世界を作っている。
彼がこの一日で彼女に惚れているのがわかる。本当にあとは彼の努力次第だろう。
今日はエルヴィンにとっていい一日になったのなら、ツェツィーリアの一人勝ちだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
最近更新が遅くなってしまい…すみません。私生活の方が忙しくて創作する時間が足りません。
どうしたら時間が作れるんでしょうかね(o^^o)
では、次回更新までお待ちください!!




