消えた親友。
「王都の騎士が見守りをした方が良く無いか?」
城下町を歩く僕の隣で、クラウスハール家の長兄であるハーゲンの口から文句を垂れる。嫌そうな顔をしているのは、せめて隠していただきたい。
ハーゲンは王都の騎士が嫌いだ。それは、北と南の守護を下に見ているのもあるが、それ以上に仕事が出来ないからだ。
「どうせこんな良い日に、事件を起こすような馬鹿はいないだろ」
吐き捨てるように言い捨てたハーゲンは、ご機嫌斜めのようだ。それはもう一つ理由があるからだろう。
「メルクーア嬢の護衛…外されたな」
「まぁ…あれは父親たちが決めたことだからだろ」
彼が怒っているのは、以前約束まで交わしたメルクーアの護衛の件についてだ。今日という一番無防備な日に、仕事ができない王都の騎士が名乗り出たのだ。ハーゲンも彼らも一触即発で、お互い譲らない状況だった。城下町で行う祭りだから…という理由で、僕たちは外されたのだ。
「なんだかやりきれないよなー」
語尾を伸ばして、いかにもやる気が無いです。を全面的に出しているハーゲンの隣にいると、僕までとばっちりを受けそうだ。
「こんにちは、ハーゲン様…ジークフリート様」
「お、こんにちは。ツェツィーリア嬢」
聴き慣れた声で、普段と違う名で呼ばれて背筋が一瞬で凍える。ハーゲンは、楽しそうにやってきた彼女の手を取り、唇を落として挨拶をする。
……相変わらずだな。
ツェツィーリアはレモン色のドレスを身に纏い、太陽のように眩い笑顔でこちらを見る。何か言いたそうな笑顔に、僕の鍛え抜かれたはずの背中に冷や汗をかく。
「誰かといらしたのですか?」
「えぇ…お兄様と来たのですが、どこかに行かれてしまわれて…」
しおらしくする姿に、思わず目を逸らしてしまう。
こいつは、ハーゲンと話すときはいつも猫を被る。ハーゲンはツェツィーリアのことは詳しく知っているはずなのに。
「あぁ…成程。では、私たちと一緒にどうですか?」
僕が小さくため息をつくと、ツェツィーリアは目を釣り上げてこちらを睨む。
あぁ…怖い女だ。
彼女はハーゲンの隣を陣取ると、楽しそうに会話をしている。気まずい雰囲気を感じた僕は、顔を逸らした。周囲に散りばめられた王都の騎士達が、こちらを値踏みするように見つめてくる。それに内心小さく吐くと、彼らを睨むと変な輩がいないか見渡す。
横を歩いていた二人はいつの間にか前を歩いており、とある場所で立ち止まる。ツェツィーリアにハーゲンが何かを呟いている。首を前後に振ったのを確認した彼は、どこかへと歩いていく。彼を見送った後は、彼女がこちらへと向かってくる。
「ハーゲンは?」
「あっちに、つまめる甘いものがあるからって買って来てくれるみたい」
「それは…お前が頼んだんだろ」
「良いでしょ?別に」
道路の真ん中で話していると、背中から小さい子供がぶつかってくる。僕は、ツェツィーリアの腰に触れるか触れないかの程度に手を添えて端へと寄る。
「メルのことは?」
「…王都の騎士が護衛らしい」
「…え!?あの、能無しが!?」
ツェツィーリアが大きい声で吐き捨てる。その声は、この広場に響いて彼らから怒りが含まれた目線を向けられる。
「おい、言い過ぎだぞ」
「だって、本当のことじゃない。何?気にしてるの?」
頬を膨らませて僕に怒りを向けてくる。
…こっちに怒りを向けるのは違うだろ。
大きなため息をつくのと同時に、ハーゲンがタイミングよく帰ってくる。
「ツェツィーリア嬢。ほらワッフルだよ」
ハーゲンは、王都の騎士から彼女を隠すように位置を変える。そんな彼女は、彼らからの視線なんて気にせず笑顔でワッフルを受けとる。
いつまでも呑気なやつだ。本当に困る。
近くに居た南の守護である、エッゲルト家の騎士たちも怪訝そうな顔つきで彼らを見ている。この場で居心地が悪いのは、王都に仕えている騎士だろう。
ふと、彼らと同じような目線をそこら中にいる騎士に送っていると、真っ青にしたルートヴィヒがこちらへと駆け寄ってくる。
……嫌な予感がする。
そう思ったのは僕だけではなかったようだ。ハーゲンとツェツィーリアも眉間にシワを寄せて、彼がこちらに来るのを見守る。それに心臓が早鐘を打ってるのが分かる。
「殿下、お顔が優れないようですが…どうかされましたか?」
真っ先に反応したのは、一番上であるハーゲンだった。
彼はルートヴィヒに敬意を払うのを忘れない。
「…実は」
彼は顔を逸らしながら重い口を開く。
僕は、全てを聞き終えたと同時に走り出す。
ルートヴィヒが言ったのは、メルクーアが消えてしまったことだった。広場の近くに美味しいレモネードがあるから、一緒に飲もうと提案したこと。近くに騎士がいるから、一人残してしまった事。戻ると気配が全くなかったことを彼の口から告げられる。
いつものメルクーアなら、ルートヴィヒに喜んで着いていくだろうに、今日に限ってどうして着いていかないんだっ。
ルートヴィヒもルートヴィヒだ。騎士がいるからといって、未来の妻になるいつでも狙われるような人物を放置するんだ。
やり切れない思いを胸に留めながら、彼女がいなくなったとされる場所へと到着する。
「……これはっ」
焦った顔をした表情の、騎士の象徴であるマントを身に纏っている奴が周囲を見渡していると、この場にいた人々は驚いてこちらを見る。それを見ないフリをして周囲を見ていると、見知ったものが落ちている。
僕はそれを拾い上げると、何も分からない状態で走り出そうとする。しかし、それを誰かが止めた。
「ジーク、落ち着けっ」
「…ハーゲン。ハインツェ…ツェツィーリア嬢は?」
後ろを振り返ると、僕と同じように焦った顔をしたハーゲンがいた。彼の隣には、先程居たはずのツェツィーリアは居なかった。
「殿下の傍に居るよ。それに近くにあいつらが居たから任せている」
クラウスハール家に在籍している騎士達がいるのだろう。だったら、彼女は大丈夫だろう。
僕は掴まれた方と逆の手の平をハーゲンに突き出す。
「…コレ」
「この近くに落ちてた」
ハーゲンは僕が差し出した物を手に取る。彼の中にある翡翠のブローチは輝いている。
「メルクーア嬢は、身につけてたのだろうか」
「多分。肌身離さず持っているように伝えたから…それを守ってたんだと思う」
「お前、こうなることが分かってたのか?」
「……こうなるのは…考えたくなかった。けど、最悪の事態を考えたんだ」
奥歯を噛み締めると、彼の手元にあるブローチを見つめる。
「…というか…こんな大切な物渡してたのか」
彼の目線から逸らしながら小さい声で肯定する。
僕が大切にしている物を渡したからか、ハーゲンは驚いている。
「ハーゲン、そろそろ離してくれ」
こうして引き止められている間に、メルクーアが何をされているか分からない。舌打ちをしたいのを堪えて、歯をぎりっと噛み締める。
「頭を冷やせ。アイツも、父上も駆けつけてくれる。それに、北の守護の彼らも急いで探してくれると言っている」
「…アルベリヒと…父さんが?」
ハーゲンがアイツと言ったのは、クラウスハール家の次兄であるアルベリヒだろう。我が家の騎士達が総出じゃないか。
「あと、エッゲルト家も協力してくれるんだ」
「南の守護まで」
「そう。だから…頭が冷えたか?」
肩に手を添えて、安心させるように言うハーゲンにとって、僕は子供のようだろう。実際、弟で安心させるべき人物なのだろうけど。
「頭が冷えた…メルクーアは…」
「彼女は、ジークの大切な人だからな。傷一つない状態で見つけ出そう」
彼女はジークの大切な人だからな。
ハーゲンが言ったその言葉に、目頭が熱くなるのが分かる。
そうだ…メルクーアは僕の大切な人なんだ。
父と兄達が合流し、彼女を探し出す計画が始まったのだった。
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