7.茶色の蝶
村人たちは、ヌトまで戻ってこなかったため、本当に困ってしまいました。
「ヌトも戻って来ねえのか……」
「あいつ迷子になったんじゃねえよな?」
「ヌトならあり得るよなあ……1人で行かせたのがまずかったか」
「だなあ。狼煙すら見えなかった」
「やっぱ上がってねえよな?オレが見逃しただけかと思ったんだが……」
「ますます薄気味悪ぃじゃねえか」
「おいおい、ほんとに屋敷はあるんだろうな?」
「……いや、もう細かい詮索はなしだ。やべえお貴族様の隠れ家だったのかもしれん」
もしかしたら、これは本格的にお貴族様を怒らせてしまったのかもしれません。村人達が4人を待っている間に、あの金貨を手に入れてからもう1ヶ月が経とうとしていました。
その頃から村には時々、珍しい蝶が数匹出現するようになりました。蝶はまるで枯れ葉のように茶色だったため、しばらく気にする者はいませんでしたが、数日経つと群れになり、その数の多さに何人かの村人達は、気味悪がり始めました。
「なんだこの蝶は。見窄らしい。まるで木の葉だ」
「まるで死体に群がるハエのように多いな」
「食い物は隠せよ。食われそうだ」
村人達は噂しました。あまりの多さに、外で食事をしようものなら、蝶が食事に留まりそうになるほどです。
だから、それが起きたのは必然だったかもしれません。
ある村人が、竈門の火を起こしている時に、ふと出来心で火のついた棒切れを蝶に向けたのです。蝶は本当の枯れ葉のようによく燃え、焦げて灰となりました。
「へえ。まるで本物の枯れ葉じゃねえか」
男は面白がって次々に蝶に火をつけました。周りで見ていた子どもや女も、蝶の多さにはもううんざりしていたので、面白そうなそのイタズラに加わり、蝶の駆除が始まりました。
「焚き火だ焚き火!蝶の焚き火だ!」
「すごいすごい!空を飛んでる!火の粉みたいだなあ」
「わー!綺麗!」
「ウチにもさせてよ!」
「オラもやる!」
蝶は次々に灰になって行きましたが、何人もが参加したため、そのうち蝶同士でも火が燃え移るようになっていきました。
それぐらいには、蝶の数が増えすぎていたのです。
ですから、これが起こることも、今となっては予想できたことだったのかもしれません。
火のついた蝶が舞い狂ううちに、ある一軒の家に火がつきました。村の家々はそこまで距離がなかった上に、その日は運悪く強風が吹いていました。
「まずい!誰か火を消せ!」
「飛んでる蝶だぞ!空に舞い上がってしまったらもう消せん!」
「とにかくもう火をつけるな!」
「うわーん、かあちゃーん!」
「もう家に近付くんじゃねえ!」
「まだ嫁が中にいるんだ!」
「もうあの辺りは無理だ!諦めろ!この辺りももう危ねえ!逃げるぞ!」
パチパチと木が爆ぜる炎の中、多くの村人が逃げ惑いました。でも、蝶も、舞い上がる火の粉も、どこに飛んでいくか分かりません。知らぬうちに家の中で倒れた者、逃げる途中で倒れて動かなくなった者も多数いました。
「バカが!火付けはご法度だぞ!」
「オレらじゃねえ!蝶が勝手に火を付けやがったんだ!」
「とにかく水を!」
「とうちゃーん!」
「子どもは下がってろ!邪魔だ!」
「おい!誰か早く半鐘を鳴らせ!」
村人たちは慌てて火を消そうとしましたが、もう何もかも遅かったのです。そうして、村の家は次々と延焼し、その日、村のほとんどが家を失いました。
火事に巻き込まれた村人の捜索は火が消えてから始まることでしょう。
急いで村外れへ逃げ出し、呆然と家が焼けるのを見ていた童は、
「もし、そこのあなた……」
という声を、森の中から響く風の音と共に聞いた気がしたのでした。




