気分転換です。(2)
ハインツェ家の領地にある別邸へと足を運んだ私たちは、そこで働いている人たちに挨拶を済ませる。その後は、近くにあるという大きな湖へとやって来た。
ここがツェツィーリアが言っていた湖か。
確かに彼女が言った通り大きい。そして空気が綺麗だ。私は腕を伸ばすと、深呼吸を行い新しい空気を入れ込む。
「本当に大きいのね」
「ここで何でも出来るよの。ほら、あっちにボートがあるでしょ?みんなで乗りましょ」
説明した時と同じように、目を輝かせながら楽しそうに提案する。
本来の目的をすぐに果たしそうだけど、まぁいいだろう。楽しいのは早いに越したことはない。
私たちは先行く彼女を追いかけた。
「……静かね」
ツェツィーリアを追いかけた後は、二人ずつペアになってボートに乗り込む。私と乗り込んだのは、なぜかエルヴィンだった。
どうして…エルヴィンと…。
私はふくれっ面で目の前のエルヴィンを見る。彼は彼で楽しそうに笑っている。
「本当に静かだね」
「貴方が居なければもっと静かなのに」
「メルクーア嬢は、俺のこと嫌いだもんね。でも、これは運だから」
彼の言った言葉に私は何も出てこない。
確かにボートに乗る前に、どこからか用意されていたくじを引くことになった。そして今のメンバーで、ボートになることになったのだ。
「隣も静かだね」
先程まで何か揉めていた二人だったが、冷静になったのかものすごく静かだ。二人の頭上にはジメジメとした陰湿な空気が流れている。こちらと一緒で盛り上がっていないようだ。
「あの二人、昔からの知り合いなんでしょ?」
「そんなこと言っていましたね」
「恋愛に発展したりしないのかな」
エルヴィンの何気ない一言に、日傘を握る手に力が入る。
今まで考えたことなかったが、確かにお互いに知っていてお互いに婚約者がいない。よく言い合っているのも知っている。
確かに彼の言う通り発展してもおかしくない。
「どうなんでしょうね。二人に聞かないと分からないですよ」
二人が乗っているボートを見つめる。顔がいい二人は、ボートの上でも絵になるのがわかる。
……いいな。
「…え?」
「どうかした?」
二人を見た私の心の感想に声を出してしまうと、不思議そうな顔をしたエルヴィンがこちらを覗く。
いいな。なんて…なんていう感想を抱いてしまったのだろう。私には、ルートヴィヒという婚約者がいて、多分…幸せ。二人の仲が良いなんて今に始まったことではない。あの二人に羨ましいという感情を抱いてしまったのが恥ずかしい。
「ううん…大丈夫です。何も…ないです」
今はエルヴィンの顔を見ることが出来なくて、顔を逸らして返事をする。すると、彼は何も言わず黙ってボートを漕いでくれる、
気を使ってくれるところは、女性の扱いに慣れているな…ありがたいなと思った。
湖をある程度満足した後は、昼食を取るために屋敷の中にあるテラスへとやってくる。昼食を十分楽しんだところで、エルヴィンが口を開く。
「ねぇ、ハインツェ嬢」
「どうかなさいましたか?アウヘンミュラー様」
「ハインツェ嬢は、ジークフリートのこと好きなの?」
エルヴィンの発言に、私とジークフリートの二人は口に入れていた紅茶を勢いよく吹き出す。ツェツィーリアは小さく声を上げて驚き、エルヴィンは楽しそうに笑っている。
…なんてことを聞いているのだ。
私は近くにあったナプキンで口元を拭うと、わざとらしく咳払いする。
「えっと…急にどうしたんですか?」
「さっき、ボートの上で良い雰囲気だったから、ちょっと聞いてみたんだ」
良い雰囲気に引っかかる。別に…そうではなかったよね。
「…絶対ありえません。私とクラウスハール様は、本当にただの友人ですっっ」
大声で叫んで聞きを荒げる。
「エルヴィン様…僕たちは本当にそういう関係ではありません。絶対に次から言わないでください」
ジークフリートも怒って対抗する。
二人共すごく拒否をしているな。ここまですると逆に怪しく見えるけど…私にはわかる。二人は本当に嫌がっている。
「すごい必死だね。じゃあ俺がハインツェ嬢を狙っても良いわけだ」
「エルヴィン様っっ」
狙うという発言に、今度は私が反応する。すると、ジークフリートは私を手で静止する。
「え?こいつを…?物好きですね…エルヴィン様」
驚いた顔で答えるジークフリートに、それを聞いて小さく舌打ちするツェツィーリア。
もしかして…地雷踏んだ?
「物好きじゃないよ。ってことで、ハインツェ嬢よろしくね」
「お好きにどうぞ」
可愛らしい笑顔で反応するツェツィーリアに、エルヴィンは満足そうだ。
何だかよく分からない状況になってしまった。
◇◆◇◆◇◆
その日の夜、気分が昂って全く眠れなかった私は、薄手のものを羽織り外へと出た。
「…夏場は夜でもひんやりするわね」
ハインツェ邸は森に囲まれているからか、風が吹くと冷たい。
「メルクーア?」
「ジーク?どうしてここに?」
後から声がかかり、そちらへと体を向けると髪を下ろしたジークフリートがいた。
普段と異なる姿に、思わず固まってしまう。
「少しだけ眠れなくて、外の空気を吸おうと思って」
「私と一緒ね」
夏の風を浴びながら二人で黙って前を見る。長い沈黙が流れているが、別に悪い心地はしない。むしろ心地が良いとさえ思う。数分間の静かな沈黙の後、隣にいたジークフリートが口を開く。
「気分転換になった?」
真っ直ぐ前を見て話しかける。私は彼が前を見ているのを良いことに、その横顔をこっそり覗く。
クラウスハール侯にも、ハーゲンにもアルベリヒにも似ているが、やはりどこか違和感がある。似ているようで、似ていない。こうモヤがかかっているようなそんな感じ。
「メルクーア?」
ぼんやりとしていると、心配そうに声をかけるジークフリートの顔に焦点が合う。見ているのがバレたのだろうか。
「ご、ごめん。ぼんやりしてたわ。えっと…そうね気分転換になった」
「そう、良かった」
話が止まってしまい、またもや沈黙が訪れる。先程と変わっているのは、お互いがお互いを見ていることだけ。
「ねぇ…ジーク」
「ん?何?」
「今日、エルヴィン様が言っていたことなんだけど…本当にツェツィとは…友人なのよね?」
入学したての頃、彼らに質問したことがある。ただ、何の気なしに聞いてしまったのだが、ジークフリートは眉を寄せる。
「メルクーアも僕を信じてくれないの?僕とハインツェ嬢はただの友人。もっと詳しく言えば、腐れ縁だ」
断言するように言うジークフリートに、私は何も言えなくなる。
拒否がすごい。と言う言葉を私は飲み込み、小さく謝罪する。
「じゃあ…本当にエルヴィン様がツェツィを狙っても何とも思わないの?」
「何とも思わない。というか、エルヴィン様はハインツェ嬢をうまく扱えるのか?」
首を傾げてこちらに疑問を投げかけるが、私が知ったことではない。
「ツェツィの見た目は、彼の好みよ」
「そうなのか。そういうものなのか」
「見た目はね。ただ…彼女の中身は…意外と…」
「ワイルド…男らしからな」
そうなのだ。
彼女は見た目以上にワイルドなのだ。アナベルに対しても攻撃的な言葉を投げつけていた。それを知らないエルヴィンではないだろうから、理解した上であの発言をしたのだろう。
「メルクーアは、ハインツェ嬢に近くのは…止めてなかった?」
「だって…エルヴィン様は、女のたらしなのよ?ジーク、貴方も知っているでしょ?」
エルヴィンの過去の所業を思い受けべて、自然と拳に力が入る。
「あぁ…噂で知っているけど」
「でしょ?だから、大切な親友を差し出すわけにはいかないわ」
私の力強い言葉に、隣にいる彼は若干引いている。
「本当に、ハインツェ嬢のことが好きなんだね」
「当たり前じゃない。大好きよ、ツェツィのこと」
もう一度念を押して、彼女を大好きなことを伝える。それを聞いた彼は、小さな声で”そうか”と答える。
「じゃあ…僕のことは?」
「好きよ?当たり前でしょ?」
ジークフリートは目を見開いて驚いているが、その後は気が抜けたように微笑む。
こんな笑い方もするんだ。
「当たり前か…そうか」
「私、ジークのことも大切な人だって思っているから」
「僕もメルクーアのこと大切だよ」
「今日はよく眠れそう」
「僕もだよ」
お互い一呼吸おくと、同じタイミングで口を開く。
「おやすみ、ジーク」
「おやすみ、メルクーア」
ここまで読んでくださりありがとうございます。




