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怪我はしないで欲しいの。

私とルートヴィヒとの秘密の休憩時間は、数回に一度開催されるようになった。

開催される日は、大抵陽射し良い時で、私が作ったサンドイッチを持ってピクニックのようなことをする。その後は、いつものように芝生に寝転ぶ…ということを繰り返してきた。

陽の光を浴びるからか、体力もついて日に日に元気になるのを実感出来た。私の陶器のように白い肌は、ほんの少しだけ小麦のように焼けていた。健康肌になって私は嬉しい。


「メルクーア様、伯爵様がお呼びです」

「…え?お父様が?」


なんだかデジャブだな…と思いながら、上質なネグリジェから簡易的なドレスへと着替える。


「お父様からの呼び出しはロクなものじゃないからなぁ…」


ため息をつきながら父がいる部屋の扉を叩く。中からは父親の声ではなく、女性の返事が返ってくる。


「おはよう、メルクーア」

「お、おはようございます…お母様」


この場にいるはずのない人物に挨拶を返すと、彼女を見ながら父親の近くに行く。


「お父様…何故お母様が?」


父の近くで母に聞こえない程度に訊ねる。


「ジークムントが遊びにおいでって昨日連絡がきてね」

「……クラウスハール侯爵様が?待ってください…まさか…私もですか?」

「じゃあないと連絡入れないよ。せっかくだからスピカと行っておいで」

「そうよ。メルクーア。たまには親子水入らずでデートしましょ?」


ソファーで優雅に紅茶を飲んで寛いでいる彼女は、少女のように私にウインクをする。


「……分かったわ…お母様」


私はゲンナリしながら了承するしかなかった。

母と私を乗せた馬車は、北に位置するクラウスハール邸へと到着した。クラウスハール邸の前には、執事がすでに待機しており、私たちを屋敷の中へと案内してくれる。


「お久しぶりですね、メルクーアちゃん」

「お久しぶりです、クラウスハール侯爵夫人」


玄関ホールで出迎えてくれたのは、ジークフリートの母であり、侯爵の奥さんだ。

私は軽くお辞儀を済ませると、母の後ろに静かに隠れる。


「お久しぶりね、スピカ」

「久しぶり、リント。元気にしていた?」

「えぇ勿論よ。貴女も元気そうね」


母と夫人は仲良さげに談笑している。

学園時代から仲が良い二人は、こうしてお互いの家に遊びに行き来しているのだ。で、今回は母のお出かけに私が連れて来られたのだ。友人同士が再開すれば、私は用無し。

クラウスハール家には娘はおらず息子のみ。母たちのようにお茶会を開く相手は居ない。折角だからと父に言われたが、これなら家でのんびりしていた方が良かったかもしれない。


「ジークフリートなら、兄たちと鍛錬場に居るわよ?」


退屈しているのがバレたのか、それともいつものように会っているからか、夫人はジークフリートの居場所を教えてくれた。私は彼女にお礼を言うと、彼のいる場所へと向かう。


「…結局…邪魔者じゃない」


唇を尖らせながら母に文句を言っていると、ジークフリートがいるはずの鍛錬場へと到着した。

中からは騎士たちの威勢の良い声が聞こえてくる。大きな門を潜ると、この当主である侯爵が相手をしているのが目に入る。勝手に入ろうか迷っていたが、彼が一段落したら挨拶を済ませよう。何て思っていると、侯爵は騎士を相手にしながら、片手で手招きをする。


「…バレてた」


私は足を踏み入れる前に軽くお辞儀をして、近くにあった段差に腰をかける。

ぼんやりを見ていると、どこからか低い悲鳴のような声が聞こえた。声がした方に顔を向けると、侯爵と似たような茶色の髪をした少年が片膝をついている。腕から血が流れているのが目に入った。


「ジークフリートっっ」


片膝を付いている少年が誰か理解した私は、名前を叫びながらその場へ駆けつける。私の声反応して、額に玉のような汗を浮かべながら顔を上げた。


「ジークっっ。ねぇっどうしたのっ?!血がっ」

「メルクーア?どうしてここに?」


焦る私とは反対に、汗をかいている彼は笑顔を浮かべている。その間にも、彼の腕からは血が流れ続けている。


「笑ってる場合じゃないわよっ。早く、包帯か何かを持ってきてっ」


周りで立ったまま唖然としている騎士たちに命令する。私は無意識の内に、ドレスの裾を持ち上げて彼の腕に当てる。今日着てきた黄色のギンガムチェックのドレスは血で染まっていく。


「メルクーア、血で汚れるよ」

「いいから、黙ってっ。ほら、つらいんでしょ?肩、貸してあげるから」

「……良いんだ?」


”早く”とだけ短く返事をすると、彼はそれに答えるかのように私の肩に頭を預けた。


「メルクーア嬢…大丈夫かい?」

「私は大丈夫です。それよりもジークが…」


私の肩口で荒く呼吸をしているジークフリートは、徐々に弱っている気がする。

この場で包帯を巻き始めた侯爵に、彼を預けようとするが、侯爵には”そのままで”と言われた。丁寧に包帯を巻いて止血をした公爵は、今度こそジークフリートを引き寄せて抱き上げる。ある程度、成長した彼を軽々と担ぎ上げるなんて…流石騎士団長なだけある。

”着替えよう”と一言言われ、私は屋敷の中へと戻っ。侯爵の横に並んで二人を眺めていると、やっぱり…ほんの少しだけ似てないな…と思った。

屋敷に入ると、ジークフリートは自室へと抱えられたまま向かい、医師に診てもらうことになった。私は、夫人に仕えているメイドが着ていたというワンピースを借りることとなった。ジークフリートの血で汚れたドレスは、もう使い物にならないだろう。

…あのドレス…お気に入りだったんだけど…仕方ない。

ジークフリートが医師に診てもらったという報告を受けた私は、彼の自室に入る。ベッドの傍にある椅子へと静かに座るが、彼は気配を感じたのか目を開けた。


「…起こした?」

「いいや?大丈夫」

「腕は?止血は終わったみたいだけど…平気?」


顔色はまだ青いが、会話が出来るだけで一安心だ。


「どうして…腕、怪我したの?」


私が訊ねると、彼はゆっくりと口を開く。

真剣での練習中に、うっかりよそ見をしてしまい、気がついた時には腕に真剣を受けてしまっていたと。そして、思った以上に深く刺さってしまったと。


「……気、抜かないでよ…真剣…なんでしょ?」

「心配させた。ごめん」

「…本当に…怖かったのよ…」


未だにあの時の光景がフラッシュバックする。彼の腕は痛々しさを物語っている。私が彼の腕に触れると、今度は彼の手が私の頭を優しく撫でる。


「お気に入りのドレス、汚してごめん」

「……っ」

「殿下にいただいた物なんだっけ?」

「…知ってたの?」

「殿下の思い出は聞かなくても、僕に報告してくれるだろう?」

「そういえば、そうだったわね」


ドレスのことを覚えているなんて。

そう…あのドレスは去年の建国祭の際に、ルートヴィヒから贈られた物だった。確かにソレを貰った時に、ジークフリートに報告していた。彼はそれを適当に聞き流していて、私がしかめ面になっていたのが思い出される。


「ねぇ…今回みたいなことはあるの?」

「ここまで深い傷は初めてだよ」

「じゃあ…他のところはあるの?」

「騎士を目指すから、そりゃあるよ」


当たり前だろ?という表情でこちらを見つめる。私は彼の腕を掴むと、彼の袖をめくる。すると、確かに古いような新しいような傷がそこにあった。私がソレを見つめていると、頭上からはフッと笑い声が降ってくる。


「大丈夫。これはすぐ治るやつだから」

「そういうものなの?」

「そういうものなの」


無理やり納得させられるが、ここは何も言わないでいようと心に決めた。

いつだったか、彼が言った言葉をふと思い出されたからだ。

”騎士なら傷の一つや二つあるものだ”

とボソリと言ったのだ。ソレは、私が彼の傷に気づいた時の一言。ソレを見ない振りをして欲しいと、言っているようなものだった。


「そういえば…そうだったね」

「メルクーア」

「でもね、ジーク。小さな傷もだけど、今日みたいに大きな傷を作るのは…やめて」


ソレとこれとは別だ。傷だけはもう見たくない。


「善処する」


彼に言い方に思わず、ムスッと怒るが目の前の彼が楽しそうに笑うものだから、毒気が抜かれる。何故そこで笑っていられるのだろう。こちらは怒っているのに。


「どうして笑っているの?」

「メルクーアが僕を心配するのが珍しいからだよ」

「め、珍しくないわっ」

「珍しいよ。嬉しい」


優しい笑顔で笑いかけるものだから、こちらが目を逸らすことになる。自分の顔が良いことを自覚して欲しい。


「嬉しいってっ」

「こう心配してくれるなら、傷作っても良いかもしれないな」

「…はぁ!?今の聞いてたの?作らないでって言ったの」

「いい、分かってるって」


こいつは…人の心配をなんだと思っているんだ。


「王太子妃になったら、僕が護る。ちゃんと強くなるから」


急に真面目な顔でそんなこと言うものだから、ゴクリと喉が鳴る。

それと同時に少しだけ寂しくなったのは、私だけの秘密だ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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