女の嫉妬ほど嫌なものはない。(1)
エルヴィンに取ってもらった本を読んでいると、廊下が騒がしい。そちらへと顔を向けると、真っ赤な髪の少女が誰かを責めている。赤い髪の方は貴族の令嬢だろう。パーティーで見かけたことがある。
私は本をそっと閉じると、騒がしい廊下へと出た。
「どうかなさいましたか?」
野次馬のように周囲に集まっている令嬢や令息を一瞥し、膝をついて蹲っている少女の前に立つ。
「どうもこうも、そちらの方が王太子殿下に色目を使っていたです」
赤髪の令嬢が怒りを露わに事を伝える。
私が言うならまだしも…彼女がどうしてそんな事を言うのだろうか。
顎に手を添えながら首を傾げてみる。
「…はぁ…そうなのですね」
「何を呑気にしておられるのですかっっ」
彼女の声は耳に悪い。そのせいもあり、野次馬がどんどんと増えていく。
「そこの女が、殿下に色目を使っておられたのですよっ。貴女…婚約者なんですからっ、もう少し気にしてはいかがですか!?」
ヒートアップした彼女を止める術は見当たらない。
彼女とは何かと変な縁があるものだ。私が初めて王太子妃として紹介されたあの夜。彼女も王太子であるルートヴィヒの婚約者候補であった。だからか、何度も攻撃された覚えがある。彼女の家より私の家の方が爵位が下であるのに、何故と。そんな事私に言われても知らないし、あの時ルートヴィヒは腕曲に貴女は無いと言っていた。
それでも、諦めきれない彼女からの攻撃は続いたのだった。
私は目をスッと細めると、目線が下にある彼女を見下ろす。すると、ギャンギャンと犬のように吠えていた彼女は、一瞬で黙る。
「…実際…私がこの目にした訳では無いので何も言えません。こちらの方から聞かないとわからないのですが…アナベル様がそう言っていては、何も始まりません。その姦しい口を閉じてくださります?」
赤髪の令嬢であるアナベルは、顔を髪と同じく真っ赤にして俯く。
貴族の令嬢、令息だけでなく庶民の子たちが集まっている中、彼女は叱られて赤っ恥をかいているだろう。
「皆様も、早く教室にお入りください」
珍しく怒りを含ませている私の声に、野次馬のように集まっていた者達はこの場を去る。たった一人、アナベルだけは残っていたが。
「…今、私が言ったことが聞こえませんでしたか?」
再度忠告し、彼女を廊下から離れさせる。
一息息をついてから地面に蹲っている少女へと、声をかけるために同じ目線へと腰を下ろす。少女は大きく肩を揺らして顔を逸らす。
そんなあからさまに顔を逸らすと、アナベルが言っていたことが現実味を帯びてくるじゃないか。
私は怖がらさせないように…努める。
「…アナベル様…ルーマン様がおっしゃていたことは本当ですか?」
貴族ではないから腹の探り合いなんて疲れることはしない。話題の中心人物である、ルートヴィヒの婚約者である私が声をかけたのだ。話が本当だとしても、嘘だとしても…嫌だろう。
とっとと終わらした方がいいに決まっている。
「…い、いいえ」
「…嘘はついていませんか?」
未だに目線を合わせようとしない少女に不信感が募る。
「本当ですっっ。で、殿下が困っている私を助けてくださったのですっっ。そ、それに感謝を述べると…ルーマン様から…そう言われて」
今度はしっかりと私を見つめて説明してくれる。その瞳は全く揺れておらず、嘘をついていないのは確かだろう。
「本当のことを言ってくださりありがとうございます」
腰を上げて彼女に手を差し伸べる。迷いながらもおずおずと手を取る少女。それを私の最大の力で引っ張り上げると、少女は前につんのめりそうになる。
「…あ、ありがとうございました」
「いえ。こんな広いところで申し訳ございませんでした。私はこれで失礼しますね」
少女の方に軽くお辞儀をして、何か言いたげなクラスメイトが待っている教室へと戻った。
◇◆◇◆◇◆
「ねぇジーク。アナベル様のことわかりますか?」
昼食後、図書館でジークフリートと対面してアナベル・ルーマンのことを訊ねる。
彼女はルートヴィヒの婚約者にメルクーアがいるにも関わらず、未だに婚約者に固執している。何がそこまで彼女を執着させるなのだろうか。
「あぁ…ルーマン侯爵家のあの令嬢だろ?殿下の婚約者候補の一人で、傲慢で自信過剰の問題児」
サラリと言ってのけた内容は、社交界の裏で言われているものだ。彼女本人には言わないが、貴族の令嬢令息達はそれで大盛り上がりをしているのだ。
「幼少期から殿下を崇拝していて、娘に甘いルーマン侯が押しに押したって話も聞いた気がする」
それもよく流れている。
私は彼女が嫌な意味で話題になっていることを再確認できた。
やっぱりアナベル様は…まだルーイのことが好きなんだ。
流石に…彼女に婚約者が変わることにはならないと思うけど。
「それって、今日の話があったから?」
背後からツェツィーリアの声がする。
私は小さく”聞こえていたの?”と彼女に質問をすると、ツェツィーリアは”私が来たときには事が済んでいた”と返答する。
ツェツィーリアが来たということは、もうすぐお昼の時間も終わりなのだろう。何も言わずに立ち上がると、図書館を後にする。
ルートヴィヒに色目を使ったか…なんて正直どうでもいい。自信に満ち溢れていると思われても仕方ないが、彼は私のことが好きだ。それは建国祭に誘ってくれたときに知っている。
だから…そこに関しては、彼が靡く事はないのを知っている。
では…アナベルは…何が目的だったのだろう。
普通にあの子をいじめたかった?
ルートヴィヒの瞳に映りたかった?
それとも…私に恥をかかせたかった?
まぁ、私に恥をかかせたかったのだろうが…やり方が汚い。
それに…もうそろそろルートヴィヒを諦めて欲しいものだ。
考えながら歩いていると、ツェツィーリアとジークフリートとの距離が空いてしまった。彼らに追いつくために少しだけ駆け足になると、教室のとある一室からコソッと何かが聞こえる。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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