その男、五年病に辿り着く
鬼伏山に至る道を辿るように一週間ほど歩き、アヅキたちはマキムラが治める領地に入った。
そこは夜盗に襲われた村を通って北上していけば、一度もほかの村に寄ることなく到着できる村だ。マキムラが館を構える領地の中心地からも、馬であれば一日と掛からない距離にある。
「それにしてもよく分かったな、セキソウ」
「色々考えましたが、結局お膝元以外に安心して隠せる場所はないだろうという結論に至りました。安直といえば安直ですが、もっとも安心できるのはそこしかありません。鬼伏山が近いのも、いえ、そもそも鬼伏山が近いからこの領地を望んだのでしょうか。ともあれ、安直といえどもここが一番確率が高かったのです」
セキソウと鎌切が会話しながら見る先に、目的の建物があった。
村の入り口、それも端の端に一軒だけぽつんとある建物こそが新たな製造所だという。既にヨシナオの食客たちが建物に押し入り、報告を待つばかりになっている。
「安心?」
鎌切が問うと、「はい、安心です」とセキソウは自らの話を続けた。
「村を襲った理由が私には分かりませんでした。危ない橋を渡っていながらそれに見合うものが見出せなかったからです。
だから移転を疑いましたが、それもそれでおかしい。
死に至るまで五年も掛かる毒はどこまで実用性があるか不明ですが、十日まで短縮できたのなら実験は終わりです。シゲタネさまを弑逆して礁国を掌握したのならひとまず毒も必要ないでしょう。証拠を残さないよう素早く撤収するべきではありませんか?」
「確かにな」
「そこで考えたのが、マキムラ殿にとっての五年病がどういう存在なのかということでした。礁国に製造拠点を置いたことといい、カシワ家の筆頭家老であるマキムラ殿がこの件に強い影響力を持っているのは間違いありません。初期はまだしも現在では責任者の立場にあったと考えていいと思います。そうした中、長年の研究によって五年病は改良されていき、とんでもない毒が生まれてしまった」
マキムラ・ツネトモが礁国に潜り込んだのは家督争い真っただ中の二十五年ほど前だ。先代国主の家督争いを助け、戦や内政、外交、全てにおいて手腕を発揮してよそ者ながらもカシワ家の筆頭家老にまで上り詰め、野国が送り込んだ最大の間諜が誕生した。
「つまりマキムラ殿にとって五年病というのは、いわば長年に渡って蓄えた財産と同じなのです。そう簡単に手放せるものではないでしょう。それに大仕事を成し遂げたのは確かですが、野国での立場が一生保証されているわけでもないでしょう。密かに隠し持っておきたいというのが人間の情ではありませんか」
「最寄りの村を潰したのは、移転するところを見られたくなかったからか」
「はい。それも礁国ではなく野国に、でしょうね。そしてそうなると、野国の追及から移転先の製造所を隠し通さなくてはならなくなる。以前と違って味方はいません。結局、安心できるのはお膝元である自分の領地しかないのですよ。安直であろうともね」
「……お前には敵わねえよ」
鎌切が感嘆の息を吐き、お手上げとばかりに両手を上げた。
間もなく、建物から食客の一人が出てきてアヅキたちに走り寄ってくる。
「制圧完了しました。やはり五年病の製造所のようです。中にいたのは三人、それで全てだそうです。ここ数日出入りもなかったのでおそらく事実だと思われます」
「話は俺たちが聞く。お前たちはほかに仲間がいねえか見張っとけ」
鎌切がそう言い、アヅキたちは建物に足を踏み入れた。
入口に土間があり、一段上がって板張りの床が続く一般的な民家だ。竈の前には三人の男が縄で縛られて座らされている。年の頃は三人とも五十前後だろう。衣服の乱れもほとんどなく、揉めることなく捕縛されたようだ。
そして、奥には開け放たれた隠し扉があった。
周りの壁と同じように土壁に似せた扉は、閉めてしまえば気付くことは難しいだろう。部屋自体は併設された納屋に繋がり、薄暗いその中にはアヅキが見たこともない道具がいくつも並んでいた。
「で、てめえらはどこまで知ってる?」
鎌切が指の骨を鳴らしながら捕縛された三人にすごむと、セキソウが遮るように口を挟んだ。
「マキムラ殿から聞いていますから手荒な手段に出る必要はないでしょう。ここは私に任せてください」
マキムラの名に三人が反応する。
「あなたたちは野国を騙して密かに五年病という毒を作っているようですね。これすなわち、マキムラ殿もあなたたちも野国の忠臣ではないという証拠です。今ならまだ、礁国に寝返るというなら受け入れますがどうしますか?」
三人の顔にあったのは困惑だった。縛られて屈強な男たちに囲まれている状況にありながら、どこか気の抜けた表情でお互いの顔を見やっている。
「おや? その様子ではマキムラ殿に騙されていただけですか? 野国はシゲタネさま暗殺に満足して五年病の製造所と関わっていた人員を撤収しましたよ」
三人の顔に浮かぶ困惑に、だんだんと不安が広がっていく。
「さて、ここで問題になるのは野国であなたたち三人がどう扱われているか、ということです。野国に帰って正直に話したとしてあなたたちの言葉は受け入れられるでしょうか。それともマキムラ殿の共犯者として処罰されてしまうでしょうか。どちらでしょうねえ?」
セキソウは微笑み、両膝を着いて中央の男の両肩に手を置いた。
「あなたたちはいわば包丁のようなものです。シゲタネさまを殺めた罪を負うべきは包丁を握った人間であってあなたたちではありません。しかもあなたたちは五年病という非常に厄介な毒の専門家です。礁国はあなたたちのような方を歓迎しますよ」
セキソウが肩に手を置いた男の喉仏が動いた。
「……マキムラさんは今どうしてますか?」
「それを知ってどうするというのですか? もう関係ないでしょう。一人いれば十分などという条件を出させる前にはいと頷いてもらいたいのですが、結論は出ましたか?」
そこからは早かった。三人は先を争って五年病との関与を認め、責任者がマキムラ・ツネトモだと証言した。最低限のことだけ確認した鎌切はすぐさま外に出ていき、手振りで仲間を呼び寄せる。
「ヨシナオさまに報告するのですか?」
後に続いて建物から出たセキソウがそう問うと、鎌切は近寄ってくる仲間を見ながらにやりと笑った。
「上手くカマ掛けが決まったな。外れたらどうするつもりだったんだ?」
あなたの出番です、と言いたげにセキソウは手のひらを鎌切に向ける。いい根性してるぜとばかりに鎌切は鼻で笑って返し、寄ってきた仲間に話しかけた。
「ああ、それはいけません」
セキソウのその言葉に、鎌切がすっと口を閉じた。
「ヨシナオさまに伝令を走らせるのは後です。それと、一切の手勢をこの村から出すわけにはいきません」
滔々とした口振りとは反対に、セキソウの表情は心持ち硬かった。
悪い状況だ。アヅキはそれだけを理解して懐に腕を入れ、神楽笛を掴んだ。鎌切は溜息を吐いてセキソウに向き直り、瞬間、睨みを飛ばした。
「どういうことだ? おい、動くなカドマの鈍牛。この距離ならてめえより速えぞ」
いつの間にか、ノブミの手が腰に下げた刀に触れていた。
「俺を殺したところでセキソウが生き返るわけもねえ。嬢ちゃんも神術なんて使おうとするなよ。困るのはてめえらだぜ?」
アヅキたちに不信感を持ったヨシナオにより、監視役として付けられたのが鎌切だ。それもヨシナオへの報告という最も重要な行動を制止すれば一悶着が起きるのは当然だ。セキソウは何を考えている。
「アヅキさんもノブミさんも警戒しなくて大丈夫ですよ。鎌切さんもすぐに斬る気がないならそう武張らないでください」
セキソウの表情はやはり、どこかぎこちなかった。
いつものように本当に自信があるのなら、セキソウの表情にそのような変化があるはずがない。どうにかして無理を通そうとしているのだ。アヅキはそこまでは把握できたものの、二人の諍いにどう干渉していいのか分からなかった。
「鎌切さん、私は正したいだけですよ。これで全てが解決したという勘違いをね」
「……どういう意味だ?」
「この件をヨシナオさまに報告しても状況は変わりません。ヨシナオさまの立場は良くなりませんし、マキムラ殿も失脚しません。シゲタネさまの死も闇のままです」
アヅキの頭は困惑に埋め尽くされた。全身の毛を逆立てるような勢いだった鎌切の雰囲気も思考に意識を取られたのかふっと緩み、しかし誤魔化すように眉間に皺が寄せられた。
「意味が分からねえ。マキムラが野国の間諜で五年病を作り、シゲタネさまを暗殺したっていう証言は得られた。終わりだろうが」
「残念ながら、シゲタネさまを暗殺したのがマキムラ殿だと確定したわけではありません。シゲタネさまのご遺体はとうに荼毘に付されていますから五年病が死因だと証明できません。
また、どこの馬の骨とも知れない三人の証言だけで筆頭家老であるマキムラ殿を間諜だと断定できません。五年病との繋がりすら、否定しようと思えば否定できるでしょう。結局のところ私たちは、何一つ有効な証拠を手にしていないのですよ」
「それでマキムラが無罪だと思うのはアホだけだろ」
「裁くのは優柔不断な国主さまですよ?」
うっ、と鎌切が声を詰まらせた。
「家督争いの頃から功のあるマキムラ殿を、確実といえない証拠で咎められるような方であれば、礁国の現状はまた違ったのではありませんか? 私たちの最終目標は合従策の成立であり、マキムラ殿を失脚させることではありません。つまるところ私たちがすべきはいかに国主さまを説得するか、それに尽きます。鎌切さんは今手持ちの情報で国主さまを説得できると、本当に思っているのですか?」
鎌切の威勢は完全に消えていた。アヅキもまたセキソウの弁に納得し、同時に違和感を覚えた。
セキソウの弁が正しくとも、それをヨシナオに伝えて困ることがあるのだろうか。
状況が変わらないのだから困るわけがない。そして、それこそがセキソウが通そうとしている無理なのだと思い至る。セキソウはヨシナオに報告が届くことを恐れているのだ。
今現在、ウワサワに掛かっている嫌疑が晴れるからだ。
そうなればウワサワたちにかかずらっていたヨシナオは、セキソウのいない広津の町で自由の身になってしまう。さらにいえばあれから時も経ち、ショウベイの動向も怪しくなっている。
ようやくそれに思い至ったアヅキは、鎌切に余計な疑念を抱かせないよう発言した。
「セキソウ殿はどうするべきだと考えているんですか?」
「もっと確実な証言を手に入れます。そのためにはこの村から手勢を出してはいけません。情報はここで収まり広まっていない。広津の町には届いていない。だからまだ間に合う。彼らにはそう思って貰わないといけません」
「彼ら?」
アヅキの疑問に、セキソウはやっと混じり気のない微笑みを浮かべた。
「野国の使者ですよ」




