その男、野国と交渉する
セキソウの語る言葉に丸め込まれた鎌切は大人しく指示に従い、アヅキたちも村に留まった。そうして当日中には、セキソウの言った通り野国の使者を名乗る僧侶が訪ねてきた。
「カクケイと申します」
僧にしてはふっくらとした中年の男はそう言い、旅籠屋の一室で待っていたアヅキたちに頭を下げた。
「お三方のことはよく存じ上げておりますから挨拶は結構です。確認ではありますが、取引をするためにこの状況を作り上げたと考えてよろしいですか?」
「勿論です。思ったより到着が早かったのは、やはりマキムラ殿を疑っていましたか?」
「近隣の村が襲われた件については不自然だと思っておりました。しかし一番はセキソウ殿、あなたから届いた書状が理由ですな」
鬼伏山の麓で五年病の製造所跡地が見つかった後、セキソウは製造所の移転の可能性を示唆した書状を、礁国に外交官として滞在しているカクケイに送っていたらしい。本人曰く、それを受けた野国の動向から製造所の移転先を推測したかっただけだというが、アヅキに本当のところを確かめる術はなかった。
「我々が確認した限りあなたがたは全てを知ってしまったようで、それでもなお我々と接触した理由をお教え願いたい」
「取引をしましょう。五年病の製造所にいた三人と器具を返却する代わりに、マキムラ殿が野国の間諜であり、シゲタネさまを五年病で毒殺したことを証言していただきたい。それと五年病の治療薬を作る翡翠草も必要ですね」
カクケイは少しの間押し黙った。
「……翡翠草を渡せば五年病の価値が無くなってしまいます。それだけはどうにもなりませんな」
「では、マキムラ殿に関する証言は必要ありません。翡翠草だけならどうですか?」
いいわけがない。
喉元まで出かかった言葉を、アヅキは寸前で堪えた。五年病から身を守るために治療薬となる翡翠草が必要なのは事実だが、カクケイの証言より重要なわけがない。
そこで、セキソウの本来の目的を思い出した。
五年病に罹った故郷の幼馴染を救う。
はなから合従策も野国を倒すことも、セキソウにとっては翡翠草を手に入れるための手段に過ぎないのだ。一度それが手に入る機会が来れば、それらを投げ捨てるのは当然だ。
しかしそうなれば隘国はどうなる。アヅキの家族はどうなる。
こんなものは裏切りだ。
しかし、アヅキは迸ろうと蠢く感情をなんとか抑え込んだ。今まで積み重なったセキソウへの信頼と、二人の交渉に一時の感情で口を挟むべきではないという理性が、アヅキを冷静に思い止まらせた。
「翡翠草は渡せない、その答えは変わりません。証言だけであれば条件次第で考えましょう」
敵であるはずのカクケイのその言葉は、アヅキにとって救いだった。
これでセキソウへの信頼は保たれた。
確かに裏切りではある。しかし、セキソウという人を思えば当然の行動だ。そしてアヅキは、最初にセキソウのその目的を知った時、心の底から信用できると判断した。
セキソウという人は変わっていない。それならそこに向けるアヅキの思いも変わるはずがない。
「では、それほど五年病が重要なのであれば条件はそのままで受け入れていただけますね?」
カクケイの反対すら予測していたようにすぐさまセキソウがそう言うと、カクケイはまたもやしばし口をつぐんだ。
「……具体的にどういった手順でそれを履行するおつもりですか? 我々が証言した後、そちらが返却するという形になるのでしょうが、それでは我々に不利な取引ではありませんか」
「まず初めに前提を確認しましょう。私は礁国の人間ではありません。かといって隘国に尽くしているわけでもありません。野国を打ち倒すため、合従策を成せればそれでいいのです」
「礁国はそうもいかないでしょう」
「私が説得します」
「私はセキソウ殿ご自身をまだ信用しきれていません。それなのに、さらにその能力を信じろというのは些か厳しいのではありませんかな?」
「私は、交渉とは騙し合うことではなく、信じ合うことだと思っています」
セキソウは微笑み、ずいっとカクケイににじり寄った。
「相手を信じることで初めて交渉は纏まり、取引は成立するのです。だから私はカクケイ殿を信じていますよ。逆にカクケイ殿は私を信じられないようですが、はてさて、この話を誰に持ち掛ければカクケイ殿の願いは叶うのでしょうか」
三度、カクケイは黙り込む。
「……礁国の筆頭家老にまで上り詰めたマキムラの価値は重い。それを簡単に切り捨てろと?」
「いえ、マキムラ殿はもう無価値ですよ。今や死んだも同然です」
「えっ?」
アヅキは思わず声を上げていた。頭を下げて謝罪するも、セキソウもカクケイも一分たりともアヅキを気にしていなかった。
「製造所にいた三人の証言でマキムラ殿は失脚します。野国からしても裏で五年病の製造を続けていたマキムラ殿は危険人物のはず。万が一ほかの国に寝返り、五年病を製造されては困るでしょう。口封じをするのが妥当な対処ではありませんか」
カクケイはただ、息を深々と吐いた。
「ですから取引こそ最初に提案した通りですが、天秤に乗っているのはマキムラ殿ではありません。五年病の情報そのものです。礁国としてはそれを引き渡す代わりに、マキムラ殿を始めとした野国の間者を一掃し、シゲタネさまという有望な嫡男を失ったカシワ家を立て直したいのです。十分に釣り合いの取れた取引ではありませんか?」
「あなたがたが既に見聞きした五年病の詳細な情報は回収できません。その扱いはどうするおつもりですか?」
「私は絶対に他言しないと誓います。事が終われば私の関知することではありませんからね。ヨシナオさまの食客に関してはお約束できません」
「……あなたが口を閉ざすなら十分です。この村にいる人間であれを理解できるとすれば、セキソウ殿、あなただけでしょうから」
「ということは?」
頷き、カクケイの表情が緩んだ。
「信じましょう。ただし、移転した製造所にいた三人はここで殺してください。私が広津の町で証言するのはその後です。そして、最後に機材を破壊していただきます」
「それで結構です。ありがとうございます」
また、人が三人も死ぬ。
罪がないとも無関係とも言い切れない三人だが、それでも大きな事情により三人が殺される。仕方ないとは分かっていても、アヅキはどうにもやりきれなかった。
二人は笑みを浮かべて立ち上がり、先にノブミが外に出て安全を確認する。最後にアヅキが部屋を出ると、入口で待っていたセキソウが顔を寄せて囁いてきた。
「次はショウベイを殺します。覚悟していてください」
次はやはり、そうなるのか。アヅキは無言で頷いた。




