3.黒い蝶
翌日、村長たちは朝から選ばれた3人へ通達し、森の中に家があるか探しに行くよう要請しました。
要請とは言いますが、村の有力者会議で決められた決定事項ですから、ほとんど強制です。
屈強なリキ、マト、ユラでしたが、中でもリキは村1番の狩人と評判でしたし、自分でもその評価に違いない腕だと自負していましたから、自信に満ち溢れていました。
「リキ!相手がお貴族様なら絶対に刺激すんじゃねぇぞ」
「分かってらあ!まあオレに任せとけって」
「綺麗な女が1人で住んでるらしいが、女の親父や主人が帰って来ねえとも限らねえ。慎重にな!」
「分かった分かった」
「今、森の奥には行かん方がいい」
「またタモ爺がめんどくさいこと言ってやがる」
(女だけなら余裕だな)
リキは見た目も村の中で1番だと自負していました。結婚する前は女にも不自由したことはなかったからです。妻を迎えたのだって、近所や村の方々から、早く結婚しろと要らぬ世話を焼かれて、紹介された娘と渋々結婚したのでした。
(綺麗な娘が1人だけで住んでる屋敷たぁ、流石お貴族様だ。豪勢なこって)
むしろ、既に、今の妻ミンをどう説得するかということだけを考えていました。
(老いぼれた村長なんかよりオレが本妻にしてやった方が女も喜ぶだろ。ミンをどうすっかなー。村のやつらは村長にペコペコしてやがるからな。あんなの、貴族でもねえし多少文字の読み書きができるだけじゃねえか。……でも、ミンの親父が村長にいらん事吹き込んだら厳しいかもな。あーあ。嫁なんかやっぱり貰わなきゃ良かった)
屋敷の女をどうするかは村の話し合いで全て決まるでしょう。しかし、その前にあちらこちらの伝手や裏工作で忖度が行われることは想像に難くありません。
(村長なんざ、人の良さそうな顔して腹ん中はとんだタヌキじじいだ)
「リキ、準備はこれでいいか?」
「あー、マトか。いつも悪ぃな!女1人相手にするにはちと多いが、準備しないよりは良いだろ」
「こっちも準備したっす。明日は頼んます」
3人はきちんと準備を整えました。リキは今回の行軍では最年長でしたし、狩りの経験が最も豊富でしたから、自然に隊長としての役目を果たしていました。それに、2人もそれを当然のこととして認識していましたから、リキの命令に従いました。リキは2人を見て頷きました。
(こいつらは箸にも棒にもかからねぇな。マトを選ぶよりはオレだろうし、ユラはちったあ見られるが若すぎる。若い男がいいと言ったって、結局女は鍛えてる男に弱いもんだろ)
「じゃ、行くか」
そうして次の日、3人は森の中へ出発しました。
森の中が開ける前、1匹の黒い蝶がヒラヒラと舞っていましたが、男たちは気にすることもありませんでした。蝶が木の影よりも更に黒く、目立たなかったからかもしれません。
家は確かにありました。昼だったからか、天気がいいからなのか、家の塀はまるで日の下に置かれた鏡のように白く反射しています。
「あったな」
「リキ……!こりゃあすげえ。これってほんとにお貴族様の屋敷じゃねえか?」
「城……ではないっすよね?お貴族様だとこれぐらいが屋敷?」
リキは、(やべぇな、ここまでとは想像してなかった。護衛がいたり主人が帰ってきたら何て言われるか分からねえな)と思いましたが、2人の手前、気弱なところを見せるわけにはいきません。
「門は確かに開いてらぁ。門番もいねーし……」
「外で人が来るのを待ってみるか?」
「でも、女の他に誰も居ないって童が言ってたらしいんすけど……」
3人は門から中を覗きましたが、やはり人っ子1人見当たりません。
(なんか……薄気味悪ぃ家だな)
「番犬もいねぇな。ちと叫んでみるか」
リキは勇気を奮い立たせて叫びました。
「この家には誰か居るのかー!?」
「……」
当然のように、誰からも返事はありません。それどころか、リキの大声が屋敷や周りの森に吸い込まれていくようでした。辺りはシン……として、薄暗さを増しています。
「居ねえなら入るぞー!」
リキはやはり大声を出しながら門を潜りました。
マトとユラも、頭を少し低くしながら門を潜りました。門の高さは十分あったのですが。
「入るか……」
「入るっすよ……」
恐る恐る入った男たちが見たのは、まるで祠の中にある鏡のように壁面がピカピカ輝いている白い屋敷と、その横にどっしりと構えた立派な倉でした。外の塀も輝いていましたが、比較すると、屋敷の壁の方がよほど輝いています。
屋敷と比べてしまうと、倉は大きいだけの質素な箱のように、神社の狛犬のように、ただそこに存在していました。むしろ、日の下にあっても輝いていない倉の漆黒の屋根の方が違和感があるほどです。
「こいつぁお貴族様の中でも相当なやつの家かもしれねぇな……」
「やっぱ帰った方がいいんじゃ……?」
「オレ、帰って報告するっす!」
踵を返そうとしたユラを、リキは引き留めました。
「おい、待て。帰る前に倉だけでも見なきゃ報告はできん」
(びびってオレらだけに責任を押し付けようったって、そうはいかねぇ)
「な……!んなら、オレは見張りをしとくんで、お2人だけで中へ……」
ユラはやはりなんとしても倉へは入りたくない様子でした。
(なんかやべえ。上手く言えねぇけどこの家なんかやべえ気がする)と思っていたからです。屋敷や庭があまりにも立派すぎて、その静けさの中で微かに聴こえる野鳥たちの声がやたら身に染みるような気がしたからかもしれません。
「んじゃ、オレが扉を開けて3人で中を覗く。問題なけりゃオレから倉に入って、次にマトだ。ユラは見張り。首尾よく中を確認したらさっさと村へ帰る。それでいいな?」
「お、おう……」
「それでいいんで早くっす……」
ギギギ、ギイッ
倉の扉は引き分け戸で、案外簡単に開きました。
「おい!ありゃ……金貨の袋じゃねぇか!?おいおい、大層なお貴族様だな?」
「や、やっぱりやべぇんじゃ……」
「い、芋の袋は何処なんすかね……?」
倉には童から聞いた通り、大量の袋が山積みとなっていましたが、3人には、中に詰まっているのが金貨に見えたのです。
実際、袋の入口から金色の硬貨の端が少し見えていましたし、中が見えない光沢のある袋のはずなのに、何故か一瞬、中の金貨が透けて見えたような気がしたのでした。そんなことあるはずがないのですが。
だからもう、3人はこれを金貨の袋だと思い込んでいました。
(この倉の袋全部持って帰りゃ大金持ちじゃねえか!あのガキも大した家を見つけやがったもんだ)
リキは童を妬ましく思いました。
(チッ!あのガキがこの家を先に見つけさえしなきゃ、この金貨は全部オレとマトのものだったのによぉ)
森の奥まで入るのは大抵、リキとマトでしたから。以前はタモ爺も。タモ爺は最近では森の中が怖くなったのか、しきりに森の奥に行くなと騒いでいますが。
(タモ爺もついに耄碌したか)リキはそう思っていました。
「ガキがここには倉が1つしかねえって言ってたじゃねえか。芋を売った後なんだろ」
「とりあえず中身を確認してみるか……?」
リキが先に倉に入りました。暗いですが、それだけで何も怖いものはありません。
リキが手招きすると、マトも倉へと入りました。ユラは倉の外で見張りです。
「それじゃ、袋を開けるぞ。いいか?そっちの端を持てよ」
「分かってらぁ。んじゃ持つぞ!」
2人が袋に触れるや否や、辺りが一瞬暗くなり、雨が降り始めました。
「ん?なんだ?にわか雨か?」
(おいおい、お貴族様ってのは妙な術を使ったりしねぇよな?妙な占いをするとは聞いたことがあるが……)
「さっきまで雲1つない青空だったよな……?」
「やっぱ村に戻った方が……」
男たちが上を見上げた時でした。
「もし……」
か細く、それでいて美しい女の声がしました。
「だ、誰だっ!」
男たちは手にした銛や鉈を構えました。
さっきまで人っ子1人見えなかったはずなのに、倉の隅に、いつの間にか女が立っていたのです。
女は今まで見たことがないほど美しく、白い肌をしていました。唇は梅のように鮮やかな色で、頬はまるで少女のようにうっすらと色付いています。
着ている服も、この辺りの村では見たことがないような不思議な、それでいて肌を見せるわけでもないのに、扇状的で妖艶な雰囲気を醸し出していました。
「もし、そこのあなた方……。どうかその袋を置いていってはくださいませんか」
「おまえがこの家の主人なのか?」
リキは訊ねました。
(おいおいおいおい、お貴族様の女ってのはこんな綺麗なのかよ!ガキにゃこの魅力が分かんねえか!見つけたのがガキで良かったかもしんねぇな。枯れてるタモ爺でもこりゃやべぇかも分からん)
リキはもう、一目見た時から、この女を自分のものにすると決めていました。
(嫁はどうとでもなる)それよりもこの女が欲しくなったのです。(オレはこの女を手に入れるために産まれてきたのかもな)とさえ思っていました。
隣を見ると、マトも、ぼーっと魂を抜かれたかのように女を見ています。
(チッ、おまえには勿体ねぇよ!)
女はリキの質問には答えませんでした。
「その袋を1つ取ると1人が飢え、2つ取れば何十人も命を落とすでしょう。この袋はそういうものなのです」
「どういうことだ?この家はどこかのお貴族様のものなのか?」
リキが女に近づこうとすると、女はまるで幻のように闇の中へ姿を消してしまいました。倉の隅の影が、さっきより濃く黒々としている気さえします。
(今のはなんだ?お貴族様の妙な術か?)
女がいた所には何もなく、ただ梅の花ような上品で爽やかな甘い香りが広がっているだけです。馥郁たる香り、というのが正しいかもしれません。
「お、おい!もう一度あの女を探せ!」
リキの声に、焦点が合っていない目をしていたマトもハッとしました。
「う、うっす!」
「オレは見張りで……」
「んなこと言ってる場合か!おまえも探すんだよ!」
「ういっす……」
ですが、その日3人がどんなに探しても、女を再び見つけることは出来ませんでした。
辺りはますます薄暗くなり、しとしとと雨が降り続けています。
「そろそろ暗くて帰れなくなるな……。よし!おまえら!潮時だ!」
リキがそう号令すると、もう帰りたくて堪らなかったユラは、
「んじゃ、オレは先に報告してきやす!」
と駆け出して行きました。
「チッ、あいつは根性なしだな。マト、袋を1つだけ持って帰るぞ」
「でも、あの女……」
「こんだけあるんだ。1つぐらいなら気にゃしねえさ。証拠も必要だしな」
「そりゃそうか」
マトも、積み上がった袋を見て納得しました。
そうして、男たちは倉から1袋だけ持ち出すと、村へ帰って村長に全てを報告したのです。




