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雄弁―国転がし―  作者: ヘベロッチDTK
その男、縦横家
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21/22

その男、国主に拝謁する

 久方ぶりに国主──カシワ・シゲスケが登城する。

 その噂を聞きつけた家臣たちが大広間の庭先にぞろぞろと集まってきたが、シゲスケへの謁見を許されたのは僅かな者たちだけだった。


「どうしても話を聞かなくてはならないのか?」

 隣に侍るオイトに気怠そうに問うたシゲスケは、肘掛けに上体を預けて半ば寝転がるような体勢を取っていた。


 中肉中背で町人に紛れそうな平凡な顔立ちの中年でしかなく、嫡男の死により気力を失ったことで顔色は暗く表情にも覇気がないせいで、豪胆なヨシナオには似ても似つかない。今のシゲスケを国主足らしめているのは、正面で拝礼するアヅキたちより一段高い上座に着いていることだけだ。


「はい。ヨシナオとマキムラの両人が、どうしても殿にご判断していただきたい案件があるそうです」

 シゲスケは疲れたような溜息を洩らし、ややあってから下座に目を向けて「顔を上げろ」と小さな声で言った。


「お久しぶりです、父上」

 ヨシナオが口を開くと、シゲスケは頷くようにゆっくり瞬きをする。

「……政に関わっているそうだな、ヨシナオ」

 瞬間、アヅキは小袖の隙間に冷風が入り込むような感覚を覚えた。


 その元凶はシゲスケだ。

 態度に何一つ変化はないのに、ただヨシナオを見据えているだけなのに、有無を言わせぬ威圧感がアヅキの躰を震えさせる。


 ヨシナオが固い面持ちで生唾を呑み込んだ。

「兄シゲタネが果たそうとしていた合従策の成立。その遺志を継ぐためです」

「なぜ、今になって?」

「母が死んだからです。俺がカシワ家から距離を置いていたのはひとえに母を政争に巻きこまないため。しかし守るべき母は死に、残ったのは亡き兄の志一つでした」


「はて、それはどうでしょうか」

 不意に、マキムラが口を挟んだ。

「私の掴んだ情報によれば、ここにいる隘国あいのくにの使者──セキソウはヨシナオさまに家督を握らせていいように操ろうとしていると聞きましたが?」

 庭に集まった家臣たちがざわついた。シゲスケの力のない目がにわかに鋭くなり、アヅキとノブミの前に座る包帯で顔を覆った男を睨みつけた。


 セキソウの火傷は顔の左半分、前髪の一部から顎にまで及んでいた。幸い酷いのは頬の一部分だけで命に別状はないが、包帯を巻いていたことで露出しているのは右目だけになっている。


「まず、このような恰好で拝謁することをお許しください。つい先日火傷を負い、人目に晒せるような状態ではありませんので」

 喉は軽傷だったらしく咳き込むことはなくなったが、それでも掠れ声は変わらずだった。しかし不思議と以前の少し高めの声よりも、アヅキの耳朶を深く打った。

「お初にお目にかかります。ご紹介にあずかりました通り、隘国の国主より全権を預かったセキソウにございます」


「父上、セキソウの言葉は事実です」

 ヨシナオの補足に眉間の皺を作ると、シゲスケはどういうことだと視線でマキムラを促した。

「オコマさまを殺めた下手人が、このセキソウです」


 かっとシゲスケの目が見開かれた。

 だが、無言を貫いた。アヅキに纏わりつく底冷えのような感覚にも変化もなく、じっとセキソウ、ヨシナオを見つめ、最後にマキムラを捉えて動きを止める。


「私がこれを知ったのは昨夜のことです、材木商である魚辰屋うおたつやのショウベイが私の屋敷に逃げ込んできたかと思えば、セキソウたちに襲われたと捲し立てるのです。どうして隘国の使者が襲うのだと訊ねてみると、ショウベイは事件当日、オコマさまが営まれていた百田屋ひゃくでんやから出てくるセキソウたちを目撃したと、はっきり証言しました」

 シゲスケの視線が、セキソウに突き刺さった。

 だが、声を発する気配はない。マキムラは横目でセキソウの様子を窺いつつ話を続けた。

「至急調べさせたところ、セキソウたちが事件当日、夜半にも拘わらず外出していたのは、セキソウたちが間借りしている勘定方のオカの家人が証言しています。ご覧のとおり三人揃えば特徴的な外見をしていますから、ショウベイが見間違った可能性はありません」


「……使者自らか?」

 思いのほか冷静な指摘だな、とアヅキは思った。

 事前に聞いていたシゲスケから抱いていた印象は、オコマを殺した下手人を前にして怒り狂う可能性のある人物だった。

 正室であるオイトより愛妾のオコマを愛する優柔不断な国主ではあるが、同時に厳格な法律家でもある。礁国しょうのくにに来たばかりの頃、オカがシゲスケをそう評していたことを思い出した。


「手違いがあったのか、人手が足りていないのか、それは私にも見当がつきません。しかし明確な証言があり動機もあります。隘国は各国との大同盟──合従策を成そうとしていますが、我が国はそれと正反対、各国を併合していく富国強兵策を取っています。

 ヨシナオさまが関係の深かった兄シゲタネさまの遺志をお継ぎになりたい気持ちがありながら、オコマさまを思って身を引いたのは近しい者であれば周知の事実。合従策を成そうとするセキソウたちが、その障害となっているオコマさまを手に掛ける理由としては十分かと」


 マキムラに向けられていた視線がセキソウに向き、頭の先から爪先まで見るように瞳が動く。それからヨシナオにあごをしゃくった。

「……息子の意見を聞こう」


「それが事実であれば、今こうしてセキソウと同席はしていません」

 シゲスケが頷き、マキムラの表情が一瞬、感情を読み取れない程度に小さく変化した。

「そして何より、母を殺した下手人はもう捕まえています」


 その時、ふっ、と嘘のように寒さが消えた。

 なぜ、とアヅキが内心で困惑しているのをよそに、ヨシナオが淡々と、しかし力強く話を続ける。


「くしくもつい先日のことです。俺が直接拷問したところ、その男は物取り目的で母を殺したと自白しました。魚辰屋のショウベイといえば根っからのろくでなしと評判の男です。証言は信用に値せず、マキムラ殿も騙されたのでしょう」

 当てこすりのようにヨシナオが微笑を向けたが、マキムラは涼しい顔を保ったまま反論した。

「信用に値しないのはその男も同じではありませんか? 

 拷問を受けて命欲しさに吐いた証言にどれほどの価値がありましょうか。ショウベイが当時百田屋の付近で賭博に興じていたとの証言が取れています。

 またその少し後、廻り方が百田屋に明かりが点いていたのを確認しています。時間を考えれば賭博の帰りにセキソウたちを見かけたという整合性は取れています。

 さらに言えば、ショウベイがろくでなしであることと証言の信憑性は別物です。虚言を吐くにしても、わざわざ隘国の使者であるセキソウたちを下手人に仕立て上げる理由がどこにありましょうか」


 そこで、ヨシナオに代わってセキソウが口を開いた。

「合従策を阻もうとした野国の離間計、そう考えるなら理由としては十分ではありませんか?」

「根拠はおありか?」

「ありません。ですがそれは、ショウベイが虚言を吐かない理由についても同じではありませんか? 

 人は目的が同じでも違う手段を取ることもあります。逆に目的が違うのに同じ手段を取ることもあります。つまりはどこまでいっても何を考えているか確かめようがないのです。

 そして、ショウベイが私たちを目撃したと断言できる根拠もまた乏しい。なぜなら当日は新月でどこまで姿が見えたか怪しく、さらに言えばショウベイが私たちを目撃した、そう証言する者もいません。

 妄想の一言で一蹴しようとも思えばできてしまうのは同じではありませんか?」


「詭弁を弄しているようだが、結局その男が下手人である証拠を自白以外に提示できていないではないか」

「下手人だと断定できる客観的な証拠がないのはこちらも同じ。水掛け論を避けただけです。そこでこういった状況になった時、重視すべきは被害者やその遺族の意見だと私は考えます。一人息子であるヨシナオさまが下手人だと信じる男がいる。ならばその男が下手人で構わないのではありませんか?」


 マキムラに向けられていたセキソウの視線が、瞬間、シゲスケを射抜いた。

「我が隘国でも厳格な法律家として名高い国主さまはどのようにお考えでしょうか?」


 う、とシゲスケが微かに声を漏らしたのは、アヅキの聞き間違えだったのか。

 注目がシゲスケに集中し、その時、アヅキは急に寒さが消えた理由にようやく気付いた。


 上座にいるのは中肉中背の中年だ。

 明らかに威圧感が消え、息子であるヨシナオとは似ても似つかない平凡な男に戻っている。激情を奥に秘めながらも冷徹な輝きを湛えていた瞳は、どこを見てるかも分からない強度の近視のような間抜けなものに変わっていた。

 これがセキソウたちが恐れていた、シゲスケの優柔不断さか。


「……そう、だな」

 その一言から長かった。


 時間が経つほどシゲスケの瞳の動きに落ち着きがなくなり、それを自覚したのか目を瞑り、落ちついたのかと思えば手足がもぞもぞ動き出す。

「父上、この件はそもそも俺が任されていたことです」

 ヨシナオの助け舟に乗るように、シゲスケがぱっと目を開く。

「その通りだヨシナオ。最後まで息子であるお前の裁量で判断せよ」


 これがかつての厳格な法律家といわれたシゲスケであれば、法に則って再調査を命じたことだろう。危機は乗り越えたが、アヅキは素直に安堵できなかった。

「承りました」

 ヨシナオが拝礼する。シゲスケは声にならない溜息を深々と吐き、隣に座るオイトに声を掛けようとする。


 そこで間髪を入れず、セキソウが一歩進み出た。

「次は私のほうから、シゲタネさま暗殺について申し上げたいことがございます」

 シゲスケの顔が、勢いよくセキソウを正面に捉えた。

「暗殺だと?」

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