のんびりしてみるのはいかがでしょう?
ツェツィーリアが開催してくれたお茶会から、他の令嬢たちからのお誘いが増えた。そのおかげもあり、貴族の令嬢達の顔見知りが増えた。それもあって夜会で、ルートヴィヒが挨拶回りに行っている間に一人きりになることは減ったので、私にとっては良いことずくめだ。
「お久しぶりです、ルーイ」
そんなこんなで令嬢たちとの仲を深めていると、ルートヴィヒと会う回数が少なくなってしまった。お互いに忙しくなったので、直接顔を合わせるのは三、四ヶ月振りだろう。その間は、手紙でやり取りしていた。手紙を受け取る度に会いたい欲が増えていった。
今、目の前にいるのは私が作り出した幻では…?と思うほどに。
「久しぶりだね、メルクーア」
私を視界に入れたルートヴィヒは嬉しそうに微笑む…と私を抱き締めたのだった。
「ル、ルーイ!?」
「本物のメルクーア…だよね?会えて嬉しいよ」
彼は確かめるようにぎゅっと私を抱き締める。
私の頬は、いつの間にかルートヴィヒの胸板にある。まさかとは思うが…身長が伸びた?だから…こう包み込まれている感覚があるのだろうか。
以前、リタが話していたローランとの状況と似ている。
「……ルーイ…苦しいです」
「あぁ…ごめん。キツくしてしまったね」
ようやく離してくれたルートヴィヒから解放された私は、肩で呼吸する。開始早々なんだか疲れた気がする。
「メルクーア、また美しくなったかい?」
「…へ?いきなり…どうかされましたか?」
「素直な感想を述べたのだけど」
照れ臭そうにはにかむルートヴィヒは、私の銀色の髪を一房取ると唇を落とす。
今、キスする必要あった…!?
私の心臓は驚くぐらい早鐘を打っている。ルートヴィヒにも聞こえるのでは?と思うぐらいには大きな音をしている。
「さぁ…今日はこちらで過ごそう」
スマートに腕を差し出されたら断らない理由がない。
彼にエスコートされながら訪れた場所は、初めて見かける場所だった。
紺色を基調とした部屋には、一人にしては大きなベッド。書類が溜まっているデスク、本が沢山詰まっている本棚。生活感の溢れる部屋に、私は言葉が出てこない。
(待って…ここってルートヴィヒの自室…?)
言葉が出ないまま、部屋の中央にあるソファーとローテーブルまで案内される。促されるまま腰を掛けると、彼は近くにあったベルを鳴らす。その音に反応して、近くに待機してきたメイドが紅茶を差し出す。すべての用意を済ませたメイドは、軽くお辞儀すると、静かに部屋を出た。
ついに、ルートヴィヒの部屋で二人きりになってしまった。
「緊張してる?」
「…へ?あ…いえ…」
「深く腰掛けて良いんだよ?背筋が伸びているよ」
ルートヴィヒは優雅に紅茶を啜りながら微笑む。
…うぅ…顔がいい。
「では、お言葉に甘えて」
私は深呼吸すると、ゆっくりとソファーへ体を預ける。ベロアの生地が…気持ちいい。
それと、紅茶のいい匂いが鼻腔を擽る。これはハーブの香りだろうか…これで落ち着くことが出来る。私は伸びていた背筋を緩めるようにより背もたれにもたれかかる。
「メルクーアが好きだと言っていた、お店のケーキだよ」
「ありがとうございます」
目の前には宝石のように輝いているフルーツが、より美味しさを際立たせている。私は一口、口にしてから声にならない声を出す。ふと、視線が気になってルートヴィヒの方を見ると、こちらを見てニコニコしている。
「…ルーイ?」
「ケーキを食べるメルクーアが可愛いなって」
「…へっ!?」
ニコニコとした笑顔のまま口説くルートヴィヒ。彼をじっと見ていると、ふとした違和感に気が付く。
「ねぇ…ルーイ、毎日ぐっすりと眠れていますか?」
「ん?どうしてだい?」
彼の目の下にはうっすらとだが影が見える。きっと、クマなのだろう。机の上には私には難しい書類がたくさん積まれている。忙しいって言っていたし、追われているのだろうか。ハーブティーで気持ちを落ち着かせたりしているのだろうか。
だったら…私はこんなところに居ていいのだろうか。
ルートヴィヒはもっと休憩をした方がいいのでは?
頭の中で妙案が浮かんだ私は、ルートヴィヒににっこりと微笑む。
「ルーイ、今日はいいお天気ですね」
「…あ…そうだね」
「お外で、ゆっくりしませんか?」
「……ん?」
◇◆◇◆◇◆
「本当にいい天気だね」
ルートヴィヒの腕を掴んで、慣れた道を進んで芝生ばかりの場所に腰掛ける。一本の大きな木の近くに腰をかけた私たちは、背中を幹に預ける。
「ここに来る時に空が晴れていたのです。風もいい感じに吹いていますもんね」
風の音に耳を済ませていると、横にいるルートヴィヒのまぶたは落ちかけている。
「ルーイ、もしよろしければ私の肩をお貸ししますので、ぜひお昼寝してください」
自身の肩を叩きながら目を輝かせて彼を見ると、落ちかけていたまぶたを見開いている。ルートヴィヒの宝石のように輝いている紫色の瞳が、こぼれ落ちそうだ。
「え?昼寝?」
「はい。ルーイは今日のために仕事してくださったのですよね?」
「ん?まぁ…うん」
「目の下にクマが出来ていますよ」
私は自分の目元を指すと、彼は鏡を見るかのように同じようなポーズを取る。
「…クマ」
「お忙しいのに、私との時間を作ってくださってありがとうございます。たまにはこうしてゆっくりしませんか?」
私が感謝を述べると、彼はしたくてしたんだと言う。それに、もう一度だけお礼を言うと、私は芝生の上に寝転ぶ。すると、ルートヴィヒはわかりやすく慌てる。私は、そんな彼を見て声に出して笑うと、袖を軽く引っ張る。
「こうしてみると、案外楽しいですよ?」
同じようにして欲しいと言う気持ちを込めて言ってみる。
彼は何度か眉間にシワを寄せて…その後覚悟を決めたのか、芝生に背を預ける。それを横目で確認した私は、幼い頃に母が歌ってくれた眠り歌を口ずさむ。その歌が良かったのか、隣でルートヴィヒが寝息を立て始める。
十四歳になった彼は、より端正な顔立ちになってきた。
改めて寝顔を見ていると、年相応の可愛らしい顔をしている。綺麗な顔を指の腹で触れてみる…が相当疲れていたのか、びくりともしない。
「……無理しなくていいのにな…」
私のことを想ってくれるのは有り難いが、彼の体が心配になる。私はうつ伏せになりなって頬をついて、ルートヴィヒを観察する。そうして過ごしている内に私まで眠たくなってくる。天気がいいからか、それも後押しをしたみたいだ。
◇◆◇◆◇◆
「…ア…メルクーア」
「…ん…」
微睡の中から現実に戻したのは、隣にいたルートヴィヒだった。彼に肩を優しく叩かれて完全に目が覚めた。
「…ルーイ?」
まだ少しだけ虚なまぶたを腕で擦ると、日が落ちかけているのが目に入る。一体あれから何時間寝ていたのだろうか。
「…はっっ。私…寝てしまいましたっっ」
「気持ちよさそうに寝ていたよ?起こすのが勿体ないぐらいだったよ」
爽やかな笑顔でこちらの心臓を射抜く。
というか…彼は今何て?起こすのが勿体ないと?私はルートヴィヒを差し置いてどれくらい寝ていたのだ。
自分が提案しておいて、彼より寝すぎるとはなんたる失態。穴があったら入りたいぐらいだ。
「…失礼しました」
「どうしたんだい?」
「ルーイより…寝てしまったの…ですよね?」
「あぁ…大丈夫だよ。ゆっくり出来たからね」
彼の顔を伺うように見つめる。彼の言った通り、目の下のクマは昼寝をする前より薄くなっている気がする。私はそれを見て一息する。
「メルクーアの寝顔可愛かったね」
「…なっ…ル、ルーイ」
彼は私の頭を撫でると、そのまま髪を手に取る。
私の寝顔を思いだしたのか。彼はふんわりと笑う。こんな笑顔が見れて…良かったのかもしれない。
「たまにはこうしてゆっくりするのもいいね」
「そうですね」
「結婚しても、こうしてゆっくり出来る時間は…作りたいよね」
「…そうですね」
将来のことを計画に入れてくれるルートヴィヒに自然と頬が緩んだのだった。
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