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師匠とみる優しい世界  作者: 輝美
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第1章 その四 元の世界を想い

魔法の話をするときのアーシャは楽しそうだ。それからも、ことあるごとに魔法の解説をされた。料理からはじまり、必要なことはすべて魔法を利用する。その都度アーシャの話は長くなり、気が付けばもう夜も深くなってきた。お休みの時間ということで、アーシャとは別れて自分の部屋に移動する。


今日1日は色々なことがあった。今まで見たことのない異能の力を体感し、脳が現実に追い付いていない。今までの現実が現実じゃなく奈多のだから仕方のないことなのかもしれないが、もういっぱいいっぱいだ。


夜1人になって、いまさらながら今後のことが不安になってきた。さっきまではあまりに現実離れしすぎた状況になって、なのに自分を保護してくれる人が現れて、危機感がマヒしていたようだ。


「……ちょっと夜風を浴びてくるか。」


急に訪れた異世界。なれない布団になれない部屋。この慌てだした心はこの空間では落ち着いてくれなさそうだ。外に出れば多少気分がすぐれるかもしれない。


「この世界でも星はあるんだな。」


夜空に見える無数の星。星座には詳しくないから、元の世界との違いなどはわからない。自分がいる場所が、宇宙にあるどこかの星と思うと、不思議とさみしさが薄れていく。ここが地球じゃなくても、地球と同じ時空にはいると思えば、安心感が生まれる。


アオーーーーーーン


遠吠えが聴こえる。狼かな。遠吠えなんてほとんど聞いたことがないからわからないけど、たぶん狼だろう。犬だったらなんとなくわかるだろうし。

異世界ということだけど、アーシャは見た目は麗しき女性なわけで、僕と差がない。生態系は元の世界とは差がなさそう。ならば狼もきっと存在している。


ガサッガサッ


すぐそこの茂みで何かが蠢いている。あれかな。さっきの狼かな。あの遠吠えかなり距離が開いていたような気がしたんだけど。思ったより近かった様子で。


「とりあえず、襲われないうちに戻るか。」


あまり夜風に当たることはできなかったけど、それなりに気分転換にはなった。この付近が安全かどうかもわからないし早めに中に―――――。


「つっ!?」


部屋に戻ろうとしたら、突如右腕に激痛が走る。なんだ?


「えっ――」


自分の目の前に現れた、ヒト型のバケモノ。ぱっと見の特徴では、夜の景色に溶け込むような暗い灰色の体毛。鋭く輝く眼光。高く月を目指すように伸びる耳。これは人狼という妖怪なのでは?


そして右腕の激痛の原因は簡単だった。

ふと下を見る。

そこには僕の目の前に僕の右腕が転がっていた。


「うおっ!?」


まさか異世界にきての初夜にいきなり右腕おさらばすることになるとは……。


アオーーーーーーーーーーーーーン


僕の右腕を刈り取った人狼は月に向かって高く叫ぶ。

そしてそのまま鋭く光る眼をこちらに向ける。


右腕は痛いなんてもんじゃない。

もうすでに存在しないはずの右腕を、脳が理解していないのか感覚としては右腕全体がやけどしたように痛い。いっそ痛みで気絶してしまいたい勢いだ。


「くっそ」


だがそれもしていられない。この井出立ちはきっと肉食だ。右腕はもう食されてしまうかもしれないが、大事なのは我が身。

急いで部屋に戻らねば。


「……といっても、家の中なら安全とは限らないか。」


どうしようかな。魔法使いであるアーシャに助けを求めれば助けてくれるかな。あまり男としては女性に助けを求めたくないけど……。魔法使いの世界に男女に差はない、そんなイメージ。元の世界の小説の中では少なくともそう。


「これが小説でよくある異世界転生ものなら、死んでもまた生き返ったりするかもしれないけど……。」


それに希望を抱いていっぺん死んでみるのはさすがに厳しい。溺死してしまう。

ふと人狼の方をみてみると、こちらの方をみながら体制を低くし、いまにも跳びかかってきそうだ。

例えるならお相撲さんが見合っているときの体制。もしくはクラウチングスタート。

グルルルルと唸りながら、涎を垂らしながら、物欲しそういにこちらを見ている。


「うーん。何かに食べられながら死ぬっていうのは、考えられる死に方の中でもかなり嫌な方な気がする。」


死んでしまえば何でも一緒かもしれないが、食べられるというのは生物的に負けた気がして気が進まない。

しかし世の中は弱肉強食。この場合弱肉はもちろん僕。なすすべなく、強食にやられるしかない。

そしてついにその時はやってきた。人狼は全身をばねにしたかのように見事なスプリングで僕に跳びかかってきた。

死を覚悟する僕。


しかし、死の瞬間は訪れなかった。

突如、人狼が空中で静止したからだ。


「こんな時間に何か外が騒がしいと思ったら、人狼じゃない。」


眠たそうに眼をこすりながら現れたのはアーシャだった。ピンク色の可愛らしい薄いネグリジェに身を包み、その扇情的な姿と絶体絶命な状態の僕はこの一瞬でひどく興奮する。それは男の性。まぁしただけで、別段何もしないのだが。


「うーん、眠い……。何も考えられないけど、とりあえず和馬がピンチっぽいから助けるね。待ってて。」


そういうと、空中に浮いたままの人狼は、そのまま上へと上がっていく。そして――。

細かい描写は精神衛生上よくないので省くけど、結論のみいうと粉々になった。

大切な何かを失いそうな光景だったが、まともに考えると精神を崩壊させそうだったので、僕は考えるのをやめた。


「ありがとうアーシャ。助かったよ」


あんなことを気軽にやってのけるアーシャに多少恐怖を抱かないでもないが、逆に生殺与奪が握られている状態であるともとらえられるので、変に刺激しないように努めることとした。

まぁでももしその時が来たら、人狼に食べられるより美女に殺される方が幾ばくかまし。


「全然大したことないから大丈夫だよ。……てあら?和馬手が取れてるね。早くつけないと。」


え?手って取れた後でもくっつけられるものなの?


「あーそっか。自分ではつけられないんだよねきっと。ちょっと待っててつけてあげる。」


そういうと、自分のとれた腕がある方へ、アーシャが手を向ける。それが淡く光ったかと思うと、僕の腕もまた淡く光り、こちらの方へ飛んできた。

そしてそれはそのまま元のあった位置まで飛んできて、僕の腕と合体する。


「まだ動いちゃだめだよー、今からくっつけるんだから。」


そういわれてそのまま動かずに我慢する僕。そういえばこんなに傷口に触ったはずなのに、痛みを全然感じないな。というか気づけば血も全然出てない。

さっきまで噴水のように出てたのに、アーシャが現れるちょっと前くらいから出なくなってたかな。もしかしたらアーシャが止めてくれてるのかも。


それから数分間、アーシャがいいというまで待つ。何かちょっと右腕がくすぐったい感じがするけど、変に鈍い感じがするのは麻酔が打たれた時の感覚に似てる。


「はい、できた。ちょっと動くか試してみて」


そういわれたので、ちょっと右手をグーパーして確かめる。まだ感覚がなれていないのか、スムーズにできないが、確かに動くことを確認した。


「うん、大丈夫、動くよ。」


「そう、よかった。もう駄目だよ和馬、勝手に外を出ちゃ!危ないんだから!」


「うーん。まさかあんなに危険な生物が近くにいるとは思わなかったんだよ。ごめんね」

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