その男、調査に赴く
各地に派遣した者たちから続々と報告が届き、現時点で十六件の情報が集まっていた。
即席で作られた地図には罹患者が見つかった地点を示す印が入れられていき、その過半数は礁国の地方部に点在している。
オカが筆を置くと、セキソウは手元の書状に目を落とした。
「一番古いものでは記憶が曖昧なせいで正確には不明なもののおよそ十七、八年前に見つかり、新しいものでは今年に入って死者が出ていますね。
差異はありますが傾向として、五年病の特徴である緑色のイボが発見されてから死亡に至るまでの日数が短くなり、死亡時に躰を覆うイボも小さくなる、あるいは数が減るなど目立たなくなり、特にこの数年は顕著です。
やはり五年病という名の毒に手を加えて実験していると考えてよさそうですね」
オカが頷く。
「まあ、病気というにはあまりにも人為的過ぎるな。しかしシゲタネさまの死因が五年病だと確定はしてない。かなりきついぞ、どうするつもりだ」
「それについて一つ思うことがあります。罹患者、いえ被害者は礁国を中心とした周辺国に集中していますが、これは五年病の実験の本拠地が野国ではなく、礁国であるという証拠ではないでしょうか」
セキソウとオカの会話に耳を傾けながらも、アヅキは地図の一点が気になって仕方がなかった。それが五年病と関係があるのかどうかの判断がつかず、口に出すべきか悩んでしまう。
「とも限らんだろう。野国が自国民を実験に使わないのは自然だ。お膝元で毒に手を加えて、各地でそれを実験してるかもしれんだろ?」
「そうであれば、被害者の分布が礁国に偏るのは不自然です。しかも分布を見ると無作為ではなく、間隔を開けて実験を行っています。これは野国が発覚を恐れている証拠ではありませんか?」
「わざわざ実験の本拠地を外国に置く理由はなんだ。問題や不都合はいくらでも思いつくぞ」
「原材料の入手性、と考えるのが妥当でしょう。例えば、毒の原料を用意するのが野国では難しく礁国では容易、とかでしょうか」
「それが手がかりか」
オカの発言を最後に、打てば響くように進んでいた二人の会話は止まった。思いつきを話すのにいい機会だ。
「鬼伏山という山を知ってますか?」
アヅキがそう切り出すと、セキソウとオカの視線が集まった。
「礁国の中央から少し西寄りにある山で、怪奇現象や心霊現象が起こるといわれている山です。雨も降っていないのに雷鳴が響き、山火事が起こったことから鬼が棲んでいるとして名付けられたそうです」
言いながらアヅキは鬼伏山がある場所を地図で指し示した。そこには五年病の被害者を示す印はないが、点在する印の中心部からそこまで離れてはいない。
「実はこの鬼伏山は、截石の産地ではないかと楽師の間で噂されてる山なんです。というのも巨大な截石の塊は、時に神術を引き起こすのではないかという説があるんです」
セキソウとオカが顔を見合わせた。
二人が知らないのも無理はない。怪奇現象や心霊現象が認められ、かつ神術を使えなくする截石の産地ではないかと噂されている山は、世界でも鬼伏山を含めて四例しか確認されていない。
しかもその全てが危険性や聖地であるという理由で、現地の人ですらおいそれと立ち入ることができない場所になっており、真偽を確かめるのが困難だ。
「この説が提唱されたのはここ最近の話なんです。というのも怪奇現象や心霊現象も神術の一種だという考え自体は大昔からあったんですが、それだと鬼伏山のようにそういった現象が起こるのに山域で神術が使えないことの説明が付きません。そこで従来の考えである、截石はこの世と神の世界との繋がりを断つ石ではなく、もう少し包括的な、この世と神の世界の繋がりに影響を与える石、そう考えを改めるべきだと主張する一派が現れたんです」
この説はまだ知名度こそ低いが、知る人の間では熱を持って語られている。噂ではその四山を正式に調査しようとする動きもあるらしい。
「待てよ」
オカが眉間に皺を寄せて言った。
「それならシゲタネさまが神術で弑逆された可能性も出てくるんじゃないのか?」
「いえ、今のはあくまで大量の截石があった場合の話です。そういった目的情報がない以上、神術で殺された可能性はありません」
なるほど、とセキソウが呟いた。
「説の真偽は専門外なので置いておくとして、つまりアヅキさんは、五年病の原料が截石だと考えているということですか?」
その問いに、アヅキは答えを持っていなかった。そもそも五年病が本当に毒なのかも確信が持てていない。
「そこまではなんとも。ですが野国では截石の採石場は少なく規模も小さいそうです。それに石だから重くて長距離の運搬も難しい。何かしら関係してる可能性はあるのではないかと」
「調べてくれますか、オカさん」
それから三日ほどして、現地に派遣していた者から返答があった。
「五年病については不明だが、不審な動きはあった。鬼伏山の麓にある村が夜盗の襲撃を受けていた。いや、この国で夜盗なんてそうないから俺も聞いて思い出したが、どうも未だに捕まってないらしい。時期もシゲタネさまが亡くなられたすぐ後ぐらいだ」
無関係かもしれないが、手がかりが少ない現状では無視できない事件だ。
「鬼伏山自体の調査も必要です。私たちも現地に行って調べたほうが良さそうですね。オカさんはこのことをオイトさまに、私たちはヨシナオさまに伝えます」
町医者の聞き取りは終わり、アヅキたちがこの広津の町でできることはほとんどない。しかしアヅキは、この町から離れるのに抵抗を覚えていた。
ヨシナオがこの隙を突き、ショウベイに接触するのではないか。
「ショウベイが話しませんよ」
その懸念をオカの屋敷を出る前に尋ねると、セキソウがさらりとそう言った。
「マキムラ殿の取り次ぎである私たちにも慎重を期して会おうとしなかった男が、無罪放免を約束できないヨシナオさまに何か話すとは思えません。焦れるまで動きはないですよ」
悪人がゆえに信用できるというのはアヅキに受け入れがたかったが、それもそうかと納得する。
「当然、俺も行くぞ。お前たちだけだと領主に面会もできねえしな」
事情を伝えたヨシナオが睨むような目付きでそう言うと、セキソウはにこりと笑った。
「はい、一緒に行きましょう」
警戒されているからこそ、重要な手がかりを前にヨシナオがセキソウを自由にさせるわけがない。町医者に聞き込みをしていた時は止められなかったが、あの時は目的も行動もはっきりしていた。遠くから監視を付ける程度で十分だったのだろう。
すぐに出発した。
食客を引き連れたヨシナオと共に一週間ほど掛けて進み、鬼伏山の麓に到着する。それから現地領主に話を通して事情を尋ねると、しばし押し問答はあったがヨシナオの一喝で口惜しそうに領主が語ってくれた。
「夜盗に逃げられたのは事実です。死傷者もそれなりに出ましたが、それ以上に火を放たれてほとんどの家や農作物が焼けました。我らが聞きつけた時には夜盗はぱったり姿を消しており……」
周囲に放った食客から手がかりを見つけたと報告があったのは、その翌朝のことだった。
鬼伏山の麓に生い茂る森で、川のほとりに建物が建っていたような痕跡がある。横から聞いていた現地領主の怒りを宥めてから、アヅキたちはその場に急いで向かった。
整地された一帯には燃え残った木材や炭が点々と散らばり、柱跡などはほとんどそのまま残っていた。建物の面積は長屋二軒分はあるだろう。街道からここに至る道は獣道すらも存在せず、一年前に夜盗に襲われた村があった方角には切り立った崖がそびえている。人が訪れることも滅多になかっただろう。
隠れて何かをするには丁度いい場所だ。
食客だけでなくアヅキたちも総出で建物跡地の捜索を始めた。
鬼伏山の斜面に坑道の入り口が見つかるのに時間は掛からなかった。入ってすぐのところにも何かを燃やしたような跡があり、坑道は山の中心部にまで伸びていることが確認された。内部の安全が確認されるとアヅキと食客の楽師たちが奥に進み、大量の截石を発見、採掘された痕跡も確認できた。
報告に行かせてさらに内部を調べていると、入口の方から大声で「これじゃねえか!?」と叫ぶ声が聞こえてきた。
何か進展があったらしい。アヅキは足早に外へ出る。
作業する食客たちの中に、顔を突き合わせるセキソウとヨシナオがいた。寄っていくとセキソウが気付いて手招きをする。
「見つかりましたよ」
ヨシナオが手にするのは閉じ紐がほどけた日誌の一部、それも燃え残った上半分だった。
「要約すると五年病の実験記録の一部のようです。被害者と思われる番号があり、摂取日と死亡日に至るまでの期間が書いてあります。だんだんと発症から死に至るまでの期間が短くなっているのは予想通りですが、特に二年ほど前から急に動きが加速していますね。十日まで短縮できたところでそれを三件繰り返して記述が終わっていますが、その前には死亡日が書かれていない方が数十人もいます」
その存命中の一人が、セキソウの幼馴染ということか。
「最後に実験が行われたのはシゲタネさまが亡くなる半年前のようです。つまり研究が急激に進展したのは二年前で、そこから半年ほどで完成したということですね。それと服薬という字もうっすら読めます」
アヅキは、躰の奥底が暖かくなるのを感じていた。
これで五年病という毒が証明できるなら、礁国も必ずや野国を倒さんと合従策に賛同してくれるはずだ。そうすればセキソウが救おうとする故郷の幼馴染も助けられる。
「よかったですね、セキソウ殿」
殺してしまったオコマを思えば心苦しくなるが、それでもアヅキは、セキソウが浮かべる微笑みを見て自分のことのように嬉しくなった。
「相撲大会だ」
不意に、ヨシナオが声を漏らした。
「兄上は大の相撲好きでな。夏になると身分に関わらず大勢を集め、二日に渡る大規模な相撲大会を開き、自らも参加してた。それが死ぬ十日前の出来事だ」
これで終わりではない。誰しもが参加できる相撲大会ということは、容疑者が無数にいるということだ。アヅキは表情を引き締めた。
「では、容疑者はそう多くありませんね」
セキソウの即答にアヅキが驚いている間にも、ヨシナオが頷いて言葉を継ぐ。
「接触するだけなら誰にでもできるだろうが、毒を飲ませられるのは一部の人間だけだからな。実際の容疑者は兄上が信頼していた数人だけだろう」
ヨシナオは食客を一人呼び、容疑者たちをヨシナオの屋敷に集めておくよう指示を出した。
「これで帰ってすぐ取り調べが始められるはずだ」
幾人か人を残して広津の町に戻るべきか。それぞれが思案するように口をつぐむと、その隙を見計らったように近くに立っている食客が割って入ってきた。
「このようなものが見つかりました」
緑色に苔むしたような棒が、ヨシナオに差し出された。
長さは六寸ほどの細長い棒だ。ヨシナオがそれで自分の手首の骨ばった部分を叩くと、鈍い金属音が鳴った。
「錆びた棹銅だな。長さや太さから判断するとうちで製錬されたものかもな」
「最初は読めませんでしたが、今思うと日誌に銅と書かれていませんでしたか?」
セキソウがそう言うと、ヨシナオは素早く日誌の燃え残りを見やった。アヅキも下から覗くように盗み見ると、確かに下半分が欠落した銅と読めそうな字が書かれていた。
「五年病の製造に必要だったと考えるのが妥当ですかね。イボの色が緑だったのも緑青に関係しているからでしょうか。ちなみに、礁国ではどの程度棹銅が世に出回っているのですか?」
「うちは銅の産出が少ねえ。基本採れた分はカシワ家の管理の下、ほとんどが武具や何かしらの道具に使われる。それ以外の銅銭なんかは外国産の安い銅だ。うちで採れた棹銅が流通すること自体滅多にねえよ。盗もうものなら首が飛ぶ。勿論、盗まれたなんて話は聞かねえ」
それならなぜ、緑青に覆われた棹銅がここにある。
誰かが横流ししたのか。
「いや……まさかな」
呟き、ヨシナオが苦笑いする。すぐにセキソウが突っ込むと、ヨシナオは逡巡するような間をおいてから口を開いた。
「自分の領地に銅山を抱え、兄上が開いた相撲大会にも参加してた男がいる。しかも、そいつは兄上の家老だった男だ」
まさか、その男がシゲタネを殺した犯人なのか。
「結論を出すには早いですが、その方の名前は?」
「ウワサワ・ナガモリ。ウワサワ家の前当主だ」
棹銅の存在が、ウワサワ・ナガモリが犯人だと決定づけるわけではない。
むしろその繋がりは希薄だろう。しかし、ここまで条件が整っているのに無関係だと片付けていいのか。横流しもできるだろうし、領地で密かに棹銅を製錬している可能性もある。
「急いで戻るぞ、撤収だ!」
ヨシナオの動きは早かった。それとは正反対に、セキソウは建物跡地をじっと眺めていた。
「何か気になることでも?」
アヅキが尋ねると、セキソウは膝を曲げてしゃがみこんだ。
「これらは証拠隠滅と考えるべきでしょう。時期を考えてもシゲタネさまを弑したことで役目を終えたと解釈するのが真っ当です。では近くの村が夜盗に襲われた理由は? 偶然かもしれませんが移転に関連した襲撃だとも考えられます。しかしだとしても実験がここでずっと行われていたのなら、いまさらになってそれを行う意味があるのでしょうか」
考えすぎともいえるが、セキソウの疑問も分からないではなかった。
最初に現れた五年病の被害者もここで作られた毒のせいだと考えれば、二十年近くここに建物があったということになる。近隣の村を襲ったところで目撃者を完全に消せるとは思えないし、事実村は大きな被害を受けながらも未だ健在だ。というより、それで安心する人がいるとは思えない。
「ほかに理由があるということですか?」
「表向き撤退したと見せかけて、裏では移転して実験を続けているのかもしれません。つまり村を襲ったのはそれを見られないよう一時的に村人を追い払うためだった。それに村はここから東にあります。野国に戻るなら西に行くわけですから立ち寄る理由はないでしょう。だから移転を疑いますし、もっと気になることもあります」
「というと?」
「これらの行動には一貫性がないように感じます」
単純に移転することを知られたくなかっただけではないのか。そう尋ねると、セキソウはゆっくり首を振った。
「それを気にするならもっと早く、それも徹底的に村を潰すべきではありませんか。逆にここまで無視するなら移転の時も無視するはずです。それを事情が変わったからだと思っていいのか。……いやはや、分かりませんね」
セキソウが分からないものを、アヅキが分かるわけがない。
「まあ、今は移転先の候補を調べさせる程度に留めておきましょう」
この発見で本当に進展したのか。
アヅキはふと覚えた不安を、かぶりを振って追い払った。




