連れ去られました。(2)
ジークフリートに抱かれながら、数十分でどこかに到着する。王都のあの場から、クラウスハールの馬車に揺られてやってきたのだろうか。優しく馬車から降ろされたと思うと、そのまま地面に足が付く。
「メルクーアっっ」
未だに震えているため、しっかり足で立つことが出来ない。まだ、彼にくっついたまま立っていると、背中側から声がかかる。
この知っている声は…。
「お父様…」
ゆっくりと振り返ると乱れている父がいた。その後ろには涙を浮かべている母が見える。
父はジークフリートごと抱き締めると、”良かった…本当に良かった…”と繰り返す。それもう一度涙を流すと、”大丈夫でした”と返事をする。
父が離れると、今度は母が私の存在を確かめるように抱き締める。それが終わると、私は体をジークフリートに向けると、目を合わせる。彼は今までにない程の優しい笑みを浮かべている。その後ろには、次の指示を出すクラウスハール侯と、その息子達が見えた。きっと彼もそこに行かなければいけないのだろう。
「ジーク…助けに来てくれてありがとう。よく…あの場が分かったのね」
「メルクーアが無事で本当に良かった。それは色々あったから」
「そうなの…。本当にありがとう」
そろそろ彼を離さないといけない。
だけど…やっぱり怖くて寂しくて…この人を離すにはもう少し時間が必要だ。
けど、私はルートヴィヒの婚約者でこれ以上彼と近い距離にいてはいけない。この場に、身内しかいなくてもだ。
私はジークフリートの体から離れると、ぎこちない表情を浮かべる。
「ありがとう」
最後にもう一度お礼を伝えると、彼から一歩分ほど距離を取る。すると、彼が私の手首を掴む。
…ようやく離れる決心がついたのに。
「必ず…必ず来るから。今日はゆっくり休んで。本当に無事で良かった…」
優しい声に私は自然と俯いて涙が溢れるのを抑える。
それは、この場に居ないはずのルートヴィヒから欲しかった言葉だ。それは、大切の存在である彼から貰えなかったもの。
どうして…ジークフリートはこうして傍にいてくれるのだろう。
そんなことは考えても意味がないと分かったので、顔を上げて微笑む。
ジークフリートを含めたクラウスハール家を、我が家総出で見送った後…私は部屋に閉じ込もる。
一人になると急に寂しさが込み上げてくる。大きな男に触れられた所をギュッと掴む。
怖かった。本当に触れられたらどうしようかと思った。
ルートヴィヒやジークフリートと違った触れ方、モノのように扱う男に嫌悪感しか出ない。膝を抱えると自然と震え出す。抑えようともっと自分を抱き締めるも、全く収まらない。
ヤダ…嫌だ…怖い…怖いよ…。
涙が全く止まらない。
窓を見ると、いつの間にか外の景色は星が輝いている夜に変わっている。雲ひとつない夜が、今日はどうしても憎い。
傷が付いたのは首筋だけ。だけど、今日のことが明るみに出ると、ウワサで変に広がりそうだ。
「否定しても誰も信じてくれないんでしょうね」
呟いた言葉は誰も否定してくれない。
もう一度膝を抱え込んだ時、扉のノック音が聞こえる。
私は震える体を抑えて扉へと近づく。
「こんばんは、メル」
「夜分遅くに失礼します、メルクーア嬢」
扉を開けた先にいたのは、アウヘンミュラー家の二人。
一人は私の兄の嫁である義姉で、もう一人はその弟であるエルヴィン。
彼の言う通り、本当に夜遅くに…と思ったが、今は一人でいるのがつらかったのでありがたい。
「今回の件について、エルから話したいことがあるそうなの。メルにとってはつらいことだと思うんだけど…大丈夫?」
義姉はエルヴィンと同じ琥珀色の瞳で、私に投げかける。こうして確認をとってくれるのが優しい。
「大丈夫です。ご心配してくださりありがとうございます」
「私は念のためこの場にいるけど、いないものとして扱ってね」
彼女はそう言ってから、扉の近くで背にもたれる。
エルヴィンは距離を取りながらこちらへと近づく。
「えっと…エルヴィン様…まずはこちらへおかけください」
私が腰掛けたソファーの前へと促すと眉を下げる。
「目の前に俺が座っても平気?」
確認を取る彼に私は気付く。
エルヴィンは今日のことを気を使ってくれているのだ。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
私の承諾を得たエルヴィンは、音を立てないようにソファーへ腰掛ける。
「まずは、メルクーア嬢が無傷で帰って来てくれて良かったよ」
…それは本当に良かった。
「今日のことは、詳しくジークフリートに聞くといいよ。彼、今日は忙しくて来れなさそうだったから、俺が関わった所だけ伝える」
エルヴィンの口からジークフリートの名前が出る。
そうか…彼は発見者だから、今日は拘束されているのか。
「まずは、君を君の知らないところで傷を付けてごめん」
彼から出たのは謝罪の言葉だった。
私の知らないところで傷つけた?それはどう言うことだろうか。
「ジークフリートが、アナベル嬢がメルクーア嬢に危険を及ぼすかもしれないって話…相談を受けたんだ」
ジークフリートはエルヴィンにそんなことを。
だとしたら…ずっと前から警戒してくれてたみたいだ。
「アナベル嬢は貴族令嬢でありながら、俺とメルクーア嬢との関係性を知らなかったんだ。だから、それを利用して彼女に近づいた」
「そうなのですね。彼女を利用した…とは?」
「そこなんだよ。近付くために、彼女が嫌いなメルクーア嬢の悪口を言ってしまった。それが最初に言った謝罪の内容」
だから内容を詳しく話す前に謝罪したのか。
彼の背後にいる義姉は真顔で立っている。彼女の琥珀色の瞳が光って怖い。
「で、運よく近づけた俺なんだけど…建国祭でメルクーア嬢を連れ去って、恥ずかしいことを行うって楽しそうに言ってて…。その場所だけを教えてくれなかったんだけどさ、彼女…匂わすのが大好きだから」
そこから何個か候補を出して見つけ出したんだ。と迷うことなく全て話す。
彼は北の守護だけでなく、エルヴィン自身と南の守護まで駆けつけたことを教えてくれた。
ほぼ総出じゃないか…。優秀な騎士が駆け付けてくれたことに、心の中で感謝する。
「これで…全て終わりですか?」
「うん。大体は話終わったかな」
「では…少し質問していいですか?」
「大丈夫。どんな質問?」
エルヴィンが首を傾げながら訊ねる。私は、義姉に気付かれないように…と彼を手招きする。
彼は少しだけ躊躇いながらも、私に近づいてくれる。
「アナベル様に何を言ったんですか?」
小声で尋ねるとエルヴィンは一瞬固まる。
ここを突っ込まれるとは思わなかったんだろう。
「それ…言うの?」
「内緒にされ続けるの…嫌なので」
小声で話を続ける私たちに、エルヴィンの背中越しに義姉が不思議そうにしている。
「………引かない?怒らない?」
「私がそんなことするように見えますか?」
「俺のこと嫌いでしょ?」
悲しそうに言う彼に今度は私が固まる。
……嫌いなのは…不誠実だからよ。
「大丈夫です。怒らないです」
「…分かった。メルクーア嬢のいざこざ…あの時の彼女は、殿下の婚約者の相応しくないよねって」
目を逸らしながら反省するように言う。私はそれを黙って聞く。
いや、まぁ…うん。確かにあの時の私は良くなかったけど、エルヴィンは的確に嫌な所を突いてくる。
「それで彼女に近づけたのなら良かったです」
本心でそう言ったつもりだが、エルヴィンは小さく謝罪する。
謝らなくていいのに。
「まぁ…他に聞きたいことあったら聞いて」
そう言ったエルヴィンは立ち上がると、義姉に話かけている。
「メル、話が終わったみたいね。遅い時間にエルに付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ…詳しく知ることが出来て良かったです」
「今日はありがとう、メルクーア嬢」
「エルヴィン様こそ。少しだけ気分が晴れました」
軽くお辞儀をして、彼らを見送った後はベッドへと戻る。
もう一度目を閉じると、思った以上に落ち着いていることが分かる。
「…悪い人ではないことはわかっているんだけど。彼が色仕掛けでアナベル様に近づていなくて良かった…」
呟いた言葉は空気に消えていく。
私は、目を閉じたまま体を休めることとした。
明日はルートヴィヒに会えるよね…。




