その男、討論する
「暗殺だと?」
庭に集まる家臣たちも反応したが、静まるのを待たずにセキソウは語り出す。
「五年病、またの名を緑疣病というものをご存知でしょうか? 百年ほど前に野国の一地方に突如発生した病なのですが、早くに治療法が確立されて歴史に埋もれていました。しかしこの病、原因は毒物なのです。そして近年、この五年病の罹患者と思しき者たちが礁国を中心に何十人も見つかっており、ご嫡男のシゲタネさまもまたこの五年病によりお亡くなりになりました」
鵜呑みにするわけでもなく頭から否定するわけでもなく、シゲスケは無言で耳を傾けている。
「五年病はその名の通り、緑色のイボが躰のどこかに発生してから五年で亡くなってしまうのですが、それではあまりにも時間が掛かり過ぎる。そこで各地で実験をして改良し、ついに摂取から十日で死に至らしめる凶悪なものへと変貌を遂げました。そして、それを用いてシゲタネさまを毒殺したのです」
「……そんなものが実在するのか?」
「詳細に纏めています。どうぞご覧になってください」
セキソウが胸元から紐で閉じた簡素な資料を差し出すと、シゲスケが厭うて置いていない小姓の代わりにオイトが下座まで取りに来た。
「全て事実ですよ」
オイトからその言葉と一緒に資料を受け取り、シゲスケはしばし目を通す。庭のざわつきは人が集まるごとに断続的に盛り上がり、一向に静まる気配がない。
「して、誰の仕業だ?」
やがてシゲスケが資料を置いてそう問うと、庭の家臣たちがぴたりと静まり返った。
「野国です」
誰もがその名を予想していたのだろう。アヅキにとっては拍子抜けするほど静けさが続く。
「始まりは二十五年前、家督争いの頃まで遡ります。先代の国主さまを支持する者は少なく、猫の手も借りたいほどの人材難の有様でした。野国はそれを利用して埋伏の毒を仕込んだのです。その方はここにいる」
セキソウは、マキムラに掌を向けた。
「マキムラ・ツネトモ殿です」
庭からどよめきが起こった。
「戯言を言うな!」
その怒声が響いた。振り返れば家臣の一人が立ち上がっている。
「隘国の使者であろうが、いや、だからこそ失礼ではないか!」
言いながらその男が歩み寄ってくる。瞬間、ヨシナオが眉を吊り上げた。
「無礼者が! いつ殿に拝謁を許された!?」
さきほど放たれたシゲスケの威圧感とは比べ物にならない圧力が、アヅキの躰にのしかかった。直接殺気を向けていられないのに鳥肌が立ち、警戒心から鳩尾に力が入る。
「……申し訳ありません」
怒声を放った男がすごすごと肩を落として観衆に消えると、視線は再びシゲスケに集まった。
「……確固とした犠牲者が出ているのだ、五年病を引き起こす毒があるのは認めよう。だが、その後のことは受け入れがたいな」
「野国のカクケイ殿を証人としてお呼びしています」
小姓に連れられてきたカクケイは、マキムラをちらと見やってから着座する。
「お会いするのは一年ぶりになりましょうか。お変わりないようで安心しました」
カクケイは元々、礁国との交渉の多くを任せられていた僧だ。シゲスケが建前はいいとばかりに手を振ると、穏やかな笑顔を浮かべる。
「その前に、証言の代わりに五年病の製造道具を引き渡すことを国主さま直々に確約していただきたい。そうでなければ何事も話すことはありません」
沈黙がしばし続き、シゲスケは鼻からはっきりとした息を漏らす。
「……すでにヨシナオが約束したのだろう。わざわざ覆すつもりはない」
「ありがとうございます。マキムラ・ツネトモは我々野国が放った間諜に違いありません。我が国にいた若きマキムラは新進気鋭の学者で、歴史に埋もれていた五年病を掘り起こしたのもこの男です。研究を続けるためにもその有効性を示そうとしていたところマキムラの能力が評価され、五年病の研究と合わせて礁国に送り込まれたという経緯になります」
野国のカクケイの口からそれが語られた事実は重い。誰ともなくマキムラに注意を向け、シゲスケが視線で釈明を求めると、マキムラはさも平時の出来事とばかりに静かな声を発した。
「野国が我が国に策謀を仕掛けているのは事実でしょう。しかしそれは、野国が礁国の筆頭家老である私に仕掛けた策謀です。五年病については聞き及んでいますが、それを私が主導したと証言をしたのはカクケイ殿お一人。それにシゲタネさまが五年病で毒殺されたというのも不確かな話です」
「兄上は五年病の症状である緑色のイボについて御典医に聞いたそうだ。自分の躰にできたのでなければ、そのような奇怪なイボをどこで知ったというのか?」
ヨシナオが反論するが、マキムラはおもむろに首を振った。
「聞いただけではありませんか。それにたまたま出来たイボに草木の汁でも付いていた。それと区別がつきますかな。確かに私は野国で生まれ育ちましたが、勢いに劣る先代さまをお支えし、以後礁国に尽くしてきた功績は本物です。それを無視して野国の僧一人の言葉を信じて私を弾劾するとは、些か非礼ではありませんか?」
シゲスケの顔色が曇った。よく言えば冷静に努めていた顔に陰りが差し、微かに寄せられた眉根には弱気な迷いが現れている。
それに気付いたようにヨシナオが歯噛みし、セキソウとマキムラは出方を窺うように互いを見やっていた。
「間諜でないとおっしゃるのなら」
言いながらセキソウがマキムラに向き直る。
「各国に高圧的に挑んで併合しようとしている理由をお聞かせ願いたい」
「野国に対抗するのは合従策に限ると言いたいのでしょうが視野狭窄ではありませんか? 何よりこれは合議で決まったもの。仮に私が間諜であろうが独断で決められるものではありません」
その時、アヅキの耳に半鐘の音が聞こえた。
火事を知らせる半鐘だ。次第に庭先に集まった家臣たちがざわつき始め、廊下で待機していた小姓が音もなく近寄ってきた。
「火事の発生源は遠く、規模も小さいそうです」
「分かった。下がりなさい」
答えたのはマキムラだった。小姓が下がり、シゲスケの言葉を待つような間が空く。
「ではこうしましょう」
不意に、マキムラが声を張り上げて立ち上がる。
「見れば重臣たちも皆集まったようです。最終的に判断なさるのは勿論殿ではありますが、重臣たちとてこのような大事で蚊帳の外に置かれては不満の一つもありましょう。私の身の潔白を証明するためにも、重臣たちの意見を聞いてはいかがでしょうか?」
「その通りだな。上がれ」
シゲスケが政務から離れた後、カシワ家を動かしていたのは筆頭家老マキムラを含めた十人による合議だ。下は三十半ば、上は七十を超える重臣たちが大広間に足を踏み入れる。
「マキムラ殿を失脚させる罠と考えるのが妥当です」
次席の家老が力強くそう切り出した。
「二十五年、人が生まれて立派な青年になるまでの長い年月です。これほどの長期間、ずっと尾を見せず他国に潜伏し続ける。果たしてそのようなことが可能でしょうか。しかもマキムラ殿は野国にいた頃に負った怪我の影響で右腕はほとんど動かなくなり、筋肉は衰え棒のような細さになっています。苦肉計だとしても常軌を逸している。以前からの発言通り、マキムラ殿が野国を恨む気持ちに嘘偽りはないかと」
順番通り、次は三席の家老が口を開く。
「私もマキムラ殿が間諜だとは思えません。そもそも家督争いに乗じるというのであれば、劣勢だった先代さまに取り入る必要がありましょうか。以後の功績を鑑みてもその忠心は無比なるもの。礁国が国力を伸ばした要因にマキムラ殿の功績が多分にあるのはもはや説明不要です。本当に間諜であればわざわざこのようなことをせず、礁国を貶める何某かの策を行うのが真っ当ではありませんか」
その後に続く意見もマキムラを擁護するものだった。
重臣たちは皆、マキムラと同じ併呑派なのだから当然だ。マキムラが確実に間諜だと証明されれば話は変わるが、どちらとも取れる状況ならマキムラを支持するだろう。
「カクケイ殿、いい加減これが離間計だと認めてはいかがですか?」
一番若い重臣が鼻で笑うような調子で言った。
「富国強兵に努めるマキムラ殿が邪魔でしょうがないのでしょうが、その程度の揺さぶりで揺らぐ我が国ではありません。今ならまだ野国まで丁重に送り届けましょう。お好きな菓子折りでも付けてね」
数人の重臣が小さく笑う。カクケイは何も反論しない。当然の対応だと納得しかけ、アヅキはそこで違和感を覚えた。
カクケイが協力を申し出たのは製造道具のためにマキムラを切り捨てたからだ。それならカクケイは必死になり、マキムラが間諜だと主張するべきではないのか。
火事を知らせる半鐘の音。あれが何かの合図だったのか。もしかすると、製造道具が野国に奪い返されてしまったのではないか。
アヅキは動揺を抑えながらセキソウを見やった。唯一露出した瞳は落ち着き払っている。次にヨシナオに目を向けると、明らかに苛立ったように頬の筋肉が動いていた。
分からない。その間にも重臣たちの矛先はカクケイに向いていた。
「カクケイ殿がこのような小芝居をする辺りが、まさに野国が困っている証拠ですなあ。しかし責めはしませんぞ。単身で乗り込み大立ち回りをするのは武士以上の胆力といって相違ない。カクケイ殿が離間計だと白状するなら喜んで護衛の任を務めましょうぞ」
重臣たちには事が終わったような楽観的な雰囲気が漂っていた。笑みがこぼれ、幾人かは姿勢が崩れ、まさにそれを見計らったようにマキムラがカクケイににじり寄る。
「もう観念してもいいのではありませんか?」
カクケイの喉仏が大きく上下する。
「このままでは最悪、カクケイ殿の首を撥ねて野国に届けなくてはなりません。カクケイ殿は野国の人間なれど、長年礁国との間を取り持ってきた優秀な方。我々とてカクケイ殿を失うのは惜しい。これ以上拗れる前にお願いします」
「観念というのはこちらの台詞です」
カクケイの声は、言葉とは裏腹に心なしか震えていた。
「貴殿は野国に捨てられたのです。その価値はもはや死をもって五年病の製造道具を返還させることのみ。そもそも己が欲をかいたからこのような目になるのです。首を斬られる前に潔く腹を召しなされ」
「欲をかく、ですか。それは野国が用意した、私が野国の指示を無視して五年病の製造拠点を移転させ、それが原因で悪事が露見したことを指しているのなら、詰めが甘いとしか言いようがありませんな。礁国の筆頭家老に上り詰めた間諜が、そのような危険を冒す理由がどこにあるというのですか」
「だから欲をかいたと評したのです」
「つまり、そうとしか理由付けができないと。合理的な理由がない以上、そもそもが破綻しているのですよ。二十五年野国に忠義を尽くしてきたらしい私が、なぜ急に野国に逆らうのですか」
そこで、マキムラはなるほどと言いたげに微笑する。
「もしやカクケイ殿は無理難題を押し付けられたのではありませんか? そうだ、そうでなければおかしい。カクケイ殿、今ここで私を失脚させるためだったと白状されるのであれば、我が国と長い付き合いのあるカクケイ殿のために一肌脱ぎましょう。助命嘆願でも一族丸ごとの亡命でも受け入れます。さあ、これが最後ですよ、カクケイ殿」
マキムラはほとんど額がぶつかりそうになるまでカクケイに顔を突き合わせていた。至近距離で迫られたカクケイは額に汗を流して視線を逸らし、口を開いては閉じ開いては閉じと繰り返す。
ああ、とアヅキは内心で溜息を吐いた。
これは茶番だ。
やはり、五年病の製造道具は奪い返されたのだ。
現地までは徒歩で一週間ほどだ。馬で急いでも時間からしてヨシナオの食客はぎりぎり間に合わなかったのだろう。そうなれば製造道具を守っているのは十数人しかいない。マキムラの領地内だから私兵を動かして奪還したのだろう。その知らせとして半鐘が鳴らされた。
果たして、カクケイは一歩下がって床に額を叩きつけた。
「申し訳ございません! さきほどの証言は全て偽りでございます!」




