6.空色の蝶
翌朝、村は大騒ぎになりました。
急に3人の男が消えたからです。
「おいっ!リキはまだ帰ってねえのか?」
「マトもだ!あいつらオレらの言うことも聞かずに森の奥へまた行きやがったな!」
「懲りねえやつらだ」
「若いやつは命知らずでいけねえなあ」
「タモ爺!あいつらが森に行くって分かってたな!?」
「ワシが止めたって無駄だったろうさ。てめえらも同じじゃねえか」
「そ、それは……森に入らないと、この飢饉じゃ食い物がねえだろ!」
「あいつらだって同じことさ」
「あいつらは違え!村会議でダメって決まったことを無視して行きやがったんだぞ!」
「ワシが言ってもてめえらが聞かないのと、てめえらが言ってリキたちが聞かないのと、何の違いがある?」
有力者たちはとうとう口籠もりました。
「でも……村会議の違反はご法度だ」
「それに……、リキはタモ爺と違って最近じゃ1番の狩りの腕前だ。このままじゃ村で食べられる肉が採れなくなる」
「最近は獣の質が悪ぃからな。森の奥へ狩りに行ったのかもしれねえよ」
「でも……!でも、ユラも一緒だ!ユラも帰ってきてねえ!絶対あいつら、屋敷へ行ったんだ!」
村の者たちの予想通り、3人はそのまま、夕方になっても帰ってきませんでした。
村の有力者達は再び集まり、話し合いが行われました。飢饉だとはいえ、こんなに頻回に話し合いが行われるのは、久しぶりのことです。
「おい、あの3人、お貴族様を怒らせたんじゃねえだろうな?」
「やっぱり森の中とはいえ、豪勢な屋敷だってえことだし、お貴族様のもんだったか」
「今からでも金貨の詫びに行ったほうがいいんじゃないか?」
「いや、バレなければどうってことない。俺たちは盗ってないし、あの3人の仕業でこの村は関係ないと言えば分かってくれるさ」
「この村にお貴族様が来たわけでもねえしなあ。なんであいつらは行くなと言っても屋敷に行ったんだ?」
「女が消えたとか言ってたからな。夢で呼ばれたのかもしれねえよ」
「はははっ。夢でまで呼んでくるような女ってのはさぞかし五月蝿そうだ」
「でもよ、ほんとにあいつらがお貴族様に呼ばれてたらどうする?」
「お貴族様がなんであんなやつらを呼ぶんだよ」
「それは……腕っ節を気に入って雇うことにしたとか?」
「女1人しかいない屋敷で番犬代わりかあ?まあ、なくはねえがなあ」
「とにかくもう一度、その家があるかどうかだけでもオレらで確認した方が良いだろうな」
村人達は結局、あの家が本当にあるのかだけでももう一度確かめることにしました。もしかしたら、3人がお貴族様に気に入られて取り入っているのかもしれないという考えが僅かに頭をよぎったからです。
それに、万が一捕まって打ち首にでもなっているとしても、この村に危険が及ばないように確認する必要がありました。
「問題は誰を行かせるかだ」
「おまえはどうだ?お貴族様の屋敷だぞ」
「バカ言え、オレはもう長年の無理が祟って身体にはガタがきてらぁ」
「おいおい、そんなこと言って。おまえびびってるだけじゃねえか」
「うるせえなあ、お貴族様にびびらないやつがいるかっての。あいつら問答無用で首を切りやがる」
「そう思うと、リキは惜しいことをした」
「物騒なことを言うな。まだ生きてるかもしれん」
「まあな。逃げて来れるやつかあ……ヌトはどうよ。あいつ足は速えじゃねえか」
「ヌトはびびりだから森へ行ってもくれねえだろ」
「でもあいつ、そろそろ嫁が欲しいってよ。見てきてくれたら嫁の世話をしてやるって言や、仕方なしに行ってくるさ」
「はは、あいつが嫁なんぞ欲しいって?そりゃあ、あいつの従妹のことだろ?ヌトにゃ勿体ねえな」
「言ってやるな。本人は必死さ。でも、従妹ときたら、リキに惚れてやがる」
「それなのにリキときたら、もうあの従妹には飽きてるからなあ。去年の春頃は盛んだったみてえだが、ミンの方が年嵩はあるが見た目はいいしな」
「世知辛えなあ」
結局話し合いの結果、ヌトが選ばれました。この男は狩りの腕はイマイチでしたが、足が速いからでした。
翌日、通達を受けてヌトは出発しました。畑の仕事があると言い訳してみても、そんな言い訳などとうに予想していた村の有力者たちは、
「代わりにやっといてやるよ。さっさと行ってこい」
と送り出したのです。
ヌトは怯えていました。大体、ヌトの足が速かったのも、狩りの腕がイマイチなのも、人一倍怖がりで大型の獣から逃げてばかりだったからなのです。おかげでヌトは、獣の気配には敏感でした。
しかも、村長たちから、3人の男達が殺された証拠を見つけたらすぐに狼煙を上げろと言われたのですから、尚更のことです。
(なんでオレなんだよ……)
ヌトは何度もそう思いました。森の中の影すらも怖すぎて、ヌトは黙っていられなくて、思わず呟いたのです。
「いやだ……もう帰りてえなあ……森の中はしばらく入らねえようにってタモ爺が言ったのによ……。かと言ってこのまま逃げたら村に戻れねえ……。もしも家が見つかったら、そこの主人に土下座して正直に話して奴隷にでもしてもらおうか」
ヌトは少し従妹の顔が頭をよぎりました。
(あいつも……どうせリキがお貴族様の護衛になってたら、『ヌト兄さんもリキみたいに護衛になったら?どうせ無理だろうけど』なんて言うんだろうな……。あーあ。オレもリキみたいだったらなあ……)
ぶつぶつ俯きながら呟いていた為、ヌトは上空に空色の蝶がヒラヒラと飛んでいることにも気がつきませんでした。空色の蝶は森の中にいるにしてはかなり目立っていたのですが、空があまりにも青すぎて、ヌトはその少し浮いている色にも気が付かなかったのです。
家は確かにありました。
「うわ……マジであんのかよ……」
ヌトはもう帰りたくなりました。こんな家に入って盗みを働いて、無事でいられるはずがありません。でも、(倉を覗くぐらいなら許されるかもしれねえ……よな?)とヌトは思いました。
ただ、倉の扉はしっかり閉まっています。ヌトに扉を開ける勇気はありません。
そこでヌトは、倉の高い位置についている窓から覗くことにしました。窓はヌトの頭よりも高い位置にありましたが、周囲は森です。塀の外には多くの木々が聳え立っていました。
だからヌトは、その窓の側にある塀の、そのまた外の柳の木をよじ登ることにしたのです。
柳の木は大きくしなりましたが、ヌトの身体は細く、どうにか折れずに持ち堪えました。むしろ、落ちた場合はヌトの浮いているあばらの方が折れることでしょう。
少し遠くに見える窓から倉の中を覗いたヌトは、
「あっ……!」
と声をあげました。
倉の中には確かに袋が詰まっていましたが、それらは所々に血が滲んでおり、遺体を保管している袋にしか見えなかったからです。袋の口は硬く縛られていましたが、袋の口の方にまで血が染み付いています。
そして、それが山のように積み上がっていました。
ヌトは震え上がりました。急に吹き出してきた変な汗で手が滑ったせいか、そのまま柳の木を滑り落ちるようにして降りたので、自分がちゃんと地面についているかどうかも分かりませんでしたが、ヌトはとにかく森の奥を目指しました。
「や、やべえ……。オレは何も見てねえ!勘弁してくれーーー!」
そう叫ぶと、そのまま屋敷を見ることなく、森の奥へと走り去りました。
ヌトはもう、狼煙を上げることなんて、恐怖で完全に忘れていました。それに、少しでも後ろを振り返れば何か得体の知れないものが迫って来るような気がしたのです。




