素敵な贈り物。
廊下での嫌な事件を終えた週末、私は自宅で優雅にお茶をしていた。
大好きなお菓子に大好きな紅茶。それらに囲まれた私は、今すごく幸せである。
ルートヴィヒがあらかた両親にアナベルとのいざこざを伝えたのだろう。ルーハン家と仲の悪い父と母、ついでに兄達も憤慨していた。父に至っては、今度は恥をかかせてやると目に闘志が宿っていた。そんな姿を見て、笑みが溢れたのは私だけの秘密だ。
ゆっくりと一人の時間を楽しんでいるとベルが一言断りを入れてから入室する。
「どうしたの?」
小説を閉じて彼女の方を見る。
「クラウスハール家の…」
「ジークが来たのね」
毎度毎度飽きずによく来るものだ。
私は腰をあげようとすると、彼女は焦ったように口を開いた。
「い、いえ…いや…まぁ…そうなのですが…本日はハーゲン様もいらしています」
珍しい名前がベルの口から伝えられる。
「…ハーゲン様が…」
滅多に訪れない人物に私は空いた口が塞がらない。
彼は何をしにいらしたのだろうか。
私は急いで立ち上がり、彼らが待機しているであろう応接間へと駆け足で向かう。扉を三回ノックすると、中から落ち着いた声が聞こえてきた。
恐る恐る入ると、クラウスハール侯にそっくりのお兄さんであるハーゲンと、いつも通りの顔をしたジークフリートがいた。
この二人…並ぶと本当に…似てないな…兄弟なのに。
私はふとそんなことを考えるが、軽く頭を振って彼らの前に立つ。
「お待たせ致しました、ハーゲン様。本日はどうかなさいましたか?」
彼に促されてソファーへと座る。
ハーゲンは楽しそうに微笑んでいる。
「そこまで大した用事ではないんだけどね。ジークが行くっていうから、私もついて来たんだ」
ということは…特に用はないと。
確かにハーゲンと私は、お兄様と私ぐらい歳が離れてて、そこまで関わりが深くないけど…。
だけど、用事がないのに急に来るかしら?
「周りくどいことをせずに普通に言えばいいだろう」
「…周りくどい?普通に言え?」
今まで黙っていたジークフリートが悪態をつきながらハーゲンを睨む。私には何が何だかわからない。
すると彼はようやく理解した、という表情をするとニッコリ微笑んだ。
「先日、ルーマン侯爵の令嬢であるアナベル嬢と一揉めあったみたいですね」
ハーゲンの口から紡がれたのは先日の事件。
それを聞いて変に肩を揺らしてしまった。
なぜそれを彼が知っているのだ…。
私は顔に出ていたのだろう。ハーゲンは”殿下に聞いたんだ”と声が弾んでいる。
「メルクーア嬢に全く被害が無くなる…と言えば、全くもって嘘になるだろう。ルーマン家は黒い噂があるのを知っているね?」
黒い噂か…。
ズル賢くて、意地汚いルーマン家だ。ルーマンの立場を確固にするために、邪魔な人たちの存在を消して来たと言われている。ルーマンに濡れ衣を着せられた貴族は、両手で数え切れない程いる。
「という訳で、当分は北の守護である我ら、クラウスハール家が未来の王太子妃を護ります」
立ち上がって私の傍にやって来ると、片膝をついてこちらを見上げる。ハーゲンは私の左手を救うと、そのまま額へと当てる。
顔がいいハーゲンにこんなことをされて、私の心臓が早鐘を打つ。
彼の手に添える私の手に自然と力が入る。
「まぁ…私がずっと見張るわけにはいかないし、君の兄と同じ程歳の離れた私だと…緊張するだろう?」
額から手を離した彼は、ジークフリートの方へと振り向く。
「なら、同い年で気心が知れた存在のジークの方がいいよね」
同意を求めるように入って来るので、私は頷くしかなかった。
助けるようにジークフリートの方を向くと、彼は眉間にシワを寄せていた。
何よ、そんな嫌な顔をしなくていいじゃないっっ。
「最初からそのつもりだったよ。ハーゲンに言われなくてもね」
小さく舌打ちをした彼は、ジャケットの内から小さい箱を取り出す。その箱には翡翠の色をしたリボンが結んである。そのリボンは、ジークフリートの瞳の色とそっくりだった。
彼は机の上に置いた箱を私の方へと突き出す。
「…何?」
「プレゼント」
誕生日はまだだけど?とか、いきなりどうして?とかは何故か口に出来なかった。
今までプレゼントなんて…誕生日にしか贈ってくれたことないのに。
ウキウキと不安が私の中で鬩ぎ合っている。
「…私に?」
「そう。これは肌身離さず持ってて」
揺らぎの無い真っ直ぐな目で見つめられて小さく頷く。
ジークフリートがこんなに真っ直ぐ私を見ることは無い。だから、本当に持っていないとダメなものなのだろう。
机に置かれた箱を受け取る。
「もしかして…ルートヴィヒ殿下に…言われたのですか?」
ハーゲンの方を見てオズオズと訊ねると、彼はパチパチと瞼を動かした後ゆっくりと口を開く。
「いや?我がクラウスハール侯の友人である、シュテルンベルガー伯の愛娘に危険が迫っていると伺ったのです。まぁ父のエゴですかね」
「クラウスハール侯が…」
「まぁ繋がりなんて数え切れない程あるんでいいんじゃ無いかな?受け取っておいてよ」
ハーゲンは楽しそうに笑っている。いつも騎士団にいるからか、彼の性格がわからなかったが明るくていい性格なのだろう。
「ジーク、お前はやらなくていいの?」
「あれは、ハーゲンが勝手にやっただけだろ?」
「まぁそうだけど。一応やっても良く無いか?」
「お前がいるから絶対やらない」
ジークフリートとハーゲンの兄弟喧嘩を私は黙って見守る。
私と話しているときとはまた別の彼の姿に、自然と笑みが溢れる。それに気づいたジークフリートは恥ずかしそうに目を逸らした。横を見た彼の耳はほんのりと赤くなっている。
「まぁ…いいけど。じゃあメルクーア嬢、これで予定を終えたので本日は失礼します」
「お忙しいところ、私のために時間を割いてくださりありがとうございました」
立ち上がると、深く膝を曲げてお礼を伝える。
彼は左胸に手を当て同じようにお辞儀をする。
◇◆◇◆◇◆
彼らを見送った後、私は自室でジークフリートからもらった箱を眺める。すごく綺麗にリボンが結ばれているのを躊躇いながらも解く。
中から出て来たのは、古いが状態はいい時計とブローチが出て来た。
「…綺麗」
翡翠の色をしたブローチは、窓から差し込む陽の光に反射して輝いている。もう一つの時計はどこかにぶら下げられるタイプの物のようだ。
…何故こんな物をプレゼントしてくれたのだろうか。
不思議に思ったが、私は肌身離さず持っておく事を決めた。
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