EP 9
「時給0円のシフトに、強欲なアイドルが加わった」
泥だらけのワインレッドの芋ジャージが、ポポロ村の畑を超高速で駆け抜けていく。
「雑草一引っこ抜きで1ポイント! 太陽芋の収穫で10ポイント! 塵も積もれば肉まんになりますわーッ!」
村の借金を背負った人魚姫は、ただの農作業すらも狂気の『ポイ活サバイバル』へと変貌させていた。
「よしよし、リーザちゃん! その調子で西の畑も頼むよ!」
「任せてくださいませおじ様! キャーッ! 泥まみれの私も可愛いって!? 知ってますわー!」
クワを持った農家のオッサンたちの声援を受けながら、リーザは健康サンダルを泥だらけにして畑を耕し、雑草を引っこ抜き、時にはウインクを振りまいている。
ライブ機材の莫大なツケを払うため、彼女は今日からポポロ村の『時給0円シフト』に正式に組み込まれていた。
「……借金返済のために強制労働させてるはずなんだが。なんであいつ、あんなに楽しそうなんだ?」
俺が防壁の上から呆れて見下ろしていると、隣でアラトが満足げに頷いた。
「労働を『ポイント制(ポイ活)』に変換し、自身のアイドル性(好感度)と紐付けることで、単純作業の苦痛をゲーミフィケーションしているんだ。モチベーション管理と生産性向上の観点から見れば、完璧な手法だぞ」
「お前のそのPM視点での解説、たまに本気で腹立つな」
「陸人店長ーッ!」
下から声がしたかと思うと、山盛りの雑草と太陽芋を抱えたリーザが、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「今日の午前中のノルマ、達成しましたの! 規定の『500ポイント』が貯まりましたわ! さぁ、約束の報酬を要求しますの!」
「はいはい。お疲れさん」
俺は腹の底のカロリーをわずかに消費し、【コンビニショップ】からケチャップとマスタードがたっぷりかかったアメリカンドッグを具現化して手渡した。
「はむっ……! ん〜〜〜っ! 労働の後のジャンクフード、最高に体に悪くて最高に美味しいですわ!」
幸せそうに頬張るリーザ。
パンの耳と雑草サラダで飢えを凌いでいた彼女にとって、労働の対価として確実に得られる温かい飯は、至上の喜びらしい。
『バッサ、バッサ……』
その時、空から巨大な影が舞い降り、村の入り口に突風を巻き起こした。
「よぉ、陸人。ルナミス帝国から、注文されてた防壁用の特殊セメントの配達だぜ。……いやぁ、腹減ったなぁ。何か廃棄弁当の余りでもねぇか?」
背中の『ルナ・イーツ』の巨大な配達バッグを下ろしながら、人間の姿に擬態した始祖竜・ロードが飄々とした態度で現れた。
俺が「お疲れ、ロード。弁当なら……」と答えようとした瞬間。
「——ストォォォォップ!!」
アメリカンドッグの串をくわえたリーザが、弾かれたようにロードの前に立ちはだかった。
「なんですの、あなた! この村の『タダ飯』と『施し』は、ローカルアイドルであるこの私の専売特許ですのよ! ぽっと出の配達員が、私のシノギを奪うんじゃありませんわ!」
「あぁ!? なんだこの芋ジャージの小娘! 俺様はただの配達員じゃねぇ、伝説の始祖竜ロード様だぞ! 陸人の店の廃棄弁当の第一優先権は、昔から俺にあるんだよ!」
タダ飯を巡る、極貧アイドルと配達員ドラゴンの醜すぎる縄張り争いが勃発した。
「始祖竜がなんだって言うんですの! こっちとら海を統べる人魚姫ですわ! タローソンの裏口で野良犬と血みどろの抗争を勝ち抜いた私の執念、舐めるんじゃありませんの!」
「上等だコラ! 俺の配達スピードとドラゴンの胃袋の前に、芋ジャージが勝てると思ってんのか!」
二人が額を突き合わせて「シャーッ!」と威嚇し合っている足元で、村の特産品である『ネタキャベツ』が転がりながら三面記事のネタを叫ぶ。
「『特ダネ! 始祖竜と人魚姫、辺境の村で廃棄弁当を巡りマジ喧嘩!』……ゲヘヘ、これは売れるぞ!」
「ギャァァァアアッ!」と人参マンドラも面白がって二人の周りを走り回る。
「……なぁ、アラト。俺のシフト、完全に動物園の飼育員になってないか?」
「諦めろ。これも生態系の一部だ」
俺が頭を痛めていると、ドスッ!ドスッ!と鈍い音が二回響いた。
「いだぁぁぁい!?」
「ごふぁッ!?」
特注の安全靴でロードとリーザの頭を同時に蹴り飛ばしたのは、村長のキャルルだった。
「あんたたち! 村の入り口でゴミの奪い合いみたいな喧嘩しないでよね! みっともない!」
キャルルが腰に手を当てて一喝すると、最強のドラゴンと強欲な人魚姫が、揃って涙目で正座した。
「……だってぇ、キャルルちゃん。このトカゲが私のご飯を……」
「トカゲじゃねぇ……。キャルル、お前の蹴りは相変わらず容赦がねぇな……」
「二人とも、タダ飯くらいで争わないの! ちゃんと働いてるんだから、ご飯くらい陸人が全員分出してくれるわよ!」
キャルルが勝手に俺の財布(体力)をアテにして満面の笑みを向けてくる。
「……お前なぁ。俺の体力は無限じゃないんだぞ」
俺は文句を言いながらも、口元が緩むのを抑えられなかった。
ヤラセ勇者に怯え、魔物に怯えていたこのポポロ村は、いつの間にかこんなにも騒がしく、狂っていて——そして、温かい場所になっていた。
「わかったよ。ロード、セメントの運搬ご苦労さん。リーザも、午前中の畑仕事よくやった」
俺はポンと手を叩き、全員の注目を集めた。
「今夜は俺の奢りだ。借金返済の決起集会も兼ねて、特製の『豚汁』と、ありったけの『廃棄弁当』でフルコースの宴会を開くぞ!」
「「「うおおおおおおおおッ!!」」」
リーザ、ロード、そして農家のオッサンたちまでが一斉に歓声を上げた。
俺たちの狂った日常は、今日も時給0円で元気に回っている。
ボロボロの芋ジャージ姿で「豚汁! 豚汁!」と喜ぶリーザを見て、俺は小さく笑った。
この騒がしいシフトも、悪くない。
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