第49話 お姫様
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第49話になります。
「それはだめだ」
「やっぱりか」
俺はウルとの約束を果たすためにギルド長ジャンの部屋へと来ていた。ちなみに2階から忍び込んだ。
「そりゃそうだ!あの子はまだ10歳だよ?誰が10歳の子供を戦場に送るんだい?」
さすがのジャンも憤慨した様子で言う。
「まぁそりゃそうだよなぁ」
ポリポリと首の後ろをかく。
「ユウ、まさかウルに頼まれたのかい?」
「その通りだ。あいつの意思は固い。なんとかならねぇか?あいつはあいつでおまえの隣に立ちたいんだとよ。可愛い娘だろ?」
「それはダメだ。確かに可愛いのは認めるけど、こればかりはユウであろうと許可は出せない」
そこは認めるのな。
「氾濫の最中、俺が面倒を見てもか?」
「確かに戦場ではユウと一緒にいるのが一番安全だろう。でも、君だって人間だ。何があるかわからない」
確かに油断してデモンドラゴンにサックリいかれたとこだ。
「ああ、ごもっともだ。ただウルは今回の氾濫で、あんたのことを本気で心配してる」
「心配? ははは、まぁ確かにこの氾濫は死ぬ覚悟でやらないとだめだけどね」
ジャンはあっけらかんと言った。
「無理すんなよ?おまえが死んだら誰がこの町を守るんだ。それにウルの面倒を見れるやつなんてあんたぐらいだろう?」
「いやいや、ここにもう1人いるじゃないか」
そう言ってジャンはニコッと俺を見た。
「俺か?無理に決まってんだろ。すでに3人も抱えてる」
「1人くらい増えたって同じじゃないか」
笑いながらジャンは言う。
「馬鹿言うな。あんなお転婆娘手に負えねぇよ」
「そうかい?あの子が他人に頼るなんて初めてじゃないかな」
俺が言いたいのはそうじゃない。ジャンは明らかに話をそらそうとしている。
「違う。アイツも今いっぱいいっぱいなんだよ。ジャンが今大変なのはわかる。でももう少しウルの気持ちも汲んでやれ」
俺がそう言うと、ジャンは困った顔をした。
「わかってる。わかってるつもりだよ……。だからこそ、それはできない」
ジャンの意思は固い。これ以上言っても無駄か…………。
「はぁ…………。第一お前はなに自分が死ぬ前提で考えてるんだ。馬鹿野郎」
「ははは。万が一を考えてだよ」
「万が一ってなぁ、おい」
「はい、もうこの話は終わり。どれだけしたって考えは変えないよ?」
ジャンが手でバツを作った。
「ああ、わかったよ。すまんな、忙しい時に」
「いいよ。うちの子が迷惑かけたね」
ジャンは申し訳なさそうに言う。
「ジャン、ちゃんと休んでんのか?」
「ぼちぼちだね」
そういうジャンの顔は疲れていた。
「ならこれ、良かったら食ってくれ。ろくに飯も食えてないだろ?」
俺は、懐からホットドッグを取り出した。ソーセージは何の肉かはわからない。これは来る途中で買っておいたものだ。
ぐるるるるる。
取り出した瞬間にジャンの腹が鳴った。
「はははっ、すまない。助かるよ」
ジャンは俺からホットドッグを受け取ると、この場でモグモグと食べ出した。
「ああ、それとこれもな」
俺はジャンの後ろに回って、神聖魔法で疲労を取り除いてやる。
「うん!?どうやったんだい?肩が軽く…………!」
ジャンが肩を回し始めた。まるでデスクワークで肩のこったサラリーマンだ。
「ちょっとした回復魔法だ。それと、まだ下の階は騒いでいるのか?」
「そうみたいだね。むしろ飲み会が始まったんじゃないかい?」
「のんきなもんだ。こりゃまだまだかかりそうだな。ああ、それと忘れてた。もう1つジャンに聞きたいことがあったんだ」
「なんだい?」
「こないだ小耳に挟んだんだが…………この町に王の隠し子がいると聞いた。何か知ってるか?」
…………ゾッ
ジャンは立ち上がり、そして殺気が膨れ上がっていた。ニコニコはしているが、いつものジャンじゃない。
「どういうことだい?」
「おいおい待ってくれ。探している奴にたまたま遭遇しただけだ!俺は他には何も知らねぇ!」
すると、ジャンは力が抜けたのかイスにストンと再び腰を下ろした。
何か知ってるのだろう。でもなぜそこまで反応する?
「ふぅっ、詳しく聞かせてもらえるかい?」
そうして町で、ぶつかられそうになった奴について話した。
「はぁ…………なるほどね。とうとうこの町に追手が来たようだね」
悩ましく頭を抱えた。
「はぁ!? 追手!?」
「ユウに話しておかきゃダメなことがある」
ジャンは真剣な顔で言った。
「なんだ?」
「少し時間はあるかい?」
「ああ、暇だな」
「暇かい。ならちょっと付き合ってくれないか?」
そう言いながらイスを引いて立ち上がった。
「いいぞ」
「それじゃ、ちょっと外へ出ようか」
ジャンはドアに向かって歩き始める。
「外?」
それほどのことなんだな。
そしてジャンは部屋のドアを開けようとするが、手を止めた。
「いや、僕もユウやウルに習おうかな」
歯を見せながらそう言って窓の方を見た。
「へ?」
◆◆
俺とジャンは町の屋根の上を走っていた。町の人々が時々俺たちを指差して、何か言っている。
俺やウルを習うってそういうことかよ!
前を走るジャンの横に並ぶ。
「で、話って?」
「まだだよ。そうだね…………あそこでしよう」
「どこ?」
「いいからいいから。ついでにユウにはこの町の名物を1つ紹介してあげよう」
そしてジャンに連れられ、到着したのはまるでイギリスのビッグベンを思い出す立派な時計台だ。
「このワーグナーには2つの名物があってね。それがあの大聖堂と、このスティーブンスの塔と呼ばれる大時計台だよ」
そう得意気にジャンは話す。
「でけー!」
下から見上げると、塔のてっぺんは100メートルほどの高さがありそうだ。塔は壁面の四方に巨大な時計盤が設置され、今も時を刻んでいる。
「これはこの町で最も背の高い建物なんだよ。町の人はこれで時間を知るんだ」
「へぇ…………、こりゃすごいな。これだけ、まるで大都市の建造物だ」
周囲の建物よりも遥かにデカイ建物だ。
「ははっ、それを言われると嬉しいね。この時計台は遥か昔からあるんだ。王都にだって負けちゃいない、これと大聖堂は町の自慢だよ」
こんなものが作れるなんて。まるでビッグベンを知ってる人間が建てたみたいだ。
「で、大事な話なんだろ?どこでするんだ?」
「それはもちろん」
そう言うジャンの人差し指は上を指していた。
俺は上を見上げて思わず口に出た。
「まじか」
◆◆
「はぁ、はぁ、これ何段あるんだよ」
階段の手すりにもたれながら休憩する。俺らは時計台の内部の階段を上っていた。
「確か、300段近くあったような」
「うへぇ…………!」
「もう少しだよ。ほら、見えてきた!」
埃っぽい時計台の骨組みの間を抜け、小さな小窓のようなところから外にでる。すると、そこは…………
「まぶしっ…………て、まじか!」
太陽の光に目が慣れると、眼前には夕焼けに照らされ、茜色に染まる町が広がっていた。赤茶色のレンガが夕陽で真っ赤に塗られ、建物のガラスは太陽を反射して黄色に輝く。そして、この時計台の影が長く町に線を引いていた。それを感じて子供たちは帰路に就き、冒険者たちは飲み屋に向かう。夕陽に映えるとはこの事だ。
「ははっ、すげぇ!キレイだ」
純粋に感動する。こんなところがあったなんて。その感動を言葉にする力がないのが悔しい。
「ほら、外に出るよ」
「へ?」
ジャンは小窓から身を乗り出し、外に出た。
「おい、大丈夫かよ!ジャン!」
追いかけて小窓から上を見ると
「ははは、ここはこの時間だけね。こんな特等席が出来るんだよ」
そう話すジャンは、直径12メートルを超す巨大な時計盤の長針に座っていた。俺がいるのはちょうど、時計盤の真ん中から少しだけ右の位置に空いたメンテナンス用の穴だ。
「なんつー贅沢な」
今は17時10分くらい、10分を指す長針が座れるだけの角度を持っている時間帯だった。
「早くユウもおいでよ」
「ああ」
ジャンを追いかけて小窓に足をかけて、外に出る。
「風強っ!」
強風で服がはためき、バランスを崩しそうになるとジャンが俺の腕を掴んで引っ張り上げてくれた。
「すまん」
ジャンの隣に腰かける。
まさか時計盤の長針に座る日が来るとは。
「見てよユウ。素晴らしい景色でしょ」
風に吹かれながらジャンは町を眺めて言った。
「ああ、間違いない」
「僕はここへ来て、この町が、この景色が大好きになったんだ」
「わかるな。俺も、皆を連れてきて見せてやりたいよ」
「あはは、ユウならそう言うと思ったよ」
「そうか?」
「だって、ユウはぶっきらぼうに見えて、仲間のことを大事に思ってるでしょ?」
「まぁ、そらそうだな」
「いいねそう言うの。ほら見て。あそこがダンジョンだよ」
ジャンが指差す先に地面にぽっかりと空いた洞窟、もといダンジョンの入り口があった。
「こう見てみると、案外近いな」
「だよね僕も思うよ。あれのおかげでワーグナーは発展したんだけど、あんなに脅威が近いんだよ。恐いよね。何があっても町は絶対に守るよ」
「…………そうだな」
ジャンの言葉に重さを感じた。
ジャンはこの町の景色も見せたかったのだろうか。でも大丈夫。心配はいらない。ジャンが命をかけずとも俺がなんとかする。
「大丈夫だ」
そうしていると、時間が経過し長針がもうすぐで15を指そうとしている。
「なぁ、さっきの話……」
「ああそうだったね。その王様の隠し子なんだけど、それウルなんだ」
「…………うん? 今なんて?」
「だから、ウルがそうなんだよ」
「うそぉ!?」
さらっと言われてビックリした。落ちそうになる。
「正式にはウルトニア・ウィストン・フィッツハーバード。歴とした王女だよ」
「ま、まじでか…………あれのどこが王女?」
屋台の果物を盗んで屋根の上を走って逃げる王女か…………シュールだな。
「あはは。本人だって知らないよ」
「ああ、ウルは知らねぇのか。知ってたら少なくともあの振る舞い方はないわな」
「だね。実際にはこの国の王が即位する前、王子の時に遊女となした子供なんだけど」
「そりゃめんどくさい立場だな」
「一応第2王女なんだけどね。実際には存在しない幻の」
そんな生まれ方、公には出来ないってことか。ん?そういや、ガランの言ってたことと違うな。
「待て、ガランに聞いたぞ?ウルは氾濫で亡くなった前ギルド職員の娘だったんじゃねぇのか?」
「それは僕が10年間この町で流し続けている嘘だね」
夕焼けに照らされながら、悪びれる様子もなくジャンは言った。
「まじか。嘘かよ」
「町の皆には悪いとは思ってる。でも、わかってくれ。あの子はそれだけ大切なんだ」
「だな。それもそうだ」
王政の国だ。考えたくはないが、王女であるということだけで命の価値は全然違う。
「詳しく聞かせてもらえるか?」
そう言いながら、空間魔法から果実酒を取り出す。
「まぁ飲めよ」
グラスに入れてジャンに手渡す。
「ありがとう」
ジャンは一気に飲み干して、一息ついた。
「ふうっ。…………さてその当時の話だけど、王からしたら遊女との間に産まれた子なんて公にはできないからね。そのまま殺されてしまうこともあるんだけど、当時の王はそれを良しとしなかった。子が親を選べるならまだしも、産まれた子供に罪はないからね」
「ああ」
そういう話、よくあるんだな。まぁウルの場合は特殊か。
「それでウルの存在を隠すために、当時の王子は知り合いであった王都の裏社会のボスであるレオンを秘密裏に頼ったんだ。人目につかないところで育ててくれってね。王に何かあったとき、王族の血筋を途絶えさせないためにも」
そんな話、本当に聞くことになるとは。まるで映画のようだ。
「そんなの、レオンが引き受けるわけない。事情を知る、数少ない人間は誰もがそう思った。だってただの孤児じゃないんだ。リスクが大きすぎる。でもレオンは引き受けた。そこにどんな関係や取引があったのかはわからない」
日常から果てしなく離れた、すごい話だ。こんなことに巻き込まれるなんてな。
「ほ、ほお」
「ちゃんと聞いてる?そうしてウルは孤児としてレオンに拾われることになった。でもレオンも王都を離れることはできない。そして、いつバレるかわからない赤ん坊を王都に置いておくことは危険だと考えた」
「それもそうだ」
「うん。そこで白羽の矢が立ったのが、当時レオンに同じように拾われ育てられた僕だよ」
「ジャンも孤児だったのか?」
「そう。僕の父親はレオンさ。僕はレオンの頼みで、赤ん坊のウルを連れ、冒険者になり、この町へたどり着いた。そして、レオンの計らいで僕が以前からなりたかったギルドへ入れてもらったんだ」
「へぇ、ジャンはギルド職員になりたかったのか?」
「まぁね。子供の頃は勇ましい冒険者たちに憧れてたんだ。でも僕は臆病だからね。冒険者になんてなれないと思ってた。でも、ウルを育てるために必死で冒険者稼業もしながら仕事をしているうちに、いつの間にかAランクに、そしてギルド長になってた。ほんと、人は変わるんだね」
「ウルのおかげってか」
「そうだね」
「ウルのことは理解した。で、俺が出くわしたその追手とは?」
「実は、王都のある人間にウルの存在がバレている可能性があるから気を付けろとレオンから連絡があったんだ。間違いなくそいつだね」
やはり王都からか。こんなことなら、あの時捕まえておくんだった。
「相手は分かってるのか?」
うううんと、ジャンは首を振る。
「厄介だな」
「ウルが普通の子なら良かった。でも、ウルも冒険者になるうち超天才的な才能を発揮した。10代でBランクになったってだけですごいよ?それが、わずか10歳でBランク冒険者だよ?必ず近いうちに有名になる」
「王家の血筋か?」
「いや、ウルが強いのは持って産まれた才能だよ。ま、この国の王族にだけ発現するというスキルもあるけどね」
「王族だけのスキル?」
スキルって血筋で継承されたりもするのか。
「『王の威厳』と『神聖魔法』だよ」
「へぇ…………王の威厳ね」
あの店のオッサンを脅してたときに仄かに見えたあれか。というか神聖魔法て王族のスキルなのね。俺、持ってるけど?誰かに話すのは止めた方がいいか?
「まぁ、神聖魔法は聖職者の中でも大司教様クラスで世界に数人だけは持ってるスキルらしいんだけどね。5代前の王は戦争で失った騎士団長の脚を生やしたそうだよ」
「そこまで強力なのか。もはや奇跡だな」
でも王族だけの魔法スキルじゃなくて良かった。
「なぁ本人も知らないのに、ウルが王女であることがバレると思うか?」
「いや、あの子も馬鹿じゃない。スキルのことは誤魔化してるけど、いつか気付くと思う」
ジャンはふうっと上を向いて息を吐き出した。
「問題は山積みだよ」
「しかもあいつ、狙われてるのにどこで何をしてるかわからんからな」
「ウルの寝床はわかってるよ?」
「そうなのか?」
「僕はこれでもあの子の父親だからね。たまに毛布をかけに行ってあげることくらいしか出来ないけど」
寂しそうにジャンは言う。
「一緒に住んどけばいいのによ」
「あの子が一人立ちするって言って聞かなかったんだよ。あの子の強さは認めてるからね」
「辛くなかったか?」
「そりゃね…………でもいつかはバレる。少しでも僕なしで生きられるよう一人立ちすることがあの子のためだよ」
ジャンなしで…………か。さみしいこと言うなぁ。だから許したのか。
「追手のことはどうする?」
「うーん、実際どうしようもないんだよね。この町で知ってるのは僕とユウくらい。しかも今は氾濫でそこに手をかける余裕がないんだ」
ジャンは知らないだろうが、考えられる最悪の事態はウルがさらわれ、伯爵にクーデターの人質に使われることだ。
「とにかくまずはこの氾濫を無事に乗り越えることだね。このダンジョンの異常もやつらの手によることなのかもしれない。だから、ウルには防衛に参加させない。話によると、潜り込んでいるのは冒険者に扮しているらしい。もし、ウルだと目星がつけられているなら、おそらく戦場でどさくさに紛れてさらうつもりだろう」
「それで頑なにウルにダメだと言うわけか」
「まぁ、それがなくても僕はウルが戦場に出ることは良しとしないけどね」
「わかった。なら俺がジャンが町の防衛に集中できるよう、全力を尽くしてやるよ」
「ほんと助かるよ。そろそろ戻ろう。もう滑り落ちそうだよ。あはは」
時計の長針はいつの間にか20分を指し、ひんやりとした夜風が吹き始めていた。
そうしてジャンと俺は別れた。去っていくジャンの背中は大きな2つの問題に押し潰されそうだ。そして、ウルになんて謝ろう。こんな話を聞いた後じゃ、絶対に戦場に出すわけには行かない。
俺は路地を歩き出す。
「あ…………、武器買うの忘れてた」
◆◆
「おいオッサン」
気分を変えて、俺が来たのはウルがもめていた店だ。このおっさんは顔見知りだから買いやすいだろう。ちらほらと客も減り、おっさんは店を片付けようとしていたところだった。
「おお、あんたか!さっきは助かった!お前さんになら何でも売るぞ?」
俺が行くと、おっさんは手を止めた。
「刀はあるか?」
「ああ刀か…………あと数日で刀は仕入れる予定だが、今はないな。片手剣ならあるんだが。すまんな。代わりと言っちゃこれなんてどうだ?」
そう言って出してきたのは鈍色に光る無骨な片手剣だ。
「ここにある中じゃ、一番の剣だ。ランクは『A+』だぞ?」
問題なしの高ランク品だが、んー、やっぱり慣れてる刀がいいな。
「確かに良さそうだが…………そうか、刀はないのか」
残念だ。他の店を当たるか。
振り返って歩き出した時、
「おいおいおい、まぁ待て」
おっさんに肩を掴まれた。
「どうした?」
おっさんが耳を貸せと人差し指でくいくいとした。
「刀だろ?あるにはあるんだが。ここじゃ見せられねぇ。というか、家に置いてあるんだ。ただ……」
「なんだよ。それ見せてもらえないのか?」
おっさんはしばし黙り込んだ。
「…………お前さん、こないだの事件知らねぇか?」
「事件?…………ああ、なんか盗みに入った男が死んだんだったか?」
そんな話をどこかで聞いた。てことは……?
「あれ、おっさんとこか」
「そうだ。だが犯人は俺じゃねぇぞ?」
苦い顔でそう言った。
「わかってる。ならその刀、一度見せてくれ」
「そうだな…………それにお前さんなら、もしかするかもしれん。ついてこい!」
しっしっと手を振って冷やかしの客を追い払うと、屋台を引き上げ始めた。
「こっから歩いて10分ほどだ」
そうしておっさんが屋台を引きながら歩き出した。
この人も元冒険者なんだろうか。屋台を引く脚や二の腕は筋肉でパンパンだ。
「お前さん、見ない顔だが冒険者だろ?」
「ああ、ワンダーランドのユウだ。以後よろしく」
「聞かん名だな。だが、わかるぞ?お前さん相当できるだろ」
「さぁな」
それからはおっさんに武器について教えてもらいながら歩いた。家は路地に入ったこじんまりとした場所にあった。庭に屋台を停めると、少し埃っぽいリビングに通される。床はタイルで石造りの家だ。それなりに儲かってるんだろうか。
「ちょっと待ってくれよ」
そう言って、地下に部屋があるようでドタドタと取りに行った。
「どっこらせっ」
ソファに座り、おっさんを待つ。リビングにも壁掛けに立派な剣が飾られていた。
そして1分ほどして、
ガリッ、ガリガリガリ…………!
「っこらせぇっ!はぁはぁ」
ガリガリという音とオッサンの声が聞こえてきた。
「なんだそりゃ!?」
奥の部屋から床の石を削りながら引きずるように出してきたのは、刃から柄まですべてが1つの金属のようなもので造り出された真っ黒な大刀だった。漆黒なのに深みがあり、透き通っている。刃渡りは1.5メートルくらいと長く、つばがない。そして妙なことにおっさんは刀にくくりつけたロープを掴んで持ってきていた。おっさんは顔に大粒の汗を浮かび上がらせている。いったいどんだけ重いんだ!?
「どっ…………せい!」
おっさんがテーブルの上に引きずり上げると、
ミシッ…………バカンッ!
大理石のローテーブルが重さに耐えきれずに割れた。
「あちゃあ、かみさんにどやされる!」
「おいおいおい、どえらいもんが出てきたな」
いや、どっかで見たことがある。バケモノ戦でたまたま作った刀が、なぜかイメージ通りにいかず、これそっくりになった。
「この刀はな?もはやどれだけ前かわからんが、数千年前に発掘され、それから様々な人間の手を渡ってきた伝説かつ幻の代物だ」
「そんなものがなんで?」
なんでこんな町にあるんだ?
「なんで、俺の店にあるかって言うとだな。こいつを振れるやつはここ数百年1人も現れてねぇんだ。そんな使えねぇ剣を置いておく物好きな店も減ってきてな。いつの間にか商人の間で邪魔者扱いされ、俺のとこに回り回って来たって訳だ」
「へぇ、でもなんで誰も振れないんだ?」
気になったことを聞いてみる。
「見ての通りとてつもなく重いってのと、この黒刀が持ち主を試すんだ。初めての主人には魔力を吸って相性と技量を試す。しかもその間手を離すことはできなくてな。数多の達人や実力者が魔力を吸われ過ぎて死んだ」
おっさんは、さも恐ろしいものを見るかのように話す。
「こないだここに忍び込んで死んだ奴もそうだ。こいつのお眼鏡にかなわなかったんだろうよ」
「そういうことか」
このおっさんも犯人と間違われていい迷惑だったろうな。
「今の話を聞いてもなお試したいと言うなら、お前さんがこいつに認められたあかつきには、タダでくれてやる。もう俺もカミさんも正直こいつを手元に置いておくのが恐くてな…………」
「おう、やらせてくれ」
これは面白そうだ。これくらいの刀がなけりゃこれから先には進めないだろう。
「おう。お前は命の恩人だ。無理そうなら俺が何としてでも剣を放してやる」
そう言っておっさんは壁に掛けてあった剣を抜くと、俺の方を向いて構えた。
「お、おい?何するつもりだ?」
「言ったろ?そいつを握ったら最後、吸い付いたように手が離せなくなるんだ。もしお前が死にそうなら腕ごと切り落としてやる。死ぬよりマシだ」
おっさんは冗談で言ってるのではないようだ。
「なるほどな。わかった。任せる」
テーブルを自重だけで割った黒刀をじっと観察してみる。透き通ったすべてが漆黒の刀は鈍く光を反射し、その美しさに心を奪われる。
すばらしい。
鼓動が高まり、早く俺のものにしたい気持ちが高まる。
「よし」
唾をごくりと飲み込むと、その柄に手を添えた。手に馴染む感じがすばらしい。持ち上げた瞬間、魔力がごっそりと食われるのを感じた。
「うおおおっ!?」
ズルズルと魔力を吸われていくのがわかる。そして、思った以上に魔力の減りが早い。脈打つかのようなリズムで、ゴクン、ゴクンと俺の魔力が飲まれていく。それは、何年も水をもらっていなかったかのように、がっつくように飲んでいく。余程渇いていたようだ。
ぐっ…………予想以上だ。
魔力量には自信があったが、考えが甘かった。恐ろしい奴だ。ごっそりと減っていく魔力に目や鼻から血が流れだし、手足が震えてくる。
そうして2分は経っただろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
汗と血が床に水溜まりを作っていく。でも離さない。しっかりと両手で握ったまま、堪える。こんなすごい刀、二度と出会えない。お前は俺のものだ。そう念じ続ける。
「おっ、おい大丈夫か?」
剣を握りしめたおっさんが心配そうに聞いてくる。黙っておっさんの方を見て頷くことしかできない。
そして、さらに魔力の吸収スピードが上がった。
まずい…………。
ぐわんぐわんと視界が揺れ、チカチカと赤黒に点滅してきた。
も、もう、げんか……
そして立っていられなくなる寸前、賢者さんが話しかけてきた。
【賢者】ユウ様、魔力の過度な喪失により、生命活動に危険が迫っているため、緊急措置として、空間魔法に蓄えてきた魔力を解放します。
空間魔法に……魔力?賢者さん黙ってそんなことしてたのか。なんでもいい!頼む!
【賢者】実行します。
「お、おお!!」
賢者のおかげでそれからは体の底からわきあがるようにごうっと魔力が溢れてきた。一気に魔力が全快まで戻る。
これならいけるかもしれない!
「だ、大丈夫か!こんなに粘った奴今までいねぇ!お前さんもう少しだ。頑張れっ!」
おっさんが剣を置いて祈るように横で応援してくれていた。
…………30秒ほどで、魔力の流出が少なくなり、そして止まった。
お、終わったか?
【賢者】おめでとうございます。無事に黒刀の主だと認められたようです。これからはこんな無茶は控えてください。
すまん心配かけた。でも助かったよ。賢者さんの機転がなければ死んでいた。
黒刀を握ると、手によくなじむ。あらためてステータスを確認する。
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黒刀
ランク:A+
属性:重力
特殊Lv.1:血を吸い成長する。
特殊Lv.2:装備者の魔力で刀身を修復できる。
特殊Lv.3:成長に伴い重さが増す。
〈世界最古の黒龍の牙から作られた大刀。成長するにつれ能力が増え、ランクも上がる〉
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今はまだA+ランクだが、成長させれば必ずや、最強になる刀だ。
「お、おい。生きてるか?かなり血が出てたが………」
恐る恐る話しかけてくる。
「はぁはぁ…………! ああ、大丈夫だ。ちゃんとこいつに認めさせた」
「まじか…………。俺は英雄を誕生させたのか?」
おっさんがガタガタと体を震わせながらつぶやいた。
「そんな大層なもんにはならん。…………しかし、手になじむ。良い刀だ」
軽く素振りしてみると、あんなに重かったのにエンピツくらいの重さにしか感じなくなった。
「おお、様になってるな」
「で、こいつ家宝みたいなもんなんだろ?さすがに悪い。金は出す」
「いや、男に二言はねぇ。持っていってくれ」
と男らしく突っぱねられた。
「いいのか?」
「ああ。俺なんかが持ってるより使えるやつが持つべきだ」
「すまん。ありがとう」
「良いってよ。あと、そいつ鞘がねぇんだ。どうする?鍛冶屋へ頼もうか?」
「鞘は必要ない」
そう言って空間魔法にしまう。
「へ?どうなってんだ!?どこに消えた?」
「気にすんな。きちんと保管してる。でもこいつはメインにして、サブでもう一本ほしいな」
そうして、普段使い用としてノーマルな長剣を購入した。腰に下げるようにする。ジャンから借りたアイギスは気品が有りすぎて、どうも身に付けられない。
「また来る。ありがとう!」
「ああ!また頼むぞ」
かなり時間を使った。外はもう完全に日が落ちてしまった。いい加減ギルドに戻った方が良さそうだな。
読んでいただき有難うございました。