広がる噂と、深くなる溝。(1)
国を挙げての祭りである建国祭が開催されている間は、学園は休校となっている。この開催している三日間が終われば、学園が再開されるのだ。
両親や兄家族からは、無理に行かなくていいよと言われた。きっと、この問題が解決し終わっていないからだろう。だけど、いつまでも閉じこもっているわけにはいかない。むしろ、閉じこもっていると余計な詮索をされてしまうかもしれない。
私は制服に身を包むと、学園へと向かった。
一人で教室に向かって歩いていると、遠巻きに見られる。彼ら彼女達の視線は、興味…嘲りのようなものだった。
こんなものを向けられるのは、気持ちの良いものではない。
初日の出来事が広まってしまったのだろうか。遠巻きに見ている人たちの一部を見ていると、堂々と嘲笑している人たちが見える。その令嬢たちは、アナベルの取り巻き達だった。彼女は地下牢に入れられているはず…どうして私に何かあったことを知っているのだろうか。
「おはよう、メルクーア」
「メル、今日もいいお天気ね」
考え込んでいると後ろから声がかかる。その声は、聞き慣れたもので安心する。
「おはようジーク。本当にいいお天気だわ、ツェツィ」
振り返って二人に挨拶すると一歩近づいてくる。そしてそのままツェツィーリアに前を向かされると、私を挟むように二人が並ぶ。まるで、他人の嫌な視線から護ってくれているようだ。
そのまま教室へ歩いていると、目の前に見慣れた明るい髪色が見える。
「おはようございます、ルートヴィヒ様」
いつもの笑顔を彼に向けていると、ルートヴィヒは強張った表情で見る。そしてわざとらしく目を逸らすと、何も言わずに教室へと入った。
私はその反応に、思わず”あら”と声が溢れてしまう。その後ろ姿を見つめ終って歩き始める。その横では、二人が何か言いたそうにこちらを見ている。
「ルートヴィヒ様はまだ心の傷が癒えていないようですね」
真顔で答えると二人は眉を寄せる。クヨクヨしていても何も始まらない。彼…ルートヴィヒのことは後でどうにかしよう。
「さぁ私のことは気にしないで?もうすぐ授業が始まるわ」
わざとらしく話を逸らして自分の教室へと入る。
朝から噂か何かを聞いたのか、私が教室へ入ると静まり返る。そして、近くにいた者同士で目を合わせながらこちらを見る。
私は一つため息をつくと、音を立てて席へと着く。
本当に…誰が…何を広めているの。
不貞腐れた表情を、未来の王太子妃としての矜持で必死に抑える。ここで表情に出してしまえば、より変な噂を出されてしまうだろう。
私が表情を消す…と、近くでは小さい声で”怖いわ”なんて聞こえてくる。
仕方ないでしょ?こうでもしないと、あんた達がよりおもしろおかしく話を広げるでしょうが。
机に下で拳を作って怒りを抑える。
怒らない…抑える…。彼女の罪が明るみになるまで、何も反応しない。
私は無表情の仮面を貼り付け、授業を受けたのだった。
◇◆◇◆◇◆
どこを歩いても好奇な目で見られる。
その度に、ジークフリートとツェツィーリアが私を護ってくれた。だけど、好奇な目に当てられるのが辛くなって、一人にして欲しいとお願いしてぶらぶらと歩く。一人で歩いていると、学園の庭園へとやって来た。ここには季節の花が植えられており、今は夏の花が咲いている。つい最近見たヒマワリの花が、太陽に向けて伸び伸びと咲いている。
私はそれに微笑むと近くにあったベンチへと腰掛ける。陽が当たらない日陰では、涼しい風が吹いている。
気持ちいいな…と思っていると、誰かの足音が聞こえる。
「ツェツィ…?」
優しい友人が気にかけて追いかけてきたのだろうか?名前を呼びながら音がした方を見ると、全くの違う人物だった。
「あ、あの…メルクーア様」
そこにいたのは、青い顔をした一人の少女だった。
いや、一人というか…私に声をかけたのは一人の少女で、その後ろには数人程令嬢がいた。
「ご機嫌よう。貴女はどなたかしら?」
パーティで見かけたことがないから、平民の誰かなのだろう。
名乗り挙げる前に、声をかけるなんて…本当…嫌だわ。
「えっと…私は…隣のクラスのカレンです」
「そう、カレンさん。どうかなさいましたか?」
無表情を貼り付けて対応すると、彼女は肩を揺らして顔を逸らす。
「あ、あの…メルクーア様は…キズものなんですよね」
カレンと名乗った少女はオブラートに包むことなく訊ねてくる。疑問というよりかは核心をつくように。
彼女の後ろにいる令嬢たちは、笑い声を隠し切れていない。アナベルの取り巻きたちだろう。
私は心の中で舌打ちをすると口を開く。
「カレンさん、その嘘の情報はどちらで聞いたのでしょうか」
少女に声をかけながら奥にいる令嬢たちを睨む。彼女たちは、私に睨まれて一瞬にして黙ってしまう。
「あの…その…。嘘、ではないことは知っているのです。屈強な男性達に辱めを受けたのですよね」
カレンの声はオドオドとしたものから自信に満ち溢れていたものに変わった。
よくもまぁ、王太子の婚約者にこうも強気に出られるものだ。
どの口が嘘ではないことを知っています…と言ってるんだ。嘘か嘘じゃないかは、私しか知らないのに。
「失礼ですが、その自信はどちらから来るのですか?私が例の人物に辱めを受けた、という証拠はどこにあるのでしょうか?
頬の手を当て困ったように首を傾げる。声に迷いがあれば彼女に隙を与えてしまう。ここは堂々としておくべきだ。
「そ、それは…」
案の定彼女はたじろぐ。
ほら、確かな情報はないじゃないか。こういう時は情報が必要だと決まっているんだ。
「証拠は私の身体だけが知っています。ですので、嘘をベラベラと話すのはおやめください。次にソレを話すようであれば、その口がどうなるのか頭で考えてください」
私は正論で彼女を殴ると一息つく。
目の前にいるカレンは涙目になっている。彼女は取り巻き達から唆されたはずだが、それを許すほど今の私には余裕がない。
申し訳ないけど、今回は私の名誉があるのだ。
カレンだけじゃなく、取り巻き達にも伝えているのだ。
「もうよろしいですか?友人を待たせているので」
まだ何か言いたげなカレンを無視するように、スカートの裾を掴んで軽く膝を折って退散する。
「誰が噂を流したの…?」
駆け足で彼女達を巻きながら本音が口から溢れる。
自分の噂が思った以上に流されていること。取り巻き達に巻き込まれたカレンを傷つけた。その姿を取り巻き達に見られた。感情のままに怒ってしまった。ルートヴィヒの婚約者としての行動として相応しくないことをしてしまった。
複雑な感情が私をグチャグチャにしてしまう。
「……痛い」
考えると頭がズキズキと痛み出す。
彼女達が見えなくなるほど離れた場所でしゃがみ込む。
「どうしたら信じてもらえるの?」
私の口からはか細い声が漏れる。
「早く…アナベル様の罪が明るみになりますように」
自分の手をギュッと握りしめ、祈るように願ったのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
第七部分の甘えられなくなりました。まではミスの修正、一部文章の変換を行っております。
特に小説の流れが変わったわけではありませんので、気になるかたはお時間がお手隙の際にご覧ください。




