➖閑話 〜ロッテ・アンダーソンの診察〜➖
今王国中は高熱と嘔吐が続く流行病が蔓延している。
その為、薬師をしている私も夫も通常の薬屋業務そっちのけで、王都中を駆け回って治療をしている。
この流行病の正式名称は【高吐衰弱病】と言われていて、50〜60年に一度の割合で爆発的に流行する。
その兆しとしては、ゾンマの時期が異常に暑く、ルプスの終わりから冷え込みが厳しくなる事が挙げられている。
今年のゾンマの時期が異常に暑かった事と、前回の流行から52年経っていた事から、ルプスの3月には王国からは、病に対する警告が発せられていたし、医師や薬師、薬草園を経営する者は早くから準備に取り掛かっていた。
しかし、この病の特効薬は無く、高熱用の解熱剤や嘔吐用の胃腸薬を調合するしか手がないし、また、効果的な治療法や予防法も確立されていない。
今日もいつもの様に王都中を駆け回って、一旦休憩に家に戻ると、急患の知らせを店番をしていた娘のセシルに言われた。
直ぐに、治療に使う道具・薬・薬草の確認をして、それらが入っている鞄を持って表へ出た。
表に出ると、セシルと同じぐらいの女の子が、ダンに頭を撫でられながら座って待っていた。
何があったのかしら?
2人とも嬉しそうなんだけど。
2人をこのまま観察していたいのは山々なんだけど、患者さんの方が優先だから、悪く思わないでね。
「お母さんが高熱で倒れたのは貴女ね。直ぐに家に案内してもらってもいいかしら?
もし流行病だったら、初期の治療が早ければ死亡率が下がるのよ。」
「そうなんですね。それでしたら直ぐに見て頂きたいのですが。
お金とかは今お支払いした方がいいですか?一応、お金を持って来ているので。」
「今は時間が惜しいから、後からでいいわ。
お金が足りなかったら、分割で何回かに分けて支払ってくれればいいから。」
お母さんが倒れて、きっと不安で仕方がないだろうに、この歳でここまでしっかりしてるなんて凄いわね。
こんな綺麗な亜麻色の髪で可愛らしい顔をして特徴的なのに、噂で聞いた事も無い子なのよね。
どこの子…って、えっ!?シュテルネン伯爵が伯父様!?そうだとすれば、ヴァグナーク家の子よね?
あそこは、男の子が2人だと思っていたわ。
ダンとの会話が聞こえてきて驚いていると、ダンが店から飛び出して行ってしまった。
気を取り直して、私達も出発しますか。
女の子、ミーナちゃんの家に向かって走り出したけど、気が動転していた様で、ミーナちゃんの事を置いてきてしまった。
引き返そうとしたら、ミーナちゃんは私の走るペースに追い付いて来ていた。
私走るの結構速いんだけど。
ミーナちゃんの家に着くと、お母さんはリビングのソファに横向きで寝かされている。嘔吐した時に、気管に吐瀉物が詰まって窒息しない様にする為ね。
お母さんの額には、体を冷す為の濡れたタオルが置かれていた。
そして、高熱で暑そうだからといって室温を下げる人が多いのに、室温は下げずに尚且つ、毛布も掛けられていた。
診察する為に毛布を取ると、首の後ろ・脇の下・足の付け根にも体を冷す為のタオルが当てられていて驚かされた。
確かにここを冷すと体が冷えやすくなって、今回の流行病にも有効だと言われている。でも、この事は医師と薬師には知れ渡っているけど、一般にはまだ広がっていないのに、どこでこの子は知ったのかしら?
診察してみるとやはり流行病だったが、今日発症した様子ではない。
「ぅうん……貴女は…。」
「薬師のロッテ・アンダーソンと申します。
貴女が高熱で倒れてられたと、娘さんが私の薬店に来られたので、診察させてもらいました。
体が辛い時にお伺いして申し訳無いのですが、熱が出たのは今日・昨日ではありませんね?
それと、嘔吐はされてますか?」
「…4日前からです。
嘔吐は1、2回程しています。」
「4日前から…。ご自身で何かしらの処置をされたのですか?」
「常備薬にしていた、この解熱剤を飲んでいました。」
「拝見します。
……奥様の容体ですが、適切で無い解熱剤で処置をされてしまっているので、私が処方する解熱剤に抗体が出来てしまった可能性があり、効きにくくなると思われます。
…最悪の場合も覚悟していて下さい。
今はそうならない為にも、しっかりと体を休めなければなりません。体が治るまでは、無理をしないで下さい。
旦那様には私から説明しますので、この水薬を飲んで、暫くは寝ていて下さいね。」
ミーナちゃんのお母さんは抵抗せずに水薬を飲んで寝ました。
ミーナちゃんに状況説明と体を冷す用の水を頼もうと後ろを振り返ると、水差しや桶を持っていたのでビックリよ。
どうやら自主的に必要な物を持って来てくれたみたい。本当にセシルと同じぐらいの歳なのかしら。しっかりし過ぎてるわ。
用意して貰う間にベッドに連れて行こうと思ったけど、一緒に行ってしまうべきね。
ベッドに寝かせて、容体も落ち着いているのを確認し終えた所で階下が騒がしくなっていた。
こらから、もう一仕事ね。
階下に降りると、男性2人と男の子2人に女性が1人いるけど、誰が旦那さんかしら?って思っていたら声をかけられた。
取り敢えず、大人だけで話が聞きたい様だけど、ミーナちゃんに聞かせ無いのは納得できないな。
女性に連れて行かれるミーナちゃんを見ると、頷いているから旦那さん達に着いてくけど、もう1人って伯爵様だよねー。
旦那さんと伯爵様に着いて入った部屋は応接室の様だ。
「私がこの家の主のハンス・ヴァグナークです。
それで妻の容体は?」
「……かなり悪い状態です。
診察中に意識を取り戻されて、お話を聞くことが出来たのですが、どうやら4日前から発熱されていたのを、常備薬の中の解熱剤で自己流に処置をし、無理をしていた様です。
現在はこちらの水薬を飲んで寝て頂いていますが、この薬も強いので、そう何度も使えません。
最善は尽くさせて頂きますが、持ち堪えられるかは、奥様の体力や気力に寄るところが大きいと思われます。」
「そうですか…。俺が家に帰れていれば…。」
「ハンス、貴方は騎士で医者や薬師では無いでしょう。
例えハンスが帰れていたとしても、マーガレットは上手く隠し通していたと思うよ。
それに、今日は私がシルバとロイを屋敷に呼んでいた事もあって手遅れになってしまったのかも知れないのだから。
…すまない。」
「伯爵様、それは違います。
ミーナちゃ、様が迅速に適切な処置をされていたので、今もまだマーガレット様は生きているのです。
他の患者様で、マーガレット様と同じ状態になった方は、既に手遅れで亡くなっています。」
「ミーナがマーガレットを救った?
まだ8歳の子供なのに…どこまでミーナに、負担を強いているんだろうな。」
「ですが、ミーナ様以外は家に不在だったので、間違いありません。
それと、病の進行具合では嘔吐の回数が極端に少ないので、今後他の方とは違う進行になる可能性がありますので、些細な事にも十分に注意をお願いします。
また明日お伺いして、診察をさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「わかりました。お願いします。」
「それと、マーガレット様が回復されたとしても、今後は動き回る事ができない程に体が弱くなります。
ハンス様がお子様達をしっかりと支えてあげて下さい。
私は、これで失礼させて頂きます。
お代の方は、後日書面を用意致しますので、そちらをご確認お願い致します。」
「…アンダーソン薬師殿、ミーナの事だけは外部に漏らさない様に徹底して守って下さい。もちろん、貴女の娘さんもです。私に手紙を届けてくれたフォスキー君にもお願いをしてあります。」
「わかりました。」
「それでは、また明日お願いします。」
ミーナちゃんにはお父さんから話がいくだろうから、このまま今日はお暇させて頂こう。
ミーナちゃんが知られていないのには、深い事情がある様ね。
その内、セシルを連れてきて話し相手にさせるからね。
一緒にお母さんを助けてあげようね。
お読み頂きありがとうございます。
次回も閑話になります。




