EP 7
「救済の英雄は、カメラの裏で嗤っていた」
さわやかな朝陽が、ポポロ村の畑を黄金色に染め上げていた。
『ドゴォォォォン……!』
遠くの森から、巨大な木々をへし折る不自然な地響きと、真っ黒な土煙が上がった。
「来たか……。昨日の男が言っていた通りだな」
村の防壁の上から双眼鏡代わりの魔道具を覗き込み、アラトが舌打ちをした。
昨日、キャルルが血を吐いて助けた男は、うわ言で『勇者の旗を掲げた連中が、魔物の群れを誘導してくる』と警告していた。
「勇者って……あのアバロン魔皇国や魔獣と最前線で戦ってる、正義の味方だろ? なんで魔物を連れてくるんだよ」
「お前、本当に何も知らねぇんだな」
アラトは呆れたように俺を見下ろした。
「勇者ゼロス・ディバイン。神から『マネー』というユニークスキルを与えられた成金野郎だ。金(課金)を注ぎ込むほどステータスが跳ね上がる反則スキルだが……奴の行く先々では必ず魔物の大群が村を襲い、奴が『ギリギリ』で救済して英雄扱いされている」
「ギリギリで……ってことは」
「あぁ。村の半分が破壊され、村人が何人も死んで、悲劇が最高潮に達したところで颯爽と現れるのさ。神々が運営する配信サイト『ゴッドチューブ』でPVを稼ぎ、莫大な広告収入と投げ銭を得るためにな。……完全なマッチポンプ(ヤラセ)だ」
吐き気のする話だった。
誰かの命が、安全な場所から見世物として消費され、金に変わっている。
72時間ぶっ通しで働いて、文字通り命を削ってインフラを回していた俺からすれば、絶対に許せない搾取の構造だった。
「キャルル、村の衆には家に籠もるよう伝えてくれ」
「わかってる。でも、私だって戦うわよ。この村は、私の目の届く範囲なんだから」
ダブルトンファーを握りしめ、キャルルが力強く頷く。
俺は腹の底から急激に奪われるカロリーに耐えながら、【コンビニショップ】の棚から次々とアイテムを具現化させた。
ズラリと並んだのは、大容量の『台所用中性洗剤』を数本。
さらに、1.5リットルの『巨大ペットボトル入りコーラ』と、レジ横によくある『ミント味のソフトキャンディ』を複数個だ。
「……おい。昨日の画鋲と油はまだ理解できたが、今日は甘い炭酸水と飴玉と石鹸か? お前、戦争の最前線でピクニックでもする気か?」
アラトが本気で呆れたような目を向けてくる。
「これも立派な迎撃シフトの一部だ。……客の動線を制限し、クレーマーの『バリア』を剥がすためのな」
俺が汗を拭いながら答えた時、村の入り口に白馬に跨がった一団が到着した。
先頭にいるのは、輝くばかりのミスリルマントを羽織り、不自然なほど真っ白な歯を見せて微笑む男——勇者ゼロスだ。
彼の周囲には、ふわりふわりと宙に浮く水晶玉のような魔道具『神の眼』が飛び回っている。
「ポポロ村の皆さん! 私は勇者ゼロス。悲しいお知らせがあります」
ゼロスはカメラを意識し、悲痛な表情を作って大声を上げた。
「凶悪な魔物の群れが、この村に向かっています! 我々が盾となりますので、どうか家財を置いて、速やかに村を放棄し避難してください!」
白々しい名演技だった。
避難と言いながら、彼らの目は村の略奪を狙っているのが見え見えだ。
何より、魔物を誘導してきたのはお前たち自身だろうが。
「断るわ! この村には防壁があるし、私たちも戦う! 勝手に村を明け渡すもんですか!」
キャルルが一歩前に出て、堂々と宣言した。
その言葉を聞いたゼロスは、一瞬だけ舌打ちしそうになるのを堪え、カメラに向けて大げさに首を振った。
「あぁ……なんという愚かで哀れな。村を守りたいというあなたの無謀な愛が、悲劇を生まないことを祈ります。……我々は一度引きますが、必ず助けに戻りましょう」
ゼロスはそう言い残し、取り巻きの黒い鎧の騎士たちと共に村の入り口から少し離れた森の入り口へと移動していった。
……だが、神の眼の浮遊魔道具が彼らから離れ、配信が一時停止した瞬間。
ゼロスの表情から『正義の味方』の仮面がゲロを吐くように剥がれ落ちた。
「おい、あのウサギ耳の女。マジでムカつくぜ」
ゼロスは懐から高級なポポロシガーを取り出して火をつけると、大きく紫煙を吐き出した。
そして、わざわざ村の入り口の畑——農家の親父が大切に育てていた人参マンドラや太陽芋の苗を踏み躙り、その上に火のついたシガーをポイ捨てしたのだ。
「頑固な田舎者どもが。まあいい、あの威勢のいい女が絶望に染まって泣き叫ぶ姿の方が、ゴッドチューブのバカどもは喜んで投げ銭をする」
ゼロスと黒鎧の騎士たちが、下品な笑い声を上げる。
「魔物に半分くらい食い殺されたら、俺の【マネー】で買ったオリハルコンソードでかっこよく決めてやるよ。あぁ、配信の構成を考えるのも疲れるぜ」
——プツン、と。
俺の中で、何かが切れる音がした。
カメラの裏で他人の命を嘲笑い、必死に育てた畑の土を泥靴で踏みにじる。
そんなゴミみたいなシナリオのために、この村を、キャルルを犠牲にするつもりか。
「……おい。お前ら、今何て言った?」
俺は防壁の陰から歩み出て、ゼロスたちを真っ直ぐに睨みつけた。
「ん? なんだ、その薄汚いモヤシは」
ゼロスが鼻で笑い、取り巻きの黒鎧の騎士たちが一斉に剣の柄に手をかける。
「そのふざけたシナリオ……俺が全部、ぶっ壊してやる」
静かに、だが確かな殺意を持って、俺は最悪の偽善者たちに宣戦を布告した。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




