その男、事件を調べる
「マキムラ・ツネトモ殿でなければ何人たりとも会わせられません」
最初からおかしかったのだ。
魚辰屋という礁国でも一二を争う材木商から、先代主人の息子であるショウベイの悪事を不問にして欲しいとマキムラに直接嘆願が届いたらしい。
しかも魚辰屋が直接出向くならまだしも、魚辰屋はマキムラを自らの屋敷に呼び出したという。
そんな失礼な話があるのだろうか。
セキソウから詳しい話を聞いた時にアヅキが抱いた疑問がそれだった。いくら礁国が商人の国とはいえ、たかが材木商がカシワ家の筆頭家老であるマキムラを顎で使うような真似ができるはずもない。
「私たちはそのマキムラ殿の代理として遣わされたのです。私たちが見聞きしたことは全てそのままマキムラ殿に伝わりますからご安心ください」
そうセキソウが説明しても、ショウベイの姉であり魚辰屋の現主人の妻は頑なに首を縦に振らなかった。
「マキムラ殿でなければお引き取りを」
わけが分からなかった。
仕方なくアヅキたちは魚辰屋を後にして、被害者の情報を聞くために奉行所へ向かった。
「強姦だけが二件、強姦殺人が三件、強盗も二件ですよ」
今回の事件を担当する町奉行配下の同心はそう言って舌打ちした。
「元々クズな野郎でしょっちゅう問題を起こしてたんですが、その度に魚辰屋が金を出して黙らせてきました。逆に言えば、今までは金でどうにかできる問題しか起こさなかったわけです。
それが急にこんなことしでかしまして。特に豪商の娘は犯すだけにとどめておいて、町民の女は犯した後に殺してんですから性根が腐ってるとしか言いようがありません。それもどうやら、体面を気にして届け出がないだけで、武士の娘も何人か襲われたようで」
概要しか聞いていないのにアヅキは気分が悪くなってきた。
普通であれば斬首も手ぬるいぐらいだが、そうもいかないのが今回の悩ましいところだ。被害者に武家や豪商がいるのなら穏便に済ませるというのも難しいだろう。
やはり、マキムラはセキソウを潰すために厄介ごとを押し付けたのだろう。
「なぜ急に大罪を犯すようになったんでしょうか?」
セキソウが問うと、同心の男は鼻で笑って肩を竦めた。
「ついにイカれたんでしょうよ」
「本当にそうであれば誰彼構わず殺しているのでは? 立場の弱い者には容赦せず、強い者には手心を加えている。これを理性といわず何というのでしょうか」
「……そりゃ確かに」
納得しかけた同心は、しかし勢いよく首を振った。
「もっと駄目でしょうが。本来なら魚辰屋に押し入って無理やりにでもショウベイをひっ捕らえてるところですよ。それを待てだなんてどういうことなんですか?」
「不審な点がいくつかあるので慎重に調べろとのお達しです。ショウベイは確かに元より悪人なのでしょうが、今回とそれ以前では犯行内容が違いすぎます。被害者は皆ショウベイが犯人だと口を揃えて証言していますが、果たして本当にそうなのでしょうか」
「勘弁してくださいよ。顔見られてないのなんて強姦殺人ぐらいのものですって。それも失敗して逃げ出した女がショウベイにやられたと証言しています。手口から言って強姦殺人もショウベイに違いありませんよ」
アヅキも全くの同意見だった。それでもセキソウは何日も掛けて被害者やその家族から詳細な聞き取りを行い、事件を明らかにしていった。
全ての犯行は一月以内の出来事で、ショウベイが犯人だと分かると同時にショウベイは行方をくらませ、犯行もぴたりと止んだ。
被害者やその家族はショウベイと一切の面識はなかったもの、強姦被害にあった女の一人の実家が魚辰屋と取引のある豪商で、そこの番頭がショウベイと面識があったことで発覚に繋がったという。
行方不明のショウベイはおそらく実家の魚辰屋の手によって匿われていると思われるが、魚辰屋がカシワ家と繋がりが深いこともあって今のところ強制的な捜査は行われていない。
個別に事件を見ても酷いものだった。
強姦被害にあった女は全て既婚者か結婚を予定している者で、皆美人として評判だったらしい。最初こそ人目を避けたり顔を隠すなりして相手も町人に絞った上で行為後に殺害していたが、次第に武家や豪商を相手にして路地に連れ込む程度に身を隠しながらも白昼堂々行為に及び、殺害することなく逃げている。強盗にしても人を雇って集団で商家を襲い、犯行後には雇っていた者たちを口封じに殺し、盗んだ財貨を独り占めにしている。
どう転んでもショウベイを擁護するのは不可能だ。
礁国の法に疎いアヅキでも、ショウベイを事故に見せかけて殺すのが最も丸く収まるのではないかと思ってしまう。恨みも買っているだろうからいつどこで殺されてもおかしくない悪人だ。というより、世のため人のためを思えば代わりに殺したっていい。
そういう思いが、連日の調査でアヅキの中で生まれていった。
「やはり急にタガが外れたようになったのが気になりますね。もしかすると誰かに脅されたのかもしれません」
マキムラの頼みをこなそうと、セキソウが冷静に物事を考えているのは理解している。理解はしているが、連日の調査でショウベイに溜まった怒りが、ショウベイを擁護しているように聞こえさせてますます腹が立ってきた。
「だったらもう一度魚辰屋に行って、ショウベイに直接問い詰めましょう」
ついにアヅキはそう言って、セキソウの腕を掴んで引っ張った。
「まあ、忘れられないようそろそろもう一度行ってもいいかもしれませんね」
どうしても許せなかった。
今でこそ楽師としてそれなりの生活を送れているが、元は零細商人の娘だったアヅキにとって最後に縋れるのが法だった。必ず助けてくれるとは限らないが、それでも唯一受け止めてくれるかもしれない存在が法というものだった。
その法が揺らげば、弱者が最も悪い影響を受けてしまう。それも、真面目に生きている弱者こそ一番損をしてしまう。決して魚辰屋のような強者が力任せに踏みにじっていいものではない。
急いで魚辰屋に向かった。
その間にもアヅキの怒りが募っていく。礁国は本来、法に厳格な国だったのではないのか。全ては国主が政務から離れ、併呑派が国政を動かすようになったのが原因なのか。そうだとすれば、合従策を抜きにしても併呑派を許すわけにはいかない。
魚辰屋の看板が見えた。すると、ずっと静かにしていたノブミが大声を上げる。
「あ! おなか空いちゃった。ちょっとそこで食べてくるけどアヅキさんもどう?」
急に何を言うのか。アヅキは「いりません」とノブミを置いて魚辰屋の敷居を跨いだ。
門の近くで作業をしていた男たちの視線が、一斉にアヅキとセキソウの二人に集まった。いやに鋭い視線、誰も彼もが妙に体格がいい。思わずアヅキの足が竦み、それで頭が少し冷えた。
そしてついさきほど、ノブミに気を遣われたのだと気付く。
「もう一度話をさせてもらえませんか?」
アヅキが自省している横で、セキソウがさらりとそう言った。
男二人に案内され、二人は武士のそれより遥かに広い屋敷の奥に進み、小さな中庭が見える一室に通された。
「何度来られてもマキムラ殿でなければお帰りください」
ショウベイの姉の態度に変化はない。弟がこれだけの大罪を犯したのによくもまあ貫けるものだとアヅキは感心してしまう。
文句の一つも言いたかったが、それが許されないと判断できる冷静さは戻っていた。アヅキは護衛であって、魚辰屋との取り次ぎを任されたのはセキソウだ。
「マキムラ殿はカシワ家の筆頭家老でお忙しい方です。町奉行に口利きをするのではなく、わざわざ私たちを寄こした意味をお考えください」
「名代で十分だと思われたことは大変残念でなりません」
「私たちはショウベイ殿が誰かに脅されたのではないかと考えています。それを証明するためにはどうしても、ショウベイ殿の口から事情を聞かねばなりません」
「事情はマキムラ殿に直接お話しします」
相変わらず取り付く島もない。魚辰屋がショウベイを匿っていることは疑いようがなく、このままでは魚辰屋も罪に問われるのに、どうしてここまで強気に出られるのかアヅキには理解できなかった。
さすがのセキソウも押し黙り、ショウベイの姉もまた有無を言わせず口を堅く結んでいる。
ふと、物音に気付いた。
門の方から聞こえてくると思うや否や、男たちの怒号が響き渡った。
荒事だ。
この場にノブミはいない。セキソウを守れるのは自分しかいない。アヅキは神楽笛を取り出した。
「ショウベイはどこだ!」
男が喚いている。時折激しい音を立てながらも物音がどんどん近づいてくる。アヅキはセキソウを部屋の隅に追いやって、その前に立って神楽笛を口に当てる。
「おっ、ここにいたか。ショウベイをどこに隠した!?」
二本差しの男が姿を現した。
「な、何の用ですか?」
ショウベイの姉がたじろぎ、それでも男を真正面から見上げる。頬骨が目立つ上背のある男だ。前腕が異常に太く、下げた刀の柄は群青色に染まっていた。
「被害者の身内が求めてんのさ、生死問わず連れて来いってな」
瞬間、男が横を向いた。
刀が、障子から突き出してきた。その切っ先が男の懐に吸い込まれていく。
いや、寸前で体を躱した。それどころか障子を蹴り飛ばし、向こうにいる刺客までもをつま先で串刺しにする。そのたった一撃で、刺客はあっさり廊下に沈んで動かなくなった。
「もうちっとまともな用心棒を雇うべきだったな」
強い。だが、ショウベイが目的ならセキソウに危険はなさそうだ。
アヅキは注意しながらも戦意はないと示すために神楽笛から口を放す。その途端、セキソウがアヅキの脇をすり抜けて男に歩み寄っていった。
「この件は私に一任されています」
止めようとしても神楽笛から手を離すわけにはいかない。最速の神術なら四拍子で発動できる。アヅキはすぐさま笛に口を当て直し、神経を鋭くしてことの成り行きを見守った。
「被害者の怒りや悲しみはごもっともですが、今回は引き下がってはいただけませんか」
「てめえは被害者か? 加害者か? 関係ねえだろ」
男がセキソウの胸倉を右手で掴んだ。そこが一線だ。アヅキは神術を行使しようと息を吐く。
セキソウが、後ろ手に身振りでアヅキを制した。
「この状況で、よく私がショウベイの身内でないと判断できますね?」
言われてみれば確かに不自然な状況だ。
それにこの男は実戦経験も豊富だろう。笛も構えたアヅキを見れば楽師だと一目で判断できるはずだ。それなのに制圧しようとする素振りを全く見せていない。
「てめえの噂は聞いてんだよ、セキソウ」
「私も有名になったものですね。ヨシナオさまからお聞きになりましたか?」
男は短く笑い、セキソウの胸倉から右手を放した。
「俺はヨシナオさまのとこで厄介になっててな、お前さんたちが苦戦してるようだから手伝うように言われたんだよ。ボンクラなら無視しようと思ってたがまあ手伝ってやる。そういうわけだ、押し入って悪かったなおばさん」
「おばさん!?」
ショウベイの姉の唇がわなわなと震えている。
「なんだ生まれてこのかた鏡も見たことねえのか? 礁国も案外美には疎いんだな。まあいい、ショウベイに伝えな。実家の魚辰屋がヨシナオさまに潰される前に出てこいってな。それと押し入った分は貸しにしてやる。金はねえが困ったら俺を頼りな」
ショウベイの姉は唇を噛み、しかし血相を変えてそそくさと部屋を出ていった。男は満足そうに口角を上げて畳に腰を下ろし、アヅキは乱れた胸元を正しているセキソウに釘を刺した。
「無茶はやめてください」
「大丈夫ですよ。刀は左に下げていますし、そのほかの挙動を見ても右利きなのは間違いない。それなのに右手で胸倉を掴むのは殴る気がない証拠です」
「ごめーん」
不意に、ノブミの呑気な声が聞こえた。屋敷が震えそうなほど重い足音が近づいてくる。
「こんなにここの人たちが弱いと思ってなかったー」
そう言いながら部屋に入ってきたノブミは、座っている男を指差して嬉しそうに声を上げた。
「あれ、もしかして岳国の群青鎌切さん?」
「そういうお前は、ひょっとするとカドマ家の人間か?」
「ノブミです。ねえねえ知ってる二人とも、この人は群青鎌切って呼ばれてる人でね、群青っていうのは柄のところの色から来てるんだけど、鎌切っていうのは二刀流からきてるんだよ。うわー、会えて嬉しいですー」
「よせやい。まあ名前は捨てたから俺のことは鎌切って呼んでくれ」
なにやら武人同士盛り上がっているが、アヅキには関係なかった。鎌切が二刀流ならさきほどのセキソウ殿の理屈は大外れもいいとこだ。じっとセキソウを見つめた。
「駄目じゃないですか」
「まあ、そういうこともあります」
セキソウの優しさだと解釈するべきなのだろう。アヅキが礼を言ってしばらくすると、ショウベイの姉が戻ってきた。
「カシワ・ヨシナオさまの食客のあなた。あなた一人なら会わせましょう」
「どういうことですか?」
セキソウの問いに返答はなく、ショウベイの姉もどこか困ったような表情を浮かべていた。座っていた鎌切が立ち上がり、セキソウの肩を叩く。
「俺がちゃんと聞いてきてやるよ」
どのみちほかにすべはない。アヅキたちはその場で待った。
倒れた用心棒が起き上がったり散らかった屋敷内を片付ける音を聞いていると、三曲ほど奏でるぐらいの時間で鎌切が戻ってくる。
「交渉を持ち掛けてきやがった」
どこまで図々しいやつなんだと再び怒りが湧いてくるが、アヅキは黙って続きを待った。
「今までの悪事も全部そのためなんだとよ。報酬を約束されても反故にされるかもしれないから、逆に好き勝手してその尻拭いをしてもらおうと考えたらしい。金持ちの悪人の考えることは根本的にイカレてんな。無罪放免を対価にあることを証言すると言ってきやがった」
「そのあることとは?」
そう尋ねたセキソウに、鎌切はにやりと笑みを向けた。
「犯人を見たそうだ、ヨシナオさまの母親を殺した犯人をな」




