表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雄弁―国転がし―  作者: ヘベロッチDTK
その男、新たな地にて策を練る
PR
5/24

その男、傑物に会う

 ささやかな門構えとは対照的に、敷地を囲む塀には終わりが見えなかった。

 礁国しょうのくにの中心地だけあって豪邸はいくつもあるが、カシワ・ヨシナオの屋敷は群を抜いて広大だ。


 そして、その門前には長蛇の列が並んでいる。

 誰も彼もが壮健な腕自慢だ。各々得意な武器を持って一列に連なり、開け放たれた門に熱い視線を送って口を閉ざしていた。


 その隣を、我関せずと進む男がいる。

「たのもーう!」


 男の大声に反応はない。門番は見向きもせず、列を成した腕自慢たちもただただ冷たい視線を送るのみ。男がもう一度と声を張り上げると、ようやく列の最前に立つ槍持ちが声を掛けた。


「盲目の達人とは感服した。その意気に応えて教えるが、皆ヨシナオさまにお会いしようと長い者では一月以上毎日通い詰めて並んでいる。分かったら列の最後尾に行け」

「親切には感謝するが盲目ではない。父母によく見える目も貰ったのでな」

「それは良かった。ではもう一つ、ここにいる者たちは皆、ヨシナオさまに食客として抱えてもらおうと、己が武の証明に参ったのだ。馬鹿の自己紹介が済んだのなら帰れ」


 会話が止まった。門番の一人が、わざとらしく大欠伸する。


 瞬間、最前の二人が動いた。

 男が腰に下げた刀に触れる。槍使いが石突を振り上げる。


 金属音が響いた。

 男の刀が高々と宙を舞い、陽光に照らされた刀身がきらりと光る。そうして勢いよく飛んだ刀は、遠くから様子を見ていたアヅキたちの近くに落ちてきた。


「これを良しとする人物が、頼りになるとは思えませんけど」

 アヅキが率直な感想を口にすると、セキソウが感心したように息を漏らした。

「その心は?」


「下を見れば上が分かると、オオサキ殿が口を酸っぱくしてシバガキ殿におっしゃっていました」

「勇将の下に弱卒なし、ですね。裏を返せば規律も守れない弱卒の上に立っているのは凡将でしかないと」


 門前に並ぶ長蛇の列はカシワ・ヨシナオを訪ねてのものだ。往来の邪魔になるだけでなく堂々と揉め事を起こしているのに、門番は止めないどころか知らぬ存ぜぬの態度を貫いている。

 どう好意的に解釈しても、アヅキにはカシワ・ヨシナオという男が衰退した同盟派を立て直せるとは思えなかった。


「奥方さまでは駄目なんですか?」

「どうせ神輿ですから。中身がないのであれば軽くて結構ではないですか。とりあえず会うだけ会ってみましょう」


 いつもより前に出たノブミを伴って、セキソウは列の横に立つと男にしては少し高く、よく通る声で朗々と告げた。


「皆さま。このままではカシワ・ヨシナオさまとの面会がいつ叶うか分かりません。そこでどうでしょう。ここに集まった者たちは皆、天下一を自負する武辺者であるはずです。

 しかし天下一とは当然、一人だけしかいないはずで、それ以外の者は天下一を騙っているに過ぎません。誰が真で誰が偽か、今ここで決めようではありませんか?」


 反応は芳しくない。

 何人かが色めき立つに留まるも、セキソウは堂々と話を続ける。


「ヨシナオさまの屋敷の門前とあれば、戦功は必ずや耳に届くはずです。これだけの武辺者が鎬を削る戦いの勝者となれば、間違いなくヨシナオさまの方からお声が掛かるでしょう。

 負けた者とてその戦いが凄まじければ結果は同じ。ただじっとヨシナオさまを待つよりも、よほど武辺者らしい仕草に思いますがどうでしょう。まずは私の隣にいるカドマ・ノブミ殿に挑む者はいましょうか?」


 カドマの名に小さくないどよめきが起こった。


「では俺と手合わせ願う」

 そう言ったのはさきほどの槍使いだ。列から離れて軽く槍を振り回し、その切っ先をノブミに突きつける。


 この男に限らず、全員手にしているのは稽古用の木刀の類ではなく真剣だ。掠っただけで大怪我になりかねない。 アヅキは心配で既に冷や汗をかいていたが、セキソウもノブミも至って平静に佇んでいた。


「いいよー」

 なんとも気の抜けた声で言うと、ノブミが脇差を抜く。刀身は木、木刀だ。槍使いは片眉を持ち上げて槍を構えた。


「獲物は自由だが言い訳無用をお願いし」

 言い終わる前に、ノブミが駆けていた。


 その巨躯に似合わぬ俊敏な動きで槍使いの目前に迫り、反撃とばかりに動いた槍をあっさり払いのける。そして勢いのまま懐に飛び込んで、槍使いの喉元に木刀を沿わせてぴたりと止まった。


「……参った」

 感嘆の吐息が次々に漏れた。いつの間にか長蛇の列が崩れ、門前に群衆がごった返す。ノブミは木刀を帯に差して背中を向け、男たちの視線も気にせず涼しそうな顔で戻ってきた。


「勝負は勝ち抜き戦といきましょう」

 次の戦いを求める喧噪と熱気の真っただ中にあっても、セキソウの声はよく通った。


「勝った者はしばらく休み、戦ってない者同士が次に戦う。全員が戦い終わったら二回戦です。戦う前にはそれぞれ名乗ってください。それと門番の方、腕比べですから神術しんじゅつの行使も問題ありませんよね?」

「ああ? ああ、好きにしろ」

 門番の目の色も変わっていた。視線もセキソウを捉えず、盛り上がって戦い始める男たちにくぎ付けになっている。


「ではアヅキさん、次はあなたの番です」

 自分も戦うのかとアヅキは身構えたが、セキソウは微笑みをたたえてアヅキに歩み寄り、周りに聞こえないよう静かに耳打ちした。


「では手筈通りお願いしますよ」

 頷き、アヅキは風下に向かってヨシナオ邸の端まで移動した。


 門前の騒ぎはここまで届き、野次馬がぽつぽつと集まっている。アヅキはそれに紛れないようにしながら、遠目に見えるノブミの巨躯に注意を払う。

 試合は見えずとも沸いているのが音で分かる。そこから突き出たノブミの頭は背の低いアヅキでもよく見えた。まもなく、ノブミが右手を上げる。


 アヅキは神楽笛を吹く。無許可での神術の行使はどこの国でも違法だ。隘国あいのくにの楽師であるアヅキとて、隘国以外での行使は禁じられている。


 だからこそ、派手に鳴らせ。


 それがセキソウの指示だった。アヅキは野次馬たちの視線を感じながら邪魔だけはされないように神楽笛を吹き鳴らす。地面を操って試合に参加する男たちにちょっかいを出し、それを何度も繰り返して喧嘩の種を作り出す。


 たったそれだけで、血の気の多い男たちの小競り合いは大騒ぎへと発展した。アヅキの周囲も演奏のせいで混乱が広がっている。

 急いでセキソウたちと合流した。

 そして、目的の人物はそう時を置かずやってくる。


「やかましい!」


 地の底を這うように、その低い声は一帯に響き渡った。あれだけ騒がしかった門前は途端に落ち着きを取り戻し、取り残された喧嘩騒ぎも我に返ったようにぽつりぽつりと静まっていく。


「散れ! 全員叩き殺すぞ!」

「ヨシナオさま! 俺は食客として」

「うるせえ! 俺に話しかけるな近づくな!」


 セキソウの目論見通り、騒ぎに釣られてヨシナオが表に出てきた。しかし声ばかりで観衆の中心にいるその姿は見えず、アヅキたちが接触する余地は欠片もなかった。


「ここからどうするんですか、セキソウ殿」

「すぐに来ますよ。いえ、今来ましたね」

 背後が騒がしかった。アヅキが振り返ると、こちらに向かって走り寄ってくる集団がいた。


 先頭は二本差しの袴姿だが、後ろにいる十人ほどは簡易鎧である腹巻を着て武装している。騒ぎを聞きつけた町奉行だろう。その視線は門前の観衆ではなく、一直線にアヅキを睨んでいた。


「お前が無許可に笛を鳴らしたというチビの女だな?」

 町奉行がそう言うと、セキソウが一礼して門前に掌を向けた。

「許可はヨシナオさまからいただきました。この騒ぎも全てヨシナオさまへの奉納試合から始まったものです。どうぞご確認ください。私たちは逃げも隠れもしませんから」


 町奉行は部下に目配せし、恫喝しながら門前の観衆を割っていく。アヅキたちは町奉行の部下に押されるような形でついていき、ようやくヨシナオに対面した。


「今度はなんだ!」

 意志の強そうな眉が目立つ偉丈夫だった。

 巨躯のノブミに比べれば一回りは小さいが、それでも周囲を圧倒する躰の持ち主で、それでいてどこか顔付きに幼さが見え隠れする辺り、実年齢はアヅキたちよりも若く、まだ十代後半だろう。


 想像以上に若い。小袖も大胆に着崩して右肩まで露わになっている。

 果たして、この少年を超えて間もない青年は同盟派の中核として依って立つ力はあるのだろうか。


「ああもう、皆まで言うな。この騒ぎは俺がケツを持つ。それでいいだろ」

「笛を吹く許可もお出しになったのですか?」


 町奉行がアヅキに目をくれると、ヨシナオも胡乱そうに見やった。そこにセキソウが横入りして門番を指し示す。

「試合を始める前に、神術の行使にも問題はないと言質は取ってあります」


 視線を向けられた門番はばつが悪そうに頷いた。ヨシナオはこれ見よがしにため息をつき、町奉行へと顔を戻す。

「俺の顔に免じて見逃してやれ。それに、そいつらは隘国からの客人だ」


 気付かれている。

 いや、この街に入ってから数刻と経っていないのにどこで気付けたというのだ。アヅキの中に困惑と動揺が渦巻くが、セキソウはいつもと変わらぬ冷静さで頭を下げた。


「噂通りの御仁のようで安心いたしました。私はセキソウと申します」

「聞いてねえ、聞く気もねえ」

 そう言ってヨシナオはもう一度観衆に散らばるように怒鳴り散らし、町奉行たちが去っていくのを見届けると自身も屋敷に戻ろうとする。


「このままでは遠くない未来、礁国は野国やのくにに蹂躙されるでしょう。それでもよろしいのですか?」

 ヨシナオは鼻で笑った。

「国破れて山河在り、山河在るところに商人在りだ。俺のすることに変わりはねえな」


「兄君が野国に暗殺されたと聞いてもですか?」

「証拠もねえくせに滅多なこと言うもんじゃねえよ。というか俺の説得は諦めろ。政務に関わってなんになる? 不都合しかねえよ。俺の欲を満たせるのは商人だけなんだよ」


 ヨシナオが歩みを再開する。

 それを、セキソウは止めようとはしなかった。


「疎む理由はあっても欲する理由はない。これは手強いですね」

 困難は続くか。今のところは取り付く島もない。


「どうしますか、セキソウ殿」

「駄目だと分かるのも立派な収穫ですよ。今日は胸を張って諦めましょう」


 あっさりとしたセキソウの物言いは幸か不幸か。翌日にはオカが息を切らせて知らせを持ってきた。


「奥方さまがお会いになるそうだ。お前たちがヨシナオさまと接触したという噂が広がってるおかげだな。とにかく城まで着いてこい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ