EP 3
「異世界の最前線で、俺は時給0円のシフトに入る」
鳥のさえずりが聞こえる、村長の家の素朴な朝。
「ギャァァアアアア!!」
窓の外を見ると、手足の生えた人参が、農家の親父のズボンを奪って猛スピードで爆走していた。
「……待て待て待て! なんだあの人参!? ギャーギャー鳴きながらオッサンのズボン持って逃げてるぞ!?」
「あぁ、あれは『人参マンドラ』ね。収穫しようとすると走って逃げるのよ。あのおじさん、また『ダイズラ豆』と一緒に植えちゃったのね。収穫中にズボンやカツラをズラす厄介な豆なんだけど」
俺が目を丸くして窓にへばりついていると、村長のキャルルが呆れたように紅茶の入ったマグカップをテーブルに置いた。
昨夜、命を削る治癒魔法——『月光薬』の反動で倒れるように眠った彼女だが、一晩明けて血色はだいぶ戻っていた。ウサギ耳もピンと元気に立っている。
「どういう生態系してんだよこの村……」
「これがポポロ村の名産品よ。あとは、三面記事を喋る『ネタキャベツ』とかね」
「昨日の夜、村の入り口で『村長が人参抱き枕で寝てる』ってすっぱ抜いてたヤツか。マジで喋るんだな、キャベツ」
「ッ……! あ、あれは事実無根よ! 訴えてやるわあの葉物野菜……!」
キャルルは顔を真っ赤にして、持っていたスプーンをギリギリとへし折りそうになっている。本当に可愛い顔をして握力がバグっている。
ポポロ村——俺が運ばれたこの村は、のどかで、少し(いや、かなり)狂っていて、不思議と居心地の良い場所だった。
「それで、陸人。あんたこれからどうするの?」
キャルルが真顔に戻り、俺の正面に座った。
「一応、俺にはスキルがあるらしいんだけど……」
俺は昨日の死闘(?)を思い出しながら、テーブルの上に右手をかざす。
念じるのは、俺の愛したコンビニのジャンクフード、『100円のカップ麺』だ。
ポンッ、という小気味良い音と共に、テーブルの上に真新しいカップ麺が出現した。
同時に、俺の胃袋がギュウゥッと嫌な音を鳴らす。猛烈な空腹感と、体が鉛のように重くなる疲労感。
「やっぱりか……。俺のスキル【コンビニショップ】は、日本のコンビニの品物を出せる。でも、お金の代わりに『自分の体力』を消費するみたいだ。昨日のライターとスプレーも、これが出所だ」
「……つまり、使いすぎたら餓死するか、過労で倒れるってこと?」
「そういうことになるな」
キャルルは顎に手を当て、少しだけ眉をひそめた。
「変なスキルだけど……でも、使い方次第ね。ポポロ村の周囲は、常に危険と隣り合わせだから」
「危険って、昨日のカマキリみたいな魔物か?」
「魔物だけじゃないわ」
キャルルは窓の外、遠くに見える森の向こうを指差した。
「このポポロ村は、ルナミス帝国、魔皇国、そして獣人王国の三竦みの『最前線(緩衝地帯)』なのよ。大国の軍隊が睨み合い、小競り合いを起こし、行き場を失った傭兵や魔物が流れ着く。……世界で一番、きな臭い場所」
「そんなヤバい場所に、なんでこんな村が……」
「開拓民が逃げ込んできたのよ。戦火からね」
キャルルは少しだけ自嘲気味に笑った。
「前の村長は、ゲートボール大会で知り合った隣村の未亡人と駆け落ちして逃げたわ。だから、偶然ここを通りかかった私が、村長を押し付けられたってわけ」
サラッと言ったが、冗談じゃない。
つまりこの華奢な女の子が、たった一人で大国の軍勢や凶悪な魔物から、この狂った植物が育つのどかな村を防衛しているということだ。
自分が血を吐いてでも他人の命を救う、あのバカみたいな優しさで。
「……キャルル。あんた、いつ休んでるんだ?」
「夜は寝てるわよ。たまに魔物の襲撃で叩き起こされるけど。あとは昼間に怪我人の治療をして、畑の巡回をして、防壁の修理をして……」
「それ、完全にブラック企業のワンオペじゃねえか」
俺は頭を抱えた。
72時間ぶっ通しでレジを打ち、クレームに頭を下げ、品出しをして、バックヤードで死んだように仮眠をとった日々。
自分の命をすり減らして、他人の生活のインフラを回し続けていた、かつての俺の姿がキャルルに重なる。
違うのは、俺の代わりは探せばいたが、この村にはキャルルしかいないということだ。
彼女が倒れれば、この村は終わる。
「私がいなきゃ、この村の人たちは生きていけないもの。ほっとけないのよ」
キャルルはそう言って、優しく微笑んだ。
(……あぁ、ダメだ。こういう奴を見ると、無性に腹が立つ)
自分を大切にしない善人は、見ていて苦しい。放っておけない。
「……キャルル。俺も、この村の防衛を手伝う」
「はぁ!? あんたバカじゃないの!? 戦闘経験なんてないんでしょ!」
「ない。体力もない。でも、俺にはこの【コンビニショップ】の棚がある。画鋲だろうが洗剤だろうが、使い方次第で昨日のバカでかい虫くらいは撃退できた」
俺はテーブルの上のカップ麺を指差した。
「俺はコンビニの店員だ。店のシフトを回すのは得意なんだよ」
「陸人……」
「時給0円のブラックシフトだけどな。俺もこの村に住ませてくれ。あんただけに、重労働はさせない」
俺の決意を聞いたキャルルは、ウサギ耳をペタンと伏せ、少しだけ頬を赤くした。
「……勝手にしなさい。死んでも、その……絶対に、私が治してあげるから」
そっぽを向くキャルル。
よし、これで面接は合格だ。俺の異世界での居場所が決まった。
そう息を吐いた——その時だった。
『ドスッ!!』
窓の外から飛来した一本の鋭い矢が、俺の足元すれすれの床板に深々と突き刺さった。
「ハッ。お前みたいな甘ったれたバカが、一番最初に死ぬんだよ」
森の影から、氷のように冷たい目をした男が、弓を構えて現れた。
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