4.袋の金貨
袋の中身はやはり金貨でした。
「帰ったか!雨になって災難だったなあ」
「ああ、急に雨が降ってきやがった」
「芋はどうした?」
「芋はなかった。あったのはこの金貨が入った袋だけだ」
「これ……!おい!この袋全部金貨か!?おまえ屋敷にまで盗みに入ったわけじゃねえよな!?」
「そんなことしねえよ!入ったのは倉と屋敷の周りだけだ!」
「お貴族様はどうした?いなかったのか?」
「いや、確かに女が居たんだが……消えた」
「ははっ、おまえまでそんなこと言うのか?そいつぁ酒の香りでもしてんのか?」
「いや、花だ。花の香りがした!なぁ、マト?おまえも見たよな?」
「リキが言ってるのはほんとだ!この袋しかなかった!女もいた……と思う。でも夢かもしれねえ。やたら白い女だった」
「ユラはどうよ」
「オ、オレは倉の中までは入ってねぇ!女はいた気がしたが……何処に隠れたかは見つけられなかったんす」
(あんなやばそうな家に入ったなんて言えるかよ!)
ユラは慎重に答えました。ただでさえ逃げ出したい気分を我慢してリキに従ったのです。下手なことを言って自分まで頭がおかしいと思われたくはありませんでした。
その日の晩、村の有力者たちで話し合いが行われました。
「袋の中身が全部金貨たぁ、お貴族様ってのはかなり儲けてんだな」
「倉の中は全部この袋だってよ!」
「芋とはどえらい違いじゃねえか」
「あのガキん袋には確かに芋が入ってたんだがな」
「たった2日で芋を売り捌いたのかねえ」
「隣村も飢饉だというから、今まで貯め込んでる村が大枚はたいたのかもしれねえな」
「贅沢なこって。銭がある村はいいなあ」
「そんな村あるかあ?どうせ欲深な商人どもだろ」
「言えてら。あいつらいいよなあ。産まれた時からこんなシケた村なんかじゃなくて、町中に住んで、好い小袖なんか着せてもらって……。俺も商人に産まれたかったもんだ」
村の有力者たちは、時々村長の使いで町へ行くこともありました。町は村よりもずっと立派な家が多く立ち並んでおり、道や、道行く人までもがはるかに整っているように見えたのです。
「村長、この金貨どうする?」
「次に行商人が来た時、交換するしかないだろうな。量がちと多いが……。先に手紙を出すか」
「オレは酒が飲みてーな」
「んだな!村長、酒をたっぷり交換してくれ!」
「おまえらほんと仕方ねえな。飢饉だっていうのに。んでも、こんだけありゃ幾分かは酒にもできるだろう」
「な、でもよ、行商人のやつ、これを何処で手に入れたか聞いてこないか?」
「あいつらガメツいからなぁ。金貨があるとなりゃ、ぜんぶ持ってこうとするぜ」
「そうだな……。どうしたもんか」
「村の端にもう使ってねえ枯れた井戸があるじゃねえか。あそこを掃除してたら見つかったことにしたらどうだ?」
「おまえ冴えてるなあ!そうしよう!」
「それじゃそうしよう。オレぁ手紙を書いとくよ」
そうして、村長たちは行商人が次来た時に、その金貨を交換しようと決め、行商人に急ぎの手紙を書きました。
これだけあれば、村全体が何ヶ月も生き延びられるでしょう。
10日ほどもすると、行商人がやって来て大量の穀物と新しい農具、何瓶もの酒を持ってきました。何人もの護衛を連れた行商人はいつもより機嫌が良く、しかも恰幅の良い腹を撫でながら気前まで良かったので、取り引きはいつもより早々と終わりました。
村長は袋の金貨全てを使ってそれらと交換したのです。
行商人は、
「この村には神のご加護でも付いたのでしょうかねえ。この近辺はこの数ヶ月ずっと飢饉のようですから。この村のご先祖様は余程良い行いをしたのでしょう」
と言いました。
(なるほどな。森の中の家は、もしかしたらオレらのご先祖様がこっそり助けてやったお貴族様の子孫なのかもしれねえな)
村長や有力者たちはそう思いました。優しくて自分たち村人にも施してくれるような、そんなお貴族様から恵んでもらえたのだと本気で思っていましたから。
「しかし、この金貨は確かに金のようですが、見かけない模様ですね……」
行商人は金貨の真贋を調べるため、こっそり持ち込んだ別の金貨と重さを比較していたのです。飢饉で困窮した村人が嘘を吐くなんてことはよくありましたし、偽物を掴まされて商品だけ取られては敵いません。
(飢饉で切羽詰まった村人たちが結託して私を殴り殺す計画でも立てて荷を奪おうとしているのかとも思いましたが……いやはや、思い違いで良かったとしますか)
行商人は手紙をかなり不審に思っていました。井戸から金が見つかったというのは、間違いなく嘘でしょう。ですから、何かあった時のために屈強な護衛をいつもより多めに連れてきたのでした。
(しかもなかなかの純度のようですね。とにかく、金が本物でさえあるならそれでいいでしょう。それに、金がこんな安物の穀物や酒で手に入るなんてねえ。どうやらこの私にも運が向いてきたみたいですね)
行商人はしめしめと笑いました。
(手紙の内容は大方嘘でしょうが、現物があるなら追及する必要もありませんね)
行商人は、村長に随分と丁寧な礼をして帰りました。
(ほんと、女ってのはちょろいな。女子どもが苦しんでると見りゃすぐ同情する。扱いやすくて楽なのはいいが)
村長は思いました。
(そういやぁ、リキは女を連れてくるのは失敗したのか。あいつは女の扱いは慣れてるかと思ったが、てんでダメだな)
これであと3ヶ月ほど村人が飢えることはないでしょう。
(あんな狩りの腕だけしかねえ野郎が金貨の袋を貰えただけでも健闘した方か。あとは水稲さえ無事に育てば今年はやっていける)
村人たちは皆幸せでした。3人を除いては。
不思議な家で美しい女を見た3人は違いました。
特にリキは、どうしてもあの女のことが忘れられなかったのです。
(あんな女、他にはいない。声も良かった。もう一度だけでも話したいもんだが……)
ろくな会話を交わしていないのに、リキはそう思いました。
(もうちょい粘れば手だけでも握れたかもしれねえ。脅かしすぎたなあ。ありゃ失敗だった)
幻のように消える意味については、あまり考えませんでした。お貴族様とは妙な術を使う輩ですから。そのようなこともあるでしょう。
(家はやばい感じだったが……あの子、可愛かったな……)
倉に入らなかったユラにも、女の姿は見えていました。村の中でも若衆の自分より年下で、細いのに貧相でもなく、大事に守ってやりたくなるような儚さ。あんな村の女はいません。
(あの子、もしかしたらあの屋敷に閉じ込められてるのかもしれねえな……。屋敷のデカさにびびらねえでもっと真剣に探してやれば良かった……)
ユラは、あの時はあんなに家から逃げたかったのに、今更、どうしても見つけられなかったあの子を探してやりたくなりました。ユラは倉の外にいましたから、女の姿を確認したのは3人の中で最も遠い場所からでした。それなのに何故か、女の目鼻立ちや唇、髪の艶、首元、そして胸や腰つきまで、詳細に思い出せるのです。
(助けてやった方が良かったかもしれねえ。あんな森の中でバカでかいだけの屋敷の中に1人じゃ、心細いだろうな……)
ユラも若衆としてはそこそこの年齢になっていましたが、周囲が結婚を世話してくれるのは、あと数年は先でしょう。
(でも、オレだけじゃ森の奥まで進めねえ。タモ爺のこともあるし、あんな家があると分かったら、村のやつらももう奥へ行くのは許しちゃくれねぇだろ)
ユラの心にはあの時の急な雨がまだ影を落としていました。
(あの子、あんな細くて……雨に濡れて風邪引いてなきゃいいが)
それでユラは数日後、マトのところに行ったのです。リキではなくマトのところに行ったのは、マトの方が自分と年が近かったことと、リキに言うと鼻で笑われそうだったからでした。
「なあ、マト。あの家にもう一度行ってみないか?」
「あの家にはもう近付くなって村長たちが言ってたじゃねえか」
「どう見たってお貴族様の屋敷だもんな。でもよ、女1人しか住んでないんだぜ?」
「村長たちが言うには、いつ屋敷の主人が帰ってくるか分からねえってよ。芋が金貨になってたからな。一度は誰かしら帰ってるはずって、タモ爺も」
「タモ爺が言うならそうかもなあ……。でも、あのだだっ広い屋敷に、女1人だぜ?留守させるやつも大概だ。あんな森の中で男1人、番犬1匹だって置いちゃくれねえんだぜ?もしかしたら護衛ぐらいは欲しいかもしんねえ」
「まあなあ……でも消えちまったし……」
「ありゃリキが女に強く出るからだろ。お貴族様なんだから、下手に出れば良かったのによ」
「リキは強引なとこがあるからな。女には尚更だ」
「だからいけねえんだよ。次は袋をくれとかじゃなくて、護衛として雇ってもらうよう話をつけてみねえか?それに村のやつら、屋敷のことも女のことも話半分で聞いてもくれねえ」
「そりゃ言えてるな。ほんと、あんな綺麗な女がこの世にはいるんだなあ……」
「それに、行くだけなら罰当たりでもねえだろ。もう一度だけ行こうや」
「よし、じゃあオレがリキに話をつけてやる」
マトはようやく重い腰を上げました。
(女がリキにびびってたってこたぁ、あの女相手なら、リキよりオレの方がよほど上手く話ができると見える。最近じゃ、リキよりオレみたいなやつの方が好きって言ってくれる女もいるからなぁ。ま、嫁がいるリキよりはオレの方がいいわな)
「リキ、ユラがもう一度だけあの家に行こうってよ」
(ユラもやっぱあの女が惜しくなったか)とリキは思いました。
「村長たちが行くなって言ったじゃねえか」
「ユラが、女に護衛もいないんじゃ可哀想だとよ。袋を貰うんじゃなくて護衛として雇ってもらうようにお願いするぐらいなら許されるだろうってさ」
「村長には内緒か。まあ、それは一度ぐらい言ってみてもいいかもしんねえな。どうせ狩りで森へは入るんだ。そのついでだと思えばいい」
「んだな、明日行くか」
「おう、ユラにも言っとけ」
(ユラはあれでなかなか、頭が回る)
リキは少し感心しました。
(あいつがいればほんとに護衛として雇ってもらえるかもしれねえな。そしたらもうこっちのもんだ。)
次の日、3人は狩りの準備をして村を出ました。
「おう、ユラも来たか。んじゃ行こう」
リキとマトは、森の中でユラを待っていました。
「お貴族様の女を心配するなんざ、殊勝な心がけじゃねえか」
「狼にでも食われちゃ可哀想っすよ」
「まあなあ。話を聞いてくれりゃいいが」
ユラは、このままだと、隣の家の娘と見合いをさせられるでしょう。ただ炊事しかできない隣の家の娘を妻に迎えるよりも、美しく資産もある女の護衛をした方がよほど良いように思えました。
(お貴族様ってのはいいなあ。いつでもあんな女を抱けるなんて)
「屋敷が消えてたらどうする?」
「んなことあるわけねぇ!……って言えねえのがお貴族様の不気味なとこだ」
リキはもう完全に、あの女が消えたのは貴族の妙な術のせいだと思い込んでいました。そうでなければ説明がつきませんから。
出発したのは昼頃のはずなのに、森を進むうちにあたりは何故か夕方のように赤く染まり、鳥の鳴き声も聞こえません。
森の中の不気味さに3人は少し警戒しましたが、女のことを思い出し、勇気を奮い立たせて森の奥へと進みました。
でもそのせいか、道のりは前回よりも遠く感じられたのです。




